私の本職は、研師だった。
文字通り、刀や包丁等の刃物を綺麗に研ぎ磨くのが仕事である。
その技術を買われてか、時の政府に政府職員としてスカウトされ、現在は一職員として細々と働かせてもらっている。
公務員のような役職故に給料もそこそこ良い為、このご時世且つ職業柄ながらも生活に困る事は無く、寧ろ余裕がある程度には潤っていた。
何故、研師なんかが政府に雇われているのかと言われると…理由は簡単だった。
本職の技術を活かして、刀剣男士達が傷付いた後の手入れを直接的に行うのだ。
研師というからには、刃物の扱いは手慣れたもの。
故に、戦場で傷付いた彼等の本体――つまりは、“刃物のお手入れを任された”のである。
元々、家系の連なりの何処かで神職に纏わる者が居た関係で、霊とかそういうものには認識や知識も明るく、政府役人に声をかけられた時も特別動揺する事は無かった。
その胆の据わったところも気に入られたんだろう、今や神の位に名を連ねる彼等を相手しながら生活している。
私の仕事は、専ら刀を研ぎ磨く事が主なので、審神者の方々のように固定の本丸を持つ事も無ければ、審神者の資格を持っている訳でもなく、自身の刀を所持している訳でもなかった。
其れは何故か…?
私は、職場に於いて、ただ刀を手入れするというだけの仕事しか持たぬ特殊な役割を当てられていたからだった。
その事に、私自身は別に何の不満も持っていない。
逆に、生活面を潤わせて頂いて感謝の念すら抱いているくらいだ。
このご時世だ、武器や凶器の類いとなる刃物は包丁以外一般的には扱われない。
他の代物は、精々が鑑賞用や武道の一貫で所持している方々からの依頼しか受ける事は無い。
とどのつまり、今の世の中では廃れつつある職業であった。
廃れつつあれど、世に一人でもその職人が居なければ、そういう業界は成り立たない。
故に細々と遣り繰りして暮らしていたのである。
就いている職が職なもんで、一度の依頼で掛かる額は相当な物である。
まぁ、今や数少なくなった役職且つ資材故の対価だ。
一度の依頼で軽く万は悠々に行くものばかりだった。
刃物は定期的に手入れを行わなければ、すぐに錆が出てしまう。
日本特有の気候も由来していたが、まぁそういう事から、定期的に常連客からの依頼があった為、生活には其れ程困ってはいなかったのである。
私はただの研師以外の何者でもないので、今の職を得ても其れは変わらず、今までと何ら変わりない生活を送っていた。
時の政府御抱えの研師である事以外は変わりない故に、特定の本丸も所有しない、審神者職にも就いていない者である。
政府御抱えと言っても、文字通りの意味で、“政府役人専用御用達の研師”と言ったところだった。
審神者ではないが、審神者の者達同様に刀剣達を所持する彼等の刃物専用ケア職人と言った方が分かりやすいだろうか。
つまりは、政府役人達のみしか私には依頼出来ないor関わりが無いという事である。
謂わば、知る人ぞ知る者しか出逢えぬお役目に就いた、という訳なのだ。
なので、専ら相手取るのは人間ではなく刀…刀剣男士達ばかりであった。
今日もそんなところで、現在御抱えのお客の刀の手入れを施しているところだった。
今回依頼を受けたのは、武器としては折れにくく曲がりにくいと名高い、あの同田貫である。
出陣した戦場にて重傷手前の中傷の損傷を負って、言葉通りの意味で運び込まれてきた。
私の処へ持ち込まれる刀剣達は、主に霊力が弱かったり元々の蓄積する霊力の量や質の低い者達が所持する刀剣ばかりだ。
故に、自身では完全な治療――もとい、手入れが行えぬとあって私の元へと依頼が入る。
私はその依頼を受け、元在ったような姿へと戻す手伝いをしているのだ。
ただ其れだけに過ぎない。
持ち運ばれた彼の本体を診て、思考する。
(今回は、また派手に損傷したもんだねぇ〜…資材も馬鹿にはならんのだが、しかし、戦をしている彼等に言う事ではないね。)
取り敢えず、全体の損傷具合をザッと診て、使う道具や資材の量を見積もる。
私が彼等の本体を手入れしている最中、彼等自身はすぐ近くの簡易ベッドで横になって休んでもらっている。
作業場の隣には、簡易的だが、一応茶飲み場用に卓も置いてあって休憩は出来る。
其処を使用するのは、主に所有者の私か、手入れ中で休憩中の古刀組な爺共だ。
今は、誰も居らず、私の休憩用に置かれた茶と菓子が少し置いてあるだけである。
職場兼私の仮家には、基本仕事に使う道具と雑多とした軽い家具ぐらいしか物は置いていないから、パッと見は殺風景で寂しく見える事だろう。
依頼が立て続けに積まれていない限りは、現世の実家に寝に帰っているし。
そうでない限り、此処で寝泊まりする事は無い。
…話が逸れたな。
―休話閑題。
酷く損傷したらしい彼の本体を手に、水を垂らして砥石の上に滑らせる。
まずは、刃に付着した敵の血だろう汚れを取る事から始めよう。
時折、桶に入れた水を足しながらシャッシャ…ッ、と研いでいく。
後に汚れが取れて元の下地が見えてきたら、今度は損傷箇所の手入れを行いつつ研ぎ、磨いていく。
そうしている内に、彼等が戦場で負った傷は癒え、忽ち元の元気な姿へと戻れるのである。
此方が手入れを行っている最中は、基本は私が作業に集中する為に暗黙のルールでお互いが静寂を保っている。
中には、作業の様を間近で見たがる好奇心旺盛な者も居るが…元より彼等は刀に宿る付喪神様なので、刃物そのものと会話しているのだと思えば、別段気にはならなかった。
自らが研いだ彼等が満足する出来なら、其れが一番である。
研師として、その事をモットーとして掲げながら今日まで生きてきた。
今この時も、其れは変わらない。
彼の錬度も鑑みて長く掛かりそうだと思った為、始めから手伝い札の効果も使い、丁寧且つ慎重な手入れを施す。
もう少しで研ぎ終わるかな、と自分的にも満足の行く仕事振りに納得して笑みを浮かべていると…。
大方の傷が癒えて目が覚めた様子の彼が、寝台から起き上がって此方の様子を覗き込んでいた。
「…アンタって、自分が刀研ぎ終わると途端に満足そうな嬉しそうな笑み浮かべるよな。」
『そうなのかい…?自分じゃあ気付かなかったね、そういうの。今言われて初めて知ったぐらいだよ。』
「まぁ、アンタ仕事の事以外は頓着無さそうだからなァ…予想範囲内の返答だな。」
『へぇ…そんなに私無頓着してるように見えるのかねぇ?』
ふと疑問に思って首を傾げつつ、最後に研いで付着した砥泥を水で綺麗に洗い流し、磨き終えた其れをじっくりと眺めて反りを確認する。
よし、今日も良い感じの出来だな。
我ながら良い仕事をしたと満足しながら、用意していた綺麗な手拭いで水気を拭き取り、最後の行程へと移る。
刀の手入れの終わりは、油と打ち粉なのだ。
刃物だって抜き身をそのまま放置していては表面に錆が出る等の損傷が出てくる。
だからこそ、保湿の行程が必要なのだ。
刃物だって人間のように大事に扱わなければ長持ち出来ない。
其れを意識しながら丁寧に丁寧に仕上げを行えば、ほら、あんなにも酷く損傷していた身が元通り。
武器として扱われてきた内なる強さや雄々しい耀きが刃紋に踊るかのように煌めいて胸が高鳴る。
やはり、研師としても、この瞬間が胸踊り興奮するものだ。
「…終わったのか。」
『はいよ、終わったよ。今日もお疲れさん。』
研ぎ終えて綺麗になった身を鞘に仕舞い、彼の手元へと返す。
素直に受け取った彼は、私の仕事振りを確認するかのように納刀した筈の刃をもう一度抜いて刃先の反りを眺めた。
「相変わらず良い仕事するよなぁ、アンタ。何時も作業してるとこ見せてもらっちゃいるが、毎度見事なもんだぜ。」
『そりゃ、有難いばかりだよ。研いだ刀自身のアンタに褒められりゃ、研師としても一生懸命仕事した甲斐があったってもんさ。』
「本当アンタが審神者じゃないっての、勿体無いと思うんだよなァ…。」
『私は、ただの研師でしかないよ。其れは、今も昔も変わりない。私は今の生活に十分満足してるんだ。今以上のものを望む気は此れっぽっちも無いよ。』
「…本当勿体無ェよな…せっかく良い腕してんのによ。こんなとこでのさばってるよりも、もっと良い処に就きゃあ、もっと広くアンタの名も広まるだろうに…。」
キン、と己の本体を鞘に納めた彼は、そう名残惜しそうに宣った。
その台詞の節々に滲まされた勧誘の空気に、私は慣れた調子でぴしゃりと言い返した。
『言っとくけど…何度誘われようと、私は審神者にはならないからね。面倒な
「ちぇ…っ、つれねぇなァ。」
『隙あらば毎度審神者にならせようとしてくるアンタも大概なもんさね…。』
「だって、勿体無ェじゃねーか。こんなに腕の良い刀の研ぎが出来るなんて。アンタが審神者になってくれるんなら、俺は喜んでアンタの物になるんだがなァ〜…。」
『はいはい…お褒めに与り光栄でござんした。…さっ、手入れも終わったんだから、早く審神者さんとこに戻った戻った。』
彼は刀の来歴からしても、多くが人の元に在ったから、人の手に直接扱われる事が好きなんだろう。
故あって、負傷すれば毎度の事という感じで私の元へとやって来る。
軽傷にも満たない掠り傷程度なら、彼の主である審神者さん自身でも手入れは可能なのだが…。
彼自身が私の手入れを強く望んでいるそうなので、彼が負傷した際は程度に関係無く私の元へ任せられている。
彼の本丸の方針が、各々の意思に任せる自由放任主義なのもあっての事であろう。
別に、彼の主さんがいい加減だとかそういう事なのではない。
審神者としては、ちゃんとしている良い方なのだ。
ただ、彼だけがちょっと特殊というか、やたら私に構ってくる節があるだけである。
何時、何がきっかけで気に入られてしまったのかは分からないが、こうして彼の主さんより手入れを依頼される度に口説かれている。
此処のところ、負傷の頻度に比例して私が直接手入れする頻度も増えている為、半ば私に逢いたいが為にわざと負傷してきてるんじゃないのかと変に疑ってしまう程だ。
本当、何でこんな戦一辺倒でしかなさそうな彼に気に入られてしまったのか…ほとほと悩むくらいには謎である。
「なぁ、本当に審神者になる気は無ェのか…?」
『無いって言ってるだろぉーに、もう…っ!しつこいよアンタ!』
「せっかく見付けた良い腕したイイ女なんだ、そりゃ是非とも手に入れるまで口説くに決まってんだろ?」
『アンタの手入れは終わったんだから、とっとと出とってくれ…!仕事の邪魔だ!!私にゃアンタの以外にも依頼があるんだよ!請求書は、また後で審神者さんの方に送っとくから帰んな!!』
「ちぇ…っ、やっぱつれねぇなぁ、アンタは。…まっ、なかなかに手強いところも落とし甲斐があるってもんだからな。また来るぜ。」
『もう来んじゃないよ…っ!!』
すかさずそう言い返して、彼を作業場から追い出す。
言葉の応酬すらも愉しげにする彼に困り果てながらも、“私の世話にならないくらい強くなって出直してきな”という皮肉も込めて叫んでやった。
其れに後ろ手に手を振るだけで応えた彼がどう受け取ったかは知らない。
Title by:喉元にカッター