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一文字の左腕



新春鍛刀キャンペで何とか頑張ってお迎えする事が叶った彼が来てすぐの翌朝。

何となく想像はというか、予想は付いていたけれども、マジでやらかすとは思ってなくて、すっかり油断しきっていた頭は戦場で聞く其れと見紛う音と轟きにメチャクソ吃驚して、普段なら寝起きすぐは眠気MAXでまだまだ頭が寝惚けている筈なのに、その時ばかりははっきりと覚めてしまう程に覚醒していた。

分かりやすく端的に説明すれば、朝っぱらから早々法螺貝吹き鳴らす音で跳ね起きざるを得ない状況だったという事である。

法螺貝ってあんなに大きな音で鳴るんだね。

そんでもって、滅茶苦茶広範囲に響き渡るもんなんだね。

普通に暮らしてたらまず身近で聞く事なんか無いから知らなかったよ。

お陰で、今日、法螺貝の音量のデカさと正しい使用用途を身を以て思い知ったわ。

私、離れで寝てたんだけどな…めっちゃ此処まで聞こえてきたんすけど。

法螺貝の音やっば、コッワ…っ。

そんなこんな早朝帯の時間から凄まじい目覚ましで(巻き込まれ被害者として)起こされクソビビって跳ね起きる羽目になり、取り敢えず一応万が一があるかもしれないからと母屋へと駆け付けてみれば、案の定の人物がとある部屋前で法螺貝片手に立っていた。


『おはよう、日光さん…っ。何事かは何となく分かるけど一応訊くね。――何やってんすか……?』
「おはよう、主。何かと問われれば、惰眠を貪りたがるどら猫をお頭が起きる前に起こしてやろうとしていただけだが?」
『うん…やっぱりそういう事だったか。起こすだけなら普通に起こそうよ…法螺貝とか使わずにさぁ。』
「此れならば一発で目覚める事が出来るだろうと思っての事だ。」
『だからって、敵襲でもないのに本丸内で法螺貝吹かんといてくださいよ…勘違いする刀が数名確っ実に出てくると思うんで。』
「だが、今ので主もすっきり目覚める事が出来たのではないか?」
『朝っぱらからの凄まじい大音量に大迷惑だよ。今、何時やと思うてんねん。まだ朝の五時前やぞ?お空真っ暗やん。此れがもし現世でやらかしとったら確実に近所迷惑確定からの苦情言い付けられとったぞ、お前…っ。ふざけんなや。』
「すまない。」


昨夜徹夜仕事してからの今朝方近くに寝付いた事もあって、絶賛不機嫌モードになり、ついキツく当たるみたいになってしまった。

ついでに似非関西弁飛び出してしまっとんのも許して欲しい。

仮にそうでなかったとしても、この起こされ方なら誰だって飛び起きるし、場所が場所だけに警戒態勢に入るのは致し方ないと思える。

だって此処、本丸とは言えど何時敵が襲ってくるかも分からない場所なんだもの。

そら警戒態勢になっても可笑しないって話やろ。

何が悲しくて法螺貝吹き鳴らされて起こされなあかんねん。

私、其処まで寝起き悪ぅないしそんな寝坊もせぇへんぞ。

普通にごく一般的な目覚ましで起きれるっちゅーねん。

軽く開けられていた障子から部屋の中を覗き込むと、おっかな吃驚状態で頭を抱え怯える子猫ことにゃん泉君が居た。

お頭の左腕が来て早々こんなんなってて御愁傷様です。

取り敢えず、一文字家の厳しい上下関係の図は理解した。

予想も付いてた。

だが、はっきり言ってコレは無いと思った私の思考は間違ってないだろう。

その証拠に、敵襲かと勘違いした者達が慌ただしく各々の部屋から飛び出し此方へと駆け付けてくる姿が目に入った。

一番乗りは、やはり長谷部だった。


「敵襲か!?ご無事ですか、主ぃーっっっ!!」
『Oh…長谷部か。私なら無事やで〜。何もあらへんねんやから。』
「何事かと思ったら、日光一文字、お前か…っ。本丸に来たばかり故に何かやらかすかとは思っていたが…流石の俺も、法螺貝を本丸内で吹き鳴らされるとは思っていなかったぞ。」
「そんなに驚かせてしまったか…。」
「驚く云々以前の問題だ…!恐らく、南泉の奴を叩き起こす代わりに使ったんだろうが、敵襲でもないのに法螺貝を吹き鳴らす奴が何処に居る…っ!」
「此処に居るな。」
「頼むから、金輪際本来の使用用途以外で法螺貝を使うのは止めろ。皆もそうだが、何よりも主が混乱なされるから…っ。」
「すまない。まさか此れ程にまで大事になろうとは思わなかったのだ。考えが甘かった事を認めよう…。次からは気を付ける。」
「是非ともそうしてくれると助かる…。一先ず、敵襲があったという訳ではなくて安心した。――主も、こんな朝早くから起こしてしまい、大変申し訳ございません…っ。一応念の為にお訊きしますが、お怪我などはありませんでしたか?」
『あぁ、うん…まぁ、その辺は全く無問題だから大丈夫だよ。気分は大変優れませんけどね。徹夜作業後に漸く睡眠取れると寝てたとこ派手な目覚ましで起こされたんで。お陰で、二度寝しようにも出来ないくらいギンッギンに目ぇ冴えちゃったから、取り敢えず朝餉の時間まで今日の分の仕事片付けてようかと思う…。たぶん、飯食ったら眠気来ると思うから…其れまでは寝れる気がしねぇわ。絶賛神経尖っちまってるんで。』
「…日光、」
「その件については、本当にすまないと思っている。」
『いや、もう良いよ…。とりま、皆への誤解は解いといてくれると助かる…。私は自室戻って身形整えてくるから。』
「は…!主命とあらば、何なりとお任せを!」


一先ず、この場は黒田繋がりの長谷部に任せる事にし、私は寝不足でフラフラとした身を引き摺って部屋へと戻る事にした。


―そして、その日の夜寝る前、“二度目は無いぞ”とばかりに釘を刺しておくのを忘れないのであった。


『日光さんや…念を押して言っとくが、敵襲を知らせるとか以外でまた法螺貝使ったら没収だからな。』
「今朝の件は本当に悪かったと反省している。今後、お頭の手を煩わせる様な真似はしないと誓おう。」
『にゃん泉君起こすにも普通に起こしてやれな?目覚ましにしても、もうちょいソフトなヤツでお願いしやすわ…っ。』
「心得た。」
『んじゃ、私の用はそんだけでしたんで…おやすみんしゃい、良い夢を〜。』


寝る直前にお邪魔したからか、寝間着だろう浴衣姿にあの艶やかな美しい御髪を下ろしていて、“流石一文字一家一員”と頷けるくらいには超絶イケメンだった。

ありゃ良い目の保養よね、と思考の端で僅かに残る乙女思考が感想を零した。

その後、そのまま自室に戻って寝に就いたせいか、その夜の夢に寝る直前に見た姿の日光さんが出てきた。

何でか知らないけれども。

夢の中での日光さんは、普段の厳しい様子は鳴りを潜めた様に優しい接し方だった。

おまけに、彼は私の枕元に座し、眠りの淵に居る私の頬を指の背でゆるりと柔く撫ぜながら言うのだ。


「今はまだ目覚める時ではない…。主はそのまま静かに眠っていろ。――此方の事は、我等が片付ける。」


何を片付けるのか、その時は眠た過ぎて彼の言う言葉の意味をよく理解出来ないで居たが、今やこの本丸は九十振りを超える刃員なのだ。

私がわざわざ出て行かなくとも何とかなる事なのだろうと、そう安堵出来る物言いであった。

そうして、私は彼の美しい姿を視界に収めながら寝惚け眼を閉じた。

その一瞬、彼の傍らには彼の本体が据えられていた気がしたが…夢現に微睡む意識でははっきりと認識する事は叶わず、彼に促されるまま意識を落とした。


―翌日、何時もの様に一人自室の部屋で目が覚めた。

そして、のびのびと気伸びをした後に起き上がり、軽く身形を整えてからトイレに行こうと部屋の戸を開ける。

すると、何故かばっちりきっちりかっちりと戦装束を身に纏った日光さんが部屋前に待機する様に居るところへ遭遇した。


「おはよう。今朝の気分は如何どうだ?」
『え…っ、お、あ、に、日光さん…っ?ど、どしたのこんな朝っぱらから……。何かめっちゃ戦支度整ってるし…、私が寝てる間に何かあったん?』
「いや…主が気にする様な事ではない。ちょっとした細事だ。俺が此処に居た理由も、単に不寝番を任されただけに過ぎない。主が目覚めたというのなら、役目は終わりだ。もうじき代わりの世話役が来るだろう。其れまで普段通りに過ごしていると良い。」
『…はぁ、』
「ではな。」


そう言って去っていく日光さんの背を呆然と見遣る。

本当何だったのだろうか。

よく分からないまま首を傾げ、自分も向かう先があるとその場から移動しようと足を動かした矢先で、不意に背に彼の声がかけられた。

まだ何か用でもあったのかな、と思いつつ振り向けば、彼は眼鏡の奥で鋭く目をすがめながら此方を見据えて口を開く。


「―つかぬ事を訊くが…昨夜の事は覚えているか?」
『え…っ、昨日の晩…?何かあったっけ……?特別何も無かった筈やけどなぁ…、』
「…そうか。何も覚えていないのなら、良い。朝早い時分から失礼した。」
『………えっ?何…何か知らん内に私やらかしたの…?え?私、昨日の夜何かやらかしたん?ねぇ、ちょっとぉ…!気になる言い方で終わんのは止めてよ、日光さぁん…っ!!』


その後、ちょっ早でトイレ済まして服着替えて顔洗って身支度整えてから改めて彼に問い詰めに向かったが、彼は頑なに口を割ろうとはしなかった。

いや、本当マジで何やらかしたか吐けや。

気になり過ぎてしょうがないから。

彼が答えてくれない代わりに別の者に問うても答えてはくれなくて、その日一日はひたすら頭を悩ませるだけで終えるのだった。


執筆日:2021.01.19