元気補充法



幼い子供達が既に床に就いた頃…。

夜も深くなりつつあるが、まだ活動している者達が数人居た。


「あれ…?まだ寝てなかったんだ。」


その内の一人であった三日月は、自身が歩く廊下の先に見慣れた姿を見付け、小さく呟いた。

彼の前方から緩やかにやってきたのは、女ながらも同じ船員として働くルツだ。


『あや…っ?三日月、今お風呂上がり?』
「うん。ルツは…?もう入ったの?」
『うん、ちょっと前に入ったよー。アトラの片付けまだ終わってないみたいだから、手伝ってから寝るけど。』
「そう。てっきり、もう寝てるかと思ってた。」
『アトラ一人だけにやらせるのも何だかねぇ〜、ってなってさ。』
「ルツらしいね…。」


にっこりと柔らかな笑みを浮かべた三日月は、穏やかな気持ちになる。

ホカホカと風呂上がり特有の湯気を纏いつつ、首からタオルを掛ける彼の姿は、何だかユルい。

気を許している相手だからこそ、普段ならバリケードのように張り詰めている警戒心は無い。

まるで、その雰囲気が小動物のように感じたルツは、小さく笑みを堪えた。


「…………。」
『…三日月?どしたの?』
「…何か、ルツ…良い匂いだよね。」
『え…?それって、お風呂入ったからじゃない…?つか、それなら、今しがたお風呂上がってきたばっかの三日月も同じでしょ。』
「ん…。でも、俺は男だから、ルツみたく良い匂いはしないよ…?」
『けど、使ってる物はほぼ一緒なんだから、大差ないって。』
「そうかなぁ…。」


あまり納得いかないのか、眉間に皺を寄せて考え始める三日月。

しかし、面倒事が嫌いな彼は、納得のいく答えが見付からずに、すぐに思考を放棄した。


「まぁ、いっか。どっちでも。」
『相変わらず、深く考えんのすぐ止めるねぇ〜…。まぁ、そこが三日月らしいっちゃらしいし、ある意味尊敬するけど。』
「えっと…よく分かんないけど、ありがとう。」
『別に誉めたつもりないけどなぁ…。』


変なところで御礼を言われた彼女は、小さく苦笑を浮かべた。

特に用も無いが、彼女をジッと見つめた彼は、徐に彼女に抱き付いた。


『ふえ…っ?ちょっ、三日月…?』


唐突に抱き付かれた彼女は、驚いて彼を見やる。

彼女の視界が捉えたのは、彼のつむじ部分。

小柄で背の低い三日月は、彼女の胸元に顔を埋めるように抱き付いていた。

「無い胸に埋めたって、何の慰めにもならないと思うのだが…。」と内心にて思ったルツだが、敢えて口にはしなかった。

したところで、恐らく自分が虚しくなるだけだと考えたからである。


「……うん、やっぱりルツは良い匂いがする…。すごく落ち着く…。」


胸元からくぐもった声で呟いた彼は、甘えるように顔を摺り寄せる。

行き場を失った手を中途半端な状態に上げたままだったルツは、取り敢えず、それを彼の背中へ持っていき、もう片方を彼の後頭部へと置いた。

そして、ぽんぽん…っ、と優しくリズムを付けて叩いた。


『眠いの…?』
「ん……、ちょっとだけ。」
『トレーニングも終わってやる事無いなら、もう寝たら…?』
「うん…そうする…。」


数分の間、ぎゅうぎゅうと抱き付いていた彼は、気が済んだのか、ゆるりと顔を上げ、彼女の背に回していた腕を離した。


『ん…?もう良いの…?』
「うん…。元気は補充出来たから。」
『え?』
「これで、また明日も頑張れるよ。ありがとね、ルツ。」
『え…?あ、う、うん…?』


「何か今、大変可笑しな台詞が三日月から発せられたぞ…?」というような表情で、困惑気味にぎこちない言葉を返したルツ。

擦れ違い様に、互いに「おやすみ。」と寝る前の挨拶を交わし、別れる二人。

だが、去り際にふと振り返った三日月が、不意に離れた分の距離を詰めると、彼女の肩を引き寄せる。

そして、軽く背伸びをすると、優しく触れる程度に彼女の片頬に口付けた。


『へ……っ!?みっ、三日月…っ!?』


唐突に引き寄せられて、彼の顔が至近距離にある事と、柔らかな何かが頬に触れた事に顔を赤らめたルツは、盛大にキョドった。

こうした行為に慣れていないのもあってか、羞恥レベルは一気に急上昇である。


「…可愛いルツ。おやすみ。良い夢見なよ。」


穏やかなのだが妖艶にも見える雰囲気を纏った彼は、含み笑んでそう告げた。

そして、どこか満足気に彼女の頬を撫でると、その場を去っていくのだった。


執筆日:2016.11.13

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