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我が畢生の傍らに在れ



 今日こんにちは秋も深まる季節なり。
毎年何かと忘れずに祝っている日が、今年もやって来た。
秋も深まって紅葉が見頃となり始める時季の、霜月の中旬近く――十一月十日…天覧兜割り記念とされる日だ。
 さて、今年はどんな驚きを用意してやろうか。
――なぁんて、何処ぞの平安刀みたいな事を考えなくもないが、まぁ、兎に角そんな感じで毎度勝手に個人的にお祝いしているのだった。
 嬉々とした気持ちで胸を弾ませながら、本日の主役の元へと参る。
主役とやらは言わずもがな、己の愛刀――同田貫正国の事である。
そんな彼の居る部屋へと赴き、一言断りを入れてから部屋入口の戸を開けて、興奮に頬を赤く染めながら口にした。


「たーぬさん…っ!本日は何の日でしょ〜か!!」
「…毎度毎度、律儀に仰々しくして、まァ…っ。最初から分かり切った上で訊いてきてんだろ?」
「えへへっ…そりゃ、勿論の事でして…!」
「アンタも毎年やってて飽きねぇなァ〜。……でも、ま、悪い気はしねぇからいっか」


 彼の為に誂え用意したような一日に、満更でも無さげに頷く。


「今年もこの時季がやって参りましたねェ…っ!!」
「そうだなァ〜」
「ふふふっ、…毎年の事のようになった恒例行事だよ!」
「嗚呼…“俺が主役となる”日だからなァ、一度たりとも忘れた事は無ェよ。アンタが“俺に惚れた年から”嬉々として祝ってくれてるのもあるしな」
「つまりは、審神者始めて半年目くらいからですねぇ〜。いやぁ〜、時というのは恐ろしく早く去っていくもんすよ!だって、たぬさんに惚れてから今年できっちりかっちり三年目だからね!お陰様で、私意外と一途な性格だったのだなぁ〜と新たに気付かされたよ!」
「とか言いつつ、偶にちらほらと他に浮わついてる時もあるがなァー…」
「其れでも、最終的には“やはりたぬさんしか居ないな、たぬさんでないと駄目だな”って感じで戻ってくるんだから良くない?たぬさん的には駄目ぽ?」
「いや?其処まで心底惚れられてりゃ、刀としちゃ嬉しくねぇ訳がねぇし、男としても箔が付くってもんさ」


 彼をこの世に顕現せしめる為の逸話となった、“天覧兜割りの日”…。
彼が一年の中で最も輝く日である。
 毎度の事ながら、この日は日がな一日彼を主役と称し近侍に据える。
彼自身も其れを理解し、受け入れているのか、私が改めて近侍の任を言い渡しに部屋を訪ねに来るまでをきちんとした身形みなりにて待っていた。
 戸を開けるなり出迎えた彼の姿は、年始めの挨拶や審神者就任記念日と同様の姿格好に整えられていた。
服装は普段よりも丁寧に洗い上げた綺麗な戦装束を正装として纏い、傍らに控えるは一段と丁寧に磨き上げられた本体である。
彼としても、己が顕現するに至るに必要となった逸話の日という事からか、気合いの入っている様子が見て取れる。
黒光りする程丹精込めて磨き上げられた鞘は、まこと惚れ惚れする程に綺麗であった。
 その様をじっくり一目眺めてから、改めて彼の方へ向き直り、告げる。


「改めまして…今日は、たぬさんが顕現するに至った逸話の日――“天覧兜割りの日”だね!という訳で、今日一日はたぬさんに近侍をお任せしますぞ…っ!どうぞ、今年も宜しくお願い致します〜!」
「ヘイヘイ…わざわざご丁寧にそう言われずともわぁーってるっつの。こちとら顕現して三年半は経つ古参刀だぜ…?近侍の仕事だって慣れたもんだ。…つか、何だその年始の挨拶みてぇな台詞…?絶対ェ遣いどころ間違ってんだろ」
「はははっ…いや、まぁ、細かい点についてはご愛嬌という事で許してちょ!そんな事より、今日はたぬさんが主役の日だからね…っ!たぬさんの我が儘叶えちゃうぞォ〜っ!――ってな訳で、今からたぬさんを第一部隊・隊長に命じまして、早速出陣して大活躍してもらおうと思いまぁーっす!!」
「ぁあ…?俺は暫くは控えで待機組なんじゃなかったか?他の奴等の錬度調整がどうとか、って前に言ってたろ」
「うん。でも、今日はたぬさんが主役な日だから。戦好きなたぬさんの願いを叶える為にも、戦に出してあげよっかなァ〜…って!だって、戦場で戦ってるたぬさんが一番活き活きしてて格好良い事は知ってるからさ。主として、“今日くらい愛刀の好きにさせてあげよう!”ってな気分なのよ。…まっ、そんな訳だから、早速出陣への準備宜しく頼んますぜ!」


 途端、キョトンとした表情をしてみせた彼が、次の瞬間には軽く吹き出して可笑しそうに笑った。
彼の偶の快活な笑みは、何処か愛らしさが見えて可愛い。


「そういう事なら…いっちょ主の期待に応えて見せるとしますかねェ!」
「へへっ、流石はたぬさん!そうこなくっちゃ…!」


 睛からだけでなく、全身で今日という日が来た事を喜び表すかのようにキラキラとした何かが彼より溢れて見えた。
其れは、きっと、誉れ桜とは別物の何かで…今日という一日だけでしか拝めないものだと思った。
“天覧兜割りの日”…この日限りにしか見れぬ光景であった。
 彼が顕現するに必要だった逸話だったが為かは分からぬが、彼を彼の刃生じんせいを最もえあるものとした事であるのは確かだから。
私は彼を持つ主人として、また、彼をすぐ隣の特等席で見てきた恋人として、祝いたい。
 彼という――“同田貫の刀の価値”が証明された大切な日であるから。
彼の刀の真の価値が証明される戦に出し、自ら振るってもらう。
そうして、改めて感じてもらうのだ。
お前はまことの意味で実戦用の刀として生まれ、その身その名の表す通りに質実剛健で折れず曲がらずの刀であると。
また、そんな強きたけ戦者いくさものだからこそ私が惚れ込み、今も尚惚れているままなのだという事を…。
 私は、この目でしかと焼き付けるのだ。
彼が戦で舞う尊き姿を。
今、審神者という立場に入れる間だけでしか拝めぬ姿を、これからの私の生きる道標として強く記憶させる為に。
 同田貫正国という名を知らしめた日であるからこそ、彼を戦に出し、彼の価値を改めて知らしめさせる。
ただの私の個人的な我が儘でエゴでやっている事に過ぎないけれども…しかし、彼はその飯事ままごとのような遣り取りにも付き合ってくれるのだから、好いて好いて仕方がない。

 絶賛イベント中だった事もあり、隊長に命じた事もあってがっぽり経験値を稼いできた彼は、満足げな顔をして帰城してきた。


「おら、無事に帰ってきたぜェーっ。ついでに、がっぽり経験値も稼いできてやったぞ。どうよ、俺の活躍は?」
「見事でした…!文句無しのパーペキ!!もうっ、惚れ惚れしちゃうくらいに格好良かったし、誉掻っ攫ってたねぇ〜!」
「っへへ、当然だろ?戦で活躍してこその、俺なんだからさ!」


 暫く振りに出れた戦に興奮冷めやらぬのか、大層嬉しそうにそう語ってみせた彼。
主としても誇らしく思うし、何よりも好いた相手だからこそ、彼が喜ぶ姿を見れて私自身も嬉しい。


「次は?何がお望みだァ?」
「えへへっ…じゃあ、引き続き近侍をお任せしたいので、今日一日私の側に居てね!そして、すぐ側の位置でたぬさんを拝ませてください…っ!!」
「別にわざわざんな言い回ししなくたって…アンタが望めばいつだって見せてやるっての。――ったく、アンタも飽きねぇなァ。俺みたいなのを此れ程にまで好くたぁ物好きの変わり者だ」
「最早褒め言葉っすね…!!有難うございます!!」
「つくづく変わり者だよ、アンタは…。ま、そんなアンタに惚れてる俺も大概なもんか」
「所謂お互い様というヤツだね!」
「うるせぇ。そんなに見たけりゃ今日一日貸してやっとくから、好きなだけ見てろ」
「わぁーい!!たぬさんの本体をじっくり拝めるチャンスだ、やったぁーっ!!」


 諸手を上げて喜び勇み、彼から半ば投げて寄越された本体を危うくなくしかとキャッチし、彼を隣にしながらも嬉々としつつ眺める。
先程まで戦場で振るわれていた刀身をスラリ、鞘から抜き出し拝めば、やはり常には見られぬ輝きがチカチカと視界に光るように散らばって、溜め息が出た。


「ふぉわァ……ッ、凄く綺麗…………!」


 持ち手をひっくり返したり何たりしながら角度を変えて光の辺り具合を変えて見る。
真っ直ぐと伸びる刀身の反りや、刃に乗る刃紋から何まで細かなところを眺めた。
普段ならば、手入れの際にしか見る機会が無いので、余計に前のめりな姿勢になって拝んだ。
言えば頼めばパッと気兼ね無く貸してくれるのかもしれないが…しかし、こんな機会だからこそ貴重というものである。
 逸話を元にして顕現したせいか、その逸話に引かれて、いつに無い輝きを纏った刃が美しい。
実戦刀には実戦刀ならではの輝きがあるから、其れがまた心を鷲掴んで離さぬのだ。

 その内、感嘆の溜め息しか出ず無言になってまで拝み倒し始めた頃合いに、彼より声をかけられた。


「いつも見てるような癖して、そんな食い入るようにまで見る物かよ…?」
「…うん、そりゃ見るよ。だって好きなんだもん」
「…そうかよ」


 言葉では苦笑が滲み出たような口を零していたが、その実は嬉しそうな顔をしていた彼に、私はまた嬉しくなって顔を綻ばせた。


「…今年も祝わせてくれて有難うね」
「どういたしましてェ…?俺はアンタの刀だからな、アンタの好きなようにすれば良いさ」
「…うん。だから、来年もそのまた来年も再来年も、変わらず祝わせてもらえたら…これ以上に嬉しい事は無いよ」
「其れまでこの戦が続いてて、アンタが審神者辞めねぇ限りは共に居れるだろうよ」
「…うん…。其れまで、出来る限りで良い…ずっと一緒に居られたら、私の本望だよ」


 長い時間を掛けて眺めていた刃をキン…ッ、と小さな音を立てて鞘に納める。
改めて、磨き上げられた鞘の方も眺め、其処に映る自分の顔がやけに可笑しくって、つい笑みが零れてしまった。
そのまま彼に恭しい手付きで以て本体を返却すれば、彼は其れを受け取った上で再び少しばかり鞘を抜いて己自身を見つめた。
そして、何かを確かめ納得したのか、静かに納刀し、此方へ向き直った。


「今一度口にしてやるよ、不安がるアンタが納得出来るように」
「へ……っ?」
「病める時も健やかなる時も、この刃はアンタを守ると誓う。だから、アンタの全部を俺に預けろ。全身全霊を掛けてアンタの総てをことごとくから守ってやるから。――極めて帰ってきた直後にも言ったろ…?“鬼だろうが仏だろうが、アンタの敵は皆纏めてぶった斬ってやる”ってよ。その言葉に嘘偽りは無ェ。今だって、変わらず想い続けてくれるアンタが居るから、俺はアンタのその意思に出来得る限り応えてやりたい。…だから言うんだよ、“好きに使え”ってなァ?」


 まこと、私も彼に好かれてしまったものである。
驚く程に真っ直ぐな想いを傾けてくれるから、私も私で其れに応えたいと思っている。
“相思相愛”だなんて、私達にはあまり似合わぬ言葉だが、そう言い表せて妙な響きを持っていた。

 …私は、きっと、この先も変わらず彼を一番の推し刀として側に据え置くだろう。
彼が最も輝く戦場で舞う姿を拝む為に。


「はぁ〜〜〜ッ………俺の推しが尊いッッッ!!」
「馬鹿デケェ感情ぶちまけたなァ今の…」
「本当お前ってそういうとこあるから無理好き何度だって惚れ直すわバッキャロウ」
「唐突な罵倒食らった俺は何て返して良いのか複雑だわ」
「この世に正解も糞もあるか。好きに返してくるが良い…!」
「アンタの変化球って独特な癖あるよなァ〜」
「御免ね、コレ私なりの照れ隠しなの。分かりづらくってごめぇ〜んネ!」
「今更だろ。アンタが言いたい事上手く伝え切れねぇ質なのは。其れに付き合ってきて何年経ったと思ってんだ?」
「早三年と半年程経ちましたね」


 端から見て、何を真顔で言ってんだ、って話であったが、彼は其れに真面目に向き合ってくれるのだった。


「そんだけ付き合ってりゃ嫌でも分かるようになるっての。余程の鈍ちんでもねぇ限り分かるし。そもそもアンタのはよくよく見てりゃだいぶ分かりやすい方だぜ…?」
「マジか…!」
「数にして三年アンタの特等席に居たら当然の流れだろ?その特等席の座だが、アンタが他の奴に譲らねぇ限りは俺も譲る気無ェからな」
「わお、大胆不敵な発言ですねぇ!」
「恋刀なんだから、当たり前の話だろ。そう易々と他に取られて堪るかってんだ。今のは“そういう牽制”だよ」


 そう言って彼は私に本体を突き返してきた。
先程自分が言った事を覚えていたらしい。
“今日一日貸してやる”との台詞を口にした件を。
その事に私は再び嬉しさを溢れさせ、同時に擽ったさを覚えて、肩を竦めながら突き返された本体を受け取った。


「今日一日は私の佩刀かね?」
「佩刀って、わざわざ腰に下げとくのか?」
「偶には帯刀してみても格好良くない?帯刀するなら、やはり愛刀が一番でしょ!」
「アンタが腰に下げるにゃ、ちと重過ぎる刀だがな」
「仮に身の丈に合わずとも、好きだからかせてんだから良いの…っ!」
「ヘイヘイ、お好きなように…っ」


 呆れつつも満更でもなさそうなのがバレバレである。
チカチカと光る目映さを纏った彼の本体を腰に差し、一丁前に侍気分を味わってみる。
その横でちらほらと誉れ桜の他にキラキラとした輝きを舞わせた彼に微笑む。
心の底から、私の元へ来てくれて有難う、と…。


(――ほんの一時であれど、其れは私の幸福なり。)


【霜月・十一月十日…同田貫正国、天覧兜割り記念日に捧ぐ。】


執筆日:2021.11.09