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日向ぼっこ



季節は、すっかり秋も中盤となり、涼しく過ごしやすい日々が増えた頃。

簡単な執務を終えて、一息吐く為休憩に入った律子は、ぽてぽてと廊下を歩いていた。


『ふわぁ〜あ…っ。今日は天気が良いなぁ…。絶好の洗濯日和、お昼寝日和やんねぇ〜…。』


今まで執務をしていた為に凝り固まっていた筋肉を解すように、ぐみ〜んと腕を伸ばし、伸びをする。

凝り固まっていた身体はギシギシと軋み、関節がボキボキと鳴った。


『うわ…我ながら、すげぇ音。めっちゃ骨鳴ってるじゃん。すっげぇバッキバキ…。これじゃあ、女子力の欠片も無いわー…。』


思いの外、ギッシギシのバッキバキな身体に溜め息を吐く律子。

溜め息吐いたら幸せ逃げてくよ、と心の誰かが言ったが、今更じゃいと返した。

まぁ、溜め息を吐くのは、ある意味良い事であり、精神をまともに保つ為では大切な事であったりするのだが…今は関係の無い事として置いておこう。

そうこう考えている内に、庭に面した縁側へと辿り着いていた。

少し先を行くと、縁側で暖かな日差しに寝転ぶ陸奥守を見付けた。


(お…?ありゃ、むっちゃんだ…。)


陸奥守吉行といえば、初期刀メンバーの中でも、最も親しみやすく気さくな刀だ。

初めて出陣命令を下す事になった節でも、非常にお世話になった刀である。

取り敢えず、この本丸にもっと馴染み、皆と仲良くなるなら初期刀メンバーからかな…と考えた律子は、ポテポテと近寄る。

すぐに気配に気付いた彼が、視線を寄越し、ニカッと快活な笑みを浮かべて此方を向いた。


「おぉ…?誰じゃち思うたら、主じゃったか。何をしゆうんじゃ?そがな処で…。早よう此処に座ったらえいちや。わしに遠慮なんかせんと、堂々としちょったらえいに…おんしはまだ緊張しぃかえ?」
『…はぁ……。』


庭先を見つめていた視線を上げて、穏やかに誘う陸奥守。

床に片肘を付いて寝転んだままの彼は、気を抜いて緩やかだ。

言われるがまま、内番着姿の彼の隣へ腰を下ろし、彼の方を見遣る。

それを見て、にこやかに笑んだ陸奥守は、再び庭の方を見つめて話し始めた。


「此処は、日当たりがえいろ…?こがにぽかぽかしちゅーと、日向ぼっこせんと勿体のお思うてにゃ。畑仕事こなした後に、こうしてのんびりおてんとさんを浴びちょったんじゃ…。庭じゃ、短刀等が仲良う遊んじゅー声も聞こえゆうし…賑やかで楽しいもんじゃき、心穏やかんなるぜよ。どうじゃ、主もちっくとばかし日向ぼっこせんか…?気持ちえいぜよ!」


ニカッとこれまた眩しい程の笑みを浮かべて此方を見遣った彼。

眩しさに、心の内にあった汚れが浄化された気がした。

きっと、疲れているのだろう…。

さっきから、彼の背後に後光が射して見える。

眩しくて、寝不足の目には刺激的過ぎた。

思わず、目をしぱしぱさせて瞬いた。

そんな風に、ただ無言でポカン…ッと見つめていたら、何やら勘違いをした陸奥守は、眉間の皺を寄せて言ってきた。


「堅い堅い…っ!少しは肩に入っちゅーそん力、抜いたらどうじゃ…?いつまでも気ぃ張っちょったら、堪えてしまうろう。主も、偶には休むぐらいが丁度えいぜよ。」
『休む、っすか…。』


清々しいくらいの笑顔で言われ、何となく、彼と同じ体勢になれば良いのかなと思いつつ、彼のすぐ横に転がってみる。

すると、彼は、一瞬驚いたように目を見開いた。

しかし、すぐに元の快活そうな笑みを浮かべて、彼女を見た。


「そうそう…っ!そうやって、偶には気ぃ抜いてやらんとにゃあ〜。気ぃ張るばかりじゃ、身体に毒ぜよ。…おんしは、少しは気を緩めるっちゅーのも覚えた方がえいのう…。」
『そうなんかな…?おー…っ、あったかい…。』
「ほうじゃろ…?今日は天気もえいき、昼寝日和じゃ!」
『んだなぁ〜…。こんな素晴らしい昼寝場所に打ってつけの寝床があったとは…知らなんだや。今まで知らんかったのが、損やな。』
「…おんし、偶に変な言葉遣いするのう…?わしが言えた立場じゃないけんども。」
『年寄りくさいとな…?それか、田舎言葉、方言みたいとな…?』
「おんおん。」
『わっちは、昔っからこんなだぞ…。そん時の気分で、ころころ変わったりするんじゃな…。』
「ほうか…!そら、まっこと面白いのお!おんしが此処に来る前はどがな子じゃったか、気になるぜよ…っ。」
『別に…普通だよ。何処にでも居る、平々凡々とした奴だったよ…。』


少し前までの生活を振り返り、思い出す律子。

遠い昔を想い、今の顔を見られたくなくて、顔を伏せる。

身体を丸め、出来る限り彼に近寄り、顔を見られぬよう隠す。

彼女の気持ちの変わりように、背を向けた状態の彼は気付かない。


「げにえい天気じゃあ〜…。」
『そだねぇー…。洗濯物もよく乾きそうだ。』
「お〜、そうじゃのう…。風も心地良い感じに吹いちゅーき、よう乾くじゃろ。」
『歌仙が喜ぶね…。』
「まっはっは…!ほうじゃなぁ…。」


陸奥守に倣って寝転び、暖かな日差しを受けていると…次第に下がり始めた目蓋。

未だ慣れきぬ仕事と周りの空気に、付喪神な刀達に囲まれ、色々と気を遣い、知らぬ間に無駄な気を張っていたのだろう。

溜まった疲れからか、うとうとと舟を漕ぎ出す。

気付けば、陽の辺り具合とすぐ側にある彼の温もりが心地好くて、目を瞑ってしまっていた。

故に、最早子守唄と化していた彼との会話は、途切れてしまう。

それに気付かぬ彼が、欠伸を漏らしながら呟いた。


「こがに温いと、眠うなってしまうのう…。主も、そう思わんか?」


そう問うてみたのに、答えは返ってこない。

反対に返ってきたのは、静かな静寂であった。

衣擦れの音もしない。


「主………?」


あまりに静かで動かない気配に不審に思った陸奥守は、心配して後ろを見遣った。

すると…。

己の背に軽く寄り添うようにして身を寄せ、丸くなって眠る彼女の姿があった。

穏やかに寝息を立てる彼女は、すっかり寝てしまったようだ。

思わず、笑みを零した陸奥守は、小さく呟いた。


「げに…新しい主は警戒心が足らんと、無防備ちや…。こがに可愛らしい寝顔なんぞ晒して、襲われでもしたらどないする気じゃろうにゃあ…?」


暖かな日差しの温もりに勝てなかった事と、審神者に成り立てで疲れているのだろうと考え、横たえていた身を半分起こし、静かに見守る。


「こん、べこのかぁ…。男ん前で、簡単に寝顔なんぞ晒すもんじゃないちや。」


律子の頭をゆっくり撫でる彼の表情は、言葉とは裏腹に優しいものだった。


「わしの前じゃき言うて油断しちゅーと、食われてしまうぞ…?わしかて、立派な刀剣男士じゃ。男は皆狼じゃーゆう事、忘れたらいかんぜよ?」


少しばかり含み笑んで言う彼の声音は優しかった。

何も掛けないままは悪いと、自身が着ていた内番着の着物を脱いで、布団の代わりに掛ける。

起こすのも野暮というものだろう。

日が暮れるまでの間は、そのまま寝かせておくかと考えた陸奥守は、其の場に留まり、寝返りを打って、彼女の方へと向き合った。


「こうして静かに寝入っちゅー姿見ると、短刀等子供等と何ら変わらんのう…。安心しきって寝入っちゅー顔は、可愛いもんじゃ。こんな見た目しちゅーても、中身は大人なんじゃにゃあ…。人の子いうんは、げにまっこと難しいもんじゃの…。」


彼女がより深く寝付けるように、ポンポンと優しい手付きで背を叩く。


「…けんど、其れを見守るいうんも、わし等神様の仕事じゃき…。」


すうすう寝息を立てる彼女の呼吸は、規則正しい。

よく寝入っている証拠だ。


「しっかり寝とうせ。偶には休むのも大事な事じゃき…。おんしは、今は何も考えんちょらんとゆっくり休んじょったらえいぜよ。」


束の間の休息であったが、何時もとは違う温もりを感じて安らかに寝入る律子だった。


暫くそうしていると、庭で遊んでいた何人かが気付き、やって来る。

その内、わらわらと集まりだした短刀達が、「主が寝てる!」「こんな処で寝てるとは珍しい…っ。」と騒ぎ始めた。

それに慌てた陸奥守は、急いで口元に人差し指を当て、声音を強めて、しかし声量は縮めて言った。


「しぃ〜…っ!おまんら、静かにせないと、せっかく眠った主が驚いてしまうろう?ただでさえ、審神者になったばっかしで緊張しちゅー。…ようやっと、気ぃ緩めてくれたんじゃ。今は、そっとしちょっちやっちくれんかのう?」
「あ…っ。」
「ご、ごめんなさい…っ。」


彼の言葉に、慌てて口元を抑えた短刀達。


「解ればえいちや。それより、何ぞ布団の代わりになるもんを持ってきちくれんかのう…?わしの着物だけじゃあ、心許ないし…最近はだいぶ涼しゅうなってきちゅーろ?薄着のまんまじゃ風邪を引いてしまうかもしれんきの。」
「それじゃあ、下の着物だけになってる陸奥守の旦那も一緒なこったぜ?」
「お?ほんまじゃ。まっはっはっは!」
「じゃ、ボク、主さんに掛けれるタオルケット取ってくるね…っ!」
「僕も、何か枕になりそうな物を持ってきます…!」
「じゃあ、僕は、僕のマントを掛けておいてあげましょう!」
「おっ、それなら、俺はこの白衣を掛けてやっとくか。」


皆それぞれが、彼女を起こすのではなく、寝かせたままでいさせてやろうと動いていた。

この本丸は、優しい付喪神達が集まっている。

彼女が眠っているのを他所に、本丸にはほんわかと温かな空気が漂っていた。


『…………ふあ…ふわぁ〜あ……っ。にゃむにゃむ………ぅん…?』


起き上がってずるりと落ちた物の重みに、首を傾けて見遣る。


『………にゃんだこれ……。』


やがて、皆に知れ渡り、陽が沈み始めた頃の夕刻に目を覚ました律子は、いつの間にか掛けられたたくさんの服と座布団な枕に、寝惚け眼で未だ半分寝ている頭を傾げさせるのだった。


執筆日:2018.08.30