
Trick and Treat!!
―数分後、見事全ての身包みをひん剥かれ、無理矢理着替えさせられたヒルメスが姿を現した。悪戯をするには、チョイスの相手が恐ろし過ぎる相手である。
「ラル殿…!悪戯という名の衣服取っ替え任務、無事完了致しました!!」
「これで宜しかったのでしょうか…?」
『うむっ!上出来だ…っ!!二人共、よくやってくれた♪褒めてしんぜようっ!』
テンションが高めなラルは、ちょっとだけ偉ぶって上から目線な台詞を吐いた。
「何なのだ、この服装は…。」
明らかに不服感・不機嫌丸出しの表情で彼女を見遣ったヒルメス。
振り返った彼女は、楽しそうに弾んだ声で受け答えた。
『ハロウィン仕様の服だよ…!私の住む世界で行われる、或る国での秋の収穫を祝う行事でねっ。魔女や怪物になりきって、襲ってくるお化けや悪魔達を騙そう!っていう魂胆で、ゾンビ…まぁ、所謂死人ね、そんなのに扮して行うお祭りなの。つまりは、収穫祭の事なのだよ!!』
「それで…俺も、その祭りとやらに参加させたという事か…?それならそうと、最初から申しておれば良かったろうに…。」
『えぇ〜っ?それじゃあ面白くも何ともないじゃないか…!せっかくのイベント事なんだから、サプライズで驚かせた方が楽しいでしょ?』
「……………。」
その結果、「いきなり連れ込んどいて、何も知らさずに自分の身包み全て剥ぎ取るのか…?」と思うヒルメス。
女の着衣を剥ぎ取るのであれば納得がいくが、男の着衣を脱がすとは…。
飛んでもない考えを思い付いたものである。
明らかに、彼女の考えであると分かる策略だった。
臣下二人はよくこれを了承したな…としか思えない策であった。
恐らく、サーム辺りは猛反対したであろう。
仮にも懇意にしている、それも王族の一人である者なのに…。
彼女が、何処まで無謀且つ危険な事をやっているのかという事を理解していない事に頭を抱える。
(―今宵の催しが終わった後、覚悟しておれよ…っ。)
心の内で低く唸ったヒルメスであった。
そう思えば、後が楽しみであるというもの。
彼女が今後どんな墓穴を掘るのか、見物であると言わんばかりに嘲笑を浮かべたヒルメス。
ラルはそんな彼の様子を見て、「やったぁ!ヒルメス楽しんでくれてる!?何か嬉しそうだ…っ!!」と、盛大にも見当違いな感想を思い描くのであった。
「…して、俺の扮しておる格好は如何なるものなのだ…?」
『ヒルメスの格好はね、狼さんなのです!本当は猫の方が良いかなぁ〜?とか思ったんだけど…私が猫娘やっちゃってるから狼にしたんだ!茶色の髪に、翡翠の瞳だから、すごく似合ってるよ!!』
「それは褒め言葉なのか…?まぁ、良いがな。俺が狼なら、おぬしはその捕食対象であるな。其れを分かってやっているのであれば、後で存分に喰らってやるから覚悟しておけ。」
『………へ?』
臣下二人は、彼の言う意味を正確に察し、背筋を凍らせた。
パーティーと名の付く事から、規模はかなり小さいものの、それに見合ったハロウィンらしいご馳走が食卓の上に所狭しと並べられていた。
南瓜のポタージュスープや、パン、甘いお菓子やケーキなどのメニューである。
夜も遅いので、全て軽めの量として調整されている。
夜食とするには、些か胸焼けしそうな程甘ったるい匂いだが…。
その内の南瓜を模したパンプキンケーキを手に取ったラルは、一口、口に運ぶと「美味しい!」と言って顔を綻ばせた。
また一口とケーキにフォークを突き刺すと、一口大に切り分けたそれを、気紛れによそ見して油断していたヒルメスの口へと持っていった。
どずむっ!
「むぐ…っ!?」
『これ美味しいから、ヒルメスも食べてみてよ!すっごく甘いよ!!』
「(モグモグ、ゴックン!)…ッ、いきなり口に放り込む奴があるか…っ!!」
『あんまりにも美味しかったから、ヒルメスにも食べてもらおうと思って。…次はちゃんと、“あーん”するから!』
「おぬしなぁ…分かってやっておるのか、そうでないのか、はっきりせよ…。」
『ん?まださっきの事で機嫌悪いのかな〜って思ったから、こうすれば機嫌直るかな?って。』
「………。」
『で、どうなの…?美味しい?』
「…うむ、美味い。普段は、あまり甘い物は好まぬが…。」
『あぁ…何となくそうじゃないかと思ってた!』
「「(貴殿方の空気が甘過ぎて、凄く気まずいったらないです…っっっ!!)」」
サームとザンデが、二人して同じ事を心中で叫んだ瞬間であった。
一方、ヒルメスは、好いている相手から唐突に“お口アーン”をされて、複雑な顔をしていた。
これでまだ付き合っていないとか、周りが酷く焦れて気が狂ってしまいそうである。
最早、「早くお前らくっ付けよ…ッ!!」状態なのだった。
侍女達は、そんなヒルメスとラルの二人に焦れに焦れて、そろそろ強行的に策に乗り出そうとしているとか、どうとか…(兵士達による噂より。)
「そういえば…おぬし、俺を連れて来た先程、よく分からぬ言葉を言っておったな。その時の言葉も、もしや“ハロウィン”とかいう行事で使われる言葉か何かか…?」
『あぁ、うん、そうだよ。あれも、ハロウィンでのお決まり文句みたいなものなの。“trick or treat”って言って、“悪戯されるか、お菓子をくれるか、どちらかを選べ!”的な意味を指すんだよ。お菓子を持っていない人は“trick”って言わなきゃいけないルールで、それを選んだ人は悪戯をされるのがお決まりでね!逆に、お菓子を持っている人は“treat”って言って、“Happy Halloween!!”と言いながらお菓子を渡すんだ♪……ねっ、楽しいでしょ?』
「……成程な、漸く理解出来た。であれば、俺からも仕掛けられるという事で合っているな…?」
意味深な言葉に、サームは一早く事を悟り、ギュルンッ!と回れ右をして二人に背を向けた。
この場合、臣下が立ち入るような事ではない。
こんな処で我々を巻き込まないで欲しい、と溜め息を吐くサームは苦労人である。
「…ラル。此方を向いて、俺の方を見よ。」
『ふぁい…?』
チョコレート味のハロウィン仕様な形のマフィンにかぶり付いていた彼女は、ヒルメスに呼び掛けられ、頭を其方に向けた。
口許にはそのお菓子の食べかすが付いていて、何ともあどけなさを感じさせる表情だ。
ヒルメスは、そんな彼女に笑みを浮かべると、腰を引き寄せて身体を密着させる。
彼の唐突な行動に、口の中の物を急いで飲み込むと、ラルは焦ったような声を出して、慌てて彼の胸に手を付いて密着を拒んだ。
怪しい香りが漂っている事に気が付いたのである。
『え…っ!?ちょ…っ、ヒルメス…!何………ッ、』
「おぬしから誘ってきたのだろう…?今更断わるのは無しだぞ、ラル。」
抱き寄せた腰をしっかりと固定し、逃げられないようにする彼。
マフィンを手にしていた片手は甘い砂糖でベタベタに汚れている為、上手く抵抗が出来ないラル。
それを見越していた彼は、その手首を掴むと、甘い指先をぺろりと舐めた。
目の前で繰り広げられる光景に、若きザンデは顔を赤らめて、どうすれば良いかとアワアワと戸惑った。
取り敢えず、歳上のサームを頼ろうと其方へ目を向ければ、当の本人は部屋の片隅に移動し、此方の状況から背を向けていた。
『ひぇ…っ!?あっ、あの…っ!』
「おぬしも言っていたのだから、当然俺も言って良いという事よなぁ…?」
『えぇっ!?わっ、ま、待った…っ!』
顔を近付けられ、本物の狼の如く獣のようにギラつかせた双眸と目が合う。
獲物を狙う瞳は細く細められ、吐息は彼女の首筋にかかり、ビクリッと肩を竦ませた。
ヒルメスは悪どい笑みを浮かべると、耳元に口許を寄せ、吐息混じりに低く囁いた。
「“trick and treat”、だ…ラル。早く俺の所望する物を与えよ。然もなくば、今すぐにでもその甘やかな首に喰らい付いてやろうぞ。」
『………ッ!!?』
企み顔で見つめてくる瞳を驚きに満ちた視線で見つめ返したラル。
この男、明らかに確信犯である。
悪戯とお菓子を同時にご所望と来た。
『なん…っ、何でそれ、知って………ッ!?』
「おぬしの世界に居る時、書物で見かけた。“英語”という物なら、少しだけ読めたからな。…で?答えは…どう答える?」
『ぇ………っ!あ……え、っと…………っ、』
「ふ…っ。まぁ、答えられぬだろうがな…。」
恥ずかしさに顔を赤く染めた彼女は、ヒルメスから視線を背ける。
その様に彼は愉し気に口端を吊り上げると、彼女の口許に付いた食べかすを舐め取った。
小さな悲鳴を上げ目を瞑れば、忽ち隙ありと目蓋に口付けを落とされる。
「…悪戯決定、だな。」
ニヤリと笑うヒルメスとは対照的に、ラルは狼に狙われ恐怖に震える仔猫であった。
引き攣った顔の彼女の背中と脚の裏に腕を通すと、ひょいっと抱え込み出入口へ向かい始める。
「ヒルメス殿下…!?何方へ……っ、」
慌てて声をかけるザンデ。
瞬時、空気を読むべしとサームが顔を覆った。
「そんなもの、決まっておるであろう…?我が寝室だ、ザンデよ。」
涼しい顔をして彼女を抱えるヒルメス。
抱えられる彼女は、硬直して何も言えないでいるようだった。
二人は、そのまま寝室へと消えていき、ハロウィンパーティーは始まってものの数十分でお開きとなってしまったそうで。
一夜限りの猫娘なラルは、狼ヒルメスに美味しく戴かれましたとさ♪
◆END(終われ!)
加筆修正日:2019.07.07
加筆修正日:2019.07.07