ここ一週間ずっと夢見が良くなかった。そのせいで、寝不足が続いている。ただでさえ眠りが浅い質なのに……。暑さも相俟って体調が優れない事が重なっている。一先ず、夢見の悪ささえ改善出来れば、少しは現状がマシになるのではと考えた。其処で、審神者は一つ近侍の刀に頼み込む事にした。
床に入って休む前に一言、近侍へと声をかける。
「ねぇ、伽羅ちゃん、ちょっと良い……?」
「何だ」
「何かここ数日ずっと夢見が悪かったりして体調良くない事続いてるんだけど……其れで、一つ頼まれて欲しい事があるんだ。少しでも夢見が良くなって安眠出来ますようにって、加護を付ける事ってお願い出来たりする?」
「出来なくはないと思うが……何故其れを俺に? 他にも適任の奴が居るだろう」
「今近侍を任せてるのは伽羅ちゃんだったから、何となく……駄目なら駄目で他の子を頼るよ」
「別に駄目じゃあないから、そうへこんだような顔をするな。加護を付けろ、と言ったな……具体的にはどんな風なのをご所望なんだ? 遣り様は幾らでもある。極力アンタの望む形を取ろう」
「んっと……取り敢えず、夢見さえどうにか出来れば其れで構わないから……安眠さえ出来れば、其れで……っ」
「……分かった。なら、俺の
「有難う、伽羅ちゃん。じゃあ、お願いするね」
若干不承不承っぽい流れで承諾されたような気がして、思わず苦笑いが浮かんだが、無理を承知で頼んだ事だ。彼の言う通り、本来ならば専門の刀を頼るのが筋というものなのだろう。しかし、気持ちとしては、今は近侍を頼りたいところであった為、彼を頼ったのだ。そして、彼はこの件を受け入れた。
審神者は一先ずは安心して眠れると、大倶利伽羅とは其処で別れ、床に就いた。
彼女に己の本体を預けた後、彼は自身の左腕に絡み付くようにして姿を現した倶利伽羅龍に向かってこう呟いた。
「彼女が眠っている間、彼女の元に付いていてやれ。主が魘されでもしそうな気配があれば、迷わず喰らってやれ。彼女の安眠を妨げさせるな」
彼の言葉に返事を返す如く“フシューッ”との音を漏らした倶利伽羅龍は、しゅるりと彼の左腕を離れると審神者が去っていった離れの方角へ飛翔していった。
――翌日、審神者は起床するなり彼の元へ御礼を告げようと離れの部屋を出た。すると、丁度のタイミングで彼女の元へやって来た大倶利伽羅の姿が視界に入る。恐らく、夕べ御守りにと貸した本体を受け取りに来たのだろう。
くるりと彼の方へ向き直った審神者は、晴れやかな顔付きで御礼を述べた。
「おはよう、伽羅ちゃんっ。昨日は無理なお願い聞いてくれて有難うね。お陰で久々にもともな睡眠取れた気がするよ!」
「そうか。アンタの力になれたのなら、何よりだ」
言葉を交わしながら拝借した本体を返していれば、不意に審神者の肩を伝うように倶利伽羅龍が離れていく姿が一瞬映り込んだ。其れに、数回瞬きを繰り返して、彼の手の中に返そうとした本体と彼の左腕に沿って
「アンタが安らかに眠れるようにと加護を付けたまでだ。お陰で、ちゃんと眠る事が出来ただろう?」
「流石は伽羅ちゃん……遣る事成す事伊達者で惚れる」
「俺に彫られている倶利伽羅龍の加護を一部移しただけに過ぎん。まだ不安が残るというのなら、今夜アンタが寝る際に俺が共寝するなり何なりと付いていてやるが……どうする?」
「いやっ、流石の其れは逆に緊張で眠れなくなりそうなんで遠慮しておきます……!」
「ふっ……そうか。其れは残念だな」
「え……其れは、どういう…………っ」
意味深な返答にドキリと動揺した事を悟られないよう控えめな態度を装って訊けば、ふと距離を詰めてきた彼により一瞬視界が暗くなる。訳も分からずポカン……ッ、としていれば、前髪を上へと
忽ちじわじわと染まり上がる頬に、そっと添えられた掌が熱い。
「また俺の加護が必要となれば言え。そうしたら、アンタが不安がる前にその不安を打ち消してやる。……俺はアンタの刀だからな。其れを忘れてくれるなよ」
仕上げとばかりに、口付けを落とされた辺りを馴染ませるかのように親指の腹でなぞられる。
公開日:2023.07.17