何だかやけに冷たさを感じて目が覚めた。
ゆるり、とまだ眠気の感じる目蓋を押し上げて、ぱちぱちと緩慢な動作で瞬きを繰り返す。
次いで、何の気なしに起き上がって布団から顔を出すと、長めの髪が直に肌に触れて肩に落ちる感触を感じた。
その感触にふと疑問に思って、ゆるり、と持ち上げた頭を下向けると、自身の素のままの裸体が目に入った。
何故、自分は裸の身で寝ていたんだっけ。
ひやり、裸の素肌に冷たい空気が触れて寒かったので、手短に温まれる物が欲しくて、さっきまで包まっていた布団に再び身を埋めた。
其処には、まだ自分の体温が残っていたから温まるには程好く、微睡むにも適した温度だった。
けれども、今本当に己が求めるものはそうでない気がして、再度起き上がった。
そのまま居ても、別に今は自分一人きりだったから裸のままで居ても良かったのだが…何だか心持ち気恥ずかしかったので、取り敢えず何か服を身に纏おうと枕元を見遣ってみた。
すると、昨日まで着ていた私の服ではないけれども、代わりの男物と思しき衣服がご丁寧にも畳んで置かれていたので、有難く拝借する事に。
下着だけは、予備で持ってきていた新しい自分の下着に足を通して身に付ける。
やはり、下着を付けているのといないのとでは安心感が異なるようだ。
妙な安心感に包まれた後、用意されていた男物Tシャツに腕を通してみたら、思っていたよりもブカブカで丈が余り、わざわざ下を履かなくとも隠れてしまう大きさだった。
―そして、布団と同じく自分のものではない、他人の匂いがした。
女のものとは違う、その匂いに、まだ慣れない気がして、ただ服を着ただけなのに何だかむず痒い気持ちになった。
このまま布団の上に居続けたら変な気分になってきそうだ。
堪らず腰を上げて布団の在る場所から抜け出すと、一先ずは髪を綺麗に梳くなり何なりして纏めようと思い、洗面所の方へと向かった。
ついでに、寝起きの顔もどうにかしたかったので、顔を洗いに行こう。
そう決めて歩き出したところで、不意に変な腰の痛みと下腹部の違和感に気付いて、昨夜の記憶を遡った。
…そういえば、昨日は彼の家に泊まり込んで、そのまま夜も過ごしてお約束展開みたいに致してしまったのだったか。
今更ながらに思い出して、ポッと赤くなってくる頬の熱に溜め息を吐き、半ば逃げ込むようにして洗面所へと向かった。
真っ暗な其処に電気を点けて明るくし、鏡を覗き込んでみたら、思わぬものを見付けてしまってまた躰を熱くさせてしまう。
鏡に映り込んだ自身の首筋や襟に隠し切れなかった胸元から覗いた肌に、幾つもの赤い鬱血痕を認めたからである。
昨夜は色々といっぱいいっぱいで、其処まで意識が回らなかったのだが、まさかこんなに痕を付けられているなんて思いもしなかった。
確かに、強く吸われたような記憶はあったが、とにかく彼より与えられる快感に悶えるしかなかったので、其れ程しっかり覚えている訳ではなかった。
流石にこのままでは恥ずかし過ぎて外を出歩けないだろう。
全く何て見えやすい位置に痕を付けてくれたんだと呆れ半分憤慨しながらも、嬉しさ半分といった風に口許が緩んできてしまって、慌てて取り繕うように引き締めると変な顔付きになった。
取り敢えず、今は適当に軽く髪を纏めてから顔を洗ってしまおう。
何時までも寝起きそのままの顔を晒しているのも嫌だ。
そうして手早く髪を纏め上げ、バシャバシャと顔を洗い終えると、玄関先で誰かの足音が聞こえて、意識を其方へ向けた。
誰の足音だろうか。
彼のものなら嬉しいな、と思っていたら、ガチャリとドアノブを回す音がした後に誰かがドアを開けて入ってくる物音がしたので、タオルを首から提げたまま玄関先へと向かってみた。
すると、やはり彼が帰ってきた音だったらしく、今の今まで抱いていた変な不安感が打ち消えて安堵した。
パタパタと靴を脱いでいる最中の彼の元に近寄って、今日初めての声を出して声をかけた。
『お帰りなさい、まささん…っ。其れと…お、おはようございます…っ。』
「うお…っ、アンタ起きてたのか…。てっきりまだぐっすり寝入ってるかと思ってたから、ビビったぜ…。」
『あ、御免ね。急に声かけちゃって。驚かせちゃったよね…?』
「いや、其処まで驚いちゃいねぇから良いけども…。其れより、躰大丈夫そうか…?」
『え………っ。』
特に変に庇うような動作は取っていなかったが、鋭い彼にはすぐに見透かされてしまったようで。
私はすぐに降参してあっさりと本音を口にした。
『…うん、大丈夫だよ。ちょっと腰が痛むのと、少しだけ下腹部の辺りに違和感があるだけ…。其れ以外は何とも無いみたい。下腹部の違和感は…その、初めて躰重ねる事したから…慣れないだけだと思うから、あんまり気にしないで?』
「ん…でも、本当に辛くなっちまったらちゃんと口に出して言えよ。今日は何処も行く気は無ェから。ウチでゆっくりしてろ。落ち着いたら、アンタの家まで送ってやっから。」
『…うん。何から何まで気遣ってくれてありがとね。』
「もう歴とした正式な恋人なんだし、アンタの処女貰っちまった男としちゃ当然のこったろ…?ヤる事ヤっちまった後なんだ。その責任はちゃんと取るよ。」
そう明け透けなく言う彼に恥ずかしくなってしまって、首から提げていたタオルで顔を覆い隠した。
やだ、もう…慣れなさ過ぎて恥ずかしい。
穴があったら埋まりたいとは、正しく今の状態を指すのだと思った。
そうやって初めての事に照れていると、靴を脱ぎ終わった彼が近寄ってきて私の頬へと触れた。
そのいきなりの感触に驚いた私は、盛大に肩をビク付かせて変な声を上げた。
『へあっ!?な、何…ッ、』
「熱…とかは無いみてぇだな。良かった。もし俺のせいで体調崩しちまってたら申し訳が立たねぇと思ったからさ。何とも無さそうで安心した。」
『…え、あ……ふぇ…?』
「セックスした後、女は体調崩しちまったりする事があんだろ?万が一があっちゃならねぇから、コンビニ寄ってきた後、近くの薬局行って薬買ってきた。…俺は滅多に風邪引かねぇから、そういう類いは一切置いてなかったんでな。もしもの為に、一応買ってきといた。」
『え…あー、其れで朝早くから出掛けてたんだ……?』
「まぁな。ちなみに、コンビニ行ってた理由は、冷蔵庫に何も入ってないの思い出したから、朝飯に何か要るだろうと思って適当に色々買ってきた。パンでも飯でも両方あるから、好きなの選べ。」
『へ…、あ、うん…有難う…。』
差し出された袋を受け取って中を覗いてみれば、成程、確かにサンドイッチやらお握りやらお弁当やらの食べ物が飲み物と一緒に入っていた。
お腹は空いていたけれど、何だか今は其れ程入っていかなさそうだったので、軽めに腹に入れるだけに留める事にして、サンドイッチを選ぶ事にした。
飲み物は適当に紅茶を頂く事にする。
代金は後で払えば良いかな…?
そんな事を考えながら袋の中身を見つめていると、じ…っと見てくる彼の視線に気付き、首を傾げた。
『ん…?どうかしたの、まささん…?』
「……いや、俺はどうもしねぇけども…アンタ、何で下履いてねぇんだよ?」
『え…だって、上の丈が思った以上に余って隠れちゃってたから、まぁ大丈夫かな?って思って…。あとは、サイズ的に合わなさそうだったから、上だけ着てそのままで居たのだけど……何か不味かった?』
「………無防備過ぎるとしか言い様が無ェんだけど…。まるで、“取って食ってください”と言わんばかりの状態だろ…。今後の為にも今ハッキリ言っとくが、んな格好俺以外の奴の前ですんなよ?あと、そういう格好してる時は、なるべく玄関先に出てくんな。…色んな意味で危ねぇから。」
『え、あ、御免なさい…っ、全然そういうの考えてなかったや…。』
「…まぁ、今回は俺だけだったから見逃してやるが、次やったら腰立たなくなるまでブチ犯してやっからな。肝に銘じとけ。」
『ひぃ…っ!い、以後気を付けます…!』
流石の凄みに怯えていると、元の空気に戻った彼が私の身を手繰り寄せて抱き締めてきた。
その感覚に驚いて、ついまた肩を跳ねさせていたら、首筋に埋められた彼の頭がスリ…ッ、と擦り寄ってきた。
「別に本気で怒ってる訳じゃねーから、そんな顔すんなって…。」
『え…あ、の…私、今どんな顔してたの……?』
「…あ゙ー、強いて言うなら…俺を誘ってる顔。」
『はえぇ…っ!?』
「冗談。…けど、其れに近しい表情ではあったから、ちょっと劣情を煽られたのも事実な。」
『え、っと…………。』
あからさまな好意と情欲を寄せられて、慣れずにどう返せば良いのか戸惑っていると、ポンポンと優しく後ろ頭を撫でられてざわついていた気持ちが和らいだ。
何て単純なのだろうか。
そして、何て現金なんだ、私は…。
彼に優しく触れられただけで気が落ち着くだなんて、どうしようもない程に惚れてしまっている証である。
そのまま彼に身を任せて全てを委ね切っていると…。
首筋に彼の唇が這って、思わず鼻にかかったような甘い声が漏れ出てしまった。
その熱の込もった色ある声に煽られたのか、彼の手がゆるゆると躰を
途端に、私は彼の手を塞き止めて、小さく抵抗の言葉を告げた。
『ぁ、あの…っ、昨日の今日すぐだから……その、まだちょっと無理かも、です…ッ。あ、でも、其れは別にまささんに触られるのが嫌って訳じゃないの…っ。…昨日ので、ちょっと腰痛めてるみたいだったから…その、たぶん今日はまささんに付いていけないんじゃないかなってだけで………、その、あうぅ…っ、ご、御免なさいぃ〜…っ!』
「………はあぁー……っ。…別に、本気でアンタの事また抱こうとしてた訳じゃねーって。ちっと煽られちまったから…少しでも発散したくてがっつきかけただけだ。アンタが嫌なら、手ェ出さねぇよ。」
『あ…っ、えと…そういう事なら、たぶん大丈夫だから…っ、まささんの好きにして良いよ…?』
「…だから、んな容易にんな台詞吐くんじゃねーっての…ッ!」
『ンむ…ッ!?…ぁ、んンふ………っ、ぅ、んンぅっ、』
堪え切れずといった風に性急に口付けられた其れは、些か乱暴で荒々しくて、あっという間に私の息は彼の口の中へと飲まれていった。
勢いに飲まれて彼の口付けを受け止めていると、次第にエスカレートしていった彼が徐に腰元を撫でてきて、合わないサイズから出てしまっていた襟元近くの肌へ吸い付かれる。
その感覚にピクリ、と感じながらも、あまり此れ以上見える場所に痕を付けられては困ると、僅かに身を捩って抵抗を見せた。
『ぁ、の……まささ、ッン…、あ……あんま、見えるとこに痕付けられちゃうと…隠す時大変だから…っ、ンぅ…ッ、付けるなら…別のとこにして………っ、』
「……見えなきゃ何処でも良いんだな?」
『はぅ…っ、ん、ぅん……っ。』
そう答えたら、着ていたTシャツを下着のキャミソールごと胸元まで捲り上げられて、何も付けていなかった素のままの胸元が晒される。
ひんやりとした外気に晒されて、敏感に反応していると、そんな胸の谷間辺りに顔を埋めた彼が再び肌に吸い付くような感覚を感じた。
甘く痺れるようなその感覚に、私は小さく声を上げながら押し寄せる快感に身を震わせた。
嗚呼、このままではまた躰に熱が灯って火照ってしまう。
既に熱を帯び始めた吐息を漏らしながら、彼から与えられる快感を享受していた。
手に持っていた荷物は、いつの間にか彼に奪われて床の上に乱雑に落とされていた。
…中にはお弁当なんかも入っていたと思うのだが、良かったのだろうか。
気にはなったが、彼が意識の逸れた私に気付いて、“今はこっちに集中しろ”と言わんばかりの目で見つめてきた。
お互いに、昨日の熱を思い出して熱くなっているのだ。
―この際、もう腰が痛むだとかの言い訳は無かった事にして、二回目を致す事にしようか。
すっかりその気にさせられてしまった責任を取ってもらう為にも、私は自らキスを強請って彼の唇へと自分のものを押し付けた。
もう朝御飯がどうとかは二の次にしよう。
其れは彼も同じだったようで、私からの健気なお誘いを受けた彼は、そのまま深く私の口に己のものを重ね合わせて掻き抱いた。
次いで、雪崩れるようにベッドの元へ連れて行かれると、あっさりと身を引き倒されて暗転。
その後は、敢えて語らずとも良き事かな。
結局早くも二度目を致した私達の朝食は、すっかり時間も遅くなり、昼過ぎに食べる事となるのであった。
お陰様で、腰の痛みは朝起きた時よりも酷くなってしまっていたが、此れは此れで幸せな痛みかと思う事にして、彼が買ってきてくれたサンドイッチを口に運ぶのだった。
…否、今後はちょっとだけ遠慮してくれると嬉しいなと思った。
でないと、私の躰が持たなさそうだと思ったのは、此処だけの内緒である。
Title by:腹を空かせた夢喰い