『ねぇ、祢々さん。やっぱり山で人が死なれるのは迷惑かなぁ?』
彼女は唐突にそう問うてきた。
突発的に飛んでくる話題にしては、些か突飛過ぎる内容である。
突然そんな事を訊かれた主は、僅かに驚きを見せつつも、泰然として言葉を返した。
「何故そのような事を我に訊く?」
『え…?其れは…そういえば祢々さんは山の神様だったなぁ、って事を思い出したからかなぁ。』
「して、其れが何故今の質問に繋がったのだ?今の口振りでは、まるで御主が死を望んでいるかのように受け取れたが…御主は死にたいのか?」
『う〜ん…まぁ、率直に言っちゃえばそうかなぁ〜…。…うん、私は今凄く自分の死に対して前向きに考えてる。』
「そうか…。」
其れは、至極淡々とした口調であった。
まるで世間話でもする軽さで重さある筈の台詞を口にしていた。
そして、その言葉を零す表情も様子も、まるでそんな会話をしているようには思えない態度であった。
そんな彼女から零された言葉達に、山の神様と称された彼は全く動揺する様子も見せずに受け答える。
『今言った事に対して全然怒ったりしないんだね…?』
「怒り、とな?何故そう思う?」
『いやぁ…だって、普通いきなりこんな話されたら頭か精神の心配するか、“そんな簡単に言うもんじゃない!”とかって怒られるもんだと思ってたからさ。』
「ふむ…別にそのような事くらいで我は怒ったりなどせぬぞ。人が何をどう思い捉えるか、思想は自由だからな。ただ一つの物事に捕らわれ縛り付けて考えるものではないだろう。」
『はぁ〜…っ、さっすが山の神様…色んな意味で懐が深いね。』
「ふむ…そうか。我は懐が深くある者だと御主には見えるのか。」
『まぁ、山の神様って時点で何か慈悲深そうだなぁ〜とかって勝手に思っちゃったりしてたよね。本当勝手なんだけど。』
からからと乾いた笑みを漏らす彼女の笑いは、果たして本心から来るものだろうか。
言っている事と見た目が乖離しているようにも思えてならない。
「して、再度訊くが…御主は何故そのような事を訊いた?」
『ん〜…偶々、“もし自分が死ぬなら、死に場所は何処が良いかな?”って考えてたからかな。』
「己の死に場所を考えていた、と…?」
『うん、そう。私、何でか知らないけど、今凄く死に関しての観念が前向き思考なんだよね。だからかな…?』
「成程…。」
『…此処まで話しても、やっぱり怒らないんだね。』
「怒る必要性が無いからな。生きるも死ぬも、物事として捉えるならばどちらも等しき事だ。故に、我がわざわざ口を挟むべき事ではあるまい。」
『ほぉ…成程、祢々さんはそういう捉え方なのね。成程成程…やはり祢々さんは神様らしい思考の持ち主だなぁ。神様であるからに、人の成す事に必要以上には肩入れはせぬ…と。うむ、実に良い考え方で尊敬しちゃうね…!』
確かに、古来より生と死は隣り合わせ、表裏一体のものであると云われてきたものだ。
故の対応振りか。
全く以て常人には理解出来ぬ事である。
しかし、一人と一振りは変わらぬ調子で言葉を続けた。
『私さ…もし死ぬなら、誰にも迷惑を掛けない形で死にたいと思ってるんだよね。だって、既にこの世に産まれて生きてきた中で色々と沢山の迷惑を掛けてきた訳だからさァ、死ぬ時ぐらいは極力誰の迷惑にもなりたくないって訳よ。』
「ふむ…其れで?」
『うん。んで、誰にも迷惑掛けないように死ぬなら何処が良いかなって思い付いた先が、自分の生まれ育った場所に在る山だったの。子供の頃に登ったきりのとこなんだけどねぇ〜。しかも、登ったのも途中までなんだけど…大人になった今思い出してよくよく考えてみたら、その時見た景色が忘れられなくてさ…。やっぱ、人間死ぬ時は生まれ過ごしてきた土地で死にたいと思うもんなんだねぇ〜、と改めて考えてみて思った訳なのだよ。今までそんな深く考えた事無かったから全く思わなかったのだけど。』
「山は良いものだからな。」
『うん。山って良いものだね。言ってる内容的には全く宜しくない事だろうけども。』
再び、からからと笑ってみせた彼女の表情からは、一種の諦めのような感情が読み取れた。
しかし、彼は動じぬまま彼女から零される言葉達に耳を傾け続けた。
『ぶっちゃけさ、今死ぬのもこの先死ぬのも、あんま変わんないものなんじゃないかなぁ〜って思うんだよね。だって、人間何時かは死ぬものなんだし。そういう生き物なんだし。ただ、死ぬのが今か後か、って事なだけじゃん。遅かれ早かれ、人は必ず死ぬ…なら、今死を選んだとて結果的には然して変わらないと思うんだよね。極論かもしんないけど…今思う持論はこんな感じかな。』
「…ふむ。」
『あ、死にたいって言っても今すぐに、って訳じゃあないよ?だって、私まだ死ぬ覚悟出来てないからさ…!幾ら“死にたいな”“さぁ死のう”と思ってもまだ死に切れないんだよねぇ〜。所詮、私は度胸も意思も何も無い弱い人間だからさ。…だから、不謹慎な事を言うけども、今の若者が簡単に死を選んで呆気なく死ねちゃうの、凄いなぁ…って思っちゃうんだよねェ〜。いっその事、一種の尊敬の念すら抱いてたりするわ…。痛いのだって厭だろうにね。まぁ、死んじゃえば痛い事からも苦しい事からも解放されるから?この際些末事なのかもしれないけど。』
嘯くように笑い謳う口は毒にも成り得ない言葉を吐き続ける。
其れでも、彼は何も咎める事無く話に耳を傾けた。
「主は、死にたいと思うか?」
『うん。私は死にたいと思うよ。…今すぐじゃないけど。死ぬ覚悟が出来たら、きっと死ぬと思う。』
「そうか…。しかし、本丸の主である御主が死ぬとなっては黙ってはおれぬ者も出て来るであろうな。少なからず、誰かしら悲しむ者が出て来るであろう。」
『はは…っ、そうであったなら嬉しいなァ…。でも、もし悲しまれる事があったりしたらば、其れは其れで辛い気がするなぁ…。やっぱ、情ってもんが沸いてるからさ。特に、初期刀の清光や前田君、薬研なんか辺りには凄く申し訳なく思うよ。』
「しかし、例え止めたところで御主は死ぬ気なのであろう?」
『…うん、そうだね。私は、死ぬだろうね。だから、死ぬ時は遺書を遺すつもりだよ。まぁ、十中八九、親を泣かす事にはなるだろうなァ…。でも、止めて欲しくはないとも思ってる。…どうせ、生きててもしょうがない命だ。この先このままずるずる生きのさばっていても、無駄なだけで意味が無い。だから、私は死ぬ覚悟が出来次第、死ぬと決めた。そして、死ぬ時は生まれ育った故郷の山で死ぬ。…だからね、私が死んだ暁は、“この親不孝者が”って呪ってくれて構わないんだ。其れだけの命でしか生きれなかったと嘲り笑ってくれても良い。だって、本当に其れだけのちっぽけな存在だったんだもの。私なんかが死んでも悲しむ価値なんて無いんだから、私の存在なんかさっさと忘れて幸せになってくれ。その方が、私も気が楽だからさ。不幸しか呼び込まないような忌むべき存在なんて、そんな扱いで十分だ。』
なんて面して笑うんだ、と見る者が見たら口にした事であろう。
何とも形容し難い複雑な表情であった。
しかし、彼は変わらず淡々と言葉を受け入れ、返した。
「うむ…御主の言い分は理解した。生きるも死ぬも御主の勝手だ、好きにするが良い。山で死ぬならば、その時は我がその死を受け入れよう。山は我の源であるからな…山で死した者達は皆等しく土に還り、次の命の糧となる。そうして生命というものは循環するものだ。」
『…うん、話したのが祢々さんで良かったや。否定も肯定も無いのが一番気楽に受け止められるからさ。』
「そうか…其れは良かった。まぁ、もし山で死んだ時は安心せよ。我が丁重に弔っておいてやろう。」
『うん。有難う、祢々さん。そう言ってもらえて嬉しかった。』
「なに、気にするな。山に属する者ならば当然の事だ。其方が還る地を山に定めたならば、我は其れを受け入れるのみ。其れが、山の神となった我の務めであるからな。」
『うん。流石は祢々さんだね。全部すんなりと納得出来ちゃうや。』
其処で会話は終わりを告げたのか、腰を上げた彼女はお尻に付いた土埃を払うと立ち上がってその場を去ろうとした。
ふと、その時気になったのか、彼は再び口を開いて問うた。
「そういえば…主は、何故死に場所に山を選んだのだ?」
至極不思議な事であった。
彼のその問いに、彼女は笑って受け答えた。
『其れはね…さっきも言ったけども、その山から見えた景色が今も忘れられなかったからだよ。ちょっと登っただけで見えたものなんだけどもね…その山からは自分の住んでる町が一望出来たんだ。しがないちっちゃな田舎町だけども、やっぱり自分が生まれ育った町がよく見える場所で死ねたら素敵だと思わない…?』
其れは、とてもとても儚い笑みであった。
自らの死に場所を探し求め、漸く見付け出せた者は、至極嬉しそうにそう語ってみせた。
その語りを静かに聞き届けた山の神は、少しだけ物寂しそうに笑むと去り行く彼女の背を静かに見送るのだった。
Title by:腹を空かせた夢喰い