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偶には休暇を楽しんだって良いじゃない



夏の蒸し暑い日の事だったと思う。

睦事をするには、あまりにも不向きな暑い日。

まぁ、そんな日でも、エアコンをガンガン効かせた部屋ならば関係の無い話となってくるのだが…其れはさておき。

その暑い日の現世に一時的に帰還し、今回のおもな目的の会議を終えた後は、そのまま数日程休暇と称して滞在する事にし、泊まり先のホテルのベッドの上で寛いでいた。

無論、普通のビジネスホテルを予約したので、然程部屋は広くはないし置いてある家具や物も少ない処だった。

だが、文句は一切無い。

寧ろ、十分快適過ぎる。

実家はとても古い昔懐かしの日本家屋な建て方をされた家なので、物も多い分此処まで寛げない。

あと、畳の家故にベッドではなく敷き布団式だ。

なので、完全洋式の広い部屋というのは新鮮で、ある意味本当に羽を伸ばしている心地であった。

和室に慣れ切っている彼にとっては幾許か慣れない様子であったが、其れは其れ。

すぐに慣れた様子で同じように寛ぎ寝転ぶ姿が隣で転がっていた。

そうだ、どうせ二人きりなのだ。

思う存分二人きりでしか出来ない事とかやってしまおうか。

そんな事をふと脳裏に掠めた私がベッドから躰を起こして端っこに腰掛けるように座れば、何を思ったのか彼も身を起こして起き上がってきた。


『せっかくの現世での休暇だし、短い夏休みとでも思ってちょっと出掛けたりしよっか。』
「何処行くんだ?」
『ん〜…取り敢えずは、何か休暇っぽい事したいし、そういう感じのとこ行きたいかなぁ…。ネットで良さげなとこ探してみよ。たぬさんは何か希望ある?』
「いや、特に此れといって無ェ…っつーか、知らねぇ。」
『まぁ、そうだよね。普段は何時も本丸に居る訳だし。現世に来ても基本ウチの実家付近だったもんね。今回は、偶々実家から離れたとこでの会議だったからホテル借りたんだし…偶にはこういうのも有りだよね〜っ。』


そう言いつつ、今居る場所からそう離れていない圏内で良さげな場所を検索してみると、其れなりに出てきた。

どうやら、この近場にはスポーツセンターと一体型タイプの温泉施設や、ショッピングセンターに本屋や喫茶店等々といった風に意外と色々なお店が揃っているようだ。

近場にアクティビティで遊べる場所もあるとは、なかなかに幸いである。

此れを機にちょっとショッピングに洒落込んでも良いかもしれない。

あまりそういう事に興味の無い彼からしてみれば退屈かもしれないが。

食べ物関連のお店に寄るなら、彼も満足するだろう。

スイスイと指先で画面をタッチしていたら、徐に私の躰へと手を伸ばしてきた彼に脇を擽られる。

「何?」と短く問えば、無言で両脇に腕を差し入れられ、そのまま抱っこされるみたいに宙に浮かされれば、私同様ベッドに腰掛けた彼の膝上に下ろされた。

次いで、くるりと回され、向かい合わせの形に座らされる。

どうしたのだろうか。

ちょっとだけの間とはいえ、彼に構わなかったから拗ねたか不貞腐れてしまったのだろうか。

珍しく甘えの姿勢に入った彼の姿に、まぁ今は二人きりだから遠慮する必要は無いかと思い直し、好きにさせる。

でも、取り敢えず何で膝上に座らされたのかだけでも訊いておく。


『どしたの、たぬさん。何で私を上に乗っけたの?』
「ん…特に理由は無ェ。」
『そう。…もしかして、もう暇で退屈しちゃった?』
「いや…そういうのではねぇよ。」
『じゃあ、甘えたな気分か何か…?』
「ん…そんなでもねぇな。」


きょとん。

言い表すなら正にそんな感覚だった。

なら、何だと言うのだろうか。

別に彼に甘えられるのが嫌という訳ではないし、涼しい部屋故に抱き付かれるのも別段構わないのだが。

まぁ、せっかくの機会だし、このまま彼の好きにさせるのも有りか。

そういう風に考えて、胸元に顔を寄せる彼の頭を犬を撫でるみたいにわしゃわしゃと撫でた。

案外触り心地が良いのが面白い。

すると、胸元に居る彼がそのままながらにボソリ、と喋った。


「…何かちっとだけ汗臭ェな。」
『そりゃ夏だし、会議終わってスーツから持ってきてた私服に着替えただけだからね。汗流した訳じゃないから、ちょっと匂ったりするかもよ。気になるようなら、今からシャワー浴びてくるけど…?』
「いや、別に其処まで気になる訳じゃねーし、寧ろ今はこのままの方が興奮すっから良い。」
『さいでっか。…というか今更だけど、二人きりだからって隠しもせずおっぴろげで言うねぇー…。別に構わないから良いけども。今は部屋に二人だけの空間だしね。』


堅っ苦しいスーツを脱いだ今は、実家から持ってきていた夏の洋装の私服で、上下共にラフな半袖短パンという格好だった。

お陰で、四肢共に肌を晒け出したオープン状態の無防備状態だ。

今日は午前中いっぱいから昼過ぎまで会議だったので、気疲れだけでも色々と疲れてしまった。

なので、今日一日の残りの時間はゆっくりのんびり躰を休める事にしたのである。

代わりに、明日明後日はめいっぱい遊び尽くすつもりの予定だ。

せっかくの機会なんだ、どうせなら現世に居る今しか出来ない事をやりたい。

そうこうまた思考を飛ばしていたら、胸元で顔を埋めるようにして落ち着いていた彼が徐に鎖骨付近をざらりと舐めた。

コラ。

さっきシャワー浴びてないって言ったでしょ。

言外にそう咎めるようにジト目で見つめれば、彼は全く意に介さない態度で鎖骨から沿って首筋へと唇を這わせた。

途端に感じる、ゾクリと肌が粟立つような快感に、覚えてしまった彼から与えられる感覚と熱に期待した躰が疼き始める。

其れを悟られないように誤魔化して、むに、と彼の頬を摘まんで彼の肩に手を置き、一応の抵抗はしておく。


『こーら、さっき言ったでしょ。まだ汗流してないって。だから舐めるの禁止。というか、汗臭いんじゃなかったの…?』
「其れと此れとは別だろ。まぐわうのに汗も何もねぇからな。変に媚薬に頼るなんかよりも、コッチの方が癖になる興奮材料だ。」
『ちょっと…まだ昼間なんだけど…其れも真っ昼間の明るい時間帯。』
「どうせ二人きりでこの後何もする事無ェんだったら良いだろ…?俺からしたら、現状めちゃくちゃ据え膳食わぬは過ぎて生殺し状態なんだが。」
『え、マジかよ。嘘でしょ?私服に着替えてるだけなのに?』
「こんなに生足晒け出しといてよく言うぜ。幾ら二人きりだけの空間と言えども、此処まで柔肌晒して無防備極めといて、普段はそういうの控えてる俺を前に何も無いと思うか?」
『…そういう事っすか。』
「そういう事だ。観念してその身俺に差し出すんだな…!」


ボフリッ、勢い良く柔らかいベッドの上に引き倒されて、そのまま首筋へと噛み付かれる。

ついでに強く吸い付かれて痕が付けられる感触がする。

ちょっと、見えるとこに痕付けないでって言ってるのに。


『もぅ、あんま見えやすいとこには痕付けないでって言ってるじゃん…っ。』
「どうせ今時期蚊に刺されやすいんだから、どうとでも誤魔化せんだろ。」
『確かに今夏だから言い訳其れで通せるけども…夏故に露出多めなんだから、其処んとこ気遣ってよ。隠す側も大変なんだから…!』
「ごちゃごちゃうるせーなァ、細けぇ理屈なんざ今はどーでも良いだろ?そろそろ本気でコッチに集中しねぇと痛い目見んぞ。」
『要するに其れ、手加減無しって事じゃないすか。…もー、しょうがないから許可するけど、あんま激しめなのは避けてね?此処、ただのビジネスホテルで、そーいうの専門のホテルじゃないんだから。あと、ヤるならせめてシャワー浴びさせて。』
「断る。」
『今のやたら食い気味な返しだったな!?何で其処まで拘るの!?』
「せっかく盛り上がりそうな匂い消えんのが勿体ねぇ。」
『露骨に正直過ぎるわ…っ!!欲望に忠実過ぎやしませんか、たぬさんや!?』
「良いから、もう黙れ。」
『理不尽…ッ!!あ、んン………ッ、』


上手い事言い包められてる感半端無かったが、既にこの先を期待してしまっているのも事実。

躰は正直とはよく言ったものだ。

まんまと罠に嵌められた気がしてならないが、まぁこの状況を満更でもなく受け入れてしまっているのがオチだ。

後は全て彼に委ねる事にしよう。

すっかり彼に甘くなってしまったと思うが、惚れた弱みというヤツだ。

一先ず、今は彼から与えられる快感に正直に応えるとしようか。

そうして、私達は真っ昼間から睦事に勤しむ事にする。

…そういえば、カーテン完全に締め切ってたっけ。

直射日光が眩しいからって大半は閉めてた気はするけど…まぁ、此処六階だし、大丈夫か。

完全情事に突入した頃には、そんな些細な問題は頭から忘れてしまって気にならなくなっていた。


―事を済ましてすっかり勢いも鳴りを潜めた様子の彼と部屋に備え付けられた個室風呂で入浴中、思い出したかのように話題を投げた。


『そういやぁ、何も取り決めてなかったけど…明日以降どうする?』
「あ?何をどうするって?」
『ずっとホテルの一室に籠り切ってても退屈でしょ、って事。要は、暗に“お出掛けしましょ”ってお誘いしてるの。せっかく現世に来たんだから、どっか近場ぶらつきながら探索でもしようよ?』
「えぇー…俺は別にどっこも行かなくても退屈しないけどなァ。」
『あら、意外。』
「せっかくの二人きりな機会だからな。思う存分抱き潰すのも有りだと思ってる。」
『ふざけんな。んなの却下に決まってんだろ!というか何真顔で言ってんだ馬鹿…ッ!!普通に駄目だわ!!ちょっと前にも言ったけど、此処ビジネスホテル!!ラブホじゃないんだから不可だよ、不可ァッ!!』
「チ…ッ、流されてくれるかと少しは期待したんだがな。」


何故其れを許されると思ったんだよ。

この流れだと、今泊まってるホテルからラブホに変えてきそうな気がして焦る。

冗談じゃないぞ。

今回はそんな予定じゃないんだ。

せっかくの休暇を其れだけに使う気は更々無い。

昼間からの情事を許しただけで大目に見てくれ。

取り敢えず、明日はゆるりと近場に在る良さげな感じのお店や喫茶店に本屋などに立ち寄ってみる事として、明後日は近くに在るアミューズメントパークにでも行ってみる事にしよう。


―翌日、他所行きの装いに身を包んで、一時的にロビーに鍵を預けてお出掛けなう。

普段は箪笥の肥やしにしかなっていなかったお出掛け用の衣服でバッチリコーデである。

ちょっと明るめなパステルカラーの花柄キャミなワンピースに、短めの白いレースのカーディガン且つ小振りのポシェット、足元は歩きやすくサンダル(可愛いデザインの)で決めた。

反対にたぬさんはラフな感じでシンプルめの半袖Tシャツに半パン姿で、且つ斜め掛けのショルダーバッグにスニーカースタイルという出で立ちだった。

何で全体的にシンプルに纏めててもお洒落感出るんだ、羨ましい…。

昨日はあんなに堅気じゃない感半端無かった空気だったのに(其れは会議に合わせて全身黒スーツ姿だったからというのもある)。

今日は至って現世の普通の若者スタイルである。


「…アンタも偶にはそういう服着るんだな。珍しい装いだよな?」
『まぁね。せっかくの休暇なんだし、お出掛けらしい格好したいじゃない?…あとは、せめてこういう時くらいお洒落しないと、自分がまだ歳若い女子なんだという事を忘れそうになるんで。』
「嗚呼、そういう事か…。普段はあんまそういう服着てねぇから、何か新鮮だな。」
『何時もは緋袴とか和装ばっかだもんね。最近は暑いから甚平さんとか、ラフな夏服着るようにしてたけども。一応、他の服も持ってんだけどねぇ〜…審神者業やってっと、箪笥の肥やしになるばっかであんま着る機会が無いんだよなぁ…。今着てる服も、普段は箪笥に仕舞われてばっかの一つデス。』
「成程な…其れでか。」


お互いのコーデを見遣りつつ、ゆったりとした雰囲気で歩き出す。


『朝食はホテルで出た軽めのメニューだったから、お昼はここら辺のどっかに在るお店で済ましちゃおっか。出先で適当に見繕う感じでも良いけど、仮に何食べたいか訊くとしたら何食べたい?』
「肉。其れもガッツリ飯食えるとこが良いな。」
『其れなら焼肉屋さんかな…安くて良さげなお店が近場に在れば良いね!』
「既に俺腹減ってんだけどな…。」
『嗚呼…たぬさんにゃありゃ少な過ぎて朝食というには足りなかったよな。んじゃあ、ぶらつきながらどっか軽食食べれそうなお店探そうか。』


そう言いつつ、ぶらりと二人で真夏の空の下を歩いていく。

流石にこんなに暑いと、日傘持ってきた方が良かったな。

一応、日焼け止めは塗ってから出てきたけども、ちょっと心配。

あと物理的に眩しい。


『…あ゙ー、帽子とか何か持ってくれば良かったかなぁ…?直射日光が眩しい…っ。』
「あー…確かにこりゃキツいな。堪えれねぇ事はねーけど、長時間晒されんのは流石に無理。暑ぃーし、何より眩い……ッ。」
『清光や乱ちゃんだったら絶対に帽子用意してたな…。でも、あんま荷物増やすのもアレだったし。どうせすぐ近場の店入っちゃうし…いっか。』
「アンタも大概適当だよなァ…。」
『へへへ…っ、どーもどーも。』


軽口を言い合いながらのぶらつきは、端から見たら完全なるただのカップルである。

しかし、実際はただのカップルというだけでなく、歴史を守る為に戦う刀剣男士と其れを纏める審神者だというのだから、なかなかに面白く滑稽だ。

はてさて、この休暇を何れだけ無事にのんびりゆっくりと過ごせるだろうか。

出来れば、本丸に帰り着くまで邪魔が入らない事を祈っている。


執筆日:2020.08.04