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数奇なる出逢い



年始めに毎年行う行事といえば、己の住む地域の神社…氏神様の処へ年始のご挨拶をする為、初詣へと向かうのがごく一般的である。

そして、此処にも、一人それを行う為に、自身の氏神様の居る神社へと向かう者が居た。

冬特有の乾燥した空気に、柔らかな猫毛の髪の毛を踊らせる女が一人、石段を登っていく。

シックな柄のセーターの上に黒の上着を、下を赤の巻布スカートに、スタイリッシュな黒のレギンスパンツを身に纏った者だった。

家族連れの初詣帰りの者達が、反対側の石段の階段を降りていく。

彼女は、自分一人だけなのか、連れは居ない。

別段、それを気にした風もなく、黙々と石段を登り切る女。


『―ふぅ…っ。』


一息吐くと、迷わず境内を進み、社の方へと歩いていく。

賽銭箱の前まで来ると、用意していたお賽銭用の小銭を上着のポケットから取り出す。

お賽銭を投げ入れれば、鈴を鳴らし、二礼二拍してから願いを心の内で告げる。

願いを告げ終えれば、一礼して、社から離れていく。

参拝したついでに、社務所へと寄り、毎度の如くおみくじを買って、今年の運勢を占う。

引いたおみくじの結果は、ごく平凡なもので、“小吉”…小さな幸せといったところだろうか。

大した運勢ではないが、持っていても差し支えない程度なので、小銭を入れていたポケットとは反対側のポケットに仕舞う。

くるり、と方向転換し、境内を去ろうと踏み出すと、近場か神社に住まう野良猫が近寄ってきた。


「ぅなぁ〜お。」
『あ、…猫。』
「なぁ〜ぅ。」


てくてくと歩み寄っていけば、スリスリと頭を擦り寄せてくる。

その場で屈み込み、顎の下をウリウリと撫でてやれば、機嫌良くゴロゴロと喉を鳴らす猫。

人馴れした様だった。

初詣を済ませた後、帰り道にコンビニに寄る予定であったが、猫好きな彼女は、暫し野良猫のじゃれつきに付き合う事にしたのである。

境内の端っこで、じゃれつく猫と構う彼女。

ふいに、その背に影が落ち、誰とも知らぬ声がかけられた。


「もぉ〜。伽羅ちゃんったら、何やってるの…?」
『え…?』


声と共にトントンと肩を突つかれ、後ろを振り向きつつ、呼んだ声の主を見上げた。


『から、ちゃん…?』
「えっ?あ…っ、ごめんね!人違いだった…っ!」
『はぁ…、別に構いませんが…。』
「本当にごめんね?伽羅ちゃ…っ、えっと、僕の連れの人の姿格好によく似てたから…間違えちゃったみたい。邪魔しちゃってごめんよ。」


声をかけてきた主は、どうやら人違いだったのか、咄嗟に謝ってきた。

高身長なのか、腰を屈めた中腰体勢で問うてきたようである。

それにしても、随分と格好良い男前なイケメンさんだ。


『いえ、猫の方から擦り寄ってきたので、少し相手をしていただけです。気にしないでください。』
「そうなの…?良かった。つかぬ事を聞くけど、もしかして、君…猫好きなのかい?」
『あ、はい…。基本、動物は全般好きですよ。特に好きなのが、猫です。』
「そうなんだ…。ふふっ、やっぱり伽羅ちゃんに何処となく似てるっ。」


イケメンの男性は、それはそれは綺麗に笑うから、うっかりほんのちょっぴりだけキュンとしてしまった。

僅かに顔が熱くなってきた気がして、膝の上に乗せた猫に視線を向けた。

すると、男性が何やら「あっ。」と声を上げた。


『…どうかしたんですか…?』
「君の後ろに猫が…。」
『へ…っ?後ろ…?』
「うん。ほら、君の足元…すぐ下の所に今…。」
『えっ?下…っ、』


彼がそう言って、視線を斜め後ろに下げた直後だった。


『ぎゃあっ!?』


何かがお尻の方にもぞりと当たり、吃驚し過ぎて、女性特有の高い声の悲鳴を上げ、飛び上がる。

しかし、咄嗟に上げた悲鳴が、「きゃあ!?」ではなく、「ぎゃあ!?」であったのは、女子力の無さを語っている。

おまけに、飛び上がった拍子に身体のバランスを崩し、すぐ側に居た男性へと縋り付くような形になってしまった。


「おっと…っ。大丈夫?」
『あっ!ご、ごめんなさい…っ!てか、今の何…っ。』


慌てて身を離そうとするも、半端な体勢からすぐに立て直す事も出来ず、わたわたと焦るばかり。

そんな彼女を優しく支え、真っ直ぐ立たせてくれた男性。

何も言わずにこなすとは、見た目通りの紳士的な人である。


「うなぁ〜んっ。」
『別の猫…?』
「そうだよ。その猫君、さっきから君の背後に居たよ?君のスカートの中に潜り込もうとしてたんじゃないかな。今日は寒いからね。」
『な、何だ…っ。ただの猫か…っ。吃驚したぁ……。』
「さっき君の膝の上に居た子も、今目の前に居る子もそうだけど、どちらも雄だね。気付いてなかったかもしれないけど…僕が君を見付けた時から、君、猫達に囲まれてたんだよ?それも、全部雄猫に。」
『え…っ!嘘…っ!?』


言われて始めて辺りを見渡せば、距離こそ離れてはいるが、確かに、気付かぬ間に野良猫達に囲まれていた。

だが、パッと見しただけでは、雄か雌かなんて解らないだろう。


『どうして全部雄だと解ったんですか…?』
「え?それは…、ほら、“タマタマ”付いてたから…。」
「素直に“金タマ”って言えば良いだろう、君?」


ふいに、突然聞こえてきた第三者の声。

即座に振り向いた彼の様子を見るからに、彼の知り合いのようだ。


「ッ…!鶴さん…っ!!」
「何だ、君…。先に行っちまったかと思いきや、年明けて早々ナンパか?随分と男前な事やってるじゃないか。ところで、そこの彼女は、君のコレかい?」
「鶴さん、それ古いよ…。てか、僕ナンパなんてしてないし、伽羅ちゃんかと思って声かけただけだから。あと、彼女とは今ちょっと話しただけであって、まだそういうような関係じゃないよ。」
『…どうも。』


彼女を彼の“カノジョ”かと昔の遣り方で小指を立てて問えば、呆れた目で返される、何だか全体的に白い人。

何も挨拶しないのも悪かろうと、軽く会釈程度だけしておく。


「伽羅坊と間違えたって…、確かにそっくりだな。」
「でしょ…?背は、彼女の方が小さくて小柄だけど、それを除けば、服装も含めて雰囲気とかも似てると思わない?」
「嗚呼、似てるな…!」
『…そんなに似てますか?その“からちゃん”って人に。』
「おうっ。噂をすれば何とやらだぜ!」


そう言われ、白い人の視線の先を辿ると。

成る程、言われてみれば、確かによく似た風体の男性が一人、此方へ歩いてきていた。


「…何だ。」
「よう、伽羅坊っ。君によく似た女性を見付けてな!丁度、今君の事を話していたのさ!」
「伽羅ちゃん、何処行ってたの…?先に行ったかと思って探してたのに。」
「いや、此方に来る途中、猫を見付けてな…。撫でてやってたら、離れなくなったんだ。だから、連れてきた。」
『猫まで一緒…。』


ポツリと呟くのと同時に、猫を抱いた男性と目が合った。

男性は特に何も言う事は無かったが、何やら通じ合えた気がした。


「そういえば、彼女の名前、何て言うんだ?」
「あ…っ。」
「何だ、まだ訊いていなかったのか?それなりに会話してたと思うが…。」


白い人にそう言われ、そういえばまだだったと思い、口を開きかけると、男性の方が先に喋り始めた。


「紹介が遅れてごめんね。僕は、長船光忠。宜しく!」
『…花江璃子です。此方こそ、紹介が遅れてすみません…っ。』
「構わないよ。僕の方もうっかりしてたしね。璃子ちゃんか…素敵な名前だね。君によく似合う名前だ。」
『えっと、ありがとうございます…?』
「それにしても…璃子ちゃんって、猫に好かれるタイプなのかい?」
『いえ、どっちかというと、猫に避けられる方というか…。私自身は、猫好きなんですけど。』
「そうなんだ。猫に囲まれてたから、てっきり猫に好かれるタイプなのかと…。それじゃあ、ただ君のフェロモンに惹かれて集まっただけなのかな…?」
『え…?ふぇ、フェロモン…?』


意外な単語が出てきた事に、目をぱちくりと瞬かせる。

すると、光忠さんは、ちょっと悪戯めいた顔をして言った。


「だって、猫にとってこの時期は発情期にあたるし、君の周りに集まる猫は全て雄だろう…?だから、きっと、女性が放つ女性特有のフェロモンに惹かれたんじゃないかなって思って。」
『ええ…っ!?で、でも、私人間ですし、交尾なんて出来ませんよ…!?』
「う〜ん、雄猫君達からしてみれば、匂いとか感覚で君に寄ってきてるんだろうからね…。」
『どっ、どうしましょう…っ?』
「そうだね…。伽羅ちゃんに寄ってきた猫が雌猫で、離れなかった事も含めたら…。このまま、君が此処から離れようとしても、雄猫君達は付いてきちゃうよね…。」


顎に手を当て、思案顔で俯くと、周りを囲む猫達を見渡す。

そうして、何か良い案を思い付いたのか、一つ頷いて顔を上げた光忠さんは、彼女を見た。


「もしかしたら、雄猫君達が離れてくれるかもしれない方法を思い付いたから、ちょっと良いかな…?」
『え…?あ、はい。』


そう言い、彼女に近寄り、抱き寄せるようにすると、雄猫達に言い聞かせるように告げた。


「ごめんね、彼女は僕のなんだ。だから、君達には渡せないよ。残念だけど、諦めてくれないかな?」


まさかの爆弾発言に、開いた口が塞がらないとはこの事である。


『な…っ!なな…っ!?』
「おぉ〜…。流石、伊達男。口説き文句もサラリと言うねぇ…。」


白い人が茶化すが、光忠さんは平然としている。


「こう言えば、少しは効果あるかなって思ったんだ。驚かせちゃってごめんね?でも、思った通り、効果はあったみたいだよ。」
『あ…、本当だ…。』


言われた通り、あんなに集まって離れなかった雄猫達がのそのそと離れていく。


「さっきはああ言ったけど…君に気があるってのは本当だよ?」
『え……っ。』


にこりと柔らかに笑んだ彼が、手に触れる。


「猫君達に負けないくらいアピールしてみせるから、何時か振り向いてくれると嬉しいな。」


不思議な出逢いは、猫と神社が作ってくれたのだろう。

はてさて、不思議な縁は、これからどう結ばれるのやら…?

それは、神様と雄猫達が知るところなのである。


執筆日:2018.01.09