空が白み始める少し前の事。
一組の敷布の上で男と女が折り重なっていた。
秋の夜長を助長するかのように肌を重ね、睦み合ったのだろう其処には、乱れた吐息と欲の塊が渦を巻いていた。
「たぬさん、たぬさ……っ、あっ、イッ……アッ――!」
「ッ――! ぐッ……ァ、」
一頻り満足したのちに、女の上に覆い被さるように位置取っていた男が身動ぎ、体を浮かした。其れに呼応して女が薄らと目蓋を開いて蕩けた瞳を覗かせる。自然と視線は男の動向を追っていた。男はその視線を察して、何処となく喜色張んだ笑みを浮かべて、意図に応えるように口端を吊り上げる。どうやら、ただ体の位置を少し動かしたかっただけのようだ。直ぐ様、男は女の上に体を戻した。まるで、其処が定位置だったかのように。
男が満足そうな笑みを浮かべて女の胸を枕にする。端から見て、甘えん坊が母御に擦り寄るみたいな、そんな絵面に思えた。行為を終えた後、
「またいつもの……?」
情事で疲れたのだろう、女の言葉は何処か舌っ足らずな音を帯びていた。その証拠に、今にもその目蓋は睡魔に抗えずに落ちてしまいそうな程重たげにとろんとしていた。言葉だけを聴くとむずがるように嫌がっている風にも受け取れる。しかし、発せられた声には多分な甘さが含まれていた事から、実際はそうではないのだと語っていた。
「たぬさん、終わったらいつもそうやってくっついて来るけど……愉しい?」
「ん……愉しいっつーよかは、心地好くて落ち着くからしたくなんだけどなァ……」
「ふふっ……私、枕になる程胸無いのに……?」
「胸の有る無しは関係無ェよ。……アンタの胸だからこうしてるだけだ」
「んふ、……かぁわいぃ」
女は愛しげに胸元に擦り寄る男の後ろ頭を撫ぜる。其れが心地好いのか、男も目を細めて女の柔い手付きを受け入れる。甘えられるのが嬉しいのか、求められる事そのものが心地好いのか――恐らくは何方共で、女は愉悦に感じ入った笑みを浮かべて目蓋を閉じた。そのまま寝入る気なのだろう。男は静かに其れを見守り、女を抱き締める腕の力を強めた。
別に、男は女に甘えたくてそうしているのではなかった。ただ、女の拍動する音を聴いていたくて、胸を枕にするように頭を置いていただけだ。行為を終えた後も、女が確かに今自分の目の前で生きている証を求めたくて。容易に其れを確かめられる方法を探った中で、自分が最も落ち着くものを探り当てた結果が現状の図なだけである。
男は黙って女の鼓動の音を聴いていた。女の息衝く音に耳を澄まして、じっと動かずに耳を傾ける。すると、拍動とは別に女が擽ったそうに喉奥を震わせたのが分かった。一応はまだ起きていたようだが、このまま静かに時が過ぎれば本格的に寝入ってしまうだろう。其れまでには止めてしまおうと考えていた。でないと、幾ら何でも風邪を引かせてしまうだろうから。男は、女が寒くないように掛け布団を引き寄せて、己諸共すっぽりと被った。そのまま女の胸元を枕に居座った。
――トクリ、トクリ。女の拍動する音が鼓膜を伝う。その音が何よりも男の気持ちを落ち着かせた。
女は、
男は、その心根に燻らせているものがあった。己は誰よりも女の懐の深いところに根付いているのだと、優越感を露わにしていた。だが、男は決して其れを漏らそうとはしないだろう。己だけが知っていれば其れで良い。女が何れ程他の奴へと靡こうとも、その根っこに在るのは結局己だけであるのだと。自分が唯一女の奥深くを暴き、また、其れを許された男なのだと。此れ等の感情を一纏めにすれば、“独占欲”というものになる。またの言い方を、“毒占欲”とも言えるだろう。
男は一人ほくそ笑む。真にこの女の事を支配するは己のみなのだと、愉悦を湛えて喉を鳴らす。女が最終的に求むるは己だけであれ。そんな呪いを掛けるように、男は女の心の臓の真上に口付けを落とした。次いで、自分のものであるとの印を付けて、花を咲かせる。女の唯一を散らしたのは自分だ。其れだけはこれから先も変わる事はない事実であった。
女は寝付いたのか、男の頭を抱いたまま穏やかな寝息を立てて笑みを湛えていた。眠りながらも、好いた男に求められる喜びに歓喜しているのだろう。男も、そんな呑気な女の寝顔を眺めて息を
どうかこの先も、この拍動を直ぐ側の傍らで聴いていたい。叶う事ならば、女が己の手の内で死ぬその時まで。
公開日:2023.11.19