始めに教わったのは簡単な礼儀作法だった。 当然ながら、みんな村人で礼儀なんて知らずに育った女の子ばかりで、正座をしたままお辞儀をする際の指先の位置や姿勢などの細かい所作に苦労の連続。 言葉遣いも歩き方も、襖の開け方や閉め方、さらに立ち上がり方も座り方までも。 「きっつー・・・」 「ほんと疲れる・・・でも、名無しさんは何だか民草の出自とは思えないわ」 「確かに!女中頭の雪さん驚いてたもんね!」 「それは・・・雪さんの指導の腕が良いからかと」 苦笑いで誤魔化すも、実際には私の身体は記憶にある作法の通りに動いているだけ。 多少は指導してくれる女中頭の雪さんから注意はされるものの、記憶にある作法は大いに役立っていた。 「でもさ、これって万が一のための手習いでしょー」 「そうですね。私たちのような身分でこの作法をしなければならないようなことはあり得ませんからね」 そうなのだ。 一応、城勤めなのだからと正式な作法を教えてもらっているけれど、実際にこの作法を披露するような場所に私たちの身分で入れるわけがない。 女中頭を筆頭に上女中はみんな武家から出仕しているお姫様たちで、客人を迎えたり家老中や城主に会ったりと、作法が必要な役目がある。 けれど、私たちのような農民は下女中と呼ばれて主な仕事は掃除や洗濯、食事など決して表舞台で作法を披露することなどない。 「役に立たない作法ばっかりさー」 「そうでもないわよー?」 「えっ・・・あ!小百合さん、あの、今のは」 小百合という女性は武家の姫でもあり、上女中としても良い待遇の位置にいる、が。 ここの城にいる女性たちには、陰湿な陰口を叩いたり他人を貶めるような人間は全くおらず、むしろ世話好きでお節介やらお人好しが過ぎる人ばかり。 それは勿論、小百合さんも。 「私たちのような身分が表に出ることは・・・」 「あるのよ、特に名無しは所作が丁寧だし、近々お呼びがかかるわよ」 まさか、そんなあり得ません、と言うと小百合さんは少し眉を寄せて周りを気にしてから口を開いた。 「実はね、武家上がりの女中が次々とお暇を貰っちゃって。本当に人手が足りないのよ」 「お暇を?」 お暇を貰うというのは、ただ単に休むのではなく辞職したという意味なのは知っている。 まあ武家のお姫様たちなら結婚しなきゃならないからだろう、と思ったことを口にしたらそれは違うのだと否定された。 「信じられないでしょうけど、実は数ヵ月前に天女様が現れたのよ」 「てん・・・にょ?」 私たちは顔を見合わせて信じられないと言葉を口々にしていたけれど、言った本人である小百合さんの顔は至って真面目。 冗談や嘘ではないらしい。 「その天女様をご当主様が・・・あ、城主であられる幸村様なんだけど、いたく気に入ってしまって囲われたのよ」 「意味分かんないですが・・・」 「つまり、奥方様のように扱ってらっしゃるの」 そして天女様ご自身も、正式に婚儀を済ませたわけでもないのに奥方様として振る舞い好き勝手なさっている、と。 「気に入らぬ女中がいると幸村様に閨で嘘を告げ口なされて、それを信じてしまった幸村様が女中に天女様が望んだ罰をお命じになられるのよ」 まるで、操られているかのように。 絹ちゃんと梅ちゃんは、まるで拷問のような罰の話を聞いて、顔を青白くしたまま動けなくなっていた。