糖分不足に溶けた脳味噌


「なぁんか甘い物が食べたみ…」
「じゃあ、適当に砂糖菓子でも食ってろ」
「そうするー…」


 そう言って甘い物を探そうとしたが、近場には無かったのか、しょうがないとすんなり諦めるかと思われた、その矢先。
まさかの自分が珈琲を飲む時用にと専用で置いていたシュガーポットの中の角砂糖を食べようと手を伸ばした。
そして、躊躇いも無くポーイと一粒口の中へ放り込み、ジャリジャリと噛み砕いた彼女を見て、ギョッとしたハンクは声を荒げて止めに入った。


「オイオイオイオイ…ッ!俺は何も砂糖その物を食えなんて言った覚えはねぇぞ!?つーか、普通に考えてまんま砂糖食い出す奴があるかッ!!んな物、流石の俺でも食べねぇぞ!!」
「だって、此れぐらいしか近場に甘い物と呼べる物が無くって…」
「だからって砂糖の塊を直接食おうとするか!?お前疲れてんだろ…ッ、じゃなきゃそんなトチ狂った真似しねぇ筈だ。…ったく、ちょっと動けば休憩所にはドーナツがあるってのによ。はぁーっ、こりゃ相当キテるな…」
「甘い物……、」
「コイツは暫く没収だ。砂糖の塊なんざバリボリ食ってたら病気になっちまうぜ。ったく、何で俺がお前の面倒なんか見なきゃならねぇってんだ…?」


 これ以上は駄目だとシュガーポットごと没収すれば、尚も甘い物を求めて遠ざけた手を追って手を伸ばそうとするルイス。
 ――こりゃ完全にイカれちまってる。
早々と自分一人では御手上げだと諦めたハンクは、深々とした溜め息をいた後に「おい、コナー!助けてくれ!!」と相棒の名を切羽詰まったような急いた声音で呼び付けた。
その声に直ぐ様駆け付けた彼の相棒であるアンドロイドのコナーは、平然通りの口調で訊ねてくる。


「どうされましたか、アンダーソン警部補?」
「此奴の奇行を止める為にも、手短なとこにあるドーナツでも何でも、兎に角甘い物を持ってきてやってくれ!此奴はもう駄目だ、完全にイカれてやがる…ッ」
「ドーナツでしたら、休憩所に置かれてある物がありますが…其れで宜しいでしょうか?別の物をという事でしたら、すぐ近くに甘い物を売っているショップが数件ありますので、買いに行こうと思えばすぐにでも行けない事もないですが?」
「嗚呼、兎に角何でも良いから早く此奴に甘い物摂取させてやれ…っ。頭使い過ぎたせいで疲れちまったのか、禁断症状みたいなのが出ちまってるからよ」
「禁断症状、と言いますと…?」
「甘い物が食べた過ぎるあまりに、すぐ近場に珈琲用の角砂糖しか無かったからって今此奴から没収したコレに手を出しやがってよ…流石のソレは不味いってなって慌てて止めに入った訳だ」
「成程、確かに其れは異常な行動ですね」
「だろ…?分かったら、今すぐにでも此奴の為に甘い物用意してやってくれ。取り敢えず、何かしらの甘い物食ったら治まるだろうからよ」
「分かりました。では、一先ず、休憩所に置いてあるドーナツを幾つか取ってきます。その後、まだ足りないようでしたら、近くのパティスリーショップにでも行って何か買ってきましょう。ハンクにも何か持ってきましょうか?」
「いや、俺は良い…暫く甘い物は見たくねぇよ……。代わりに、珈琲頼んでも良いか?」
「では、ハンクには苦めの珈琲をお持ちしますね」


 相棒からの注文をすんなり受け取った彼は、急ぎ足で休憩所へと向かい、彼女用のドーナツを二つ程皿に乗せ、食事には飲み物が要るだろうとついでに珈琲もセットに付けて持ってくる。
砂糖の塊である角砂糖に手を出す程甘い物に飢え、糖分を欲しがって止まないのだろう彼女の事を考慮し、珈琲にも多少の糖分を加えて用意した。
 まぁ、元より彼女はブラックを飲めるくちではない為、砂糖を加える流れは通常通りなのだが…。
今はどうも其れ異常に糖分を摂取する事を求めているようだ。
ので、彼は、通常の彼女が飲む基準より甘めにした物を用意した。


「どうぞ、ドーナツとドリンクの珈琲セットです」
「わぁい…!甘い物だぁ〜っ!有難うコナー!!」
「どういたしまして」


 短めの遣り取りを挟んだのちに、今度はハンクの為の珈琲を用意する為、休憩所へととんぼ返りするコナー。
そんな彼の様子を傍目から観察していたギャビンが揶揄するような言葉を投げ掛ける。


「おいおい、クソプラ野郎さんよォ、警察ごっこからとうとう彼奴等の召し使いにでもなったのかい?」
「召し使いになった覚えはありませんが、相棒である二人が僕を必要としてくれるので、僕は其れに応じたまでです。失礼ですが、僕は今急いでいるので、此れにて」
「ケッ…!相変わらず糞つまんねぇ奴だぜ!!」


 ギャビンのお得意のちょっかいを物ともせず淡々と返して二人のデスクまで戻ってきたコナー。
心なしか、清々しさすら見て取れるような顔付きである。


「どうぞ、ハンク。頼まれた珈琲です」
「おぉ…ありがとよ」


 無事任務は達成とばかりにドヤ顔を曝す彼の様子に、ハンクは慣れた調子でスルーする。
常から見られる光景である。
ハンクからの任務は完了したと判断したコナーは、次のミッションに備えて彼女のデスクの方へと移動し、執事の如くすぐ側の隣で待機した。


「お味は如何ですか?ルイス」
「うんっ、美味しいよ〜!」
「其れは良かったです。まだ何か足りないようでしたら、僕が調達してきますが…どうされますか?」
「う〜ん…何となくコレだけじゃ足りない気がするから……何か手頃に仕事の片手間に食べれそうな甘いお菓子が食べたいな!」
「分かりました。では、近くのパティスリーショップにでも行ってご要望に当たりそうな物を見繕ってきましょう」
「うげ…っ、やっぱりまだ食う気なのかよ、お前……っ。見てるこっちが胸焼けしてきそうだぜ…」


 十分に甘いであろうドーナツを二つも持ってきてもらいながらもまだ足りないと言う彼女に呆れ返ったハンクが思わず顔を顰めて引く。
何れだけ彼が今の彼女の現状に引いているのかを表情や言動、声音の加減から分析し、データに記録された普段の彼女の行動パターンと参照してみても、やはり異常な光景に映るようだ。
アンドロイド視点的に見れば、其れはエラーを引き起こしたようにも見て取れた。
 早く改善してあげねばと思ったコナーは、急いで近くのパティスリーショップへと駆け込み、彼女の注文通りの“手頃に片手間に食べれそうな甘いお菓子”を選んで袋に包んでもらう。
其れを持って、彼は愛しの彼女の元へと戻った。


「お待たせしました、ルイス!ご注文の甘いお菓子ですよ!」
「わぁっ、美味しそうなお菓子がいっぱいある〜!」
「どうぞ、お好きな物から食べてくださいね。あぁ、珈琲のおかわりも必要ですよね?すぐに淹れてきますから、ルイスは此方で待っていてください」
「有難うコナー!大好き!」
「有難うございます。僕も貴女の事が大好きですよ、ルイス」
「えへへっ…嬉しい〜!」


 糖分が足らないだけでこんなにも理性がデロデロに溶けるのか…。
周囲の者達はそんな思いで彼女等の様子を遠目に眺めていた。
 そんな理性のデロデロに緩んだ彼女の言動に逐一返事を返す彼も律儀である。
表情そのものは変わっていないように思えても、その実で彼は物凄くテンションが上がっていたのだった。
その証拠に、彼女のデスクへ戻ってくるなり、隣のデスクに居るハンクに向かって分かりやすいくらいの音量で以てぶっちゃけた。


「ハンク、今さっきの流れ聞いてましたか!?」
「あー、そりゃ真隣だからな、聞こえてたよ」
「ルイスが僕に大好きと言ってくださいましたよ!こんな嬉しい事ってあると思いますか!?」
「あぁ、うん、お前にとっちゃ滅茶苦茶嬉しかったんだな。つって、此奴絶賛脳味噌緩んでるからのリアクションだろうけどな…。まぁ、何にせよ、良かったな。盛大な告白されて」
「はい!!僕は今とっても嬉しくて堪りません!!ので、暫くは興奮状態が収まらないかもしれません!!」
「分かった、分かったから…少しは声のボリュームを落とせ。うるさくって敵わねぇよ…っ」
「すみません!嬉しさのあまり、感情システムのコントロールが上手くいきませんでした!今、ボイスシステムのボリュームを落としますね…っ。――わぁ、我ながら凄い音量にまで跳ね上がってたんですね。コレは近場で聞いていたらうるさいと言われる筈です」
「ちなみに、どんなレベルだったんだ…?」
「そうですね…例えるなら、コンサートが行われるようなスタジアム会場でマイクやスピーカーを通して響き渡るような大音量、と言ったところでしょうか」
「滅茶苦茶うるせぇレベルじゃねーか。そりゃうるせぇ筈だわ。つか、今のだけでそんな変化するって逆に凄ェよ」
「有難うございます」
「いや、別に褒めてねぇんだわ。だからそんな嬉しがるな。あと、また今回みたいな事になっても困るから、好きならルイスの面倒見てやってくれ。俺は勘弁願うぞ、幾ら仕事仲間と言おうと其処まで世話焼く気はこれっぽっちも無ェからな。ルイスの事はお前に任せた」
「喜んで!」


 またもや声のボリュームを上げてしまった彼に、署長の方から「うるさいぞ!」とのクレームが飛んでくるのだった。


執筆日:2021.11.04