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藤の君



 とある国に在る本丸の一角に、季節問わず一年中藤の花が咲き乱れている場所が在る。
其処は、『藤御殿』と呼ばれており、その本丸の主を勤める女が住まわっていた。
 の女主は、それはそれは美しく、まるで姫の如くに扱われ、囲われていた。
女の住むその場所だけ藤の花が咲いている。
四季に関係無く、年がら年中枯れる事を知らずに咲く様を、“狂い咲き”と称した者も居る程に、まこと美しく咲き誇っているものである。

 そんな不思議な藤の花に囲われるように日々過ごしている女主だが、この本丸には、彼女が『我が君』と呼び慕う唯一無二の男が一人居た。
正確には、彼は人ではなく、刀だ。
刀派を一文字に数えられ、黒田の刀としてあの国宝・へし切長谷部とも共に在った刀とされ、福博刀コンビとして兄弟分と豪語する者である(長谷部本刃ほんにんからしては全くの不本意且つ認めていない事であるが)。
その者の名を――、日光一文字と言った。
 の刀と女が、いつ、何処で逢い、懇ろな関係になったかは知られていないが…その仲は、とても睦まじく、周りから見ても実に仲良き間柄である。

 戦に出ていく刀の男を、いつも女は見送りに出ていた。


「では、行ってくるぞ」
「はい、我が君。…どうか、お気を付けて。なるべく怪我はなされないでくださいね。命は大切に、必ず私の元に帰ってきてください。…この言葉を忘れずにお願いしますよ」
「分かっている。怪我については善処する。なるべく傷は負わぬよう努めよう。必ずお前の元に帰る、俺が戻るまで達者で待っていてくれ」
「えぇ、勿論ですとも、我が君。どうぞ、貴方様に神のご加護があらん事を。――御武運を」
「主命とあらば…。日光一文字、いざ出陣――!」


 恭しく腰を折り、礼節尽くして臣下たる刀達を見送る。
彼等が発った後、審神者である女は藤の園たる御殿に戻って、また静かに彼が戻ってくる時を待つのだ。

 女は、必要以上に外へ出てくる事は無いし、顔を見せる事も無い。
常、基本は、本丸の奥――藤の花咲き乱れる御殿へと引っ込んでいる。
彼以外の者等にその存在を隠すかのように藤の影にひっそりと身を潜めているのである。
そして、愛しきの者が帰還したら、その時だけ姿を見せ、微笑みを浮かべた表情で出迎えるのだ。

 藤の花が、彼女そのもののようとすら思える程に、また美しい。
紫の花弁が枝垂れ、風に揺れ、淡き香りを運んでいる。
 その本丸では常に藤の花の香りで満ちていた。
本丸に居る者達に別段気にしている様子は無い。
ごくごく日常たる事だと言わんばかりに受け入れているようだ。

 不思議で少し妖しく咲き誇る藤の花は、今日も今日とてその身を立派に咲き乱れさせ、の者に魅入られた女を囲うのである。


執筆日:2021.09.22