Week end crazy Night!!

それは、彼女が住んでいた世界でいう十月の最後の日であった。

偶々、ヒルメス陣から抜け出たラルは、今は別れて行動する仲間達の元へ久し振りに顔を合わせに来ていた。


『あ…っ!ナルサスゥーッ!!』


片手だけで手綱を操り、もう片方の手を大きく上に上げ振り、馬上に居るまま視界の先に捉えた人物へ声を張り上げる。

呼び掛けられた者からしては久しく耳にする声に、彼は長い髪を靡かせながら振り向いた。


「おおっ、ユニヴァナードではないか…!いや、今は“ラル”、と呼んだ方が良かったかな…?」
『何方でも。お好きな方で、呼びやすい方で呼んで…っ!』


ナルサスの元まで辿り着くと馬の足を止め、馬上から降りたラル。

相変わらず男勝りなところを見た彼は小さく微笑む。

彼女の明るそうな顔を見つめながら、言葉を返した。


「ふむ…では、呼び慣れた“ユニヴァナード”と呼ばせてもらおうか。…それにしても久しいな、ユニヴァナード。ヒルメス王子のところでも、元気にやっていたか?」
『うん、相変わらずにね。毎日それなりに楽しく過ごしてるよ!』
「うむ。それは良い事だ。何たって、ヒルメス王子はとことんおぬしに溺れておいでだからなぁ…。おかげで、少しは殿下への権威も削がれたのではないか?」


久方振りに顔を合わせた彼女へ、ナルサスは軽く冗談混じりに問いかけた。


『さぁ〜?それはどうだろうねぇ…?』


ユニヴァナードは、苦笑混じりに笑って返す。

彼の言う通り、確かにヒルメスは以前と比べて丸くなったのであった。

先日も、彼の為にと執務等の関係から数日早めて準備したハロウィンパーティーの際、ユニヴァナードことラルの事を存分に可愛がっていたのだ(意味深)。

まだ正式に認めた訳ではないが、殆ど両想いと言っても過言ではない間柄になっているのである。

まぁ、彼女がなかなか認めない理由には、色々と難しい問題があり、それがある故に首を横に振り続けているのだが。

…その事については、追々語られるとして。

事実、今の彼女はヒルメスと恋仲であった。

ナルサスは、時折彼女から送られてくる文にて、彼の動向に差し当たりのない程度の近況は把握していた。

それ故か、今まであまり恋愛事情に興味の薄かった彼女の浮いた話をネタに、面白半分で揶揄っているのである。

主に、その相手は彼の黒衣の騎士、ダリューンであるが(笑)。

ふと目に留まった彼女の服装に、ナルサスは首を傾げた。


「…そういえば、先程から気になっていたのだが…その奇妙な服装はどうしたのだ?」
『ん…?あー、これ?』
「うむ。一体何故そのような格好を…?」


彼は、ユニヴァナードの格好に最もらしい反応を述べる。

何も知らぬ者からして見れば、至極当然な反応であった。


『ふっふっふ……っ、これを着てる理由はねぇ…。』


少し悪戯めいた笑みを浮かべた彼女は、彼の目の前で道中羽織っていた外套を脱ぎ、着ている衣服を晒した。


『突然だけれど…!ナルサス、Happy Halloween〜!!』


しゅばっ!と勢い良く両手を上げて子供のような無邪気な笑顔を浮かべたユニヴァナード。

そのテンションの変わり様に、一瞬呆けた表情で驚き固まるナルサス。

一呼吸間を置くと、きょとんとした様子で首を傾げる。


「………ハッピー、ハロウィー…ン……?」


初めて聞く単語に、彼は疑問符を浮かべて問うた。


『今日という日に決まって口にする台詞なのだよ…!取り敢えず、trick or treat♪』
「…トリ…ッ?…いや、俺にも分かる言葉で言ってくれ。どういう意味なのか教えてもらえるか…?」
『“trick or treat”とは、“お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!”という意味なのです。』
「成程…。それは、おぬしの住む世界での政か何かか?そんな衣装を着て行うとは…随分変わった催し物だな。」
『ってな訳で、お菓子おくれ。』
「すまんが、今の俺は何も持っていないぞ。エラムに頼めば、すぐにでも何か作ってくれると思うが…。」
『ノン…ッ!!それじゃあ、まるで意味がないじゃないか…っ!ナルサスから貰わないとイベントの主旨が変わっちゃうだろ!?』
「そ、そうなのか…?未だその催し事の主旨を理解していないから、よく分からぬのだが……。」
『お菓子を持っていないなら…“trick”決定ですね……っ!(キリッ!)』
「は…?」
『悪戯開始なのだぁーっ!!ナルサスへ、ヤシャスィーン☆』
「ッ!!?」


言い終わるが否や、容赦無くナルサスに飛び掛かった彼女。

そして、上着に手をかけるといきなりひん剥き始めたのである。


「な…っ!?ちょ、ユニヴァナード……ッ、いきなりどうしたと言うのだ!!ご乱心か…ッ!?気は確かか!??」
『大丈夫、気は確かさ…!勘違いするでないよ!!単なる悪戯の最中なだけネ…っ!!』
「だからって服を脱がすのは如何なものかと…ッ!!」
『はいはぁ〜い!大人しくしててね〜♪』
「出来るかァッッッ!!あっ、ちょっ、それまで取らないで…っ!」
『Happy Halloween,trick time〜♪』


画して、下の服はそのままに…衣服のチェンジを終えた、厭世の軍師・ナルサス。

悪戯を完了したユニヴァナードは、楽しげに口端を吊り上げた。


『悪戯完了…!どうだ、ナルサス!!』
「………む?服が変わっておるな…。初めて見る物だが…この服は一体何の服なのだ?」
『それはね、神父様の格好なんだよ〜!ナルサスって、髪長くて横に結ってるでしょ…?その感じが服装に似合うんじゃないかと思って。』


彼女が言う通り、ナルサスは現代でいう神父様の格好をしていた。

黒を基調としたカソックに白い襟、膝下程までも覆う長い裾。

首からは神父宜しく、十字架のネックレスも提げている。

淡い色合いの金髪がよく映える。


「ふむ………確かに、あまり違和感無いな…?」
『よっしゃ…っ!』
「ところで、この首から提がっている十字架は何なのだ?何か意味でもあるのか?」
『それは神父様には付き物の必須アイテムなのであります…っ!ハロウィンのイベント、楽しいでしょ!?まさに芸術的でもあるのです…!!』
「…成程、これは面白いな。」
『さぁっ!私は次なるターゲットの所へ行かねば!!いざ行かん…っ!!』
「あ、ちょっと待ってくれ。俺も一緒に付いて行っても良いだろうか…?」
『…うぇーぃ?』


まさに勢い良く駆け出そうとしていた彼女は、突然の呼び掛けに中途半端な体勢で立ち止まった。

宛ら、あの有名なサ〇テンダーのようだ(笑)。


『えーっと……それはなして…?』
「次の標的という者が誰か気になってな…。相手によっては、俺も参加したいと思ったのだ。」
『にゃるほど…!次の相手は、ナルサスの次という事でダリューンの予定ですが?』
「よし、俺も連れていってくれ。奴には、未来の宮廷画家である偉大な俺の絵を馬鹿にする等といった、常日頃からの鬱憤が溜まりに溜まっておるからな!良い機会だ、これを機に晴らさせてもらおうではないか…っ!!」
『おっし!んじゃ、私に同行する事を許可する…!!悪戯する気満々な奴は大歓迎だ!!共に、あの屈強な男を黙らせてやろう!!』
「おう…っ!!」
『行くぜ、我が同胞よ!付いて来い!!』


最悪なタッグが組まれた瞬間であった。


―一方その頃、ダリューンは一人、剣を携えて素振りを繰り返していた。

一つに結われた長くしなやかな黒髪が、身体を動かす度に揺れている。

アルスラーン殿下をお護りする為、もっと強くならねばと真剣な表情で取り組んでいた。

其処へ、ダリューンに近付く怪しい黒い影が背後から忍び寄る。


「……ッ!誰だ!!」


神経を鋭く研ぎ澄ましていたダリューンはすぐに気付き、手にしていた剣を構えて殺気を放った。


『ぎにゃ…っ!?あっ、危ないだろ!?いきなり剣を向けるなよダリューン…ッ!!』
「ユニヴァナード……ッ!?す、すまない!てっきり賊かと思ってしまった…っ。怪我は無いか?」
『う、うん…だいじょぶ……。あーっ、吃驚したぁ〜!』
「本当にすまん…。して、ユニヴァナードはいつ此方へ来たのだ?というか、ナルサスと二人とは珍しいな…。その見た事もない服はどうしたのだ?」
「ふっふっふ…。これはな、芸術的政には欠かせぬ衣装なのだよ!」
「は………?何だ、それは……。」


背後に近付いていた相手がユニヴァナード達だと気付くと、警戒を解き、穏やかな雰囲気へ戻るダリューン。

ナルサスの意味不明な言葉に、眉間に皺を寄せて首を傾げた。


「実はな…ユニヴァナードの住む国では、今日の日の事を“ハロウィーン”と言うらしいのだ。ハロウィーンでは、このような仮装をして楽しむのだと。芸術の秋に相応しい催し物だな…!素晴らしいと思わぬか!?私も芸術家なら、参加すべきであると思った故にこの格好をしている!神父とやらの服装だそうだ。ユニヴァナードに聞くところ、何やら面白可笑しな事を行う行事らしいぞ…っ!!」
『んふふ…っ、十月三十一日は“ハロウィン”って言って、秋の収穫を祝うお祭り事なの!私の住む日本では、こんな感じのコスプレ(仮装)をして楽しむ、季節の行事の一貫となってるんだ。』
「そうだったのか。それで、二人共そんな格好を…。しかし…ユニヴァナードの服装は、些か露出が過ぎないか……?正直、目の遣り場に困るのだが………ッ。」


ハロウィンの解説をしていると、それを聞きながら彼女を見つめるダリューンが、顔を赤らめて気まずそうに視線を明後日の方向へ逸らした。


「…ふ…っ。堅物のダリューンには、少しばかり刺激が強いようだなぁ。」
「何だと…っ!」
「これくらいで心乱されるようであっては、殿下の臣下など勤まらぬぞ…?」
「言わせておけば、おぬしなぁ…っ!」


相互、睨み合いを始めて一触即発の空気が漂い始める。

それに焦った彼女は慌てダリューンの前で跳び跳ね、自分の存在を自己主張してみせた。


『ね…っ、ねぇねぇダリューン!!私の格好、何に見える…っ?』
「…うん?その、獣のような耳の事だろうか…?」
『う、うん!そうそう…っ!!何だと思う?』
「うむ…。二等辺三角形な形から推測して………猫か?」
『あっちゃ〜っ、残念!外れなのだにゃん!正解は…、猫を被った狼しゃんでした♪ガオガオ〜ッ!!』
「ッ………!」


あまりの必死さにはっちゃけていると、その可愛さにキュンと来たダリューンは口許を押し隠した。

効果適免である。

彼女の傍らに立つナルサスが、それを見てニヤニヤと面白そうに笑う。

すかさず気付いたダリューンがむっとし、彼女を間に挟んだまま彼の方を睨み付けた。

再び訪れた不穏な空気に、ユニヴァナードはやけっぱちで事を押し進めに強行突破へ出た。


『(あぁ、もう…っ!仕方がない…!!)いきなりだけど、ダリューン…ッ!Happy Halloween,trick or treat……ッッッ!!』
「……………は?」


話がぶっ飛んだが、本来の目的は悪戯を仕掛ける事である。

とにかく、事を無理矢理にでも押し進めるしかなくなった彼女は、かなり無茶振りに振る舞った。

唐突の言われに、展開に付いていけてないダリューンは呆気に取られてしまう。

そこで畳み掛かりにいく彼女。


『“trick or treat”は、“お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ!”って意味の言葉なの!』
「変わった台詞なのだな…。」
『…てな訳で、お菓子頂戴?』
「ッ…!?…す、すまんが、今は菓子を持ち合わせていない……っ。」
『それじゃあ、“trick”=悪戯決定ね♪』
「え……?」


身長差から、どうしても上目遣いになってしまう彼女に「〜頂戴?」等と可愛くお願いされれば、男は黙っていられないだろう。

彼のダリューンでさえも、今のおにゃの子特有攻撃でぐらりと理性が傾いたようである。

言葉に詰まりながらも何とか答えを口にするダリューン。

彼女の後ろで、ナルサスが笑いを堪えて肩を震わせている。

一頻り悶えた後、通常通りに戻ったナルサスは、ダリューンの真横に来てぽんっ、と肩に手を置いた。


「だ…そうだ、ユニヴァナード。となれば…っ!」
「な…っ!?いきなり何をするナルサス…ッ!?」


彼の背後に回ったかと思うと、突然後ろから羽交い締めにして動きを封じてきたナルサス。

油断していたダリューンは反応が遅れ、身動きが取れなくなり、盛大に慌てた。


「おいっ!離せナルサス…ッ!!」
「さぁ、ユニヴァナード!今の内だぁ…っ!!」
『ラジャッ!ナイス連携プレイだ、ナルサス!!この時を待っていたぜ…っ!!ダリューンには申し訳ないけど、これがルールなのさね!っつー訳で、悪戯開始ーっ!!ヤッシャスィーン☆』


問答無用に慌てふためくダリューンへ飛び掛かったユニヴァナードなのであった。


「ま…っ!待てユニヴァナード、何を………ッ!?」
『はーい、ちょっと大人しく弄られてね〜♪はい、暴れなぁい!』
「いや、無理がある…っ!な、待て!!おいっ、何故に髪を解く必要がある…ッ!?」
『髪留めチェンジしまぁ〜す!』
「あの、おわ……っ!?ま、待て!!本気で待ってくれ…っ!!服ッ!服まで脱がすのか!!?」
『衣装チェンジの為だよ!(キリッ!)』
「流石にそれは不味いだろう…!!一旦落ち着かぬかユニヴァナード……ッ!?」
『男に二言は無いのだよ…っ!!ほら、ナルサス!お前も手伝え…!!ダリューンの力強過ぎて、押し切ろうにも叶わん!そっち押さえてろ!!』
「心得た…っ!」


最早、端から見たら何だこの図は…とでも言いたくなる光景が広がっていた。

あの、“戦士の中の戦士マルダーン・フ・マルダーン”というの名で恐れられる屈強たる男が…。

今まさに、とある女に騎乗状態で腹の上に乗っかられ、取っ組み合いの掴み合いを繰り広げているのだった。

あのダリューンに馬乗りになって取っ組み合う女は、誰と言わずとも分かるもの。

アルスラーン殿下に気に入られ、更には彼のヒルメス王子にまで見初められた、異世界の迷い子こと二次元トリップ中のユニヴァナードである。

そんな光景を傍観して眺め、「後で絵に再現したら面白いだろうな…。」等と考えているのは、自称天才的画家の軍師ナルサスしかいない。

彼女に呼ばれてしまったので、衣服取っ替えの悪戯にも参加せざるを得なくなったが。

女の力では押さえ付ける事が出来ない黒い暴れ馬を相手取り、ナルサスの時同様、上の服のみを剥ぎ取る事に成功。

後は、彼女が用意した彼専用の衣装に身を包んでもらうだけである。

半ば彼女のテンションに圧され、色々と諦めたダリューンは、渋々ナルサスに着替えさせられていくのだった。

仕上げは、彼女による髪結いで悪戯完了である。


『…っ出来たぜ、ハロウィン仕様ver.吸血鬼・ダリューンのご登場だぁーっ!!』


何かやけに熱の入ったコールをするユニヴァナード。

ナルサスでさえ、もう彼女のノリには付いていけていない(←否、“コイツ何考えてんのか訳ワカメー☆”なのである)


「ほぉ…ダリューンは吸血鬼か!ユニヴァナードとは、相反する立役者だな?」
『うん!私は狼しゃんだからねぇ〜。まぁ、ナルサスが神父様ならその反対でという考えで、敵対する側の吸血鬼が良いかなぁ〜…と(笑)。』
「成程な。」
『だから、ナルサスへダリューン対抗用アイテムを追加致しますね♪』
「…ニンニクと銀の杭か。」
「おい、ナルサス…。おぬし…まさか本気でそれを俺に突き刺したりなどせぬだろうな…?幾ら俺とて、そんな物を刺されたら……ッ、」
「おらぁー!ニンニク攻撃だーっ!!」
「って、オイッ!!言ってる側から何すr…って、臭いわ!!離れろ馬鹿ッッッ!!」
「ふははははっ!!苦しめ苦しめ…っ!存分に苦しむがいい…っっっ!!」
『あっはっはー…っ。あー、愉快愉快(笑)。(棒読み)』


何処ぞの悪役みたいな台詞を吐いてダリューンへとニンニクを押し付けていくナルサス。

ダリューンが避けて退こうものなら投げ付ける気満々の成人男性、精神年齢の低そうな大人の遣り取りである。

彼女はそれを尻目に眺めながら、地に屈み込み、他人事のような態度で構えていた。

事の元凶は、コイツなのだが…。

いつまでも平和に傍観出来る訳もなく、必死にナルサスの攻撃に対抗していたダリューンから救援を求む声が発せられる。


「ユニヴァナード…ッ!この悪の根元しか生み出さぬ自称画家の奴をどうにかしてくれッッッ!!」
「何だ何だ?もう音を上げるのか!?その程度ではなかろうよ、ダリューン…!!」
「やかましいわ…っ!!いつまでもしつこいぞ!!」
『あーいっ、今行っきまーす!』


何とも気の抜けた返事で駆け寄っていくユニヴァナード。

神父コスのナルサスを引っ剥がすと、「もう十分だ、よくやったぞ我が同胞よ。」と讃えてやった。

ナルサスは気が済んだのか、清々しげな顔をして「後はおぬしへ譲ってやろう。」と告げて後ろへ下がっていった。

何気に阿呆面なのが可愛いと密かに思ったが黙っておこうと思う。