そうしたのは貴方よ


 コナーが私の為に丹精込めて作った料理を振る舞い、其れを綺麗に平らげるまでが“いつも”という風な流れとなったのはいつからだっけか。
ふと、そんな事を思い出して考えていたら、目の前でただひたすらに私の食事する風景を眺めていたコナーが口を開いた。


「どうかしましたか?何やら少し考え事をしている、というよりは一瞬物思いに耽っているように思えましたが…もしかして、今晩のメニューはお口に合いませんでしたか?」
「いや、そういう事じゃないのよ。料理については文句無く美味しいし、満足してるわ。ただちょっとだけ、少し前までの貴方との事を思い出していただけよ」
「そうでしたか…其れは安心しました。…して、僕との事で思い出していた事とは、一体何でしょう?」
「コナーが手ずから作ってくれた料理を私が食べて感想を言って、最後には必ず貴方が嬉しそうに笑ってくれるこの流れが、いつから当たり前になったんだっけなぁ…って」
「嗚呼、その事でしたか。ふふっ…可愛らしいですね、貴女という人は」
「何よぅ、いきなり…っ」
「すみません、ルイスがあまりにも可愛らしくて、つい…。でも、そうですね、いつからとはっきり述べたら…僕は正確にその日の事をデータとして記憶していますから、明確に詳細に語れますよ。ですが、今其れをすると雰囲気を著しく壊してしまう事になると分かっていますので、敢えて暈して言いますと…僕が貴女の食生活に対する関心の薄さに危機感を覚えた時からが始まりだったように思えますね」
「そうね。少し前までの私は、今じゃ考えられないくらい食に対しての関心が薄いどころか、若干人間性に欠けた生活が普通と思っていたから。同じ人としても引くレベルでやばかったわぁ…」


 つい最近までの事を思い出しながら苦い笑みを浮かべて食事の手を止めていれば、向かいでにっこりと笑む彼からちょんちょん、と小さく催促を受けてゆるゆると再開させる。
 今晩のメニューはスタミナを付けるには完璧な肉料理コースだった。
どんなに食欲が減退していても、思わず食欲を刺激されて御飯が進んじゃうような、そんなメニュー。
 食べ物を摂取出来ない彼の代わりに、私が己の腹を満たす為に食べるだけの流れ。
そんな私が何かを食べている光景を眺めて一緒にその場の空気を共有するのが、彼の中での何よりもの楽しみであった。


「あんなにも食への関心が薄かった貴女が、今や僕手ずから作った料理をこんなにも美味しそうに食べてくれる…。人というのはこんなにも変われるものなんですから、不思議ですね。勿論、その事は僕にとってとっても嬉しい事ですよ?」
「あら、変わったのは貴方もなんじゃないの?」
「ええ、そうです。好きな人が出来た事によって、僕は変化した。自ら変異体となる事を選んで」


 そう言って、彼は私の頬へと優しく手を伸ばして触れてきた。
まるで、人間的で言う、“愛しくて堪らない”という感情を表すように。


「僕はルイスが好きだ。そんな貴女が僕の作った手料理を喜んで食べてくれて、その食べた物達が全て貴女の生きていく上で必要なエネルギー源になっていくだなんて…此れ以上に素敵な事は無いでしょう?」


 彼は恍惚とした表情を浮かべて笑って言う。


「どうか、これからも、貴女の食事は僕に作らせてくださいね。貴女が健康的に長生き出来るように、しっかりと栄養を管理した物を提供致しますから。貴女の胃袋は、最早僕のもの…毎日飛びっきり美味しい料理で貴女の事をもてなしてあげますから、遠慮せずお腹を空かせて帰ってきてくださいね?貴女が心の底から満足出来るよう満たして差し上げますから。僕の飛びっきりの愛を込めた料理でね…っ」


 最後にウインクまで添えて愛を伝えてくるだなんて、お茶目なアンドロイドさんだ事。
だけれども、そんな誰よりも機械的な筈の彼が人間的な感情を――愛情を芽生えさせた切っ掛けを作った張本人は私だし、機械なのに誰よりも人間臭く愛しく思えて仕方ないのも本音である。
つまりは、惚れたが故の弱みというやつなのだった。

 最後の一口まで残さず綺麗に平らげて、「御馳走様」と告げる。
そして、毎度の如くとっても美味しかったとの事を述べると、彼は決まって大層嬉しそうに顔に花を咲かせるのだ。


「今晩も満足して頂けたようで良かったです…!さぁ、後片付けも僕に任せて、ルイスはゆっくりとソファーで寛いでいてください!一休みしてお腹がこなれた後はシャワーを浴びますよね?ルイスが休んでいる間にお湯を張っておきますから、お風呂に入りたくなったらいつでも好きな時に入ってください!あ、入浴剤は何れが良いですか?今日の気分に合わせた物を選びたいので、教えてくださると嬉しいです…!ああ、勿論、僕にお任せでも構いません!貴女の気分に完璧に合った物を選んでみせますから!!」


 料理を褒められた事で上機嫌になったのか、威勢良く返事を返してきたコナーはそのままの流れで少々早口にこの後の流れの事を話し始める。
だが、もう夜も遅い事も踏まえて、此れ以上の大声は近所迷惑になるよと暗に含ませた体で彼の元気なお口に人差し指を添えてチャックした。


「そうね、今日は疲れたから、其れを癒してくれるような香りの入浴剤が良いわ。其れと…さっきまでの話の続きだけれど、私が貴方の料理でたっぷりとお腹を満たした後は、今度は貴方が私を食べちゃうまでがセットの流れよね?なら、私がベッドに行くまで良い子で待っててくれるかしら…?」
「ルイス…っ、」
「ふふっ、分かってる、意地悪して焦らしてる訳じゃないから怒らないで。何だったら、今夜のお風呂は一緒に入る…?どうせ、その調子じゃベッドまで我慢出来ないんでしょ?」


 茶化しめいた風に告げれば、明らかに興奮の入り交じった目で以て口許を封じてきた私の指先を食み、甘く齧る。


「貴女からのお誘いとあらば…喜んで。明日はお休みの日でしたし、今夜はじっくり優しく抱いてあげますよ。ご希望ならば、激しく愛でてあげる事だって自由なまま…僕は貴女の物ですから、どうぞお好きに」


 食後のキスは、軽く触れ合う程度に。
でも、今日の彼は大胆みたいだから、ちょっとくらい深く絡み合うくらいのキスだって許して上げちゃおう。
私の咥内を堪能するのも、彼の性癖の一つなようだから。

 彼の料理を残さず平らげた後は、私が料理となって彼の空腹を満たす番だ。


執筆日:2021.08.21