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無防備宣言



それは、実に平凡かつ平和な日々の一日である。

現世の仕事と審神者業を兼任している璃子が、本丸へと帰還した時の事だった。


『たっだいまぁ〜!現世から今帰りましたよ〜っ!』
「おぅっ、帰ったか、主!現世との兼任、いつもお疲れさんっ。」
『マジそれな。そういやぁ、今日の近侍は鶴さんだったっけ。だから出迎えてくれたんだ?あ、私が居ない間、何か変わった事とかあった…?』
「いや、特に無いぜ。平々凡々の日々さ。俺としちゃあ、些か驚きに欠けて面白みが無いがな〜。」
『ははっ、それは重上。さて、現世の仕事が終われば、今度は此方の仕事だ〜。今日中に政府へ提出しなきゃいけない書類とか、ある?』
「えっと、確かこんのすけが言っていたには…簡単な書類が二つ、三つ程あったかな…?」
『よし。じゃあ、そっちを優先的に片付けてから、他の書類を進めようか。』
「あと、昨日までの戦績報告書と、遠征で増えた資材をまとめたリストを長谷部が持ってきていたぞ?どうする?」
『それも後で目を通しておくよ。』
「了解した!」


帰って早々、また仕事に取りかからなければならない彼女は、歩きながら諸々の報告を聞く。

それに慣れている本日の近侍、鶴丸は、彼女の後を早足で追いかけながら付いていく。


「主殿…!おかえりなさいませ。現世でのお勤め、ご苦労様です。」
『ただいま、一兄っ!』
「つい今しがた、こんのすけ殿より、政府からの手紙を預かりましたので、お目通し願います。」
『はぁーいっ、ありがとね〜っ!』


行く先の廊下の角から頭を出した一期一振が、穏やかな笑みを浮かべて帰宅の挨拶を口にする。

政府からの手紙を受け取りつつ礼を述べると、いつもながら礼儀正しい彼は、謙遜を口にしながら会釈した。

歩きながら手紙の中身を確認し、サラッと読み流す璃子。

審神者部屋に着いたら着いたで、各々の締切に分けられた書類の山から、最も最優先すべき書類を取り出し、目を通す。


『ふむ…。まずは、これから取りかかるとするかね?』
「…なぁ、主…。」
『ん?何だい…?』
「いや…大した事じゃないんだが、ちと気になってしまってな…。」
『うん、何…?言ってごらんよ。』


何かを言おうと口を開いたものの、何故か口を噤みかける鶴丸。

忙しい身ではあっても、決して急かす事はしない彼女は、優しく先を促した。


「君……今、ブラジャーしてないだろ…?」


一瞬、場の空気が凍った。

フリーズしていた彼女が遅れて反応を返そうと、動揺しまくった様子で此方を見る。


『な…っ、何故解ったし……っ。』
「日々、皆を驚かせようと培った観察力だな…!」
『いや、何でそう思ったのかを訊いてるんだが…っ!』


ほんのり羞恥で顔を赤らめる彼女は、恥ずかしさから、胸の前で腕をクロスさせて胸元を隠す。


「膨らみ具合か…?普段着けているだろう時と比べて、若干膨らみが小さく見えたんでな。女性がきちんと下着を身に付けていると、その下着の形が浮き出て見えたりするだろう?」
『嘘…っ!?私胸小さくて目立たないし、今日は着込んでたから気付かれないと思ったのに…!えっ、じゃあ…職場の人にも気付かれちゃってたり…!?』
「いや、普通の奴ならたぶん気付かんだろう。偶々、常に周りの奴等を観察する為に優れちまった観察力で気付いただけであってな…。てか、君…まさか職場にも“ノーブラ”で行ったのか……?」
『職場に着く直前まではしてると思ってたの…っ!!けど…っ、朝寒くて、早く服着替えなきゃって…。あと、私、いつも朝服着る時にブラ着けるから…寝起きで頭働いてなかったのもあって、それで…っ!』
「忘れたのか…。何か、今、かなりの事を暴露された気がするが…。」
『うゔぅ゙〜…っ!何たる不覚…!乙女としての大事な物を忘れるだなんて…っ!!うわぁ…っ、最悪だぁ〜…っ!』
「あ゙ー…っ、まぁ、恥ずかしかったよな?君も立派な大人の女性なんだしな…。よしよし、俺が慰めてやろう!元気出せ…!!」


羞恥と自分のやらかした事の重大さのあまり、顔を覆って俯いた璃子は嘆き呻いた。

この状況や如何に…?と思いつつも、自分から持ち出した話題故に、どうにか収拾を付けたいと、鶴丸は取り敢えずな感じで彼女の頭を撫でる。

唐突にがばりと頭を上げた璃子に、彼は驚いて、頭を撫でていた手を固まらせた。


『いや…でも、職場では仕事着っていうか、制服に着替えるから…ギリセーフか…?下のネックだけだったらモロバレだっただろうけど、セーター着てたから、モコモコしてて誤魔化せるだろうし…。上着にロングコートも着てたし…っ、大丈夫だろ…!』
「…それで良いのかい?君…。仮にもノーブラなんだぜ…?」
『うっさいな…!職場の人にバレてなきゃ良いんだよ…!!というか、何でアンタは解っちゃったんだよ…!?絶対バレないと思ったのに!!』
「逆に言うが、何故絶対にバレないと思ったんだ…!?俺達みたいな戦に出るような奴なら、敵や仲間を普段から観察してるから、観察する事に至っては慣れてるに決まってるだろう!?」
『だからって普通訊くか…!?そこは、乙女の秘密として黙っとけよ!!』
「それはそうと…さっきの話の流れからすると、君…夜寝る時は、ブラジャーしてないって事だよな…?」
『はぁ…!?そ、そうだけど…。それがどうしたんだよ…っ!』
「いやぁ〜、俺も男だからなぁ…。気になってしまったんじゃ、仕方ないだろう…?」
『な…ッ!?仕方なくないわボケ…っ!!鶴さんのエッチ!スケベ!!変態…っっっ!!みっちゃあ〜ん…ッッッ!!』
「おい待て!何故光坊なんだ…!?」


開き直ってドヤる鶴丸に対し、お決まりな台詞を叫んで部屋を出ていった璃子は、最早執務など放っぽりだしている。

まさかの光忠召喚に、鶴丸は慌てて彼女を追いかけた。


『みっちゃ〜んっ!!聞いてよ!鶴さんがぁ〜…っ!!』
「鶴さんがどうしたの?また何か悪戯されちゃった?」
「ちょっと待て…っ!!何で常に俺がやらかしてるみたいな前提で聞くんだ!?」
「だって、事実でしょう?鶴さん。それで…?何があったのかな…?」


格好良くて優しい光忠は、突然彼女に腕にしがみ付かれるような状況になっても、落ち着いて話を聞いてくれる。

思わず突っ込んでしまった鶴丸だったが、バッサリと斬り捨てられた。


『あのね…?私が今ノーブラだっていうのを良い事に、盛大に弄ってきたんだよ?酷くない?』
「え………?ごめん、主…。もう一回言ってくれる…?」
『実は今日、朝服着替える時にブラ着け忘れちゃって…今ノーブラなんだ。セーターとか着込んでるから、解んないかな?と思ってたんだけど…。それを、仕事しようかって時に訊いてきやがって…っ!そこは、普通気付いても黙っとくべきだよねぇ…!?』
「えー、あーっと…うん、そうだね…。女の子にとってはデリケートな話だしね…。(という事は、今、僕の腕に当たってる柔らかいものは…っ!?)」


内心気付いてしまった光忠だったが、敢えて口にしない紳士っぷり。

やんわりとかわしつつ、話題から逸れようとするところは、鶴丸とは大違いだ。


「とにかく、主は今すぐ部屋に戻ろうか。」
『へ…?何で…?』
「光坊…、まさか…っ。」
「それ以上言ったら晩御飯抜きにするよ、鶴さん。」
『え〜っと…?確かに片付けなきゃいけない書類とかあるけど…何で、そんなに切羽詰まった感じで言うの?』
「今の主は、女の子として大事な下着を着けてないんだよね…?幾ら見た目で解る解らないにせよ、此処は男所帯だ。主以外は皆男だからね、何かあっては困るでしょ…?」
『…敢えてブラジャーとは言わないんだね…。』
「まぁ、格好良く居たいしね…。」
『そこの鶴とは大違いだ。』
「おい、そこで比べるのはよしてくれ。そろそろ泣くぞ。」
「そもそもが自業自得だと思うよ…。」


主ノーブラ宣言により、本日の近侍は、急遽鶴丸から大倶利伽羅に変更されるのであった。


「何で俺なんだ…。」
『理由は聞くしもがな。』
「幾ら何でも、近侍まで外さなくったって良いだろう…!?」
「当然の報いだよ、鶴さん?」


しっかり乙女として大事な装備を装着した彼女を庇うようにガードする光忠は、最後まで辛辣だった。


執筆日:2017.11.22