【純粋無垢】



前、一度自宅での御飯に呼んだ敦君。

今日もまた、可愛い後輩にしっかり育って欲しい為、御飯をご馳走しようと自宅に招いた。

ご馳走すると言っても、自分では大した料理を作ってやる事も出来ないので、相変わらずの拙い手抜きの料理が卓上に並ぶ。

其れでも、彼は至極嬉しそうに手を合わせた。


「わぁっ、美味しそうですね!いっただきまぁーす!!」


ほぼコンビニで買ってきたおかずで構成されたコンビニ飯でも感激する彼は純粋だ。


「コンビニって凄いですね!手軽に買えるお握りやお弁当の他に、一人暮らしの人には便利なレンジでチンするだけのおかずまで売ってるだなんて…!」
『今の時代はねぇ〜。ちょっと前までは無かったけど、今や、其処らのスーパーにもありそうな冷凍飯も売ってるからね。便利になったこった。おまけに、スーパーとかよりもお安く買えちゃうお手頃価格。』
「僕も、今度買ってみようかな…。食費って馬鹿にならないですし。」


何か真剣な顔をして考え出した敦君。

平和な悩みだ。


『こんなコンビニ飯でも喜べるとは、君はおめでたいねぇ…。』


皮肉染みた言葉が出てしまう口に滲み出る醜い心。


「そうですか…?僕は、こうやって気軽に食事に誘ってもらえるって事が、単純に嬉しいですよ?例え、それが光祢さんの手料理じゃなくてコンビニ飯で構成されていても。誰かと一緒に御飯を食べれる事って、凄く単純で大した事じゃないかもしれないですけど、大事な事だなって思いますから。」


嗚呼、君は本当に澄んだ心をしているよ。


『そうだね…。私も、嘗ては君の様に澄んでいた心を持っていたよ…随分昔の頃の話だけどね。』
「だから、僕は、今こうやって光祢さんと御飯を食べれてる事が嬉しいですっ。だって、そういう風な相手に選ばれたって事ですからね…!」


思わずきょとんとした顔で彼を見返した。

そして、次の瞬間には、何か可笑しかったかのように吹き出した。


『ふ…っ、あっはっはっはっは………!』
「光祢さん…?ど、どうしたんですか?急に笑い出すなんて…。」
『ははは…っ。いや、何、何でもないよ。ただ、時々、自分が少し馬鹿らしく思えるだけだよ。』
「はぁ…?」


よく判らないと言わんばかりに首を傾げる敦君。

そうだ、それで良い。

君は、それで良いんだ。

私の何かを知らないままで。

忘れる事の出来ない醜い己と己の過去など…彼は知らなくて良い。


「そう言えば、嘗てはどうだったとかってさっき言ってましたけど…光祢さんって、記憶喪失だったんですよね…?記憶、思い出されたんですか?」
『いや、そういうのじゃないよ。そもそもが、凡てを忘れた訳ではないしね…。一部の記憶を失っているだけさ。最も、忘れてしまいたい程の記憶は、何故か覚えているんだがね…。君の様に、その記憶に蓋が出来ていれば良かったんだけどねぇ〜………っ。』
「僕の様に……?」
『…まだ、君は知らなくても良い事だよ。何れ知る時が来るからね。』


ただ、今は、君のその純粋な心に浸っていたい。

―随分前に…此のヨコハマという地に訪れる前に汚れてしまった心の奥底で燻る澱みを、少しでも浄化する為に。


「ねぇ、光祢さん。」
『うん…?何だい?』
「もし良かったら、またこうやって御飯ご一緒しても良いですか…?」
『…君が私なんかと一緒に食べたいと言うのなら、何時でも…?』
「やった…!ありがとうございます!今度は是非、太宰さんや鏡花ちゃんなんかも誘って一緒に食べたいですね!!」
『そうだねぇ…。』
「あ、何だったら、国木田さんや乱歩さん、谷崎さんや与謝野先生とかも…。いっそ、もう社員全員で何処かへ食べに行ったりなんてのも素敵で良いですよね!!」
『はは…っ、そりゃ随分と大賑わいになりそうな感じだね?まぁ、きっとそうなった時は、皆楽しいんじゃないかな…?』
「はい…っ!皆で一緒に御飯を食べるってのも良いですよね!そしたら、きっと光祢さんも寂しくなくなりますよね?」


何の拍子もなく、何時もの無邪気な笑顔でそう言われた。

時折として、彼は他人の懐にスルリと入り込み、ストンと落ちる言葉を落としていく。

成程、彼にはそう見えたのか…。

唐突な言葉だったが、妙に心に落ち着いた感覚を感じ取って自嘲気味な笑みを浮かべる。


『……君は本当に凄い子だよ…。』
「え………?」
『いや、単なる独り言さ…気にしないで。』


出来る事なら、このまま彼の純粋さに寄り添っていたい。


『嗚呼、でも…敦君さえ良かったら、また誘っても良いかな?腹を空かせた小虎が、またぶっ倒れて道端で伸びちゃわないように。』
「寧ろ、宜しくお願いします…!」
『あはは…っ、やっぱり君は一緒に居て飽きないな。見ていて面白いし、何時も助けられてるよ…。だからさ、こうやって偶に寂しがり屋な猫の気まぐれに付き合ってやって頂戴ね?』
「えぇ〜っ、何ですかそれぇ…?」


可笑しそうにまた、敦君が笑う。

願わくは、その笑みが絶えない事を、私は祈るよ…。


―訳有り居候の寂しがり猫は、影から見守る。


執筆日:2018.12.27