耳たぶまで愛おしいだなんてね




※前作『嘘つきな君の下手な嘘』の続編です。
※引き続き、表現上により、原作版での呼称も織り込んで使用しております(作者の拘り)。
※文化の違い等の細かい点についてはスルーの形でお願い致します。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


「其れで……話って何かな?」
 某月某日、律はグアンに“話がある”と呼び出されて、とある近くの喫茶店に来ていた。
グアンは、普段と変わらぬ様子で向かい側の席で珈琲を啜り、カップを置いてから落ち着いた声音で話し始める。
「単刀直入に言おう。今日、此処へ律さんを呼び出したのは、この間の御礼がしたくての事だったんだ」
「あぁ…もしかして、バレンタインの時の?」
「嗚呼。こういうのは、きちんとしておきたくてな……。忙しいところに、わざわざ来てもらってすまない」
「其れは別に構わないんだけども…バレンタインのお返しくらいなら、そっちのお店の方でも出来たんじゃない?」
「いや…店だと、トキが居るし、リンさんが出入りしたりもあるから……。出来れば、二人の目に付かない場所で渡したかったんだ」
「成程、そういう事なら納得…っ」
 すんなり頷いた彼女に、グアンは内心ホッと安堵した。
 あまりこういう事は得意ではない故に、不慣れさが露見しても格好悪い。手短に事を済ませる事にした。
「まぁ、そういう訳だから……此れ、受け取ってもらえると嬉しい」
 此処まで何とか二人に気付かれぬようこっそり持ってきた、可愛らしくも落ち着いた装飾の小さな紙袋を差し出して言う。
「あらまぁ、ご丁寧にどうも有難う。……中身、見るだけ見てみても良い?」
「どうぞ」
 見た目からして彼らしいチョイスの物に、律は思わずクスリ、と小さく笑みを零して感想を口にする。
「ふふっ……ヒカルらしい感じのチョイスね。敢えてチョコだけで返してこなかったとこも含めて、女心を理解してるってところはポイント高いよ。…おやま、メッセージカードまで付いてる?綺麗なデザインのメッセージカードだ。此処で読んじゃうのは惜しいから、家に帰ってからゆっくり読む事にするね。素敵なお返し有難う、ヒカル」
「…出来たら、ずっと大事に持っていて欲しい」
「勿論っ。今すぐにでも家に飾って置きたいくらい素敵な物だもん…!大切にするよ!」
「いや、出来たら、使ってくれた方が有難いんだが……っ」
「あら、そう?じゃあ、今からでも早速付けてみよっかな」
 紙袋にチョコの箱と共に入っていた小振りの箱をパカリッ、と開封してみる律。
中には、綺麗な揃いのピアスが収まっていた。
シンプルなデザインで、小さめの丸いブルーの粒が飾りとなって付いている。
 手に取り、光に翳してみると、彼が仕事中だけに見せる、淡い瞳の色と似通った色に映って見えた。
「綺麗な色ね」
「律さんに似合うと思って買った物だったんだが……どうだろうか?」
「私、このピアス好きよ。シンプルなデザインなとこがまた、ヒカルらしいし。此れなら、日常的に使っても差し支えないかな?」
「気に入ってもらえたなら、良かった…」
「私がいつもピアス付けてるの知ってて選んでくれたんでしょ…?ヒカルったら、なかなかにたらしなとこあるねぇ〜っ」
「普段身に付けてるような物なら、贈り物として贈っても使ってもらいやすいだろうと思って選んだんだ。…ただ、女性に何かを贈るなんてのは、今回が初めてだったから……気に入ってもらえるかどうか不安で、緊張した…っ」
「だろうねぇ…!如何にも“不慣れです”って顔付きで渡されれば、余程鈍くない限り気付くよ!」
「そんなに顔に出てたか…?」
「まぁね」
 自覚していた事を指摘されてしまって図星に刺さり、気恥ずかしげに顔を覆って盛大な溜め息をく彼に、彼女は向かいで小さく笑った。
何とも微笑ましい光景であった。
 律は、元より付けていたピアスを外し、彼からお返しにと貰ったピアスを付けにかかった。
しかし、鏡を見ながらではないからか、上手く付けられずに手こずっていた。
様子を見兼ねたグアンが席を立ち、「ちょっと良いか?」と告げ、手を差し伸べてくる。
彼女は其れを大人しく受け入れ、彼に任せた。
 途端、グアンの指先が、耳朶に触れて擽ったい。
律は照れ臭げに声を洩らした。
「ふふっ…何だか擽ったい」
「頼むから、動かないでくれ…。下手をして傷付けなんてしたら堪ったもんじゃないから……っ」
「御免。けど、擽ったから…つい」
 何とか無事に付け終える事が出来たグアンは、ホッと息をいた。しかし、思わぬ事に、すぐ側であった為か、その吐息が彼女の首筋へと掛かってしまった。
 途端、彼女が息を詰まらせたようにビクリッと肩を跳ねさせる。グアンは慌てて謝罪の言葉を口にした。
「あっ、悪いッ、その……、」
「……あ゛ー、や、こっちこそ何か御免…っ」
 互いの間に、何とも言えない気まずい空気が流れた。
 律は仄かに赤らんでしまったのを誤魔化すように、彼の吐息が掛かった部分をさすって俯く。
しかし、傍らに佇んでいたままだった為に、彼女が恥ずかしげに顔を赤らめた瞬間をばっちり目の当たりにしてしまった。
 其れを切っ掛けに覚悟を決めたらしきグアンが、沈黙を破る。
「……気が向いたらで構わない…。いつか、俺が此れを贈った意味と理由を、よく考えてみてもらえたら、嬉しい…。今は、其れだけを伝えておく」
「えっ……」
「ピアス、よく似合ってる」
 ゆるり、優しく耳朶へと触れながら髪を避けてくれた彼が、小さく微笑んで言う。
その言葉の真意に気付かない程、彼女も鈍くは無かった。
 律は、此処に来て初めて、彼を真の一人の男性として意識したのだった。
すっかり隠し切れないくらいに顔を赤く染めて呟く。
「……あ、有難う…っ」
 蚊の鳴くような小さな声だった。
だが、彼には届いたのか、温かで優しい目をして彼女を見つめた。
「嗚呼…」


 喫茶店を後にしての別れ際、律はグアンの袖を掴んで引き留めて言った。
「メッセージカード……!家に帰ったらじっくり読むから……その、今日は本当に有難う…っ」
「嗚呼。次に会う時は、また俺達の店で」
「うん…っ、それじゃ、またね…!」
 パッと身を離した瞬間、家までの道程みちのりを駆けていく律。
 その華奢な背を見送りながら、彼は思った。
きっと、彼女は、次に会う時も、今日自身が贈ったピアスを付けて来てくれると。
そして、今度こそ、本心を聞かせてくれるだろうと。
 グアンは、笑みを滲ませて、自分達の家であり店の『時光写真館』へと入っていくのだった。
ドアを開くと、来客用に取り付けていたベルが鳴る。
「あっ、おかえりーヒカル」
「ただいま」
「どっか行ってたみたいだけど…何処行ってたんだ?」
「野暮用で少し出てただけだ」
「ふぅん…」
 後日、彼が予想した通りに、彼等の店へ顔を覗かせに来た彼女の耳には、グアンの瞳の色を彷彿とさせる小さなピアスが飾られていたのであった。


執筆日:2022.02.14
Title by:またね

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