
Trick and Treat!!
久しくのんびり出来る、秋の夜長の事だった。ある部屋の一角で、一人の女が怪しげな笑みを湛えながら、何やら楽しそうに準備をしていた。
いそいそとこの国の文化に似合わない衣服を手に、せっせと何かを企み、鼻歌を口ずさむ。
『Halloween night〜♪Halloween night〜♪今宵は楽しいお祭りだ〜♪さぁさ、皆で化かし合おう♪魔女や悪魔がやって来るよ♪死にたくなけりゃ、化けてみろ♪』
自作の歌詞なのか、即興に作った歌だからなのかは分からないが、かなり独特な雰囲気の歌を口ずさんでいた。
個性溢れる鼻歌である。
聴く者によっては顔を顰めるようなものだが、歌っている本人は至って楽しげなのであった。
そこに、コンコンッ、とドアをノックする音が響いた。
誰かが女の元へ訪れたらしい。
『はぁ〜いっ、今開けまぁ〜す!』
少し間伸びした調子で訪ねてきた者に応えると、寝台に広げていた衣類をさっさと隠して、扉の鍵を開ける為に据えていたその腰を上げる。
女は、高鳴る気分を抑えながら、深呼吸をしてドアの鍵を開ける。
すると、顔を覗かせたのは顔の半分を布で隠した男で、夜も更けている事から、ゆるやかな服装を身に纏っていた。
「ラル、休んでいたところ悪いな。もう寝ていたか…?」
『ううん、全然。どったの?』
「いや、なに。おぬしと少し話がしたいと思ってな。…入っても良いか?」
『うん、いいよ〜。』
「では、失礼するぞ。」
『どうぞどうぞ〜!』
あっさりと男を部屋に招き入れた女ことラルは、警戒心の欠片も無しに男へ向かって笑顔を向ける。
男とは、彼のヒルメス王子で、今や彼女の恋人に近しい存在だった。
だがしかし、彼女はまだ彼の存在を恋人とは認めていないようであった。
その為、今のように何の疑いも無しに夜も更けた刻というのに簡単にヒルメスを部屋へ通したのである。
彼としては報われないばかりだが…何れは認めさせると密かに意気込んでいたのだった。
「随分とご機嫌のようだな…。」
『ん…?まぁね〜!』
「何か良い事でもあったのか?」
『んっふふ〜…っ、なぁ〜いしょ!』
「…ふっ、まぁ良い。おぬしが愉しげであるなら、別に構わぬ。」
そう言ってヒルメスは、彼女の様子を見遣りながら長椅子に腰掛け、肘掛けに頬杖を付いた。
彼女が嬉しそうに笑っている事に気を良くしたのか、いつもは鋭く研ぎ澄まされている雰囲気が柔らかい。
口許も小さく弧を描いている。
ヒルメスは、ふと薄く開いている窓を見てから小さく言葉を漏らした。
「最近は、随分と夜が冷えだしたな…。夜風が冷たくなってきている。」
『そうだねぇ〜。気付けばすっかり秋らしくなっちゃってるもんね。この様子だと、冬ももうすぐ来ちゃうかな?』
「まだ早いだろうが…もう冷えてきているのは事実。あまり夜風に当たり過ぎるなよ、風邪を引く。」
『そんな簡単には引かないよ〜っ!心配性だなぁ…。』
ラルがそう返すと彼は口端を歪め、「そう言って、つい最近まで体調を崩していたのは何処のどいつだったか…?」と、皮肉混じりに鼻で笑い飛ばした。
馬鹿にされたのが気に食わなかったのか、ラルは彼の元まで歩み寄ると、その端正な顔付きの筋通り良い鼻を摘まんでやる。
彼の銀仮面卿とは思えぬ程、弛くシュールな光景だった。
『う・る・さ・いっ。余計な事は言わんで宜しネ!』
「鼻を摘まむな…っ。誰に対してそんな事をしているのか、分かっているのだろうな?」
『あっはぁー!鼻声で言われても全然怖くないしぃ〜っ!寧ろ、ウケるわ(笑)。』
「……………。(イラッ)」
わざと馬鹿にしたような口調で言えば、途端に眉間に皺を寄せるヒルメス。
機嫌を損ねない適度なところで摘まんでいた手を離した彼女。
地味に痛かったのか、離されたそこを擦った。
彼女はというと、睨まれても平気な顔である。
何ともなかったように澄ました顔で彼の隣へ腰を下ろせば、前置きも許可も無しに腰を引き寄せられるラル。
一瞬だけ怪訝な表情を作ったが、慣れているのか、特に何かを口にする事はなかった。
肩を抱き寄せられ、自然と密着する互いの温もり。
ヒルメスはそれに満足すると、自身の肩に掛かった彼女の髪を掬い取り、口付けた。
『…どうしたの?やけに甘えたがりじゃん。』
「たまには良いであろう?毎日毎日執務に追われ、面倒なルシタニアの蛮族共に腰を低くせねばならぬのだから…。ルシタニアの将として演じるのも、良い加減飽きてきた。これ以上、辛酸を舐めて付き従うのには、付き合い切れぬというものだ。」
『お疲れ様だね〜…っ。まぁ、私で良ければ…慰めてやっても良いけど?』
「ふむ…では頼むとするか。」
『あれ…?冗談で言ったつもりだったんだけど…。』
どうせ、また鼻で笑って突き返すんだろうな〜?と思っていたのだが…。
まさか本気で捉えられるとは思ってはいなかったラルは、横から抱き竦めてくる男を改めて見つめた。
長椅子に座ったまま彼女の身体を横抱きに抱えるヒルメス。
そして、そのまま己の膝の上へ下ろすと、彼女の視線は自然と高い位置となる。
首を傾げて不思議そうにする彼女の顔を、今度は正面から見遣り、頬を撫でる。
腰を強く抱き寄せれば、自身の身体を支える為に彼の肩に手を付くラル。
距離が近付いたのを良い事に、ヒルメスは彼女の頬へと口付けた。
『え…っ、ちょ、あの……。』
「少し静かにしておれ。」
『えー、マジすか……。せめて、膝の上から下ろして欲しいんだが…。』
「暫くはそうしていろ。」
何て強引で俺様なんだ…とは思ったものの。
本当に疲れているのであろう心情を察して、敢えて口を閉ざした。
ラルが大人しく彼からの熱い抱擁を受けていると、部屋のドアが再び叩かれる。
それまで機嫌の良かったヒルメスは、せっかくの時間を邪魔され、空気をぶち壊しにされた為…途端に不機嫌となった。
目付きは鋭く細められ、入口のドアの方を睨み付けている。
「ラル殿、夜分遅くに申し訳ありません。少しお時間宜しいでしょうか…?」
若き男の太く良く通る声が、扉の向こうから彼女へと呼び掛ける。
その声は、ヒルメスに忠義を尽くし、直向きに付き従う若き猛将・ザンデでのものであった。
彼は、万騎長であったカーラーンの息子である。
その体躯は、巨体で強靭、怪力なる力を自慢とするが、見た目によらず人懐っこい臣下だ。
そんな男が、今、彼女の部屋の前へと訪れていた。
『どうぞーっ。』
機嫌を損ねたヒルメスは一時置いておき、扉を叩いた主へ入室を許可する返事を返したラル。
「は…っ。では失礼致します。」と短い返答があった後、ザンデが部屋の扉を開き、中へと入ってきた。
すると、目に入った光景に一時停止したザンデ。
それも当然と言えば当然であろう。
何故ならば、彼の主君として仰ぐヒルメスが、部屋の主を膝の上に乗せお楽しみ中であったからである。
「ヒ、ヒルメス殿下…!?此方に居るとは露知らず…っ、お、お休みのところ、申し訳ございません……っ!!」
「弁明などどうでも良いわ。早く貴様の用とやらを済ませよ。」
自分が訪れたが故にヒルメスの機嫌を損ねた事に気付いたザンデは、流石は忠実なる部下。
この場を一瞬見ただけで、色々と察したのか…。
すぐに意を正すと、勢い良く身体を九十度に曲げ、謝罪を述べた。
邪魔された事が気に食わないヒルメスは、それすらも要らぬとばかりに、さっさと用を済まして出ていけと不機嫌さを思いっ切り顔に出して唸る。
そんな怖々しく厳しい主に対して、ザンデは涙目で平謝りするのだった。
その様子を目の前で眺める彼女は、軽く同情して苦笑した。
『…えーっと、それで、私に何の用かな?』
「は…っ、すみません!頼まれていた準備が終わったので、お呼びしに来た次第でございます…!!」
『あぁ、終わったんだね?ありがとう、ザンデ!サームさんの方も、もう終わってるかな?』
「はい。先程確認致しましたので、勿論にございます。全て準備は整っております…!」
『はーいっ!じゃあ、コイツ連れて一緒に行くから、ザンデは先に行ってて?』
「分かりました!では、お先に失礼致します。」
『あいな〜っ。』
一礼をしてから退室したザンデを見遣り、首を傾げるヒルメス。
何の事やら分からないとでも言いたげな顔で、彼女の方を顧みた。
それに気付いたラルは、少し企んだような顔で含み笑み、微笑んだ。
『実は、これから楽しい事があるんだよ…!もう時間は夜だけど、夜だからこそ良いの。夜という時間且つ周りの明るさが暗くなる程、雰囲気は増すからね!』
「…楽しい事…?」
『うん…!なんたって、今日はコッチの暦上ハロウィンですからね〜!!楽しくなるのは、これからなのだよ!』
「………?」
ますます訳が分からないという風なヒルメスは、眉間に皺を寄せ、答えを求めて見つめる。
『とにかく、私は着替えとかの支度があるから!ヒルメスは部屋の外で待っててくれるかな?あ、覗きはダメだからな。やったらぶっ殺す。』
「はぁ…。まぁ、よく分からんが……。」
『すぐに終わるからさっ、ちゃんと待っててよね!』
「…分かった。」
そう言って、彼女はヒルメスを部屋から追い出すと扉を閉めた。
そして、にんまりと悪戯染みた笑みを浮かべて、笑う。
さぁ、パーティーの始まりだ…。
―支度を済ませたラルが濃い紺の夜色をした外套を身に纏って出て来ると、彼は再び首を傾げた。
「…何故外套など着て隠しておるのだ?」
『ん…?まっ、会場に着いてからのお楽しみね!』
彼が言う通り、彼女は外套を羽織るだけではなく、フードを被って頭まで隠していた。
全身、夜の色を纏っているようである。
内にどんな服を着ているかを分からないようにする為の作戦なのだった。
その為、ラルは曖昧な返事を返し、彼の手を取るとその手を引いて歩き出す。
仕方がないので、ヒルメスは彼女に手を引かれるまま後を付いていったのだった。
少し歩くと、或る一室の前に着き、ラルは其処で足を止めて彼の事を顧みた。
『さてさて、目的地に着いたよ。んじゃ、心の準備は出来たかい?』
「は…?」
『雰囲気作りの為の台詞だよ。…で、入ります?入りません?どっちですかにゃ?』
「…入る。」
『了解しましたっ。それではご案内致しましょう…。ようこそ、今宵開催のハロウィンパーティーへ!』
前置き台詞を述べ、恭しく一礼した後、ゆっくりと扉を開いてヒルメスを中へと招き入れる。
その部屋に足を踏み入れた瞬間、彼は驚きに瞳を見開いた。
彼の臣下二人が見た事もない衣服を身に纏い、「お待ちしておりました。」と、これまた恭しく一礼して出迎える。
驚きと困惑に立ち尽くす彼の横から正面へ移動した彼女が、身に纏っていた衣を剥ぎ取って内の衣服を晒し言った。
『Happy Halloween!ヒルメス…!!』
明るく笑いながらに言うと、彼はきょとんとしながら彼女を上から下までゆっくりと眺めた。
「なん…っ、何という格好をしておるのだ…。露出し過ぎであろう…?」
『ハロウィンだから許せ。これも今宵に必要な事なのだよ!』
「その猫みたいな衣装がか…?」
『ヒルメスには黙ってこっそり準備してたんだよ…?今日という日を楽しんでもらう為にね!』
「俺の、為…?」
『うん…っ!だって、ヒルメス、ずっと一人だったでしょ…?一人じゃない今は、誰かと時間を共有出来るんだから。存分に楽しまなきゃさ!勿体ないでしょ……?』
思ってもみなかった言葉をこの場で掛けられたヒルメスは、暫し無言になり、言われた言葉の意味を噛み締める。
ふ…っ、と笑うと、数少ない己の仲間と呼べる者達を見遣り、「わざわざ俺の為なぞに、時間を掛けてここまでしてくれるとは…かたじけない。」と短く口にし、小さく笑みの形を作った。
その様子に、逆に驚いた臣下二人は慌てて「此方こそ、ヒルメス殿下にお喜び戴けて光栄にございます…!」と述べた。
臣下とは、一人はザンデの事であり、もう一人はサームの事である。
二人共、ラルと同様、ハロウィンらしい衣装に身を包んでいた。
若きザンデは、体格の良い巨体を活かし、頭にネジの刺さったフランケンシュタインに扮している。
顔には、縫い目のような化粧を施しており、怪物らしい雰囲気を醸しているようであった。
片や壮齢のサームは、顔や頭・首などの至る所に包帯を巻いた、包帯男に扮していた。
つい最近まで敵対していたヒルメスに負わされた傷の為養生していたので、それをアイデアに彼女が決めた役である。
彼女はというと、猫耳と尻尾を身に付け、大胆にも肩出しの露出した服装に、短パン+ニーハイという出で立ちであった。
首には可愛らしい赤のチョーカーも付けており、上部の服の後ろ裾が長めのレースでフリル付きなのが、また甘くも色っぽさを醸し出している。
ヒルメスは、些か顔を覆って唸きたく思ったが、にこにこと楽しげに笑う彼女に見つめられてはそうもいかず。
渋い顔で小さく嘆息した。
「…もう少し周りを見て考えよ、ラル。」
『え?何か言った…?』
「………もう良い…。」
『そう。』
何処か諦めたように溜め息を吐くヒルメスであった。
そんな彼の心情など露知らず、ラルは目を瞬かせて首を傾げた。
その仕草さえも、今のヒルメスにとっては疲れた身のご褒美とも取れるものであった。
『ではでは、お決まり台詞…。ヒルメス、“trick or treat”!!』
「……は?トリ……ッ、何だと…?」
『“trick or treat”ってのは、“お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!”って意味なの。』
「ふぅん…。」
『ってな訳で、お菓子おくれ!』
「と、言われても…今は持っておる訳がなかろう。」
『そんじゃ、“treat”決定だな♪』
「は?」
『ヒルメスへ悪戯タァーイムッ!ひゃっほーい!!』
ニヤリと悪どい笑みを浮かべたと思えば、油断するヒルメスへ飛びかかってその身を捕獲した。
突然の事に対応出来なかった彼は、驚き慌てふためいた。
「な…っ!?いきなり何をするのだ、ラル…!!」
『皆の者!今じゃ、かっかれーっ!!』
「失礼致します、ヒルメス殿下…!!」
「ご無礼をお許しください、ヒルメス様…!暫しの間、ご辛抱なされませ…っ!」
「はぁ!?おっ、おい!おぬしら…っ、俺に一体何を…!?」
『遠慮はいらん!私が許可するから、どうぞひん剥いてやれ!!』
彼女が命令口調で言い放てば、彼の部下である筈なのに彼女の言葉に従い、彼を取り囲んで押さえ込む。
そして、彼が身に付けていた夜着を脱がし始めた。
臣下達による突然の襲撃に、ただただ驚きの声を上げ狼狽え、衣服をひん剥かれていくヒルメス。
後が恐ろしい気がして否めない臣下二人は、何も知らされずに連れて来られた主に対し、心の内でひたすらに謝りながら今宵の準備の仕上げに取り掛かった。