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刀装作り



のそのそと布団から起き上がり、のろのろと布団から這い出て、朝の身支度を整える。

今日は、午後から内番の手合せに見学がてら参加する事にしている。

よって、服は動きやすいジャージの方を手に取り、着替えた。

くわり、と猫みたいな大欠伸を一つ零して、化粧台の前に移動し、長く伸びた髪を邪魔にならぬよう結い上げる為、櫛を通す。


(…大分伸びたなぁ、髪。此処に来るまで、現世の仕事で忙しくて、髪切る暇なんて無かったもんなぁ…。)


思った以上に長く伸びてしまっていた髪を一房掴み、思う律子。

切る暇が無かったと伸ばしっ放しにしていた髪の毛は、気付けば肩を早くに過ぎ、胸元の長さにまで伸びていた。

通りで、最近鬱陶しく思う訳だ。

あまり髪が長いと、動くのに邪魔になって常に結い上げる事になり、頭痛の原因になったりもする。

それに、長いままにしておくと、毛先まで栄養が行き渡らなくなり、髪が傷む。


(そろそろ、髪切らなきゃなぁ…。暇を見て、今度切るか。)


何時ものように、真ん中辺りの高さで一つに結わえる。

横髪や後ろ髪と同じように伸びた前髪も、顔を洗うのには邪魔な為、軽くピンで留めた。

そして、洗顔用のチューブ石鹸とタオルを持って部屋を出る。

一階に降りると、同じく起きたばかりで顔を洗いに行くのか、タオルを手に持った粟田口短刀等と逢った。


『おはよう、前田、平野。』
「あ、主君…!おはようございます!」
「おはようございます、主様。」
『二人共、今から顔洗い…?』
「はいっ、そうです!」
「主君も、これから顔を洗われるのですか?」
『うん、そだよー。どうせ行く場所同じなんだし、一緒に行こっか。』
「「はいっ。」」


朝から元気そうな双子みたいな二人に、内心和まされる律子。

今日は良い日になりそうだ。

洗顔を済ましたり何たりして、食事を済ませ、朝のお勤めをする。

本日の近侍は、乱だ。

こんのすけから新たに入った情報を元に作った部隊表を掲示板に貼り付け、本日の出陣メンバーを選出する。

各内番の当番について記した掲示板も、ついでに札を掛け替えておき、情報を更新しておく。


『各自、皆、怪我無きようお願いします。話は以上です。では、解散…!』


朝礼を終えて、ばらばらとそれぞれの持ち場へと散っていく各々。

律子も、こんのすけと乱を従えて自身の仕事部屋へと戻った。


「えへへ…っ、今日はボクが近侍だね!という事は、今日一日、主さんと一緒に居れるって事だ!」
『嬉しそうだね。』
「そりゃあ、当たり前でしょ〜!今日一日一緒って事は、一日中主さんの事を独り占め出来るって事だもん。嬉しくないなんて事ある訳ないよね…っ!」
『そうかい。それなら良かった。んじゃ、今日一日宜しくね?』
「うんっ、ボクに任せてよ!」


にこにことご機嫌な様子で気合いを入れる乱は、自信に溢れていた。

自身と居れる事だけで嬉しそうにする彼を見て、律子は内心で安堵し、柔らかな笑みを浮かべる。

こうして笑っていられるのも、彼女が来てくれたおかげだけではなく、彼女の持ちし性質や気質のおかげもあるのだ。

これまでの彼等の生活環境を思えば、良い進歩だと言える。


(少しずつでも良いから、変えていけたら良いな…。)


口にはしないが、そう思った彼女は先を見据えて、次なる手を打つべく策を考える。


「それで、ボクは何をしたら良いの?」
『そうだね。手始めに、今日は刀装作りから始めようか。そろそろ新しいのを作っておかないと、数が足りなくなってたと思うし…。何より、審神者の代が私に変わってからは、まだほとんど作ってなかったからね。数多く作るから、暇で手が空いてそうな子にも手伝わせようか。幸い、刀装部屋には有り過ぎる程余裕があるし、いっぱい作っちゃっても問題は無いよね?寧ろ、備えあれば憂い無しだし!』
「よぉーしっ、ボク頑張っちゃうよ!」
『おしっ、その意気だ…!』


彼のやる気に触発された律子も、袖を捲って腕捲りをし、やる気満々である。

近くで暇をしていたにっかりと鯰尾を呼んで、一緒に刀装作りを始める。

まだ一度しかやった事のない律子は、力の込め方が上手くいかず、慣れていない上に加減に失敗して、良くても並で、悪くて屑玉を作っていた。

他の三人は、程度に差はあるものの失敗はしておらず、屑玉を作り上げる事はしていなかった。


『に゙ゃ゙っ!また失敗した…っ。』
「あははっ!主さん、また失敗しちゃいましたね!」
『うゔぅ゙…っ、上手くいかないぃ…っ。』
「刀装作りって、意外と難しいよね?どうして二人は、そんなに上手く出来るの…?ボクが作ると、さっきから並ばっかりなのに〜。」
『並作れてるだけまだマシじゃないか…。私なんて、並すら作れてないっすよ。ゴミ屑ばっか…。』
「何かコツでもあるの?」
「ええ…?コツって言われても、大した事無いけどなぁ…。強いて言うなら、綺麗にまあ〜るくなるよう形作っていく事かな?あと、しっかり気持ちを込めるとか。俺もよく解んないよ。にっかりさんは、どうです?」
「ん…?そうだねぇ…。僕も、特に意識して作ってる訳じゃないから、何とも言えないかなぁ?」
「そっかぁ〜。じゃあ、仕方ないや。」
『それにしても、にっかりがさっきから作ってるの見ると、特上ばっか作れてるけど…何で?』
「あ、そういえばそうですね。」
「さぁ…何でだと思う?」
『いや、私に聞かれてもな…。』


ふと疑問に思って問いかければ、意味深な笑みを浮かべて返ってきた。

「フフフフ…ッ。」と不気味に笑うにっかりに、若干危ない空気を感じて引き気味に仰け反る律子。

彼は、変わらず笑みを湛えていた。


「ずお兄も、作るの上手いよね?」
「ん?俺…?まぁ、確かに…多少ばらつきはあるけど、基本上玉、上手くいけば特上は作れるよ。丸い物を作るのには慣れてるし、しょっちゅう団子作って投げてるからね!」
『馬糞か…。』
「それ、絶対馬糞の事だよね…。汚い…っ。」
「え〜っ、酷いなぁ…!」


容易に想像出来た事柄に、二人して嫌煙しがちな雰囲気を漂わせて彼を見る。

心外だと言わんばかりな態度に、鯰尾は口を尖らせて拗ねた。


「でも、まぁ…君が上手く作れないのは、しょうがないんじゃないかな…?こういう作業も、本来は刀の僕等がやる仕事だし。普通、審神者の人はやらないんじゃないかなぁ?」
『えっ、マジで…?』
「少なくとも、前の人が刀装作ってるトコなんて一度も見ませんでしたけど。あっても、刀を作る方でしたね。」
『マジか…。知らんかった。』
「そもそも、君は人間だし、主なんだから、僕達刀がやる仕事はしなくても良いと思うんだけどなぁ…。」
『うーん…それは、そうなんだろうけど…。何か、それじゃ良くない気がして…。』
「君はお人好しだからねぇ…他人が働いていて、自分は働かずにただ見ているって事が出来ないタイプなんだろう。まぁ、それも君の良いところだけどね。あまり上に立つ者としては向いていない気はするよ。」
『ははは…っ。そこんとこは、自分でもよく理解してるよ。』


彼に言われた言葉に、苦い笑みを零して言う彼女。

確かに、彼女は、あまり上に立つ者としては向いていない性格だ。

どちらかというと、人の上に立って指示したりするよりかは、そういう人を支え、手助けするような立場の方が向いている。


『さて…っ、もう大分数は出来たかな…?』
「そうだね!出来に差はあるかもだけど、いっぱい出来たよ!」
『それじゃ、今日はもうこれくらいにしておこうか。二人共、手伝ってくれてありがとねっ。』
「いえいえ、また何かあれば呼んでください!」


必要数は揃った刀装を、各種類ごとに並べて片付ける。

更に、その中から並と上、特上と分けて置いておく。

こうすれば、それぞれ次に使う時に持っていきやすいだろう。


「次は、何をやるの?」
『お昼までまだ時間があるし…日課の鍛刀をこなしつつ、合間の時間で今日提出しなきゃいけない書類を片付けようか。乱には、簡単なお仕事で、書類の判子押しを頼もうかな?』
「はぁーい!」
『今日中に提出の分は、たぶんそんなに量は無かった筈だから、すぐに終わるよ。』
「やったぁ…!じゃあじゃあ、余った時間、主さんの髪の毛弄ったりしても良い?」
『私の髪の毛?別に良いけども…。』
「ふっふふ〜っ!どんな髪型にしてあげようかなぁ〜?主さんの髪、凄くサラサラで柔らかそうだから、弄りがいがありそう…!」
『弄るのは良いけど、あんまり変な髪型にはしてくれるなよ…?』
「しないよぉ…!とびっきり可愛い髪型にしてあげるね!!」
『ははは…っ。私に似合う髪型なら良いのだけどね……。』


乱のきゃぴきゃぴとした女子力に、乾いた笑みを浮かべる。

どんな可愛い髪型にされようが、午後からは手合せに参加するつもりである為、崩れるのは目に見えているのだが。

敢えて口にはしない律子であった。


午前の業務を終えて、お昼時、皆と一緒になって御飯を共にしていた時の事だった。


「主、どうしたんだい?その髪…。」
『うん…?嗚呼、コレ…さっき午前の仕事の空いた時間に、乱が結ってくれたんだ。何かよく解んないけど、私の髪長いから弄りたかったんだってさ。』
「へぇ…それでか。いや、君にしては、ちょっと珍しい髪型をしてると思ってね?今朝見た時は、いつも通り一つに結っていたから。」
『まぁね。私、基本自分の髪の毛、そんなに弄らないから。』


おひつから御飯をよそって持ってきてくれた歌仙が、彼女の小さな変化に気付いて口にする。

すると、気付いていた他の者も、ちらほらと声を上げ始める。


「乱がか…成程な。大将にしちゃ、可愛らしい髪型してると思った。綺麗だぜ。」
「いつもと雰囲気が違って見えるよね?似合ってて、可愛いと思うよ。」
「そういう髪型してると、アンタも女らしくなるんだな…。」
『うーん、最後のは褒め言葉ではないよね?まぁ、別に良いんだけどさ。普段から女らしくない私からしてみたら、似合ってないって事ぐらい解るし…。とりま、お世辞ありがとう、皆。そんな気遣わなくて良いよ。』
「お世辞じゃなくて、本当の事を言ったつもりだったんだけどなぁ…っ。」


薬研や光忠に続き、感想を漏らした山姥切のちょっとだけズレた言葉に、淡々と返した律子。

その反応に、思わず苦い笑みを零した光忠は悪くない。


「主さんの髪質、凄く良いから…今日やってあげた髪型以外にも、きっともっと色々な髪型も出来ると思うよ!編み込みとか、そういうの…っ!」
『えぇ〜…っ、一々弄るの面倒だよ…。特に編み込みなんて、一旦やると解くの面倒だし…何より、私の髪の毛絡まりやすいし。』
「勿体なぁ〜い!せっかく長いんだから、もっと色んな可愛い髪型しようよ!!」
『やだ。どうせ細かいのしようとしても、私の猫っ毛だからやりづらいだけだし。』
「猫っ毛だから、色々弄れるのにぃ…っ。絶対勿体ないよ!人生損してる!!女の子なら、もっと女子力上げて可愛くしなきゃ…っ!!」
「まぁ、大将らしいっちゃらしい反応だけどな。俺っちは、今の大将も良いと思うぜ?」
『後で崩れるけどな。』
「は?」
「あ…そういえば、この後の手合せに主も参加するんだっけ…。」


彼女の冷めた反応に力説する乱。

その後の彼女の言葉に固まる薬研に、光忠が思い出したかのように呟く。

何処までも女子力の低い、残念な主である。

後程、手合せ後にまた髪を弄られたのは、言うまでもない。


執筆日:2018.09.15