してやったり



今日は、朝から何だか男共が騒がしかった。

そして、やたらと皆からの視線が痛かった。

「何かあったっけ?」と思いつつ、壁に掛けられているカレンダーを見た。

今日の日付は、二月十四日。

成る程、バレンタインデーか。

すっかり忘れていたイベント事に、漸く合点がいった。

だから、視界に入った男共皆に、あんなにも期待に満ちたような目を向けられていたのか。

それなら、今日は、限られた女子組全員、痛い程の視線に晒されて過ごさねばならないのか…。

些か気が滅入るかもしれんが、子供ばかりが集う鉄華団の火星支部局に居れば、仕方のない事かもしれない。

それにしても、明らか過ぎる眼差しを穴が開く程に向けられる女子の身にもなって欲しいと思う。

シノなんて、あからさまなアピールみたいに、「今日が何の日か知ってるか?」と嫌にニヤついた顔で問うてきたりした。

仕方がないので、チョコ系のお菓子を大量に買い集めてやった。

それも、パーティーパックのタイプを山程に。

これなら、大人数の子供達にも対応出来るし、大きな奴等に対しても取り繕える。

アトラは、いつもの如く、高い女子力を活かして、手作りのチョコレート菓子を振る舞っていた。

クーデリアも、彼女と一緒になってチョコ作りに参加していた。

唯一、大人の女性代表のメリビットさんでさえも、市販物だが、それなりに高いチョコレートを雪之丞のおやっさんへ用意していた。

かく言う私は、その日にドタバタで買いに走ったりするという、女子力の低さを物語っている。

そもそものところ、カレンダーの日付を見遣るまで忘れていた時点で、根本的なところが違う。

まぁ、かと言って、特にどうという事もないのが事実だが。


『ほーれ、バレンタインのチョコですよーっ。皆好きなだけ持ってけ取ってけー。』
「おい、お前、言い方…っ。」
『え…じゃあ何て言えば良かったの…?裏声使って、如何にも女子らしい可愛い声出せば良かったの…?“ハイ、皆に私からのチョコレート!受け取ってくれる…?”って。』
「いや…っ、気持ち悪ぃから、いつも通りで良いよ…っ。」


声をかけたら、偶々チョコ山の一番近くに居たオルガが、呆れた顔で言ってきた。

素直にそのまま返せば、裏声を使った台詞に引いたのか、若干引き攣った笑みを浮かべて返された。

そんなに気持ち悪かったか、私の裏声…。

まぁ、自分自身気持ち悪いと思ったけどね。

誰おまだよ、今の。

自分でやっといて気持ち悪いって何だ。

使う事も無く、貯まりに貯まっていた給料から買い集めたチョコの山。

部屋に集まっていた奴等に声をかければ、小さい奴等を筆頭にチョコ山へと突っ込んでいく。

確かに、あまり念頭に置いていなかった事もあり、言い方が雑だったのは認めよう。

しかし、言い直すなんてそんな面倒な事はしない。


『だってさ〜…、あんまりにもチョコくれな顔してコッチ見てくるもんだから、そこまでして欲しいか?と思って。』
「そりゃ欲しいに決まってんだろ…!?女からのチョコだぜ!?」
「即答かよ…。」
『如何にも必死です!感が満載だね。』


今日の男共の反応を見た正直な感想を述べたら、食い込む勢いで即答したシノ。

なんて分かりやすい男なんだ…。

こういうイベント事には欠かさず参加しそうだとは思っていたが、流石の食い込み具合に、オルガでさえ突っ込んでいた。

必死さ加減が、チョコを貰えない男のソレと似通っていて、何だか笑える。

取り敢えず、適当にひっ掴んだ板チョコの箱を投げて寄越した。

しっかと受け取ったシノは、渡し方に文句を付けてきたものの大層嬉しそうに去っていった。

ついでに、オルガへもチョコの箱菓子を一つあげる。

コッチは、ちゃんと手渡しで渡したら、「お、おう…。サンキュー。」とぎこちなくではあったが、受け取ってくれた。

シノのテンションに乗せられたユージンも、チビ共にどさくさ紛れで集ってきた為、顔面目掛けてちん投げてやった。

まともに受け取れなかったユージンは、顔面にぶち当たって倒れたが、助けの手なんて貸してやらないからな。

そうこうしていると、皆が美味しそうに食べる姿を見ていたらお腹が減ってきてしまった。

お腹に手をやると、くう…、と小さく音を鳴らした。


『あー…腹減っちったなぁ…。私も食うか。どうせ、自分が買ったんだし…。』


そう一人呟いて、山から一つチョコのスナック菓子を取ろうと腕を伸ばすと。

突如、目の前に、茶色い紙袋が引っ提げられた。

視線をずらすと、頭一個分低い頭があった。


「ん。腹減ったんなら、コレ食べなよ。アトラが作ったチョコドーナツ。ルツにだって。」


いつもの如く、ダボダボとした上着を身に纏う三日月だった。

ん、と渡されるので、一先ず受け取ると、ひょいと隣に座り込まれた。

其処…椅子も無いただの床だし、地べただけど…良いのか?

敢えて聞く事はしないが、常に野性スタイルを崩さない三日月には、時に驚かされたりするから、一緒に居て飽きない。


『わざわざ私の分まで用意してくれてるとか、どんだけ女子力高いの、あの子は…。いっそ、一人だけでも店開けるんじゃねぇの…?』
「ルツもそう思う?」
『思う思う。…ところで、三日月は今何食べてんの?』
「クーデリアが焼いたクッキー。少し焼け過ぎて焦げたから、失敗作だのどーのとか言ってたけど…それなりに美味いよ?」
『やだわ〜、この子。本当天然タラシちゃんなんだから。マジで困っちゃうわ〜…。』
「…何、そのタラシって…。つか、俺天然じゃないけど。」
『だってよ、オルガ。』
「何で俺に振るんだ…。」


棒読みで笑い声を上げ飽きると、三日月からもらった、アトラからだと言うチョコドーナツを袋から出してかじり付き始める。

うん、こりゃ美味い。

外サク中ふんわりに揚げられたドーナツに掛けられたチョコが、程好く馴染んで甘さを引き立たせている。

一個や二個と言わず、もっといっぱい食いたいわ、この美味さ。

マジうんまい!

はぐはぐと夢中で頬張っていると、ふいに、隣に座る三日月から袖を引っ張られた。


『むぐ……?なぁに?』
「ねぇ、俺にも、ルツからのチョコくれないの?」
『…もしかして、さっきの遣り取り見てたの…?てか、クーデリアが作ったクッキーはどうしたのよ。』
「もう食べた。」
『早…ッ!つか、まだ食べるの?三日月…。』
「アトラのチョコドーナツに、クーデリアのクッキーだけじゃ、まだ足りない。」
『どんだけ食うの…。』


ちっこい見た目の割りには、かなり食欲旺盛だが…そのちっこい身体の何処に入っていっているのか、甚だ疑問である。


『私からのチョコって言っても…即席で用意した市販のチョコ菓子だよ…?』
「それでも良いから、俺にも頂戴。」
『時に強引だな、三日月君よ。』


真顔でそう答えたら、言い方が気に食わなかったのか、眉間に皺を寄せた不機嫌顔になった。


「何かチョコの人みたいでやだな、それ。」
『いつもその人にやってる事、今私にやってるんだけどな…!チョコ集ってるじゃん!』


さも違いますみたいな顔してるけど、私は知ってるからな。

はっきり言うけど…!

「早く寄越しなよ」的オーラを発して手を出す三日月。

お前はカツアゲするヤンキーか。

あんまり焦らすと後が面倒な事になりそうだったので、適当に買ったチョコの山から、大きめで沢山入ったアソートパックのチョコの袋を一つ鷲掴み、差し出された手の上に置いてやる。

すると、意外そうな顔をしてソレを見つめた。


「良いの…?こんなにいっぱい入ったヤツもらっちゃって。」
『良いよ。どうせ、まだ山になる程たんまりあるんだし。それに、三日月、チョコ好きじゃん。』
「うん。まぁ、そうなんだけどさ…。」


どうにも腑に落ちないようだ。

さっきからソワソワしている。


「なぁ、そんなに気になるんなら、ルツと一緒に分け合って食えば良いじゃねぇか。」
『おぉ…っ!オルガ、ナイスアイデア…!!』
「あぁ…っ、その手があったか…。」
「盲点だったのか…。」
『どうせなら、オルガも入れて三人で食べよう!三人で食べれるくらい余裕の数あるしさ!』
「そうだね。オルガも一緒に食べよう?」
「何で俺も一緒なんだ…。」


心底疑問そうに思いながらも、三日月がバリッと袋を開ければ、私とは反対側に座り込み、三日月が適当に掴んだと思われるチョコの個装を受け取る。

同じように私にも渡されたので、喜んで受け取る。

そして、受け取ったチョコをすぐさま口の中に放り込んだ。


「美味しい?」
『うん…!今食べたヤツ、ミルクが多くて甘ぁ〜い…っ!』
「そっ、なら良かった。オルガは?どう…?」
「ん…?美味いよ。」
「それなら良いんだ。」


満足気に頷くと、自分にもチョコをと口に放り込んだ三日月。

三人仲良く分け合いっことか、何か楽しい。

貰った二つ目を口に入れた途端、ふとばちっ、と合った視線。


『…?何…?』
「いや…、ちょっと…。」
『?』


三日月が何か言いたげに見てくるものの、何をしたいのか全く解らず、ただ見つめ返す私。

その間も、口の中は、コロコロとチョコを転がし動かす。

一瞬、三日月から視線をずらしたら、ふっ、と視界が薄暗くなった。

何かと思えば、いつの間にか、三日月の顔が近くにあった。

そして、何の脈略も無しに、ちうっ、と当てられた唇。

まさか、三日月からそんな事をされるとは思ってもみなかった私は、全く構えておらず、無防備そのまま、彼からの突如としてのキスを受け止めてしまった。

ついでと言わんばかりに、ぺろり、と唇を舐められた。


「ミカ、おっま……ッ!?」


反対隣のオルガが三日月の奇行に驚き、慌てて声を上げるも、その顔は、やられた本人じゃないのに真っ赤になっていた。

驚きとまだ頭が付いていけずに呆然と彼の方を見遣れば、してやったり。

そう言わんばかりに、「べっ。」と舌を出してみせた三日月だった。

本当、時折こういうところがあるから、敵わないんだよね…。


『不意打ちは反則だよ…。』


気持ちとは裏腹に、私の顔は赤く染まっていってしまったのであった。


執筆日:2018.02.21

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