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不埒な化生



 血が、滴る。
生臭い、かと思えば、芳しく美味そうな甘美な匂いのする、血が。
真っ赤な色をした体液が、主の胎の内側で滴っていた。

 月に一度、場合によっては月に二度程、女子おなごの者は月のものを迎えていた。
今が丁度、その頃合いらしい。
 主の胎内で子を成す為の床が用無しと時を迎え、経血として外へと吐き出され滴り落ちていた。

 愛しい愛しい女の血が、滴っている。
服の下、秘された肉の下で、時折どろり、と吐き出されている。
其れを肌を覆う布等が受け止め、その身を赤く汚すのだ。
 その内、汚物として棄てられる物には、きっと彼女の赤き血がべっとりと染み付き伸びている事だろう。
その物自体に思い入れなど一つも無いが――其れにしても、やはり、どうしたものか、この甘美な匂いには抗えぬものがある気がしてならない。

 主の胎の内で血が、滴る。
刀にして刃物として生まれてきた本能が、欲が、疼く。
好いた女の其れを欲して求めて止まぬ欲が。
 嗚呼、何とも芳しい甘美な匂いが辺りを漂う。
月のものを迎えた主が血の匂いを纏わせているせいだ。
 まるで、眼前に餌をぶら下げられて待てを強いられた畜生の如しさまである。
かと言って、据え膳食わぬは何とやら宜しく、その膳に手を出せば己の首を絞める事になるだろう。
其れだけ、貴きものなのだ。

 彼女の胎の内から血が、滴っている。
其れを受け止めるのが、何故己ではないのかと不毛な事を過らせなくもない程、己は執心していた。
 嗚呼、愛しい愛しい女の血が、滴っている。
其れを啜る事が叶ったらどんなに良いだろうか。
どんなものにも比べ物にもならない程恍惚する事だろうな。
きっと、桃源郷でしか食せぬ神聖な果実なんかよりも甘く、腹の底深くに湛えた渇きを潤してくれる魅惑の味がするに決まっている。
 しかし、いざその時が来ようと、口に触れる前に主は“そんな汚ないものを”と顔を顰め歪められる事だろう。
だが、決して汚なくなんてあるものか。
どんな果実よりも甘美でどんな食べ物にも及ばない、貴きものなのだから。
 ただ、其れが、一人の人間の娘の胎の内から流れ出た経血というだけの事。
我等のような者からしてみれば、飛んでもなき御馳走のような響きさえ称えていた。

 主の胎の内から血が、滴り落ちる。
無為に滴るだけの其れを受け止めるのは、自分ではない。
その事が大層歯痒く悔しい。
 …嗚呼、だがしかし、そう思っていられるのも今の内だけだ。

 主がその身を辛そうに折り曲げられている。
己の腹の下で血で出来た壁が剥がれ落ちようとする度に発生する痛みに苦しんでおられるのだ。
 おお、なんとお痛わしい。
代わってやれたらどんなに良かったか。
 しかし、叶わぬ事を願ったところで何も変わらない。
己は男の身で降ろされた身、故にその痛みを代わってやる事も共有する事も叶わぬのだ。
 だが、せめてもと寄り添うくらいはさせて欲しい。
辛そうに背中を丸めて躰を縮めて強張らせていた彼女の背に、優しく手を添えて声をかける。


「顔が白けていますね…血の気が薄いようです。お加減が優れないのではないですか…?どうか、ご無理はなさりませんよう」
「…ぅ゛、だ、大丈夫…偶々ちょっと痛んだだけ、……少し経てばその内引くから…心配しなくて良いよ」
「しかし…見るからにお辛そうです。何か、俺に出来る事はありませんか?何だって構いません、何なりとお申し付けください」
「……それじゃあ、痛みが治まるまでの間だけ…すぐ側に付いててもらえる?出来たら、腰か何処かをさすっていてもらえると助かる…っ」
「承知致しました。…では、主が楽になれるよう、痛む腹の上を優しく優しく擦ってあげましょうね。其れから、今の体勢のままでは主がお辛いでしょうから、どうぞ俺へ寄り掛かってください。今暫しだけの間だけです、俺が主の腰掛けとなり布団になりましょう。…ほら、こうして俺に包まれていたら、躰が温まってきて幾分か落ち着いてくるでしょう?痛む時は一人堪えず俺に頼ってくださいね…?」


 そう言って、躰を縮こまらせていた主の身を股の間に挟み、俺の方へ寄り掛からせるようにして包み込んだ。
手は、主が触れていた下腹部付近を優しく撫ぜるように触れ、宛がう。
 そうしていけば、自然と俺の体温が彼女の方へと移っていく筈。
すれば、血の巡りが改善し、彼女の顔にも赤らみが戻る事だろう。
その証拠に、俺の体温が移って温もりを取り戻し始めた四肢が弛緩し、強張りが解けて伸びていく。
 しかし、主は依然と申し訳なさそうに眉を下げて此方を窺っていた。


「ん゛ん…でも、こんなの、生理の時はしょっちゅうある事だから、慣れっこだし、大した事ないから…」
「其れでも、痛みを感じるというのはお辛い事でしょう。我慢しないで、辛い時は一旦仕事の事は忘れましょう?その他諸々の些事についてもです。今ばかりは、ゆっくりとお休みください…無理は禁物ですと、前にも古参の面々が口を酸っぱくして言っておりましたでしょう?」
「…、あい…そうでした……っ」
「聞き分けが宜しい!さあ、今日のところはもう仕事なんかほっぽって、横になりましょう。他の奴等へは俺から伝えおいておきますから」
「ぇ……でも、まだちょっとしか片付けれてない…、」
「急ぎの物ではありませんから、いつだって構いませんでしょう。今は、主の体調の方が優先事項です。さあ、主、俺がしとねまで運んで差し上げますから、少しだけ失礼致しますね」
「え、や、ちょ、待っ…はせ、おぶっ」
「おや、此れは失礼。少々勢いが良過ぎましたかね?主の鼻頭が俺の胸部に強打してしまいましたね。大丈夫ですか?」
「だ、ダイジョブだけど…色々と精神の方がダイジョバナイ……ッ」
「其れは大変ですね。早くお休みになられた方が良い」


 嘯くようにそう告げて、彼女の身を抱えて歩き出す。
向かうは彼女の寝室――褥である。
目的地に辿り着いたら、一旦、主の身を座布団の敷いた場所へと降ろし、敷きっ放しになっている床を素早く整え、再び主の元へ戻る。


「床の準備が整いました。もうお休みになっても大丈夫ですよ。俺が布団の元まで運んで差し上げましょうね」
「運ぶのは別に構わないのだけど…横になるのなら、一度服を着替えたいのだけど…」
「此れは失礼…っ。今のお召し物のままでは、少々寝づらかったですよね。其れでは、長谷部は後ろを向くなり何なりとしておきますので、着替え終わりましたら一声おかけください。他に何か必要な事があれば、何なりと」
「じゃ、じゃあ…横になっている間の側仕え役に、短刀の子を誰か一振り呼んでおいてもらえる…?」
「…俺では、役不足でしたでしょうか…?」
「え…や、そういう訳じゃないんだけど…今、私、生理中だから…匂うでしょ?刀である君達なら、特に敏感に嗅ぎ付けちゃうかなって思って…不快に思ったりしない?」
「不快になど思ったりしませんよ。寧ろ、そういった意味で俺達を気遣ってくださっていた事が嬉しいと同時に、少々申し訳なく思いました…。主ばかりお辛い身を我慢しなければならないのかと」
「此ればっかりは女としてこの世に生を受けた限りしょうがない事だからなぁ…諦めてそうあるものと受け入れるしかないさね」
「お強い方ですね。俺も女の身ならば、少しは共有出来たでしょうに…悔しいものです」
「詮無き事を言うてもしょうがないでしょ。……んじゃあ、短刀の子じゃなくても大丈夫って事なら…このまま長谷部にお願いしちゃっても良い?」
「喜んでそのお役目、お受け致しましょう」


 そうこう後ろ向きの状態で言葉を交わしていたら、着替えを済ましたのだろう、「もうこっちを向いても良いよ」と声がかかり、くるり方向転換した。
 先程までと違い、ラフに楽な部屋着へと着替えられたらしい主は、幾分か楽そうに表情を緩められていた。
再び一言断りを入れてから膝裏に手を差し入れ、抱え上げ、布団の上までお連れする。
丁寧な手付きで枕の元まで降ろしたら、躰が冷えぬように毛布と掛け布団を肩までしっかり掛けてやってから、額に掛かった髪を払い頭を撫ぜるように髪を梳いた。


「側に付いている以外に、何か他にやって欲しい事などはありますか…?あれば何なりとお申し付けくださいね」
「うん…じゃあ、こうして横になってる間、心細くならないよう、何かお話していてくれる?今はまだ眠気とか感じないからさ、全く眠たくないのよ」
「では、主が先日本丸を空けていた数日間にあった出来事などの小話を少々…。途中で眠たくなりましたら、そのままお眠りください。主がお休みになった後も、俺はお側に付いておりますから…」
「ん…いつも優しくしてくれて有難うね、長谷部」
「…主は、俺の一等大切で大事な御方ですから、当然の事をしたまでですよ。他の奴等なら別でしたが、ね」
「っふふふ…長谷部らしいわ」


 常よりも白けた顔を曝す主の頬に手の甲を滑らせ、柔く撫ぜる。
平気だと強がっておいでだが、その実はしんどかったのだろう、普段と比べて力無い笑みを浮かべていた主は、横になってからの方が幾分マシな表情をしていた。
 乞われた通りに、主の気が紛れるようにと先日あった事をそのままに伝え聞かせる。
彼女は時折相槌を打ちながら、楽しげに俺の話へ耳を傾けていた。
 その間も、主の胎の内では血が滴り、下履きの下着を真っ赤に染め上げているのだった。

 己には甘美な匂いが主から漂っている。
俺を誘惑せんとばかりに芳しい匂いが、主から俺へと纏わり付いて囁く。
 そうら、お前の餌食は目の前だぞ――というように。
咥内に唾が溢れて止まない程に、欲している。
その欲を御して、溜まる唾液を飲み下して、平静を装って話を続ける。
 嗚呼、どうにも抑え難い欲求である。


「…長谷部、」
「――はい、何でしょう?」
「大丈夫…?」
「…何が、でしょうか?」
「何となく、長谷部の方が辛そうにしてるように思えたから…。本当にきつかったら、無理しないで短刀の子達と代わって良いからね?」
「……ええ、お気遣い痛み入ります。俺の方は、休みを貰う程の事ではございませんから…ご心配無く。主のお側に居る事こそが、最大の薬となりますしね」
「…なら、良いのだけれど。本当に辛くなったら無理せず言うのよ?」
「ええ、分かっていますとも。俺は主と違って下手に我慢などしませんから。本当に厳しい状況となりましたら、正直に言います…。その時は、主も引かずに聞き入れてくださいね…?」
「えー…っと…よく、分かんないけども…分かった」
「その言葉、努々お忘れ無きように」


 嗚呼、もしかしたら、夢にも思わなかった事が叶う日がくるかもしれない。
主の許可が下りれば…、であるが。

 俺は変わらず刀としての本能が求める欲求を無視しながら、耐えながら、主のお側に付き従うのであった。


執筆日:2021.11.24
Title by:Rewind.