優しい甘味



男ばかりの仕事場に、その小さな姿はあった。

年齢のわりに小柄で、子供と見紛う見た目に反し、強い意志を持って働く立派な女性だ。

ギリギリ成人はしていないが、何分見た目があどけないせいで、周りからはよく子供扱いを受けていた。

今日も同じく、子供を扱うが如く頭を撫でられる日々。


『あぁ、もうっ!また子供扱いですか?会った度に頭撫でるの止めてください!』
「悪ぃ悪ぃっ、丁度良い位置に頭があるもんだから、つい撫でたくなるんだよなっ!」
『身長低くて悪かったですね!?まだまだ伸びる予定ですよ!』
「いや、年齢的にもう無理じゃね?」
『失礼ですね!!無理じゃないですっ!!努力すれば伸びますぅっ!!』


プンプンと鼻息荒くおこ状態なルツ。

彼女は、此処鉄華団の中でも数少ない女性陣の一人である。

子供が多いとはいえ、男ばかりの中では、その場に居るだけで自然と目立つのが難だ。

今の現状、周りには男しか居ない機体の整備場では余計にである。

即ち、紅一点状態。

それはそれは、皆の視線が向けられるのであった。


『っていうか…いつまで私の頭撫でてるつもりですか?いい加減仕事に戻ってくださいよ、シノさん。』
「おお、確かにそうだな!」
『こんな所で油売ってないで、早く新人指導やってください!』
「おうよっ!んじゃ、また後でなー!」
『一昨日来やがれ。』


辛辣な言葉でシノを見送ると、彼と入れ替わりに、小柄だがその存在感を露にする少年が整備場に現れた。


『あ…っ、三日月さん!お疲れ様です!』
「うん。お疲れ様。今日も、そっちは微調整の整備?」
『はいっ。今は、バルバトスのメンテナンス中です。先日の戦闘でダメージを受けた箇所の状態がいまいちだったので。ガンダムの知識が有る人でないと整備出来ないので、ちょっと大変ですね。でも、遣り甲斐はあるんで、しっかりと確実に直していきますよ!』
「うん。いつもありがとう。お陰で助かってる。」
『いえいえ、私は機体に乗れるようなパイロットでも無いですし、三日月さんみたいに闘う事も出来ませんから。出来る事と言ったら、こうやって整備に精を出すくらいです。皆さんが安心して機体に乗れるように努めるばかりですよ。』


普段あまり感情を表に出さず、寡黙で言葉少なな彼にしては、珍しく言葉数が多い。

彼、三日月・オーガスは、鉄華団の中でも凄い人の内の一人だ。

あのガンダム、バルバトスを操縦出来る唯一のパイロットである。

まだ子供ながら、阿頼耶識の手術を三度も受け、今に至る。

此処に入ってから日が浅い為、阿頼耶識についてはあまり詳しい事は知らないが、聞く人によると、かなり大変な手術らしい。

場合によっては、身体に障害を残したり、身体自体が手術に耐えられなかったりするのだとか。

彼自身もまた、阿頼耶識システムによる負荷か、バルバトスを操縦しない今は、右手を使えない状態にある。

加えて、右目は、左目と違って光を映していない。

それでも、鉄華団団長の道の為に精一杯尽くしていて、本当に凄い人だと思う。

そんな風に考えている間にも、彼はマイペースで、ポケットから何やら取り出すと、それを口の中に放り込み、咀嚼し始める。

いつも思うが、彼は会う度又は見掛けた度に、何かを口にしている。

モグモグと黙って食べる姿は、さながらハムスターなどの小動物みたいで可愛らしい。

そういえば、食堂で見る時の彼は、いつも沢山の量を食べていた気がする。

おおよそ、バルバトスを操縦するのにエネルギー消費が激しくて、腹が減るのだろう。

直接口にはしないが、内心彼の可愛らしい姿に悶えていた。


『…三日月さんって、何かいつも食べてますけど、何食べてるんですか?』
「ん…これ?」
『はい。』
「火星ヤシの実。美味しいよ。」
『火星ヤシの実…?』


食べた事の無い物の名前に、小首を傾げるルツ。

モグモグと食べ続ける三日月は、彼女を無言で見つめたまま、ポケットの中へ手を突っ込む。

そして、何の脈略も無しに、彼女の目の前に手を突き出した。


『え…っ?み、三日月さん…?』
「あげる。」
『えっと、何をですか…?』
「今、俺が食べてるヤツ。」
『え、でも、それは三日月さんので…っ。』
「良いよ。ルツには、いつもお世話になってるから。」


ジッと此方へ純粋な目を向ける彼は、何を考えているのか、時々解らない。

しかし、好意でくれると言うのだから、受け取らない訳にはいかない。

戸惑いつつ受け取ると、彼は僅かに笑みを浮かべた。

取り敢えず、貰ったのだから食べようと思い、小さく遠慮がちに口を開き、咀嚼する。

すると、初めて食べる味と甘味に自然と笑みが零れた。


『…美味しい…っ。』
「良かった。」
『コレ、凄く甘いですね。』
「うん。疲れた時は甘い物って言うじゃない?」
『はい…。ありがとうございます。』
「別に。気に入ったのなら、良かったよ。」


そう言って、彼はまた火星ヤシの実を口にした。

憧れの彼とこんなにも会話出来た事が嬉しくて、口の中に広がる甘味は一層増した。


執筆日:2016.10.21

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