――とある日のカルデアである。
ある日の食堂で暇を持て余した暇人二人が、他に遣る事も無いからと推し会を開いて、何やらいそいそと作っていた。
其処へ、通りすがりの勇者が立ち止まって興味深げに声をかける。
「ファラオの兄さん達、何やってるんだー?」
「おおっ、よくぞ参った勇者よ……! 見るが良い、余の渾身の出来の
「何でまた
「ふっふっふっ……流石の勇者とて、この
「ハイ。えー、只今説明に
「――と、いう訳なのだ……。今の説明で余等が為していた事が分かったであろう!」
「あ゛ーっ……自信満々に言い切られたとこ悪いんだが、そもそもの意味自体が理解出来てないんでよく分かってないんだ……っ」
「何ィ!? おい、魔術師よ、話が違うではないか……っ!!」
「あー、うん。たぶん、アーラシュは、私等の此れを作った意図そのものが理解出来てないんだと思う……。改めて説明しよう!」
意味が分からずのまま絡まれている彼を哀れんだ彼女が、咳払いを挟んだのちに改めて状況説明を行う役割に回って口を開く。
「細かい部分は
「へぇ〜。で、其れは
「今この時に決まっておろう」
「へ??」
キメ顔で断言し切ったファラオに、間の抜けた声を漏らして視線を其方へ向けると、スッ……と
「勇者よ。特と許す。余に向かって
「ファラオの兄さん相手に宝具を打てと!? いやいや無理だろ、そんな恐れ多い事……!! というか、いきなりどうしてそんな事言うんだ!? どうしちまったんだよ、ファラオの兄さん……! 気でも触れちまったのか!?」
「マスター、説明せい」
「うぃっす。えー、今のは飽く迄ファンサを求めたのであって、ガチの本気で宝具を打てと命じた訳ではございません故、誤解無きよう……。改めて説明しますとですね、只今ファラオが仰いました言葉を別の言葉へ訳しますと、“ファンサしておくれ”の意味になります。ので、其れを求められた側であるアーラシュは、アイドルの如く何か適当にポーズを決めるなり決め台詞なりを返して頂ければ幸いなり。仮に例題を挙げますと、私マスターが“ガント打って!”とのファンサを求められたとした場合、求めた相手に向かってガントを打つポーズや仕草を決めてウインクする……等といった流れになります。ので、アーラシュの場合で言うと、“
極々自然の如く流れるように説明を終えた彼女に、困惑の意は拭えなかったが、一先ず納得してみせる事にした弓兵は口を開いた。
「あーっと……取り敢えずは理解したが……一つだけ質問良いか?」
「良い。特と許す。何ぞ申せ」
「ファラオの兄さんの
「何故、と申すか……。そんなもの、決まっておるではないか!」
「え??」
「余とマスターは同担故に、共に勇者を推す仲であるからだ!!」
「ぅ゛え゛えええっっっ!??」
「其れ程までに驚くか……」
「いや、逆に驚くなって言う方が無理だろう!? マスター、今までそんな素振り一つも見せなかったろ!?」
「ふふふっ……ドッキリ大成功ですぞ、ファラオよ。全ては計画通り」
某・悪役で有名なキャラの如く悪どい笑みを浮かべて笑う彼女に、若干引きの態度を見せたファラオは、未だ驚きを隠せないでいる勇者へ追随するかのように続けた。
「お主が気付かなかっただけで、この娘は余と共に勇者を推しておったぞ。先日勇者について語った時も、戦闘時にしか見せぬ表情が格好良かっただのときめいただのと呟いておったわ。余はその話を面白半分に聞いておったがな。実に滑稽よなぁ、勇者よ。己の本心は届いておらずも、図らずともこうして無邪気に勇者の勇姿を語ってみせるのだから……笑いを堪えるのに苦労したわ」
「え゛っ……は……? ま、マスター……今のは、本当か……?」
「え? 今、ファラオが言った事についてなら、全て事実だけれども。……え゛。何か不味かったかね……?」
「案ずるな。勇者にとって見れば、今のは思わぬ行幸であったであろうよ」
「ふむ? プラスな事であったのなら良いのだが」
ファラオが言うように、思わぬところで良い話を聞いた勇者は、嬉しさによる興奮から赤くなる顔を隠して唸るように呟きを零した。
「ッ……、こんなの聞いてないぞ、ファラオの兄さん……っ!」
「ふははははっ! 存分に照れるが良い! のちには、その立場が逆転するのは分かり切った事! 今の内に噛み締めておくが良かろう。勇者が
「何か意味深な事言って格好付けてるファラオ、端から見て実に愉快だなぁ〜」
「フンッ。今限りのみ、貴様の不敬を許そう。代わりに、飛びっきりのスマイルとやらで勇者にファンサをして見せるが良い。特と許す。貴様の渾身のファンサを余に見せ付けてみよ!」
「つまりは、お手本を見せてみろって事っすね? 相分かったァ! 俺の渾身のファンサアピールを受けてくれ、アーラシュ……!!」
「はっ!? ちょ、ちょちょっと待ってくれ! まだ心の準備が……っ!!」
ノリが良いのか悪いのか、恐らく現状の彼女は前者であり、しかも悪ノリしているのだろう。ファラオに言われるがまま忠実に従ってみせた須桜は、待ったの声には耳を貸さず、そのままの勢いで
「キャーッ! アーラシュ! “
「ぐッ……!!」
「そら、勇者よ。貴様の愛しの
「ッ〜〜〜、他人事だと思って……!!」
「事実、余からすれば所詮他人事に過ぎぬ。故に、余は今、至極愉快極まりないぞ! ふははははっ!!」
「わぁ、今日もファラオは元気でよろしいねぇ〜」
愉悦とばかりに不敵に笑ってみせる神王に悔しげな表情を見せた勇者は、負けじと羞恥を堪えて彼女の求めるファンサに応えてみせた。
彼女に向かって矢をつがえるポーズで構え、詠唱台詞を口にしたのちに渾身の気持ちを込めて叫ぶ。
「――陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力を与え
「ッ…………」
「あれ……? ま、マスター? おーい、生きてるかー?」
「…………ッハ!? いかん、うっかりマジで
「本当に大丈夫か!?」
「うん、大丈夫! ちょっとアーラシュの格好良さに
「いや、昇天しかけてる時点で逆に縮んでるだろ!? ファラオの兄さんも何か静かだし……! おーい、ファラオの兄さんしっかりしろー!」
暫く無言の沈黙が降りた後に、復活したかのように息を吹き返した彼女は、笑顔で親指を突き立ててキメ顔を向けた。だが、本気で自分のせいで寿命を縮めたのではないかと危ぶんだ彼は、慌てた様子で声をかける。依然、瞑目して沈黙しているファラオへ応答しろと口にするも、反応は無い。まるで屍のようだ。
「ファラオの兄さーん!!」
「駄目だ、こりゃ。完全にご臨終なさってますわ……っ。ちょっとニトちゃんと婦長呼びに行って来るね!」
「生きろ、ファラオの兄さん! こんなところで死んじゃ駄目だ……!」
偶然、現場へ通りかかったぐだ子こと立香は、謎の空気漂う光景を見て、困惑した様子で呟いた。
「え……アンタ等何してんの? どういう状況なの、コレ。てか、どんな茶番劇??」
「やぁ、立香ちゃん。突然ですまぬが、ニトちゃんか婦長を見なかったかい? 我等がファラオが勇者の渾身のファンサを受けて気絶しちまったみたいなんだ……っ」
「いや、本当何してんの??」
「強いて言うなれば、三人仲良くファンサごっこしてました。そしたら、勇者の特大
「マジかよ。嘘だろ、オイ。……あっ、ニトちゃん我が愚弟と一緒に来たわ」
立香の言葉に後ろを振り返れば、丁度この場へ通りかかったらしき二人が此方に気付き、驚きを露わにした。ニトクリスに至っては驚きを通り越して真っ青な顔色になって駆け付ける。
「ファラオーッ!? ななな、何があったのですか一体!??」
「えっ! オジマン何で倒れてんの!?」
「実は、
「いや、マジで何やってんの??」
「ファラオー!! お気を確かにーっ!!」
最早現場は
今回の一件で思い知ったかに思われたが……後日、性懲りも無く再び勇者を招いた上での推し会を開催し、ファンサごっこに興じるのであった。そして、ファラオは二度気絶するのである。
「もう、ファラオは耐性無さ過ぎて耐えらんないから、ファンサするなら二人でやって。其れか、やるにしても須桜さん限定にするとか、兎に角ファラオの居ない所でやる事! 須桜さんや私達相手にやる分には何も言わないから」
「な、何かすまん……ッ」
「ファラオ残念だねぇ〜、勇者の事大好きなのに……っ」
「そういえば、須桜さんも多少は衝撃食らうみたいだったけど……平気なの?」
「うん、一応ギリ耐えれるみたいで、まぁまぁイケるかな。理由は、たぶん、私がアーラシュを喚び出したマスター本人だからかと。でも、連続で食らったら、流石の私も死ぬかもしれん」
「ただのファンサ如きで?」
「ただのファンサ如きで」
以降、勇者のファンサはマスターである彼女限定でのスキルと化したそうな。尚、効果は、やる気アップとやる気持続等々である。
アーラシュのファンサで打ち抜かれない奴は居ないと私は思っている。少なくとも、ファラオと私には確実に効果覿面で死ねるわ。アーラシュの宝具効果は抜群だ!
執筆日:2023.05.03
公開日:2023.05.04
公開日:2023.05.04