弓兵さんは嫉妬する


 いつものように、ファラオと同様に遠く離れた位置から推しを眺めて「今日も推しが尊いなぁ〜」なんて、ニコニコ顔を浮かべていたら。
 偶々近くを通り掛かったのだろう、通りすがりのぐだ男こと藤丸がにこやかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「こんにちは〜っ、須桜さん! 何だかご機嫌みたいだけど、何か良い事でもあったの?」
「おや、藤丸君。こんにちは〜っ。特別何かあったとかではないのだけれどね〜。強いて言うなれば、今日も推しが尊いなって思ってただけだよ!」
「あー、そういえば……須桜さんてファラオことオジマンと同担だったっけ?」
「そう! なので、たぶんまた近い内に推し会開くんじゃないかなぁ〜とかって思うので、その時の為の話題作りに備えて現在進行形で推しを拝んでおりました……!」
「直接側で見るのとはどう違うの……?」
「甘いな、藤丸君よ……っ。推しに対しての心構えというのはな、常に離れた所から密かにひっそり応援の気持ちを持ちつつ拝む事なのだよ。故に、そう易々と気安く接触を図るなど烏滸がましいと私は思っている。その対象相手の勇者たる者ならば、尚更尊重の意思を以て接するのが望ましいと思います……っ」
「うーん、そういうものなのかなぁ……っ? 俺には、よく分からないというか、何かちょっと違う気が……」
「なら、藤丸君よ。相手がアイドルであったならばどうする?」
「アイドルの子が相手なら……まぁ、ステージとかに立ってる姿を少し離れた場所から眺めて応援する……かなぁ〜?」
「うん。私の現状は正に其れよ。推しとは総じて己のアイドルのようなもの、即ち離れた場所から拝むのがテンプレなのさね」
「成程〜。流石は須桜さん、ファラオに認められた同士ってだけはあるよね! ……あっ」
 そのままの流れで、仲良く会話に講じていれば、不意に藤丸が何かに気付いたように彼女の後ろへ視線を投げた。気付かぬ彼女は、きょとんとした表情を浮かべて小首を傾げ、「どうした藤丸君?」と口を開こうとする。しかし、その一歩手前で彼女の背後より別の人物からの声が届いた。
「よぉ、お二人さん。随分にこやかそうな雰囲気だったが、何話して――」
「ひぎゃあッッッ!?」
「おっと、すまん! そんなに驚かせるつもりは無かったんだが……っ」
「びびっ、吃驚したぁ〜……っ! もうっ、いきなり背後から話しかけないでくれよ、頼むから……! 私、不意打ちに弱いんだよぉ!」
「いやぁ、すまんすまん! あんまりにもお二人さんが楽しそうだったんでな。何話してんのかなぁ〜って、つい気になっちまってさ」
「一瞬心臓無いなるかと思た……っ」
「あははっ、まぁ俺も定期的でよくあるから分かるよ! サーヴァントの皆って気配消すのに慣れてるから、つい癖でやっちゃうんだってね。アーラシュは弓兵アーチャークラスだから、特に其れが強いんじゃない?」
「一理あるな。流石は藤丸、伊達にマスターやってないな……!」
「えへへっ……!」
 ふとした事で褒められた藤丸は、素直に嬉しそうに笑った。其れを真横で見ていた須桜は、保護者面で微笑ましげな空気を醸し出すと同時に、良い子の証に頭をヨシヨシした。相変わらずの後方支援者顔である。
 褒められた嬉しさもそこそこに、藤丸は今しがたの光景を脳裏に浮かべたのか、可笑しそうに笑った。
「其れにしても、今の須桜さん面白かったなぁ〜! まるで本物の猫みたいに飛び跳ねて驚くんだもん! 時々思うけど、須桜さんて、本当に猫みたいな動きするよね?」
「私は元々猫みのある人間ぞ! だから、怒れば爪で引っ掻きもすれば猫パンチだって繰り出すぞ!」
「はははっ! ウチのマスターは本当に面白い奴だなぁ〜! 見てて飽きん!」
「とりま、アーラシュは私の背後に突然現れるのを止めてくれ。控えめに言って心臓無いなる」
「ん、其れについては本当にすまんかった。さっきはああ言ったが、内心マスターの面白い反応見たさで忍び寄ったところはあった」
「つまりは、わざとやん!?」
「はははははっ! だから悪かったって謝ったろ?」
「この弓兵あざといぞ……! 自分構って欲しさにちょっかい掛ける構ってちゃんかよ!?」
「うん……まぁ、正直なところ言うと、そうだな……っ。気ィ悪くさせちまったなら悪い」
「ヴぁッッッ」
 照れ臭げに頬を掻きながら本音を零した勇者に、とてつもない攻撃でも食らったかのような衝撃を受けて仰け反った須桜は、其れとなく勇者から距離を取るように離れて目元を覆った。その謎リアクションに疑問符を浮かべた藤丸は、半ば自身の影へと隠れようとする彼女に向かって疑問を投げる。
「須桜さん……? 何でラッコさんみたくお目めナイナイしてるの?」
「……推しが尊過ぎるが故に眩しさで一瞬目が潰れるか思たからナイナイ状態に陥ったのよ……っ」
「凄い、今の一息で言い切った……!」
「推しそのものが目の前に居なかったら、確実に某・大佐の如く“目がぁーッ!!”て言いながら仰け反るからの転げ回ってたわ〜……」
「いや、既にほぼほぼ言ってるじゃん……っ。てかさ、須桜さん……ちょいちょい細か過ぎて伝わらない選手権挟んでない?」
「分かっちゃった?」
「分かる世代には直撃食らって吹き出すので控えてくださーいっ」
「はーいっ、とぅいまてーん!」
 巫山戯ふざけ半分でおどけた謝罪文句を口にすると、通じるネタだったのか、少年マスターは可笑しそうにお腹を抱えて笑った。此れに、満足げな笑みを浮かべる彼女も笑う。
 そんな仲睦まじげな空気の二人から置いてきぼりを食らってしまっていた勇者は、一人笑みを浮かべたまま佇み、ジッと少年の方を見つめた。意味深な視線に気付いた藤丸が内心ハッとし、慌てて自身に寄り掛かってしまっていた彼女を彼の方へ任せると、席を立って嘘を口にした。
「あぁっと! 俺、ダヴィンチちゃんのとこに用があったの忘れてたや! 折角せっかくの楽しそうな空気ぶち壊しちゃう形になって御免! また今度、暇な時にいっぱいお喋りしよう!」
「ありゃまぁ。そういう事なら仕方がないね! 気にせず行ってらっしゃいな!」
「うん、ほんっと御免ね須桜さん! それじゃ、アーラシュ、後は宜しく……!」
「応! 任された!」
 何やら慌ただしく行ってしまった少年の背を見送って、ぱちくりと瞬きを一つ零した彼女は呟いた。
「まぁ、元々通りすがりに声かけてもらってた身だから、あんま気にしちゃいないんだけどね〜。相変わらずお忙しそうで大変だな、ぐだーずちゃん達は……っ。子供二人が頑張ってるんだから、大人である私も頑張んなきゃね!」
「うーん……何か変な気ィ遣わせちまったみたいで申し訳なかったなぁ……っ。流石に、今のは大人げ無かったか……」
「うん……? 何か言った、アーラシュ?」
「ん!? いやっ、何でも無いぞ! 単なる独り言だから、マスターは気にすんな!」
「はぁ……? よく分かんないけども、アーラシュがそう言うのなら……?」
 彼の零した呟きを全く聞き取っていなかったらしい須桜は、不思議そうな顔で小首を傾げて頷く。何気無い仕草すら様になる事を知らぬ彼女は、無自覚だ。此れに、内心で唸るだけに留めた勇者は平素を装って話を逸らしていく。
「そういえば、さっき訊きかけたが……藤丸と何話してたんだ? うっすら、ファラオの兄さんがどうとかってな声だけ聞こえはしたが」
「んっとね、藤丸君とは、推しについてのマナーを語っていたのだよ!」
「推しについてのマナー…………」
「例えば、“アイドルが近くに居たらどうする?”ってな感じに話題を投げて話してた訳ッス。もち、私ならば、一定の距離感を保ちつつ陰より拝ませて頂きながら応援の気持ちを込めた視線を投げるだけに留めるんだぜ……! 推しに対して、一定の距離感を保つのは大事な事だからな!!」
「何かよくは分からんが、熱意があるんだなって事だけは理解したぜ!」
「有難う! 此処で礼言うのも意味不かもしんないけども、何となく理解してもらえた事が嬉しかったから言っとく!」
 最早勢いだけで中身は空っぽな気のする会話をしている感じがしたが、此れは此れで良しとしよう。
 空気を読んだ少年の心遣いにより生まれた、二人きりという機会に、勇者は嬉しそうな空気を滲ませて口を開いた。
「なぁ、マスターはこれからどうする? 今なら暇で手が空いてるんでな、何だって付き合うぜ」
「ん〜……今日は比較的のんびりまったり過ごす予定だったから、周回はノルマ以上回らずのお休みで……。其れ以外っつったら、何があるんだ逆に??」
「何も思い浮かばなそうなら、今晩の晩飯用の食材確保に狩りにでも行くかい?」
「そうだね。特に遣る事無くて暇だし。どうせ遣る事無いなら、いっちょ狩りにでも行っちゃいますかァ……!」
「おしっ、その意気だぜ! マスター!」
「エミヤママンに美味しく調理してもらえるように、飛びっきりデッカイ獲物GETしよう!! そうと決まれば、早速ダヴィンチちゃんに素材集めの周回許可取って来ようっと〜!」
 そう言って、勇者を連れて走り出す彼女に、しょうがないなと言わんばかりの笑みを漏らした彼は満更でも無いようだ。その証拠に、他の誰かと居た時と比べて明らかに緩んだ表情を浮かべていた。

コレ書きたかった一番の理由……藤丸君ことぐだ男に「何でラッコさんみたくお目めナイナイしてるの?」って言わせたかったが為である。ぐだ子ちゃんじゃなくぐだ男に言わせたのも敢えてなる。ぐだ男には可愛い台詞言わせたくなる謎……。ぐだ男の鯖勢は、この台詞聞いて密かに可愛さに悶えてたら良いな。


執筆日:2023.05.03
公開日:2023.05.04