▼▲
夢見のおまじない



 陸奥国の、とある本丸に顕現したばかりの蜂須賀虎徹は困っていた。もしや、自分は刀剣男士として欠陥のある個体として顕現したのではないかと悩み、焦っていたのだ。
 その理由として、彼は、顕現して暫く経った或日から突如夢見が悪くなってしまったのである。原因は今のところ不明で、原因と成り得る心当たりもない。かと言って、刀の身から人間生活を始めたばかりで戸惑う事ばかりな毎日であったが為に、他の者へ尋ね聞くという事も出来なかった。何故ならば、“己は誉れ高い虎徹の真作である”という強い矜持とプライドが邪魔をしてしまったからである。その所為で、彼は酷い寝不足に悩まされる羽目となっていく。
 此れに気付いたのは、見るからに調子の悪そうな様子を察した審神者であった。あまりに酷い隈を目の下にこさえた上に、其れでも尚気丈に振る舞い無理をしているのが、目に留まってしまったのだ。当初は、まだ駆け出しの審神者とその本丸の刀同士が故に、意思伝達を行うだけでも一苦労であった。そんな最中に起こった出来事だった。
 或日、調子の悪そうな様子を察した審神者が、出陣予定で編成に組み込んでいた蜂須賀を部隊から外したのだ。此れに反発した蜂須賀は、審神者の元へと直訴しに向かった。何故、自分を部隊の編成から外したのか。俺に足りないところがあるのなら、直すよう努力するから、俺を部隊から外さないでくれ。そのように追い縋ってきた彼の言い分に、審神者はこう唱えた。
「言葉キツくなるようで申し訳ないが……此処は本丸の指揮を預かる者として、心を鬼にして敢えて言わせてもらう。自分の体調すらまともに管理出来てない状態で戦に出す程、俺は愚かじゃないぞ。そんなフラフラの状態でまともな戦が出来るとは思えん。だからこそ、体調が回復して前線に復帰出来るまで暇を出す。要は……早い話が、休暇を出すという事だ。その間に、お前はしっかりと体を休めて静養しなさい。話は其れからだ」
 語気を強めての口調で諭された蜂須賀は、しかし、尚も食い下がろうとした。“自分はまだ動ける、虎徹の真作という誇りに懸けて刀としての使命を果たさせてくれ。使えない刀になんてなりたくはないんだ”と――そう訴えに訴えを重ねて。けれども、審神者も審神者で一歩も譲らずに首を横に振り続けた。
 そして、真摯な眼差しを向けて告げる。
「俺は、自分が顕現した刀達は誰一振りひとりとして欠かしたくないんだ。お前達自身としては、戦の上で刀は折れるものという前提で考えているんだろうが、俺はそうじゃない……。お前も含め、皆が俺の大事な刀であり命なんだ。何があろうと絶対に折らせはしない。万全な体制でない内から戦に出すなど、“死にに逝け”と言っているようなものだろう? だから、何度頼まれようと俺は断る。此れより、蜂須賀虎徹には体調が元に戻るまでは非番とする沙汰を下す。此れは主命だ。……まぁ、言葉はアレかもしれんが、何もお前の事を見限ったとかって訳じゃあないんだ。お前の事が心配だから、敢えて部隊から外させてもらっただけに過ぎん。幸い、刀数も増えて人手は足りてるんだ。何も急ぐ事は無いんだよ。兎に角、今はゆっくり体を休めて体調回復に努めてくれ。んで、その酷い隈も無くそうな? 恐らくだが、このところ忙しくて鏡見る余裕なんて無かっただろ? 部屋に戻って一遍鏡見てみな。今のお前、酷い顔色してるぞ」
 言葉尻優しめにそう言った審神者は、直談判しに来た蜂須賀の目元へ触れて労るように隈をなぞった。審神者から言われて初めて気付かされた蜂須賀は、言われた通りに自室へと戻るなり手鏡を覗き込んで驚愕する。今まで全く気が付かなかったが、自分はなんて酷い顔付きをしていたのだろうか、と。おまけに、酷い目の下の隈がより一層血色の悪い顔色へ拍車を掛けているようだった。こんな顔を晒していれば、戦に出るなどもっての外だと言われて当然の話である。
 早くも虎徹が揃った方である本丸であったが為に、弟には兄として毅然と振る舞っていなければという意識が強かった所為で、己の事まで顧みれていなかったのだ。そういえば、先日、弟の浦島虎徹よりも後から来た贋作の長曽祢虎徹にも心配の言葉をかけられたばかりであった。あの時は心に余裕が無く、思い切り突っ撥ねるような態度を返してしまったが……あれは失敗だった。今更になって謝罪など……と思わなくもなかったが、後からでも遅くはないだろうか。
 そんなこんな鏡の前で考え込んでいると、不意に視界の隅に審神者がひょこりと顔を覗かせた。此れに驚き振り向きながら、何か自分に用向きかと問えば、コテンと愛らしく首を傾けた審神者が先とは打って変わって控えめな態度で口を開く。
「いやぁ、ちゃんとお部屋で休んでるかの様子見に来たってだけで、特別な用事は何も無いよ。其れで、君は鏡覗き込んだまんまで百面相してどうしたの? 何か悩み事があるなら話くらい聞くけど」
「えっと……悩み、と言う程のものではないのだけれど…………」
「ふむふむ。では、質問を変えようか。蜂須賀や……君、此処のところきちんと眠れてなかったんじゃない? 隈は酷いし、明らかに寝不足と言った風貌で私生活にも支障きたしてる程調子悪そうだし。何か眠れない理由でもあるのかな……?」
 審神者の核心を突いた問に、思わず言葉を詰まらせた蜂須賀は気まずそうに視線を落としたのちに、観念したかの如くボソボソと声を落として事の顛末を打ち明けた。
「実は……このところ、ずっと夢見が悪くてね。あまり眠れていないんだ……。かと言って、誰かに打ち明ける事も出来ずのまま居て、今に至るという訳で…………」
「ありゃりゃ……そら辛かったなぁ。夢見が悪いと、誰だって寝不足になるもんよ。何も可笑しな事じゃないから、今みたくなる前に相談してくれて良かったのよ?」
「ただでさえ忙しくしている主の手を煩わせる訳にはいかないと思って……」
「蜂須賀は真面目さんやもんねぇ。けども、自分一人で抱え込んでも分からん事は誰かに聞いてもらって解決した方がええで? 今度からはそうしような。失敗は誰にだってあるんやから、悪い事と思わんくてええよ。寧ろ、失敗を重ねて人間は学んでいく生き物なんやから。此れでまた一つ賢くなったと思っとき。何事も前向きに考えたらええんよ。……つって、今のは自分にもブーメランやったな! はははっ!」
 冗談めかして言う言葉は軽い響きでストン、と胸の内に落ちた。そうか……失敗しても、また次に活かせば良いのか。腑に落ちた事で気持ち心が軽くなった蜂須賀は、口角を緩めて小さく微笑んだ。
「有難う……。君の言葉は、いつも俺達を思ってくれる事ばかりだね」
「俺かて大概不器用人間やもん。此の世に生まれてこの方二十年余り経つ言うんに、根っこの部分は変わらずのまんまやでホンマ。まぁ、お国柄故に言葉強めに聞こえやすかったりするから気を付けてはいるけどもな〜。なるべく言葉キツくならんように、柔らかぁ〜く言葉選んで発言しとるつもりよ。君等を大事に思うんは本音じゃけぇ、そういう言葉がけしとるんは事実かもしれんが」
「薄々思ってはいたけれど……主は俺達の事を慕ってくれているよね?」
「そら当たり前やん。俺が顕現した、俺の刀達やもん。嫌いな訳あるかい。俺は一振りとして嫌いなんぞ思った事はないぞ。……ただ、ちょっと人見知り発揮して、最初の内は心の距離感図りかねて右往左往したり、受け取った第一印象から勝手に苦手意識感じたり近寄り難く思ったりはあるかもやけど……。此れはまだまだ審神者歴浅い未熟な新米審神者として堪忍したってや……っ」
 人間として未熟だからこそ、不得手な事にぶち当たるとどうしても避けがちになってしまうのは悪い癖だ。其れをこうしてストレートに言葉にして口にしてくれるのは、少なからず信頼してくれている事の裏返しなのだろう。自分達の事を慕うのは当然と公言する審神者に、お互いに不器用ながらも歩み寄り合っているのだなと嬉しく思った。
 胸の内があったかい気持ちで包まれたところで、口も緩んだのか、蜂須賀はついポロリと零してしまった。
「ふふっ……君と話していたら、何だか気持ちが軽くなってきたよ。出来れば、眠るまでこのまま君と話せていたら良いのだけれど……流石に其れは我が儘だよね」
「え? 其れくらい別に構わんけど?」
「えっ?」
「可愛い可愛い我が子ならぬ我が刀の為じゃい。寝付くまで本の読み聞かせなり何なりしたろうやないの。何なら、添い寝サービスも付けたろかい?」
「えっ、えっ……!?」
「ふふっ……というのは冗談半分で。寝物語に何か喋ってて欲しい言う事やったら、まぁ出来ん事もないで? ほな、思い立ったが吉日っちゅー事で、布団敷いてお寝んねしまひょ!」
 珍しく自分の我が儘を口にした蜂須賀に、内心嬉しく思った審神者はトントン拍子で話を進めていく。此れに戸惑いつつも強引な促しに抗う術無く、結局は彼女に言われるまま押入れに仕舞って数刻程しか経っていない布団を引っ張り出す事になった。そして、丁寧に整えたとこへ横になるよう指示され、大人しく従う。
 布団へ横になって寝る体勢の整った蜂須賀の傍らに腰を据えた審神者は、改めて口を開いた。
「夢見が悪いのが続いてるって話やったけど……どんな内容やったかとか覚えてる? あんまりにも怖くて思い出したくもない〜とかやったら無理に話さんくてもええけども。悪い夢見た時は、正夢にならんように誰かに話した方が気が楽になる時もあるから、話せそうやったら誰かに話してみてや。俺でも良いし、他の子等でも良いし、話しやすそうな子に話してみんしゃい」
「うん……有難う、主。夢の内容については、あまり覚えていない事の方が多くて何とも言い難いのだけれど……」
「まぁ、夢ってのは寝てる間に見るもんやからな。本当は覚えてない方がええんやで。はっきり覚えてるって事は、其れイコール頭完全に起きとるって事になるからな。夢なんてモンは、起きたら忘れてるくらいが丁度ええのよ」
「そういうものなのかな……?」
「そういうもんよ。まぁ……夢見が悪いんは、もしかしたら俺が原因なんかもしれんが」
「どうして、夢見が悪い事とが君と繋がるんだい?」
 純粋に疑問に思った彼は枕元から問うた。すると、審神者はあっけらかんとした口調で答える。
「だって、俺自体夢見が悪い事のが多いタイプの人間やし……その人間から顕現されとる訳やから。刀剣男士ってのは、少なからず顕現する審神者の影響を受けるモンやろ? せやから、俺が夢見悪いタチなんが影響しとるんやったら、申し訳なかったなぁ〜って思うて」
「そっ……! んな事は、ない……とは言い切れないけども…………っ。でも! 決して主が悪いとは思っていないよ! 此れは嘘じゃない、どうか信じて欲しい……!」
 思いもよらぬ回答を貰い動揺した蜂須賀は、思わず横になっていた体を起こして自信無さげながらも言葉を紡いだ。真面目が故に今の言葉を真に受けたらしい。決して冗句ジョークのつもりで言った訳ではなかったが、率直な意見を聞けて彼女は安堵した。
 笑みを崩してくしゃりと笑った審神者は、不安げに瞳を揺らす彼の頭に手を置いて言葉を返す。
「分かってるよ。例え、お世辞でもそんな風に言ってもらえたなら話した甲斐があったってものさね」
「俺は、本当に主の所為だとは一度たりとも思った事はないからね……! 此れは本当の事だから……っ」
「ハイハイ。寝不足祟ってるヒトは今すぐ寝ましょうね〜」
「むっ……寝不足なのは主も同じ事が言えるんじゃないのかい?」
「こら。今は揚げ足取るのはおよし。君が今すべきは、しっかりと寝て体調回復に努める事だよ。悪夢を見るのが怖くて寝付きにくいなら、君が寝付くまで側に付いててやるから……その綺麗なお目々は閉じましょうね」
 そう言って、彼女は横になり直した蜂須賀の両目の上へ掌を翳して伏せさせた。視界を閉じてしまえば、後は眠りが来るまで身を委ねてしまうだけだ。
 審神者は声を潜めて眠りを誘う声音で言葉を紡ぐ。
「今はなぁ〜んも考えないで、寝る事だけに集中しなさいな。夢の中にまで悩み事を持ち込むなんて馬鹿らしいだろう? 悩み事ってのは、起きてる時の内に考える事さね。寝る時にまで考えなくったって良いのよ」
 視界を遮った事で聴覚が研ぎ澄まされて、頭の上から降ってくる審神者の声が次第に子守唄と化していく。
「お前は良い子。俺の大事な刀の一振りで、俺と似て少し不器用で真面目な良い子。とても頑張り屋な偉い子……。だから、今ばかりはゆっくりおやすみ。俺が良い夢を見られるようにまじないをかけておいてあげるから、安心してお眠りな」
 ゆうるり、ゆうるり。審神者は頭を撫ぜて眠りを促した。大層寝不足で眠かったのだろう。瞬く間にすよすよと眠りに就いた蜂須賀は、規則正しい寝息を立てて寝付いた。此れに、審神者は母の如し慈しみに満ちた表情を浮かべて目を細める。
「寝る時くらい悩み事なんかほっぽって寝てしまえば良い……なぁんて、其れこそブーメランな話だよねぇ」
 半ば自分へ言い聞かせるように呟いた審神者は、その日の予定を半日程ずらして、眠る彼の傍らへ雑魚寝体勢で体を横たえて疲れの滲む目蓋を閉じた。
 此れは、本丸が始まって間もない、黎明期の頃の話である。


 ――其れから数年の時は過ぎ、本丸の運営もすっかり板に付いて軌道に乗った安定した日々を送っていた、或日の事である。
 審神者は、極めてより一層頼もしくなった黄金の煌めきを携えた刀へ向かって、通りすがりに気軽に声をかけた。
「やぁ、はっちー・・・・。そういえば、あれから殆ど話を聞かんが……現在の夢見の程は如何かね?」
「おや、主じゃないか。そうだねぇ……思うに、あれからはあまり見ていないと思うよ。心配してくれた主が、あの後色々と気遣って施してくれたお陰かな?」
 そう言って微笑みを浮かべて返した彼は、己の利き腕に付いているミサンガを指し示すように緩く腕を振って主張してみせる。此れに満足そうな笑みと共に一つ頷きを返した審神者は更に言葉を続けた。
「其れは何よりだね。というか、まだそのミサンガ付けてくれてたんだ?」
「ふふっ、主が折角せっかく手ずから作ってくれた物だもの……早々失くしたり出来る訳がないだろう? 主から貰ったあの日からずっと、非番の日だけこうして身に付けているんだ。ちゃんと定期的に手洗いして清潔感も保ちつつ大事にしているよ。夢見の心配なら、俺より主の方が余っ程必要なんじゃないか? つい先日もまた良くない夢を見たと言っていただろう?」
「はははは〜っ……此れは最早持病みたいなものだよ……。開き直っていっそ諦めが付いとるわい」
「こら。開き直るのは良い事だけれど、すぐに諦めてしまうのは君の悪い癖だよ?」
「へへんっ、今更の事じゃい」
 気安く軽口を交わせる程には親交を深めたのであろう事が窺える空気が、其処にはあった。
 本丸始まって六年目に突入した今。互いに支え合い、本丸のいしずえとして一人と一振りは共に手を取り合って戦果を上げている。
 此れは、陸奥国の、とある本丸に顕現した蜂須賀虎徹とその審神者の話である。


執筆日:2024.07.04
公開日:2024.07.08