【伍】
仮契約


一先ず、私が彼の主…?とか言うものになったらしい事は理解したので、何時までも外に居る訳にはいかないと家の中へと案内しようとしたら、何故か凄まじい程に渋られた。

何でだ。

そんなに気にする事だろうか?

性別が、男か女かなんて…。

たかが人をウチに上げるだけ…、ましてや、其れがお客様各位お相手が神様という大層な御方なだけで。

寧ろ、此方が深々と頭を下げて平伏したいくらいなんだが。

こんな家に、しかも築ウン十年も経ってるボロくて汚ない散らかりまくってる家に上げるなんて…っ。

其れだけでも相手的に失礼だし、祟られやしないかと思ってるんですが…?

まぁ、実際はそんな事全くも思ってもいないだろう彼には、早々と家に上がって欲しかったので、少々強引に且つ無理矢理に家の中へ引っ張り込んでみた。

そしたらば、どうにも落ち着かない様子で、暫くの間だいぶ余所余所しかった。

神様を無理矢理家に引っ張り込むとか、其れこそ罰当たりそうな気もするが、あまりにも渋られたので仕方なしにやった事だ。

主という事は、恐らく主従関係の其れで合っているのだろうから、たぶんちょっとくらいの事なら大丈夫だろうと勝手に解釈して納得しておく。

そうでもしないと、私、此れからやっていけない…っ。

そんなこんな、そうこうしながらも何とか長谷部さんを家の中に入れる事に成功した現状。

さて、次に待つは接待というミッションだな…!

一応お客様の其れで応対しながら、彼を家の中へと案内するべく、簡単に色々と説明していこうとする。

取り敢えず、長谷部さんが此れまでどんな処でどんな風に生活してきたかは知らないが、一応神様…それも付喪神様という事は「出身は日本かな?」という前提で話を進めていく。

日本家屋式で建てられた敷地内に上がったのだから、勿論土足は厳禁だと伝え、靴を脱いでもらう。

それから部屋へと上がってもらおうと考えたところで、「あ、今の何だか外国人相手にしてるみたいだったな。」と勝手に思ってしまった。

刀の付喪神様なので、全くもってそんな事はない筈なのだが。

何となく、感覚的なところでそう感じてしまったのだった。

ふと長谷部さんの方を見遣れば、自分の履いていた靴をきちんと綺麗に揃えていたところだった。

な、なんてちゃんとした人なんだ…!!

自分とは大違い過ぎて若干ヘコむ私。

私はというと、一応揃えはしたものの、其処まで丁寧且つ綺麗にまでは揃えなかったのだった。

だって…此処、自分の家だし、ねぇ…。

わざわざ自分の家で其処まで気にしたりしない、よね…?

育ちの違いの差をまざまざと見せ付けられたようで、一瞬口を噤んでしまったのは黙っておこうと思う。

裏口から入った事もあり、台所に面した処を通路として通らねばならないのは些か申し訳なかったが、少しだけ目を瞑ってもらう事で先へと進む。

大人しく私の後を付いてくる長谷部さんだが、実に静かに付いてくるな…。

一見、「キリスト系ですか?」という感じの神父様みたいな装束に身を包んでいる長谷部さん。

こうして歩いていると、装飾品だろうか、カシャリカシャリと音が鳴っていてちょっぴり面白い。

ひらひらとした布が長谷部さんが動く度に揺らめくのにも興味が惹かれる。

…って、動く物に目がいくとかお前は猫か!?ってんだ…っ!

一人で黙々と色んな事を考えていれば、いつの間にか着いてしまった客間。

あ、ヤベェ…道順、何も説明してねぇ…っ。

今更気付いても仕方がないので、部屋の位置や間取りなどの事は後で纏めて説明するとしよう。


『えっと…、此処が客間の部屋になります。さっきの裏口から台所に沿った道を真っ直ぐ来れば、この襖で仕切った部屋があるので分かりやすいと思います。長谷部さんには、此れから暫く此方の部屋でお待ち頂きたいのですが…宜しいでしょうか?…あ、何も無いのは流石に失礼なので、今すぐにでもお茶を煎れてきますね!お茶も出さないままなのは、あまりにも失礼過ぎますから…っ!!』
「え…っ?い、良いですよ…!俺なんかには御構い無く……っ!」
『いえ、そういう訳にはいきませんから…!すぐに煎れてきますから!!お茶を煎れたら即行で戻ってきますので、ちょっとだけ待っていてくださいね…!』
「…はぁ…?」


引き留めようとする彼を無視して、一度客間を出てパタパタと台所へと走った。

来客用に出す湯呑みを戸棚から取り出し、用意した急須に新しいお茶っ葉を入れる。

丁度、ポットの中の湯が沸かし立てのものだったので、そのお湯をそのまま急須に注ぐ。

少し置いて茶葉が開いたのを確認して、出した湯呑みへと煎れた。

適当に普段から飲んでいる茶葉の緑茶を選択してしまったが…良かったのだろうか。

もっと良いお茶の方が良かったのかもしれない。

例えば、来客用に出すような、ちょっとお高めの良いお茶だとか。

あと凄く今更になるかもしれないが、もし緑茶ではなく麦茶、もしくは珈琲が良かった…、なんて言われたらどうしようか。

煎れた後に気付くとは、つくづく私は馬鹿だなと思った。

取り敢えず、お茶菓子に日本人の定番の煎餅も添えて、盆に乗せ、客間へと運んでいく。


『お待たせ致しました…っ。普段ウチで飲んでる茶葉のお茶なんですけど、お口に合えば良いんですが…。あと、お茶の他にも何かあった方が良いかなと思って、お茶請けに煎餅をお持ちしました。』
「えぇ…っ!?わ、わざわざお茶請けまで用意してくださるなんて…っ!俺なんかに其処まで気を遣わなくとも宜しいのに…。……とはいえ、主たっての御厚意ですので、有難く頂戴致しますね。こんな事は、本来なら主ではなく俺のような者が遣らなくてはならない事なのに…主のお手を煩わす形となってしまい、すみません…っ。」
『いえいえ…っ!全然、そんな事思っていませんから…!どうぞ、遠慮なくご寛ぎくださいね。』


客間へと戻れば、きちっとした正座をして待つ長谷部さんが居た。

こんなにまで綺麗な姿勢で正座してる人、初めて見たかもしれない…。

実際、長谷部さんは人じゃなくて付喪神様だけど。


『あの…少々、私、此れから席を外させて頂きますけど…大丈夫ですか?あ、長谷部さんはゆっくりしてくださっていて構いませんから…!』
「えぇ…、其れは別に構いませんが…。どうしてですか?」
『えと、そのぅ……っ、正直に物申しますと…、さっき蔵に入っていた際にあまりにも埃塗れになってしまったので…。一応土埃など綺麗に払ってもらったとはいえ、気持ち悪いので着替えたいなぁ…っと。あと、もし時間が許されるのであれば、軽くシャワーを浴びてきても良いですか…?思いっ切り埃被ったので、頭洗いたいです……っ。』
「あぁ…、そんな事でしたか。構いませんよ?どうぞ、俺の事は構わずお好きなようになさってきてください。俺は、ちゃんと此処で待っていますから…。」
『な、何かすみません、色々と…っ。そ、それじゃあ…、ちょっと席外しますね?即行で済ませて戻って来ますから…っ!』


あまりの埃塗れ状態に生理的に堪えられなくなってきた為、思い切って申し出てみたのだが。

いざ、ちょっとだけ席を外す旨を伝え待っていてくれないかと告げた途端、長谷部さんの纏う空気と表情が一変した。

何処か切なそうな、悲しそうな、そんな表情だった。

何でそんな表情をされたのか、まだ彼の事を何も知らない今は分からない。


「…待てと言うのなら、何時までも。迎えに来てくれるのであれば…。」
『そんなに長い間お留守にしたりしませんよ…っ!?ただ軽くシャワー浴びて汚れ流してくるだけですから…!!あとついでに服を着替えてくるだけですからっ!!ちょっ早で終わらせてきますんで、座って待っててください…っ!!』


まさかの発言に、つい声が大きくなってしまったが…吃驚させてしまっただろうか?

まぁ、余計な事は今は考えないで、極度の寂しがり屋(?)な長谷部さんの為にも一秒でも早く用を済まさなければ…!

そう思って急いで二階の自室へと駆け上がり、適当に服を掴むと走って階段を降りた。

ハンガーに掛けていた自分のタオルを引っ掴み、風呂場へと駆け込む。

猛スピードで埃塗れだった身体を洗い流し、ザッと手早く髪を洗う。

宣言通りちょっ早で済ますと、今度は出来る限りの高速で着替えを済ませ、流石にびしょ濡れのまんまはいかんだろうと、これまた猛スピードでドライヤーをターボモードにして髪を乾かした。

完全には乾いておらぬ生乾き状態であったが、此れ以上待たせてはいけないと適当なところで切り上げ、簡単に結い上げ、邪魔な前髪も耳にかけるだけでもして客間へと戻った。


『只今戻りましたぁーッッッ!!』
「ず、随分お早いお戻りで……っ!」
『そりゃ…っ、あんな風に言われた上にああも宣言したんですから…っ、早く戻ってくるに決まってるじゃないですか……!』


勢い余って襖をスパァンッ!!と開くと、吃驚するあまりに動きを止めた長谷部さんが絞り出すような声で言葉を紡いだ。

猛ダッシュで走ってきた事もあり、息も絶え絶えに言葉を紡いでいれば、ポカン…ッとした顔で私の顔を見てきた。


「………まさか、本当に“ちょっ早”で戻られるとは思ってもいませんでした…っ。」
『長谷部さんを置いて、一人何処かに行くとでも思われましたか…?』
「……いえ………っ。」


さっきまでバタバタと忙しなく動き回っていたから、漸くゆっくり腰を落ち着けられるとこっそり息を吐いていたら、目の前に置かれた自分の物である湯呑み。

其れは、物音がしたからと放置蔵へ向かう前に、テーブルへと置いたなりになっていた物だった。


『此れって…。』
「待っているように言われたので、本当は大人しく座って待っているつもりだったのですが…。何もしないまま待つというのは、どうも性に合わないようでして…勝手とは知りながら、主の為のお茶の用意をさせて頂きました。…気を悪くされたでしょうか?」
『え…、いえ…。え、っと…取り敢えず、有難うございます…っ?』
「礼には及びません。俺が勝手にやった事ですから。…ところで、其れは主の物で宜しかったでしょうか?この家には、現在主しか居られなかったご様子でしたので、主の使っている物とお見受けしたのですが…合っていたでしょうか?」


どうやら、私が席を外している間にも色々と気を回してくれていたらしい。

しかし、私が待っていろと言ったからか、勝手に動いた事を悪かったと思っているようだ。

確かにただの客人に同じ事をされていたら何かしら言いたくもなるが、相手はただの客人なんかではない上に神様であり、此れから共に暮らしていく事になった人に対して、軽々しく文句など言えようか。

否、言える訳あるまい。

そもそもが私の為を思って遣ってくれた事なのだ。

何を怒れと言うのだろう。

寧ろ、感謝すべき事だと思う。


『えと、その…わざわざ用意してくださって有難うございます。丁度、喉が渇いていたところだったので助かりましたし、嬉しいです。』
「いえ…っ、此方こそ許可無く勝手を働いてしまい、申し訳ありませんでした…っ。加えて、俺の言った言葉のせいで、何だか事を急かしてしまったようで…。」
『あぁ、その件についてはお構い無く。私が勝手に急いでやった事ですから。』
「しかし…っ、きちんと御髪を整える暇を与えぬまま此方へ戻るよう仕向けてしまったのは俺です…!見れば、まだ生乾きの状態のままではございませんか…っ。嗚呼、そのままではせっかく美しい御髪が傷んでしまうではありませんか…!其れに、きちんと髪を乾かさないまま居たら風邪を引いてしまいます!ドライヤーと櫛は何処にありますか?御詫びの代わりといってはなんですが、俺が整えて差し上げます…!」
『え?は、えぇ…っ?』


呆然としていれば、此方が口にする前に目的の物を見付けてきたのか、彼の手にはそれぞれの物が握られていた。

おまけに、櫛というかブラシのすぐ側に置いてあった鏡も持ってきたらしい。

何と用意の良い事か。

急な展開に、またしても付いていけなくなり、どう反応するのが正しいのか分からなくなってしまった私なのであった。


執筆日:2018.04.18
加筆修正日:2020.02.04

ちゃんとしたご挨拶よりも先に。

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