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物の在り方



 同田貫正国という刀に心底惚れ込んだとある一人の審神者は、或る日、一口の刀を模して作った鑑賞用の美術品――模造刀を買った。
其れは、大層大事に扱われ、日々審神者の寝床に飾られ愛でられたそうだ。
定期的に手入れを施され、慈しみを以て触れられ愛でられ、扱われる。
物にとって、何れだけの幸福であっただろうか。

 ――しかし、そのように大事にされた模造刀自身は不服に思っていた。
“どうして己は、あの・・同田貫のようには成れぬのか…?”――…と。
 彼女が真に想うは彼――戦の為に降ろされた付喪神である。
敵と闘う為、敵を斬り屠り振るわれる為の武器として在る、刀剣男士の…。
 だが、実際の己はどうだ?
ただ持ち主の寝床に飾られ、見て愛でられるだけの、置物でしかない。
そんなの、真に彼女が望む物ではない。
 …しかし、其れでも、彼女は己を痛く慈しみ大事にしてくれる。
意味が分からなかった。
何故、己はそうまでして彼女に愛でられる…?
真に彼女が望む物ではなかろうに。
 だが、彼女が望んでくれるが故に、己はこの世に生み出され、付喪としての力を得た。
物に心が宿るは、いつだって人の想いの強さから成るものだ。
だから、その事を憎んでいる訳ではない。
恨んでいる訳でもない。
ただ、少しだけ不可解に思っていた。

 己はおよそ人ではないし、ただの物でもなくなった。
故に、少しばかり考えが纏まらず、混乱しているのかもしれぬ。
付喪としての力は得たが、彼等刀剣男士という付喪神達とは異なり、肉は纏わぬ存在だ。
しかし、希薄な存在である上で得たもの故に、また不完全なものとして揺らいでいたのかもしれない。

 ―そんな時、ふと彼女が居らぬ時に独り沸々と詮無き事を考えていたらば、いつも彼女の側に控えていた付喪神の彼が己に対し言った。


「アンタ、莫迦ばかだなぁ。そうやって何事も難しく考えようとするから、こんがらがって、思考の渦に呑まれて、詮無き事をいつまでもぐるぐると考えちまうんだ。そんなの考えたってキリがねぇし、己が望むような答えなんざ出てこねぇぞ?その辺で止めとけ止めとけ」
『何だと……ッ、貴様に…真に彼女に想われるお前に、己の何が分かると言うんだ……!!』
「――事を難しく考えたがる癖は、彼奴に似たか…。ま、物は持ち主に似るって言うからなァ、仕方ないこって」
『!――己を分かった風に口を利くばかりか、我が主までをも侮辱するか…ッ!!許さん、許さんぞ貴様ァ……ッッッ!!』
「そういう事を言ってんじゃねェーっつの!人の話は最後まで聞きやがれ、このアホンダラ…!!」
『何を…っ!?』
「だァから黙って人の話最後まで聞けっつってんだろ、クソが…っ!耳まで腐ってんのか、ァ゛あ゛?」


 深い溜め息をいたのちに、彼は再び口を開き、己に宣った。


「持ち主を想うが故に気持ち拗らせまくってんのは今の台詞から十分に分かったがよォ…アンタは其れで本当に良いのか?」
『…何が言いたい?』
「俺達はただの・・・物だ。その事実は、どんなに足掻き何れだけ藻掻こうと覆らない絶対的な事だ。その上で自身の持ち主を慮るのも、同じ物として気持ちは分からねぇでもない。だが、だ…今しがた手前テメェが考えてた事は、本当に彼奴の為になる事か?お前が思うた事は、真に主が望むような事か…?――違うだろ。主の為と言いながら、全て自分の自尊心を保つ為の言い訳にしてんだろ。巫山戯ふざけるなよ。己の自尊心を満たす為に主を利用するな。領分を履き違えるな。お前は物だ、其処を忘れるんじゃねェーよ。幾ら付喪の力を得たからって自由に何でも好き勝手出来る訳じゃねェんだ。物は物、その領分をきちんと弁えた上で語れよ、俺の主を語ろうものならな」
『ッ――…!!』
「っあ゛ー……別に俺は説教垂れようなんてつもりはねぇからな?ただ単にアンタがあんまりにも感情を外に分かるくらい・・・・・・・・垂れ流してたから気になっちまってつい口を突くように言い出しちまっただけだ。どうも俺と同じ名を戴く物だけに、放っておけなかったってだけで気まぐれに声かけて悪かったよ…。まぁ、お互い主を想ってんのは一緒だからよ…そう変に凝り固まんな。アンタは主に望まれるが故に手元に迎えられ、想われる気持ちが強かったが故にその身に付喪の力を宿した。本来なら、物に付喪が宿るには最低でも数百年の月日が掛かる…その前提がいとも容易く覆されたのは、アンタが置かれた環境と主の想いの強さからなんだろうなァ。偶々、主の実家が築百年とか何とかで少しの期間で付喪が宿る程に大層古く、また主がアンタへ寄せる想いが余程強かったんだろう。慶べよ、其れだけアンタは主に大事にされてんだ。例え、俺とは異なり戦の為の武器でなくとも、主に望まれ、主の側へ置いて貰える…。俺は、今の戦が終われば次第に消え往くが定めの存在…故に、ずっと主の側に居る事は叶わない。だが、お前は違うだろ…?お前は、此方の戦が終わろうと無かろうと関係無く主の側にずっと置いて貰えるんだ。完全な武器でなくとも、護身用くらいにはなるさ。戦の無い泰平の世でも、我等の名は語り継がれ、今も変わらず人の手元に置かれ、愛されてきた。そう在るべきとしたのは、今を生きる人間達だ。俺は、そんな人間達に使われてきた同田貫の端くれみたいなのの寄せ集めに過ぎない。しかし、其れに不満はねぇよ。戦事でなくも今も変わらず望まれる事に、こんな幸福な事はねぇからなァ。同じ“同田貫”の名を戴くお前だってそうだろう…?」


 まこと、その通りであった。
嗚呼、なんという事か。
己だけでは解せなかった複雑に蟠っていたものが、いとも簡単にこうも理解し得るようになるとは…。
畏れ多くも、彼を間に挟む事でようやっと己の納得行く形で理解を得られた。
何だ、己は単に惑うていただけだったのか。
喜ばしくも付喪の力を得たが故に、己の存在意義というものが何たるかを――…。
 彼のお陰で見出だせた。
やはり、己は今までと変わらず主の元に在り、主たる彼女を見守る存在であれば良いのだと。
まだ肉を纏えぬ不完全な付喪の力だが、彼女の想いと己の想いの丈とが重なり合えば、その内、彼のような立派な付喪神になれるだろうか…?
否、きっとなってみせよう。
彼より密かに託された願いと共に、この先も我が愛しき主を守り支えていく為に。

 ついさっきまで胸の内でとぐろを巻いていた真っ黒く暗い感情は、嘘みたいにス…ッと消えてすっきりした。
やはり、本物の神様は凄いなぁ。
 そんな風に彼へと視線を投げている他所で、彼が全く別の事を考えていようとはこの時点では気付かなかったのである。


(――どうやら奴を取り込もうとしてた澱みは消え失せたようだな…小せぇ悩みが消えた事で軸が真っ直ぐに戻ったからか?何方にせよ、武器でもねぇ護身用にしかならんもんにまで手を出そうとしてくるくらいにゃ敵の奴等も躍起になってるって事か…。さて、この件をどう主に報告したもんかね……)


 内心で想うはやはり同じ人物で、彼も抱く想いは同じなのである。

 悩みが解決したところで、くだんの彼女が姿を見せに来て、双方の目が彼女へ向いた。


「あれ…?他人の部屋(寝室)ん入口に突っ立って何してんの?何か用でもあったん?」
「いや、特に用とかそういうのは無かったんだが……あ゛ー、あの、彼奴…アンタが大事にしてる、最近手元に迎えたっつー俺を模した美術品…?の刀がやたらめったに寂しがってアンタを恋しがってたからよォ。暇で手ェ空いてんだったら、適当に構ってやっといてくれや」
『――!?』
「えっ!?マジで!?そんな寂しがらせてたん…え〜、何か御免なぁ〜?えーっと…具体的にどうしたら寂しくなくなるかな?」
「んー…手頃に腕なり胸なりに抱いてみりゃええんでねェーの?」
『!?やっ、あの、貴殿は何を仰って…!!?』
「こんな感じで良いのかな…?」
「あぁ、んでついでに鞘の上からでも撫でといてやりゃあ其奴も満足すんじゃねェーの?」
「成程…!ヨースヨスヨス、良い子良い子〜お前は良い子よ〜っ。寂しがらなくたって良いのよ〜?きっと仕事の関係で刀剣男士にばかり構ってたのが原因で妬いちゃったのねぇ〜。大丈夫よ〜、私はお前の事を手放す気は無いから、安心しなぁ〜?ヨースヨスヨスヨス…」
俺は・・!別に!そういうつもりで貴殿に絡んだ訳ではなかったのだがっっっ!!?というか、主も今すぐそのヨシヨシ撫でるのを止めてくれないか!?あまりに居た堪れないんだが!?あと、女子おなごがそう易々とおのこの証たる剣の身を胸元に抱くのは慎まれた方がだな…っ!!』
「いや、何を言ったところでお前の言葉は此奴に届いてねぇし聞こえてねぇから。あと、別に本物の刀だろうが人の女が持つのに胸元に抱えるくらい普通だろうが。女の護り刀に短刀以外も居るからな。だから、んなに喚く事でも慌てる事でもねぇだろうが…」
「…たぬさん、今の誰に向かって喋ってたの?」
「アンタが今胸に抱いてる同田貫俺の模造刀に向かって喋ってた」
「えっ、この子喋れたん?すげェ!私には通じない仕様なんかなぁ?其れはちょっと残念というか寂しいなぁ〜」
「あ゛ー、まぁ、その内俺達みたいに肉を纏えるくらいにはなるだろうから、そん時なら直接話せるんじゃねぇかな…?いつになるかは流石の俺にも分かんねぇけどな」
「へぇ〜、そういうもんなんだねぇ、君等って………いや、ちょい待って。この子、今話せるっつったよな…?という事は、この子にも既に付喪神が宿っているという事なのでは……??」
「だから、さっきからそう言ってるじゃねェーか」
「ほわっっっ!?マジっすかぁ!!?」
「おー、マジだよマジ。まぁ、まだ俺達程の力はねぇからアンタに此奴の声は直接届かねぇがな。遠くない未来にゃ肉を纏った姿で顕現するかもしれねぇんだ、其れを楽しみに待ってりゃ良いんでねぇの…?アンタの元に迎えられたのがよっぽど嬉しかったらしいからなァ…遅かれ早かれその姿御目見えと相成るかもしんねぇぜ?俺を模したみてぇな姿でな。――なァ、お前さんよォ?」
『ッッッ〜〜〜〜〜!?』


 もしかしたら、己が彼女を想い過ぎたが故に寝ていた戌――否、恐ろしく強い獣を揺り起こしてしまったのかもしれない。
彼から放たれる威圧を受けて、まだ肉を纏えぬ己はその時そう思った。
だが、我等が水面下で交わすものを知らぬ彼女は不思議そうな顔で彼の方を見遣るのだった。


「たぬさん、どしたの…?んな怖い悪どい顔しちゃってさぁ。…何、もしかしてこの状況に妬いてんの?」
「…別に、妬いてはねぇよ」
「その反応は妬いてるんじゃ〜ん!もう、拗ねたような声音で返しちゃってさぁ〜っ。はぁ〜可愛い!たぬさんだって私の可愛い可愛い愛刀なんですから、そう拗ねないでよ!後でちゃんと構ってあげるからぁ〜!」
「可愛がんのは俺の方じゃなかったっけか…?」
『!!?』
「いや…あの、今はそういう話でなくってだな……っ、」
「んだよ、可愛がって欲しいってんなら今すぐにでも抱いてやるぜ…?アンタが気持ち良くなるようにたっぷりがらせてやるよ。ついでに、其奴がのちに肉を纏って顕現出来た時に混ざれるように勉強させとかねぇとなァ?」
「待って、まさかの話で審神者頭追っ付かない、取り敢えず待って、待ってくれ、早まるな落ち着けまだ昼間だ盛るなステイステイステイ――…ッ!!」
「待ったは無しだ、精々俺が寂しがる暇も無いくらいちゃあんと構ってくれよ?俺の主様ァ」


 やはり、ちょっと力を得たくらいの付喪の己と、神様の力をその身に宿す彼とでは格の違いという差があるらしかった。
己は、飛んでもない獣を揺り起こし、また、喧嘩を吹っ掛けてしまったのかもしれない…。

 一先ず、今はただ我が身の心配よりも持ち主たる彼女の身の心配をするのだった。


執筆日:2021.09.29