偶々、審神者の側を通り過ぎかけた和泉守兼定は、彼女の耳元で煌めく輝きを見留て、その足を止めた。
「あれっ……主、その耳飾りどうしたんだ?」
「ん? あぁ、此れ……?」
話しかけられた審神者は、会話に応じ、彼の指差した左耳がよく見えるように横髪を掻き揚げ耳に掛けてみせた。
「元審神者の女友達に貰ってね。要らなくなった沢山のお洋服と一緒に貰った物なんだ〜。ちっちゃくて控えめだけど、可愛いでしょ?」
「おー。普段飾りっ気の無ェアンタにしては珍しいと思ったら……そうか、ダチからの貰い物だったか。確かに、アンタが付けるにしちゃあ飾りが小さ過ぎてあんま目立たねぇが、悪くはねぇと思うぜ」
「へへっ、有難う兼さん! 実は此れ、ノンホールタイプのピアスって事で、穴開けてない俺でも使える耳飾りなんだ! 金属アレルギーの人にも配慮した作りになってて、台座の部分とか全部樹脂で出来てんだよ〜っ。ノンホールなら俺でも使いやすそうだなぁ〜とは思いつつも、あんまり装飾品の類付けないからって今まで買うの渋ってたんだけど……そんなところに、要らないから良かったら使って〜って事で貰えたからラッキーでした!」
「へぇ〜、良かったじゃねぇーの。 うん……? 右耳の方は何も付いてねぇけど、付けねぇのか? それとも、片耳分だけしか無かったとか?」
「いや、其れが……固定台から外す時にミスっておしょっちゃって……っ。ほれ見」
チラリ、見てみた反対側の右耳には何も飾られていないのに気付いた彼に指摘を受けた審神者は、其れまで浮かべていた笑みをシュンとさせ、その理由を打ち明けた。ついでに、徐ろに懐のポケットへ手を突っ込んだ彼女の掌に乗せられた物を覗き込んで、和泉守はその有り様にちょっと吃驚したような声を発する。
「うわ。丁度真ん中辺りからポッキリいっちまってんなぁ〜……っ。こりゃもう使い物にならなくねぇか?」
「どうにかしたら直せなくもなさそうだと思ったんだけど……やっぱ無理っぽい感じかね?」
「接着剤とかでくっつけば話は別だろうけどよ。其処まで完全にポッキリいっちまってたら、流石に……っ」
「ですよねー……っ。やっぱ駄目かぁ。いや、どうせ貰い物だし、樹脂だからあんまり保たんだろうなとは思いはしてたんだけども……まさか付ける前に御臨終してしまうとは……。左耳は利き手メインで使うから付けるのまだイケたけど、右耳は反対側メインになるから付けづらくって。おまけに、普段から耳飾り付けるタイプでもないし、同じく樹脂で出来てるノンホールイヤリングみたく可動式でないタイプだったのを失念して広げ過ぎちゃったから……。そんなこんなで力加減ミスって早速やらかしてしもうたの、地味にショックなる……っ」
「ま、まぁまぁ、そう落ち込むなって……! 貰い物とは言えど、そうやって残念がってもらえただけで
「ははっ……有難う兼さん。そう言ってもらえただけでも、気持ちちょっとマシになったかも」
「ちぃとばかし励ますくらいお安い御用で」
言葉こそ落ち込んだ風な物言いだったが、実際は其れ程気にしていなかったのだろう。気軽い物言いで言葉を返した審神者は、その後も片耳だけ耳飾りを付けて過ごしていた。
基本、耳飾りは両耳に付けて飾るのが一般的だが、中には片耳だけに付けるという事もある。ピアスやイヤリングは、古来より魔除けの意として付けられてきた事もあり、その歴史は古い。男と女で付ける場所の意味が異なったりもしなくもないが、其れを抜きにしても、全ては己を着飾る意味で付けられるのがメインだ。
片耳分しか使えぬからと左耳だけ飾った審神者へ、その後もよく気の付く者達からそれぞれに声をかけられ、その度に苦笑を浮かべて同じ回答を繰り返していた。或者には、「どっちみち、右耳は長時間付けてたら痛くなってすぐ外しちゃうから、このままでも良いんだ。左耳の方は長時間付けてても平気だし、
――翌日。外出申請を出して万屋街へと出掛けていた和泉守は、本丸に帰り着くなり審神者部屋へと向かった。
親しくしている友人から貰った物で気に入ったのか、その日も彼女は片耳だけに例の耳飾りを付けていた。そんな彼女の元へ、和泉守は小さな紙包みに包まれた品を土産と称して手渡す。言葉短めに礼を述べて受け取った審神者は、早速包みを開け、中身を掌へ転がしてみた。すると、其処には彼が普段身に付けている物に似たモチーフの耳飾りが片耳分だけ入っていた。
審神者はハッとし、此れをくれた彼の方を見遣る。すれば、彼は照れ臭そうにはにかんだ笑みを浮かべて頰を掻きつつ本心を口にした。
「この間、片耳分だけしかねぇの気にしてた風だったからよ。其れだったら、と思って……俺と対でセットになるヤツ選んでみたぜ! 此れなら、片っぽだけ寂しいって事もなくなるだろ?」
「兼さん……っ」
「へへっ……主にこんな贈り物するとか、ちっと
「ふふっ……そんな気遣われる程の事でもなかったのに。でも、有難う。純粋に嬉しい……っ」
「早速空いてる右耳に付けてやるから、こっち寄ってみ」
「うん、お願いっ」
右耳を隠すように下ろしていた横髪を耳へと掛けて耳元がよく見えるようにして向けば、その耳へと触れた男らしい節くれ立った手が慣れた手付きで贈ったばかりの飾りを付けた。陽の光に当たるようにして手持ちの手鏡で見せてやれば、審神者の小振りの薄い耳朶に赤色の珠がキラリと力強い光を放って輝くのが映る。其れを確認した彼女は、そのかんばせを綻ばせて喜んだ。ついでとばかりに、彼が自分の左耳を指差して見せる。其れに視線を向ければ、自分の右耳を飾る物と異なる形をした、けれども明らかに対の物だろうと分かる耳飾りが煌めいているのが分かった。
男は左耳に、女は右耳に、それぞれを意味する耳飾りを付けている。魔除けの意味も込めての其れは、贈り物として受け取るには大層誇らしい代物であった。
「ふふっ、兼さんとお揃いって何だかお洒落の最先端行ってるみたいで格好良いね」
「だろ? 国広には内緒だからな! 彼奴、下手に話せば妬いちまうかもしれねぇから」
「はぁーいっ。兼さんと俺、二人だけの秘密ね……!」
くふくふと含み笑む審神者は、何処からどう見ても至極嬉しげであった。彼女をそんな風にさせたのは自分であるという自負があるのか、和泉守も何処か誇らしげな顔をして口元に笑みを乗せる。
「もし、自分で付けるの慣れなくて付けづらいってんなら、次付ける時も俺に声かけてくれりゃあ喜んで付けてやるぜ? あと、外す時も自分で外すの怖ェんなら、そん時も遠慮無く声かけな」
「おぉっ、其れは助かる……! 左は鏡見ながらなら何とか付けれなくもないんだけど、右はどうもぶきっちょで……っ」
「ははっ、アンタあんまり自分を着飾るって事しないタイプだもんなぁ。そりゃ慣れなくてもしょうがねぇってもんだわ。まっ、俺様は時代の最先端を行く強くて格好良い刀だかんな……! ドーンッと頼ってくれや!」
「ふはっ、兼さんたら頼もしい……!」
ドヤ顔で言う彼が面白かったのか、審神者が軽く吹き出して手の甲を口元へ押し当てて笑う。そんな彼女の右耳の耳朶がよく見えるよう、手遊びに一房の髪を掬って弄ぶ彼が呟く。
「なぁ、今度お互いに揃いの耳飾り付けた状態でよ、どっか出掛けねぇか? 勿論、主の都合の良い日にだが」
「良いねっ。場所は何処にしようか?」
「俺オススメの店があるんけどよ、良かったら其処に行ってみねぇか? アンタも気に入りそうな良さげな店、知ってんだ」
「おーっ、じゃあ是非とも連れてってもらおうかな!」
「よっしゃ! 当日まで楽しみにしとけよ……っ!」
「うん……っ! ふふっ、その日のお天気晴れると良いねぇ〜」
刀と人、立場は違えど、その耳を飾るは対となりし魔除けの耳飾り。互いを強く結び付けんと輝く様は、血のように力強い赤色をしていた。
※耳飾り(ピアス)を贈る意味……『あなたをずっと見守っています』『あなたを大切にします』という気持ちが込められている。また、片耳ピアスを贈る意図として、男性が左耳に付けるのは“守る側”、女性が右耳に付けるのは“守られる側”という意味が含まれる。此れは、嘗て昔男性が『勇気と誇り』の印として左耳へピアスを付ける習慣があった事から、“この誇りにかけてあなたを守ります”という意味でもう片方のピアスを女性へ渡した事が片耳ピアスのルーツなのだそう。
※尚、今回のお話においての片耳ピアスを贈る意味に恋愛感情は含まない方向性で執筆。飽く迄も親愛としての意図ですので、悪しからず。
公開日:2023.11.29