移り香からの好きの自覚


※変異後設定なお話です。
※時間軸としては、平和にENDを迎えたその後といった感じ。


 昨日の晩、僕は任務を終えた後、いつもなら署へ戻って待機するところを帰り際にハンクとルイスに「偶にはお前も一緒に飲みに行かないか?」と誘われた。
例え僕がアンドロイドで人間と同じようには飲食出来ない事を知った上での誘いだとしても、異種族間の隔たりなど無しに人間で言うところの親しき間柄の友人と接する時のように接せられて嬉しかった。
 僕は喜びを隠し切れない様子で間髪入れずにすぐに返事を返した。


「良いんですか?でしたら、是非ともご一緒させてください!」


 次いで、署へと帰ろうと向けていた足をハンク達二人が向かう先へ向かわせる。
まるで自分が飼い主に従順な犬になったかのように思えなくもなかったが、既に僕は彼等で言うところの相棒パートナーというポジションに居たし、僕の主導権手綱を握る飼い主のような感覚で居たから間違ってはいないなと思い直した。
宛ら、僕は彼等に付いて回る警察犬なのだ。
其れも、本物の警察犬よりもとっても優秀で人懐っこく、且つ事件の捜査を行うには必要不可欠な存在として。
 …いや、今のは少し過剰評価過ぎたかもしれないから訂正しておこう。
僕は誰にでも尻尾を振る訳ではない。

 変異してからというもの、人と同じように考え感じる心を――感情というものを持ったから、苦手とする相手や嫌いな相手には程々の愛想しか振り撒いていない。
特に、ギャビンに対しては…。
ので、“人懐こい”という部分に関しては、“ハンクやルイスのみに限定した態度”である。
それ以外の人間達やアンドロイド達には、自身に搭載されたプログラムとしてのモジュールとコミュニケーション能力を以て接する。
一応、其れにも僕の個人としての感情はある程度反映されているけれど。

 とにかく、僕は二人が他の親しい友人等にする事をアンドロイドである僕にもしてくれた事が嬉しくて堪らなかった。
勿論、幾ら嬉しくたってアンドロイドである事実が変わる訳ではないので、バーへと一緒に入っても自分が口にするのはブルーブラッドのみだった。
でも、其れだけでも心は充実していた。
彼等と共に同じように食事する事が叶わなくたって、二人と同じ空気、同じ空間、同じ雰囲気を味わえるのだから、十分気持ちは満たされている。
 それに、僕は物を食べれない代わりに、二人が何かを美味しそうに飲んだり食べたりするところを見るのが好きだった。
二人の食事する顔を見ているだけで楽しかったからだ。

 だから、昨日の晩も普段と同じように僕はお酒の代わりにブルーブラッドの入ったグラスだけを手元に、お酒と共に軽めの食事をする二人の様子を眺めていた。
そして、程好くお腹も満たされた二人が満足したところで店を出て、其処で別れた。
 …が、元々お酒に強くないルイスが酔っ払っていて歩くのも危なげに見えたので、署へと戻る前に彼女を家まで送ってあげる事にした。
でないと、何処かにぶつかったり転んだりして怪我をしかねなかったし、何より夜も遅い時間だったという事から女性一人で帰らせるには危険だと思ったからである。
その理由として、此処デトロイトの街の治安がそれ程良くなかったからなのも含まれる。
 フラフラと危なげな足取りで歩く彼女を支え家まで送って行ったまでは、いつもと変わらない日常風景のワンシーンであったように思われる。
 だけども、昨日の晩だけは少し違って、僕は彼女の家に上がる流れとなった。
それは、彼女が酔っ払った事により著しく思考力を低下させた事で玄関先の床で伸びて寝てしまいそうになったからだ。
流石の其れは頂けないと僕は思って、床に伸びそうになる彼女を少々無理矢理に引っ張って寝室まで運んだ。
そして、翌日の二日酔い止め用に甲斐甲斐しくも酔い覚ましの為の水を持っていって飲ませ、ベッドに寝かせた。
そこまでの流れは、ハンクとの付き合いではまあまあよくある事であったので、妙に小慣れた手付きでスムーズに行う事が出来た。
その点に関しては、こういう事が起きた時の為にも対応出来るようプログラムされた機能があって良かったと思うのと同時に、しっかりと身に付くにまである意味教育してくれたハンクには感謝をしたくらい僕も納得の結果であった。

 だが、問題はその後だった。
ハンクの場合なら、この後僕はそのままハンクの家で大人しくただ待機するだけか、署へと戻ってスリープモードに入るところだっただろう。
恐らく、いつもの調子ならば、彼女の場合でも同じ流れになった筈…。
 しかし、僕の予想とは斜め上な方向で裏切られる事になる。
なんと、酔っ払った彼女は僕に添い寝を所望してきたのだ。
つまりは、いつも彼女が眠るのに使っているベッドに僕も入り、彼女の隣で横になれという指示である。
普段の彼女なら決して無い要望だが、しかし、酔っ払った事により人は普段内に隠している本音や本性を現すという。
昨晩の彼女もきっと其れだったに違いない。
普段ならキリリと凛々しく澄まされた表情も、その時ばかりはふにゃりと蕩けた愛らしい表情になっており、態度も常の其れよりかはかなり軟化していて、いっそ甘えの姿勢すら見せていたかと僕は分析する。
 僕と彼女は別に付き合ってもいないし、またそういった間柄までも行っていない関係であった。
だから、本来ならば僕は其処で断るなり窘めるなりして“彼女と同じベッドで一緒に寝る”という行為にストップを掛けるべきだった。
けれども、甘やかに目尻を蕩けさせた彼女から誘惑するように懇願されては敵わなかったのである。


『今夜だけでも良いの…お願いコナー、一緒に寝て…?今日は何だか一人だけなのは寂しいの…』


 その時の彼女は、そう言った。
たぶんだけれど、その時の相手がきっと僕じゃなくても男だったならばこの誘いは断れなかったに違いないと思う。
其れには、仮に相手がアンドロイドであったとしても、という理由も十二分に含まれる。
というか、彼女の言った台詞には、ある種相手を魅了する魔法やまじないでも掛けられていたかのような響きすらあったように思えた。
 その誘い文句みたいな台詞に、僕は抗える術を知らないみたいに素直に従って、上着のジャケットを脱ぎ、彼女の隣の空いたスペースへお邪魔して躰を横たえた。
別に僕はアンドロイドだから睡眠や休息を必要とはしなかったが、彼女が望んだからには形だけでも人間と同じ其れを取る事を選んだ。
理由は特に無い。
ただ、あまりにも彼女が愛らしかったから、理性というか成人した男性型として設計されたが故の本能的な部分が働いて彼女の隣で眠る――つまりはそのままスリープモードに入る事を受け入れたのであった。


 ―翌日である今日の朝、僕は彼女が起きる時間であろう頃に設定していた通りにスリープモードを解除し、起動して彼女を起こした。
此れも、ハンクとの付き合いからによる経験が功を奏した。
スムーズな流れで彼女の起床を促し、出勤までの時間を計算し、食事の用意や出掛ける支度を整えるまでの補助を行う。
起きてすぐの始めこそ彼女は昨晩の己の失態を猛省し謝罪してきたが、僕が「ハンクとの付き合いで慣れてますから」と言った事と特段気にしていない様子からいつも通り接する事に決めたのか、「有難う」との短い御礼の言葉を皮切りにこの話題はもうお仕舞いにする事にしたようだ。
 僕も其れに従って彼女と共にタクシーに乗り、ハンクの家へと向かって文字通りハンクの事を叩き起こしてから署へと向かった。
取り敢えずは起こす事には成功したから、後は遅れてからでも出勤してくる彼を待つ事にしようとなって、二人一緒に仲良くお喋りをしながら職場へと出勤した。

 出勤してすぐ彼女は自分のデスクへと真っ直ぐ向かって荷物を置いた後、休憩室にまで珈琲を取りに行った。
僕が代わりに取りに行っても良かったが、彼女の朝のいつものルーティーンを崩したくは無かったので、彼女のデスク横の空いたスペースで大人しく立って待っていた。
 其処へ、出勤してきたギャビンに通りすがりに突っ掛かられる。
いつもの事なので、無視して無言を決め込んでいようかと思っていたら、ギャビンから思わぬ事を言われて反応せざるを得なくなった。


「おいおい、このプラスチック野郎、ルイスと仲良くご一緒に出勤してくるとか、刑事の真似事だけでなくとうとうメイドごっこまで始めちまったのか?何目指してんのか知らねぇけどよ、頼むからその間抜けな顔に似合わねぇブリブリのメイド服は着て来んなよ?流石のそこまでされた暁にゃ、気色悪過ぎてゲロっちまいそうだからな。まっ、プラスチック野郎にそんな趣味は無いと思いてぇけどな…!取り敢えず、彼奴の匂い引っ付くまでお前が犬みてぇにくっ付き回ってた事は理解したよ。いつか便所に行くまでも付いていくようになるか見物だぜ!そうなったら、お前はクソプラスチック野郎である事に加えて“クソ変態野郎”になるな!!ハハッ!精々嫌われねぇように努めるんだな…っ!!」
「…匂い、ですか…?僕の服から、彼女の…?」
「は…?何だよお前…もしかして全く気が付いて無かったとか言い出すんじゃないだろうな?」
「いえ、そのまさかです。屈辱的ではありますが、貴方から指摘されるまで全く気が付きませんでした」
「おいおい、嘘だろ…?勘弁してくれよ…クソプラスチック野郎。テメェがただの役立たずなプラスチックの塊になられたら、誰がゴミ箱に捨てに行くってんだ?俺は絶対に嫌だからな!そんな面倒事、端っから御免だぜ!」


 毎度の如く何とも理解し難い捨て台詞と共に何処かへ去っていくと、擦れ違い様に彼女が珈琲を手に此方へと戻ってくる。
其処へ、僕は今しがた抱いた疑問を彼女へぶつけてみる事にした。


「すみません、ルイス…突然変な事をお願いするようで恐縮なのですが、僕の服の匂いを嗅いでもらえませんか?」
「えっ?べ、つに良いけど…どうかしたの?ギャビンの奴に何か変な事言われた…?」
「いえ…大した事じゃないんですが、ちょっと気になってしまいまして……」
「う〜ん…特別変な匂いがするとかでは無さそうだけど?……うん、全然臭いとかも無いね」


 そう、僕の肩口に鼻を近付けてスンスンと匂いを嗅いで確かめてくれた彼女が答える。
匂いを嗅ぐ際に昨晩のように常に無い距離感になった事に他意は無いだろうが、一瞬、心臓の位置に在るシリウムポンプがドキドキと高鳴って変に緊張した。
何故だか分からず、かと言ってシステムのエラーでもないようなので、慣れない事によるものかと思って然り気無さを装い、動揺した事がバレないようその場を取り繕って隠した。


「そうですか…教えてくれて有難うございます、ルイス」
「其れはそうと、何で急に匂いなんて気にしだしたの?」
「先程、ギャビンに僕から貴女の匂いがすると指摘されて、初めて気が付いたんです。それまで何とも思ってもいなかったものですから、もしかしたら僕の嗅覚センサーの故障かなと思いまして…念には念を入れて確認してもらっとこうかと」
「あぁ、成程、そういう事だったのね…。え……でも待って、私ってばそんなに体臭匂うの?それとも、私の家の匂いが臭かったとか!?えっ、やだ!!万が一そうだったとしたら女としてヤバイし、クソ恥ずかしいじゃん…っ!!うわやだもうーっ!!今すぐ死にたい〜……っ!!」
「お、落ち着いてください、ルイス…!別段ルイスが臭い訳でもルイスから変な匂いがするとかでもないですから!寧ろ反対ですよ!!ルイスからはいつも良い匂いしかしてません!!僕が保証します…っ!!」
「いや、そのフォローの仕方だと何か周りに誤解生みそうだから止めて…!」
「でも、実際にルイスからはいつも良い匂いしかしませんよ…?昨晩、僕は酔った貴女を寝室まで運ぶのに貴女の家へ上がりましたが、其処でも別段気になる点はありませんでした。部屋で嗅いだのも、いつもルイスから香っている匂いと同じ匂いです。……もしかすると、そのせいかも?」
「うん…?コナー?大丈夫…?」


 ふと思い至った事に、僕は努めて冷静な振りをして彼女に向き直った。


「ルイス…どうやら僕は、貴女と一緒に居る事が多くなったが故に、貴女の匂いが側にあるという事に慣れてしまっていたようです。そのせいで、僕はギャビンに指摘されるまで気が付かなかったのでしょう。貴女は僕と同じくハンクの相棒ですから、日常的に常に行動を共にしていれば、貴方から香る匂いに慣れてしまうのも当然の事でしょう。…つまり、僕の服から貴女の香りがしても何ら不思議でもないですし、特別可笑しな事でもないという事ですよ。だから、僕は気が付かなかった。そういう事なんです」
「あ〜……なる」
「ですから、これからももっと一緒に行動していきましょうね!ルイス!」
「いや、ちょっと待て。…今ので何でそんな流れになるの?控えめに言って訳分かんない」
「え?好きな貴女の匂いが僕の服からするなんて、素敵な事じゃないですか。僕はアンドロイドなので、本来ならば体臭なんてものも無ければ匂いなんてものもありません。ですが、そんな僕の服から好きな匂いがしてくるなんて、これ以上に嬉しい事は無いですよ!ですから、今まで以上にもっと親密に行動を共にすれば、今よりももっと貴女の匂いが強く移るようになると思うんです…!そもそも、普段から一緒に居ても今まで匂いが移る事なんて無かったのは、其れだけ僕達の関係がまだ其れ程親密度が上がっていなかったからなのが原因だと思うんですよ。でも、偶然にも昨晩は貴女を介抱する上で貴女と一緒に一晩同じベッドで過ごしました。寝室は勿論の事ながら、ベッドという場所は相手の匂いが最も強く染み付いている場所で、また人にはそういった場所は心から信頼している相手にしか侵入を許さない傾向がありまして、酒に酔っていた事も相俟って昨晩の貴女はきっといつもなら隠している素直さを曝け出した事で僕にベッドという大事な場所へ侵入する許可を――…、」
「コナー、待って、もう良いから、其れ以上はもう良いから頼むからストップストップストップストォーップ…!!」
「何ですか、ルイス…僕の話はまだ途中ですが?」
「一先ず、お前の言いたい事は分かったから!其れ以上はもう言わなくて良い!!聞いてるこっちが小っ恥ずかしくなってくるからァ…ッ!!」
「何故恥ずかしがるんです?僕は特別可笑しな事は言っていなかったと思いますが?」
「うん、近い、絶妙に近い。何でだよ、ついさっきまでは何か可愛らしい空気だった筈なのに…!」
「僕がですか?可愛らしいのは常にルイスの方でしょう。嗚呼、でも貴女が可愛らしく振る舞うのはいつも僕達の前だけでしたね。きっと無自覚なんでしょう。だとしたら、ルイスはいけない人ですね…アンドロイドである僕を此処まで変異させる程の魅了をお持ちなんですから。僕は貴女の匂いが好きですよ。当然、貴女自身の事を好いているからですが――…、ってちょっと、何処へ行かれるんですか?待ってください、僕の話は終わっていませんよ!ルイス!待って…!!」
「ハァンク!!Hurry up!!And help meーッッッ!!(――早く来て!!そして私を助けてぇーッッッ!!)」
「ルイスったら、ちょっと待ってくださいよ……っ!!」


 突然僕の前から逃げ去るように署から出ていった彼女を追って、僕も慌てて外へと駆け出る。
当然、アンドロイドであり捜査補佐用に造られた僕が人間である彼女に追い付けない訳がなく、DPDを出てすぐの位置で彼女を捕まえる事が出来た。
無性に恥ずかしがって顔を赤らめる彼女は抵抗するも、態度から見て本気で嫌がっている訳でもないようなので、彼女に本気で嫌われない程度に加減して彼女の事を引き留める。
 すると、其処へ遅れてやって来たハンクから呆れた溜め息と共に呆れた視線をもらった。


「こんなとこで何やってんだ、お前等……」
「ハンク!!お願い、助けて…っ!!」
「ハンク!助けは不要です!!彼女は、ただ恥ずかしさから僕から逃れようとしているだけですので!!」
「あ゛ー…取り敢えず、状況は理解した――が、まずこんなとこで乳繰り合ってないでデスクに戻れ。話は其れから聞いてやる…。あと、コナー…お前はもうちょい声のボリュームを落とせ。朝っぱらからうるせぇぞ」
「すみません、ハンク!つい嬉しさのあまり感情を抑え切れなくて…!」
「分かったから…っ、良いから中に戻れ。通行人の邪魔だ」


 そうしてハンクが参入した事により、僕の好きな彼女の匂いに対する見解をより熱く語る事になるのだった。
終始ハンクは面倒くさそうに聞いていたが、何だかんだ言いながらも僕の話は最後まで聞いてくれたし、昨晩僕が彼女の家に上がる事になった経緯や其れにより僕に彼女の匂いが移った話も理解してくれた。
 ルイスは最後の最後まで恥ずかしがって、最終的にはギャビンの居座っているであろう休憩室なんて場所へ飛んで逃げてしまったが。
きっと、其れは彼女の照れ隠しだと分かっているので、今回ばかりは見逃してあげた。
ハンクからの理解も得れて、僕は今期最大にハッピーだ。
 あとは、今後ルイスへのアプローチの仕方を変更し、より親密な関係が築けるよう努力するのみである。


執筆日:2021.05.07