とある深夜の事であった。
イベント周回の件もあり、夜な夜な仕事を片付けていたらば、お腹が減ってしまった。そりゃあ生きている人間、活動している限り、腹は減るものである。
よって、時間は深夜帯であったが、気にせず何かしら腹に入れようと厨へ向かう事にした。取り敢えず何か腹に入れねば、腹の虫が収まらず、集中を欠くからだ。食べる物は何でも良い、腹に溜まりさえすれば特に拘りは無かった。
深夜の徘徊ならぬ、こそこそと離れから抜け出し、厨がある母屋へ。
目的地へ向かう手前で、ふと厨から明かりが漏れている事に気付いた。
どうやら先客が居るらしい。はてさて、誰ぞがこんな時間に何用で起きてきているのやら。咎める気など微塵も無いが、まぁ事と次第によっては、本丸の主たる者らしく一言くらいは言ってやった方が良いだろうか。
なんて事をふわふわと考えながら、明かりの漏れる暖簾を
「おや、誰ぞ先客が居るなと思ったら、君かね?」
「やぁ、邪魔してるよ」
先客とは、山姥切の本歌様こと長義であった。
彼は、厨のテーブルに着いてうどん麺を啜っているところだった。
其れを見て、審神者は、にやりと悪い顔を浮かべて口を開く。
「こんな夜更けに起きてきて夜食を漁るとは、君もなかなかの悪じゃないか」
「俺は別に良い子ぶっているつもりは無いけれどね。君だって、同じくこんな深夜に厨なんて処に何の用で来たのかな?まぁ、予想は簡単に付くけども」
「ふふふっ……ならば、お相子という事で、此処は穏便にお小言もお咎めも無しという事にしようか」
「俺はまぁ分かるのだけれど、君は其れで良いのか…?仮にも本丸の主なんだ、立場的にどうとか思ったりしないのか?」
「君と違って、こっちは仕事の最中での事だからねぇ。別に悪い事とは思っちゃいないさ」
「……まさか、こんな時間まで仕事していたと?」
「俺はいつでも不規則だぞ?特に、イベントの最中なら、夜中に起きて作業なんざよくある事さね。……嗚呼、ご心配は無用。一応、仮眠とか挟んで休憩はちゃんと取ってるから」
「保護者勢が心配する訳だ……っ」
「はははははっ!」
呆れて溜め息を
しかし、今時分に夜食を食べる彼自身も同じなので、咎めの言葉は無い。
代わりに、
「君は何を食べるつもりなのかな…?」
「ん〜、ぶっちゃけ特に拘りは無いんだよなぁ〜……。腹に溜まるもんなら何でもいっかなって」
「適当だな、君は……」
「俺は、大抵の事は適当に済ましてるよ。何か深く考えんのもアレだし……というか、ぶっちゃけて、真面目な顔してても何にも考えてない事のがザラにある」
「君も大概脳筋だよね…偽物君と似てる」
「あははっ!褒め言葉として受け取っておくよ!」
軽い皮肉で言った言葉だったのだろう。其れをすんなり受け取られた事が気に入らなかったのか、彼は「ふんっ」と零してうどんの麺を啜るのに戻った。
其処へ、丁度手頃な物を見付けたのだろう、審神者が明るい声を上げて一つのカップ麺を手に向かいの席へ着く。
彼女が決めたのは、某有名処のカップ拉麺であった。
王道の豚骨味か、蓋を開け、中身の小袋を取り出し、順に開封して乾燥麺の上に入れ、ポットのお湯を内側のラインにまで注ぐ。
直後、彼女は口を開き、「三分間だけ待ってやるーっ」と口にした。
何ともユルい口調であった。凡そ、元ネタの台詞らしくは聞こえず、しかし、向かいで無言でうどん麺を啜るのを再開していた彼の笑いのツボを刺激するには十分だったらしい。
途端、「ブフッ!!」と吹き出した長義は、ガフゲホと咳き込み、口許を押さえたまま引き攣った顔で此方を見た。
「ちょっと、君ねぇ……ッ!!其処で某ジ●リネタを持ち出すとか反則だろう!?思わず吹き出してしまったじゃないか、どうしてくれる!!」
「いや、そんなん知らんがな(笑)。わっちはただの事実を述べただけやし」
「だとしても、今の場面で使う事は無いだろ…ッ!!」
「んな怒らんくても良いやんかぁ〜。何なん、君……ジ●リ好きなヲタクかモンペかいな?」
「いや、そういう訳ではないけども……まぁ、リスペクトはしているかな」
「俺的には、君がジ●リ知ってたんと見てた事に驚きなんやが」
「アレは誰しもが見ていて当然の名作だと思うが」
「思ったよりガチなレス返ってきてビビるわ。そうか…ちょぎ君は●ピュタ派やったか……」
「個刃的には、千と●尋とかハウルの動く●とかも好きだけどね」
「あ〜、分かるぅ。●ののけ姫とかも捨て難いよねぇ〜。けど、アレ…チビッコから見たらトラウマ物になるからなぁ……我が姉が其れに該当するなる」
「あぁ…オ●トヌシのところかな。アレは、まぁ、うん……全体的に暗いストーリーだから、子供向けではないかな」
「俺、●の恩返し好き」
「あぁ、うん。君が好きそうな感じではあるよね。君、ああいうファンタジーなストーリー好きだし」
「何よりも猫が好きなので…!」
「うん、知ってるよ。君の猫好きの深さはね」
キリリと決め顔をして答えた回答に、彼は適当な調子で受け答えた。
合間にズルルッと啜る麺がまだ器の半分程残っているのを見て、どうやら作り上げて食べ始めてからそんなに経っていない頃であったようだ。
故に、夜食を食べているところが見付かった瞬間、一瞬だけ気まずそうな表情を見せたのか。おまけに、見付かった相手が主である。プライドの高い彼からしてみれば、あまり見付かりたくない相手だったのかもしれない。
かといって、今更隠そうにも時遅しである為、開き直ったのだろう。
彼女の投げる会話にも大して気にした様子は無く、時折相槌を返しながら平然とうどんを啜り続けていた。なかなかに図太い神経の持ち主である。
まぁ、其れに関して咎める気も無ければ何を言うつもりも無い審神者は、ただ笑って見逃していた。
「豚骨味か、王道だね」
「うん、王道も王道の味をチョイスしました。特に何食べたいとか無かったからさ、取り敢えず簡単なのにしようと思ってカプ麺にしたよ。深夜に食べるカプ麺程、罪深き物は無し……ッ」
「背徳感と罪悪感の板挟みだな」
「デモ、俺、気ニシナイ。食べたいから食べる、此れに尽きる…!」
「まぁ、夜食ってそんな物だろう?好きなのを食べれば良いんじゃないかな」
「ちょぎ君はうどんですかい?」
「カプ麺の方も良いなとは思ったのだけれどね。袋麺の方が好きにアレンジしやすいから」
「袋麺も美味しいよね〜!作るの面倒だけど」
「君って、意外と面倒臭がりだよなぁ…。俺が言えた口でも無いけども」
「いやぁ〜、昔色々あってさぁ〜!何か気付いたらこんなんなってたな(笑)」
「大丈夫なのか?其れで……」
「審神者の仕事が勤まるかってのを心配してんの?だったら大丈夫だよ〜。前勤めてたクソな会社より余程ホワイトだから」
「今、君の闇を垣間見た気がするよ……。保護者勢が心配する訳だ…っ」
「はははっ、人間ってなぁ一度ブラックに染まるとなかなか元には戻れねぇもんよ。浸かった期間が浅かろうが深かろうが関係無しに、染み付いちまったもんはしょうがねぇからさ。……まっ、だからウチは極力ホワイトにゆるっとのんびりやってんだけどね」
思わず滲み出た彼女の本音に、本丸設立半年目程から居る元監査官殿は苦い顔をした。凡そ、この人間が抱えるものは大きいのだ。
其れを容易に振り払える程の者など、そう易々と現れてはくれぬものだ。
まぁ、当の本人自体が其れを望んでもいない事が問題なのだが…。
故に、本丸に
そうこう話していれば、三分などあっという間に過ぎていく。
出来上がった拉麺に有り付く為、いそいそと嬉々とした様子で閉じていた蓋を開封する。途端、深夜の厨に美味しそうな豚骨の香りがぶわりと広まった。
禁断の匂いである。審神者は興奮を抑え切れぬ
「頂きまぁ〜っす!」
出来立ちのカップ麺からは熱々の湯気がモワモワと立ち昇っていた。
簡単で手早く作れてしまうインスタント麺からは、罪深き匂いが立ち込めていた。其れを彼女はアフアフと戸惑いながらも、チュルチュルと啜って咀嚼していく。そして、破顔して、表情を緩めてから呟くのだ。
「んん〜っ!うまんい!!」
深夜の事とは言え、何とも美味しそうな顔である。先程までの空気など
「君、麺啜るの下手だな……」
「うん、何か俺昔っから下手なんよね。吸引力が足りんのやろうね」
「まぁ、君……猫舌なのもあるし、仕方ないんじゃないかな」
「ちょぎ君は麺啜るの上手やね」
「当然だろう…っ」
「ふふふっ…啜ってるのにほとんど汁飛ばさないとこ、本当上品」
「偽物君は下手くそなのか、盛大に飛び散らかすんだよね…
「あの子は食べ方が豪快なだけよ。まぁ、其れで言うと、ウチのお姉やんも
「君は、麺を啜るのは下手だが、魚の骨を取ったり、骨付き肉を食べたりするのは上手だよね」
「俺の本質が猫だからね!」
「猫なのか……。俺は、主は人間だとばかりに思っていたんだけどなぁ?」
「驚いたかい?」
「言い表して妙だとだけ言っておこうか」
「ふははっ」
和やかなムードで会話は織り成されていく。
二人して、深夜の秘密の夜食を楽しんでいた。
「何かこうしてると、親睦深める系の会とか開いてるみたいやんね」
「深夜なのに?おまけに、参加者は俺と君二人きりだけという事になるが」
「親睦を深める為の会(in深夜)〜!!ドンドンパフパフ〜!……なんちてなっ」
「ノリが良いのか悪いのか…」
「あっ、其れ俺の台詞だぞ〜」
「何で今更“親睦を深める為の会(in深夜)”なんてのを開催するのかな…?」
ご丁寧にもきちんと名称を略さずに口にしてくれた彼に敬意を表すべく、彼女はにこりと微笑を浮かべながらこう返した。
「ほら、ウチ等お互い第一印象最悪やったから…何か切っ掛け無いとアレかなぁって思うたんよ」
「此処に顕現してから、
「だからこそ、みたいな感じ?俺、ちょぎ君とももっと仲良くなりたいし」
「ぶっちゃけ今更感が凄い気がするんだけれどねぇ……でも、まっ、付き合ってあげない事も無いかな」
「おやぁ?其れは、ちょぎ君としての素直な気持ちからかい?…別に、同情とかそんな感情からなら、無理に付き合ってくれんくてもええんやで。俺とちょぎ君は、悪までも刀とその主、主従なだけなんやから。全部が全部に付き合うてくれんくてもええんよ。付き合わんくたって、だぁれも怒らんしさ」
「ふんっ……そんな試すような言葉をわざわざ選ばずとも良いよ。安心し
挑むような目付きでの物言いだった。彼もまた、審神者を試すかのような発言を敢えて口にした。聞く者が聞いた場合、机をガタッとさせて立ち上がるだけでは終わらなかった事だろう。
だが、当の審神者はきょとんとした顔で以て見つめ返していた。
啜るのを途中で止めていた麺をちゅるり、口の中に収めて、咀嚼し、ゆるゆるとモグモグゴックンをしたのちに漸く口を開く。
「んな大真面目に返してくるとは思わなんだや…。俺、別にそういうのを意図して言った訳ではなかったのだけどもね」
「今のは俺を試す問答ではなかったのか…?」
「いんにゃ?全く以てんなつもり無かったえ〜。変に調子付けて言ったんが悪かったんかの?」
「………っはぁ〜〜〜……。君って奴は、本当、厄介な人だね…。天の邪鬼かと思えば、何というか……」
「はははっ、天の邪鬼ってのは確かに当たってるかもだねぇ!まぁ、精々言うても、俺は単なる捻くれ者の卑屈で根暗な引き籠り野郎なだけですぜぃ。其れ以上でも其れ以下でも無い」
「だから厄介なんじゃないか……ッ」
「ふははっ!精々付き合ってくれ
いつの間にやら、彼の器の中身は綺麗に空になっていた。
後から食べ始めた彼女のカップの中は、まだ三分の一程しか減っていなかった。
其れを向かい側からちろりと見遣った彼が微笑を浮かべて笑う。
「話すのに夢中になるのは結構だけれど……麺、伸びちゃうよ」
「おっと、こりゃ失礼」
「…まぁ、猫舌な君には、少し冷めたくらいが丁度良い具合に食べやすくなったんじゃないかな?」
「せやね」
其れでも尚、アチアチとふーふーしながら食べる彼女は、真の猫舌である。
食べ終わっても席を立とうとする様子を見せぬ彼は、そのまま彼女の向かいに腰掛けたまま、頬杖を付いて眺めていた。その様子に、不思議に思った審神者が拉麺を啜りながらの上目遣いで訊ねる。
「食べ終わったんやろ…?片付けへんの?」
「君が食べ終わるまで付き合うよ。でないと、俺の為に開かれた親睦会とやらの意味が無くなってしまうだろう…?」
「あー…其れもそっか?」
「君はゆっくりで良いよ。俺も其れに付き合うから。どうせ、眠れなかったしね……。主たる君が起きてるなら、俺も起きてるよ」
「長谷部みたいな事言わんで、お前は寝んしゃい。別に無駄に起きとく理由も無いでしょ」
「おや、其れを君が言うのか?似たようなものだろう。俺も、眠れなかったついでに、ちょっとばかし調べ物をしていただけさ。勿論、此れは仕事の一環での事なんだから、仕事の為に起きている君に咎められる筋合いは無いよ」
「言うではないか御主…っ」
「君もね」
お互いに笑みを浮かべて返す。どうやら、深夜にも関わらず開いた親睦会とやらは、悪くなかったようだ。以前にも増して強まったらしき絆を表すかのように、二人は暫く一緒の空間に居座った。表情も空気も穏やかなものだった。
その内、カップの中身を平らげた審神者が湯呑みのお茶をグイッと一杯飲み干した後、清々しい空気を纏って立ち上がった。
「おーっし、食った食った!腹満たされたっと!」
「なら、俺も此れを片すとするかな」
「わざわざ待っててくれてありがとね」
「どういたしまして。此れにて、親睦会も御開きかな…?」
「うんっ、俺は十分満足したからオッケ!ちょぎ君は?満足出来たかい?」
「まぁ、其れなりの充実感は味わえたよ」
「それなら良かった!さて、食べたの片したら解散という事で、作業再開と致しますかねぇっ」
「俺もまだ暫くは腹こなすのに起きとくけども、あまり無理の無い範囲にするんだよ」
「言っとくけど、俺、昼くらいまでは起きとくつもりやで?其れくらいには作業の方も一区切り付くやろうから」
「…君は一体いつ起きたんだったかな?」
「えーっと、もう日付変わってっから昨日やね…うん、昨日の昼過ぎ頃に起きて今に至るねぇ。途中、仮眠は挟んどるけど」
「君は何処ぞの黒田刀じゃないんだから、二十四時間起きとく必要は無いんだよ…っ!というか、そんな生活繰り返してたら、いつか倒れるぞ、この馬鹿!!」
「ちゃんと睡眠挟めてるだけマシだって〜!」
「仮眠は睡眠とは言わない!!」
「寝てる事に変わりはないんやからいくない?」
「良くないよ!!全く……ッ、過保護刀が増える理由が分かったよ、クソッ…!」
「まぁまぁ、そうカッカしなさんなや〜。ちょぎ君も
「俺を何処ぞの文土佐組の先行調査員と一緒にしないでくれ
「めっちゃ分かっとるやん。流石は俺の刀」
「三年もやってたら当たり前だ!!」
何だかんだ言って三年以上続いている仲なのだから、親しくない訳が無いのである。ましてや、審神者の霊力を介して顕現した身内も良いところである。
情が湧くのも、似たり寄ったりな性格になるのも、無理も無かったのであった。
悩める者よ、強くなれ。
「良い話風に纏めるんじゃないよ!クソックソックソォ……ッ!!」
執筆日:2022.02.27