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根拠が不純



「ねぇ、主。君が僕を好きになった理由って何だい?」


執務中、唐突にそんな問いを投げかけてきた、本日の近侍、光忠。

その唐突さと問いの内容に驚きつつも、この本丸の主である彼女は答えた。


『えっ、と…きっかけ、って事?』
「うん。まだ一度も聞いた事なかったなって思って。」
『んっとねぇ…きっかけは、本当にちょっとした事だよ?以前から、とうらぶプレイヤーでファンだったヲタ友から布教されてて、巷でも凄い人気で盛り上がってたジャンルだから、物は試しと、いつも使ってるにっかり動画サイトで、よく見てるMMDのタグで検索してみたんだよ。そこで、素敵モデルみっちゃんのMMD動画見付けて、取り敢えず見てみたら、瞬間的に一目惚れしたって話。ちなみに、原作には触れずにいきなりそっちから入りました、not審神者です(笑)。』
「え?それって本当の事かい…!?」
『うん、マジだよ。』
「え、え…?作品…というか、原作を知らずに触れたのに、その入り込みよう、ヲタクってのは凄いんだね…。」
『フフン…ッ、凄いだろ?』
「侮れないね…。ち、ちなみに…そのモデル?の僕は、どんな格好だったの?」
『ガッツリお色気ムンムンの和装で、フェロモンダダ漏れみっただですた。アレはオチるよね…。格好良過ぎ…。』
「な、何だか照れちゃうな…っ。自分の事を直接言われた訳ではないけど、そんな風に言われるのは慣れてないから…恥ずかしいかな。」
『あれぞ、燭沼の始まりだった…ずぶぶぶ。』
「え…っ?燭沼って何だい…?」
『燭台切光忠を愛し隊の集合体、みたいな…?』
「はい…っ?」


初めて聞く単語に、思わず聞き返せば、更なる混乱を呼ぶ言葉が返ってきた。

何を隠そう、この本丸の主璃子は、審神者になる前の現世に居る頃から、燭台切光忠という刀を愛してやまない、所謂燭沼住民の一人だったのだ。

それ故に、彼の知らないところで、彼女は光忠クラスタを極めていたのである。


『みっちゃんったら、えっちぃんだから…まいっちんぐ。』
「主、そのネタ古いよ…。というか、えっちぃってどういう事…?」
『みっちゃんの雄っぱい破廉恥。』
「ええ…っ!?とっ、突然どうしたの…!?」
『キュッとした腰付きマジエロス…。』
「ちょっ、ち、ちょっと待って…!!それ、どういう事!?」
『雄っぱい並にお尻もヤバス…。』
「ちょっと…っ!どんな目で僕の事見てるの…!?」
『邪な目ですが、何か?』
「何でそこだけ真顔のガチトーンなのかな!!?意味が解らないよ…ッ!!」
『俺は、何時でもみっただ一筋です。光忠尊いっ!俺の嫁…っ!!』
「悟りに入らないでー!!ちょ…っ、だ、誰かぁーっ!主が自分の世界から帰ってこないよぉーっ!!どうしたら良いんだい!?」
「暫くされたら通常運転に戻られるから、そのまま放っておけば良いのだ。」
「は、長谷部君…っ!」


通りすがりの長谷部が助け船を出すかと思いきや、まさかの放置プレイを言い渡してくるという、珍百景。

思わず、言われた光忠も一瞬思考停止する。


「でも、それって…。」
「つまり、復活されるまで待てという事だ。きっと、現世の仕事と兼任故でお疲れなのだろう…。何とお労しい事か……っ。」
「君の主大好き精神は解っていたけど、そこまでだったのかい…!?」
「主を否定する事は、この俺が許さん。」
「ねぇ、僕の話聞いて!?」
『光忠が一振り、参るー。』
「主、それ僕の戦闘開始時の台詞…っ!!てか、何で覚えてるの!?」
『愛故に…。』
「もうっ、何なの君…っ!?僕をどうしたいの…っ!?」


訳の解らなくなった彼は、わぁっ!と顔を覆って俯いた。

その横で、ただカオスを繰り広げる一人と一振りという光景は、ひたすら異様であった。


―暫くして、落ち着いた様子の璃子は、執務に集中していた。

その斜め後ろで、疲れた様子の光忠は、近侍らしく彼女の補佐を行っている。

そこへ、一手間の休憩がてらお茶を運んできた安定が、入室の許可を問いかけてきた。


「主、お茶を持ってきたよ。入っても良い…?」
『どうぞぉー。』
「失礼しまぁーすっ。」


カチャリ、と食器の音を立てながら入ってきた安定は、はて、と首を傾げた。


「はい、お茶っ。そろそろお茶休憩ぐらいはする頃かなって思ったから、用意してきたんだ。」
「ありがとう、大和守君。」
『丁度、休憩考えてたとこだったから、マジナイスタイミングだよ。ありがとね〜。あい、良い子にはイイ子イイ子しようねぇ〜!』
「もう…っ、僕、短刀じゃないんだけどなぁ…っ。」


と、言いつつも、彼女に頭を撫でられて、「えへへ…っ。」と嬉しげに笑う安定は素直で可愛い子だ。

それを見て、璃子の口から「沖田組マジ天使…っ。」と漏れるのは、最早テンプレである。


「そういえば…何で燭台切さん疲れた顔してるの?」
「あぁ…、それはね…っ。」
『私がちょっと暴走しちゃったからなんだ。』
「暴走したって…どういう風に?」
『えーっと、率直に言えば、現世に居た頃の感覚で、光忠への愛をぶちまけちったって感じ…?』
「あ〜…、成る程ね。」


その言葉で察した安定は、苦笑を浮かべて彼を見た。


「実は、僕が来たばかりの頃にもね、清光が言ってたんだ。今の燭台切さんみたいに、同じように疲れた顔してね。“主が執務中に俺の事世界一可愛い可愛いって言って、マジ恥ずかしかった”って。」
「加州君も同じ被害者だったんだね…。」
『あっはははは〜…っ。その節はどうも。』
「でも、そう言いつつも清光、凄く嬉しそうにしてたんだよ?前の主さんの時は、こんな風に可愛がってもらえなかったからって。“俺、今、凄く愛されてるんだ…。”って、誉桜舞わせながらね!」


自分の事のように話す安定に、二人は微笑みを浮かべて聞く。


「きっと、燭台切さんも似たような事言われたんじゃないかなぁ?だから、疲れた顔してるけど、どこか嬉しそうにしてるのは。」
「まぁ、そんなところかな…っ。」
「でも、それって、凄く嬉しい事なんじゃないかなって、僕は思うよ?」
「嬉しい事…?」
「だって、そうでしょ…?それだけ燭台切さんの事が大好きで、自分の気持ちよ伝われぇー!って、主が頑張って言葉を伝えようとしてくれてるって事なんだもん。だから、いっぱい言われたんじゃない…?主からの愛の言葉!良かったね!燭台切さん…っ!!」


花のようにぱぁ…っ、とした笑顔で言う安定に、少し照れたように頬を掻く光忠。

一方、彼の純粋さに打ちひしがれている璃子は、口許を覆って「沖田組尊い…っ!」と零していた。


「そう、なのかな…?」
「そうだよ!凄く愛されてるよ、燭台切さん…っ!きっと、本丸のどの刀よりも一番愛されてる筈だよ!!」
「僕が、一番…?」
「うんっ。だって、言われなかった?“俺は光忠一筋だぁーっ!!”ってね!」
「確かに、言われた…。」


呆然としたような表情で頷く彼に、安定は自信満々に言い放つ。


「それ、主が本当に一番好きな人にしか言わない事なんだよ?だから、燭台切さんは主の一番の刀だって事だよ!」
『ちょ…っ、やっさださん…っ、それ以上は言わんといて…!恥ずい…っ!!』
「何言ってるの、主?こういう時こそ言わなきゃっ!」
『いや、だから、それ以上は…ほらっ、光忠が…ね?』


そう言って彼女の横を見遣れば、恥ずかしそうに口許を覆い隠しつつも、誉桜を舞わせている事から心情がバレバレな光忠が居た。


「そういう事だったんだね…、主…。気付かなくて、ごめんね…。」
『いや…っ、そのっ、まぁ…あの、アレだ!ぶっちゃけ、単なる愛をぶちまけただけで、俺は皆が大好きだからね…っ!』
「主、隠そうとしなくても良いよ。もうバレバレだから。」
『うぐ……ッ!!』


安定に突っ込まれて、思わず詰まった璃子は、危うくのところで吹き出しかけたお茶を飲み込んだ。

その際、軽く噎せて咳き込んでしまうのはお決まり事である。


「ごめんね、僕、格好悪かったよね…っ。」
「ううん、そんな事ないよ、燭台切さん。燭台切さんは、何時でも格好良いから!」
『安定、それ、べた褒め。直球ドストレートや。』
「ありがとう、大和守君!僕も、格好良く、主に負けじと僕からの主への愛を伝えるから…!主、覚悟しといてね…っ!!」
『何でそんな流れになるんじゃぁーっ!!俺に爆発しろとの事かね?君等は…っ!?俺恥ずかし過ぎてガチで爆発するよ!!?』
「格好良く決めて見せるよ!大和守君!」
「うんっ!しっかり見てるから、思いっきりぶつけちゃって!!」
『やっさだも何煽っちゃってんの…!?しかも、見届け人とか激しくいらないよっ!!どれだけ俺を恥ずか死にさせたいの…ッ!!』


その後、バッチリ愛の告白なる盛大な言葉達をぶちまけられた璃子は、暫く再起不能になる程おっちんだのだった。


「これぞ、“メランコリック”ってね…!」
「大和守君、それ、どういう意味だい…?」
「ん〜っと…、僕より、本人に訊いた方が解りやすいと思うよ?」
「そうなの…?」


(“君を知らない内から君に溺れていた”、という意味だなんて…直接本人の口から言わせないと駄目だよね…?ねっ、主…?)


密かに、彼女が更に真っ赤になって恥ずかしがるだろう結果を頭の中に思い浮かべながら、彼を唆す確信犯な小悪魔・安定は、本丸内でのキューピッドの内の一振りなのである。


執筆日:2017.12.10