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知らぬが仏



 其れは、なんて事はない、日常の一幕において起きた出来事である。
 皆と昼餉を共にして、食べた食器類の後片付けなども全て終えて暫く経ったのちに上った話題であった。服を着た上からでも分かる程ポコリと出た腹を見て、今剣が一言こう呟く。
「おやっ。あるじさまのおなかが、したのほうからぽっこりとでています! まるでややこでもはらんだかのようにもみえますね!」
 此れを聞いた審神者は、己の腹を見下ろして何気無くさすさすと擦りつつ言葉を返す。
「あぁ……下っ腹が出てんのは、今絶賛月のものが来ている最中だからねぇ。胃もぽっこりと出てんのは、今お腹いっぱい飯食ったばかりだからだねぇ〜」
「せいごなんかげつですか?」
「期待したって、残念ながら俺の腹からは何も産まれねぇよ。仮に生後何ヶ月か答えたかて、言うて生後一時間ってところなんじゃないの? 飯食ってから大体一時間程経ってる訳だしな。つか、自分で言っといてアレだけど、生後一時間て何(笑)。其れだとまだ赤ちゃんどころか豆粒すら出来てなくないか? たぶん細胞分裂してる段階じゃね?」
「ふふふっ。じょうだんにきまっているじゃないですかぁ〜。でも、ノリにのってかえしてくれる、そんなあるじさまのノリのいいところもすきですよ! はなしていてとてもおもしろいですし!」
 ほんの軽口で零した冗談交じりの話だ。大した内容ですらなく、通りすがりに偶々耳にしたとしても聞き流すレベルにスッカスカな話であった。
 けれども、予想に反してこの会話を真剣に拾った者が居た。偶々審神者の近い場所に居て、流れ的に一緒に話を聞いていた愛染国俊である。
 愛染は、審神者の手が触れる下にある腹へと視線を向けて口を開いた。
「成程なぁ〜。其れで主さんから血の匂いが漂ってきてた訳かぁ。でもさ、月のものが来るってのは大事な事なんだろ?」
「そりゃまぁ、女の人からしたら来ないと困るものだわにゃあ。ホルモンバランスが正常に保たれてて、ちゃんと予定した周期で来てる証拠にもなるしね。色々と面倒臭い事だらけだから来て欲しくない気持ちはあれども、嫌でも来てくれないと困るものなのよ」
「えっと、つきのものとは……たしか、ややこができたときにおなかからうまれでてくるまでの、ベッドのやくわりをはたしているものが、けつえきのかたまりとなってながれでてくることをさす……のでしたよね?」
「よく出来ました、いまつるちゃん。最初の頃に行った研修をよく覚えてたねぇ。そうだよ、月のもの――つまり、月経とは、赤ちゃんが出来ても良いように胎内で作られたベッドが不要になったから、体外へ排出される為に出て来た経血の事を指します。この時、経血として剥がれ落ちる際に毛細血管が千切れるから、その影響で痛みが発生します。此れを月経痛……要は、生理痛の事だね。まぁ、生理痛の症状は個人差で異なるから何とも言い難いのだけれど、一般的に挙げられる症状として多いのは腹痛かな。その他で挙げるなら、腹痛の他に腰痛や頭痛といった症状もあるよ。月のもの期間中の女の人は特にデリケートな時期にあるから、優しく接してあげてね」
「それはもちろんわかってますよ! なんねんあるじさまのもとでくらしているとおもっているんですか?」
「はははっ。いまつるちゃんは、俺が審神者始めた初日に来てくれた最古参組の内の一振りだから、六年目に突入した事になるねぇ〜。そう考えると、この本丸も長くなったし、だいぶ大所帯になったなぁ」
 本丸黎明期の頃と比べて随分と賑やかしくなった事に、しみじみと思い馳せていれば、話を戻した愛染が思いもよらぬ事を言い出した。
「でもさぁ、必要無くなったからって流れ出てっちまうの、何だか勿体無く思えるぜ」
「えっ……? 今、何て? というか、今のどういう意味……??」
「赤子が出来なかったから要らなくなっちまって経血として流れ出てくって話だよ。何となくだけど、なぁんか勿体無く思えてさ」
「つっ……たって、仕組みとしてそうなってるもんなんだからしょうがなくない? というか、種も無けりゃ子は出来ねぇのよ?」
「其れくらい俺だって知ってるし分かってるよ。けど、ちゃんとした種が根付けば赤子の為の揺り籠になるんだよなぁ〜って思ったら、何だかなぁって思えちまって」
「待って待って。愛染や……君、人間始めて何年目だっけ? いまつるちゃんと同期なら六年目の筈だよね? 薬研による保健体育のお勉強しっかりやった筈でしょ、しっかりして」
「まぁ〜、主さんの口から直接“好い人出来た”とかって話は聞かねぇし、そうだろうなぁ〜とは思ってたけどな。……という事は、今経血として流れ出てるのはまともな種として根付け切れなかった半端な種だった、って事だな! もし、本当に赤子を孕んだんだとしたら、其奴も引っ括めて俺が守ってやろう……とかって考えてたんだけど、そもそもが主さんにそういう対象の奴が居なかった事忘れてたぜ!」
 衝撃的な事を言われた審神者はビシリッと固まった。同じく、その場で彼の零した言葉を聞いた今剣も戦慄したような固い表情をして固まる。この反応に、愛染一人だけ何も理解していない様子でキョトンとした顔を浮かべた。
「あれ……俺、何か変な事言っちまったか?」
「…………ちょい、ちょいちょい……保護者、オイ保護者……っ。国行、お前の事だよ。今更空気消して逃げようとしてもバレバレなんよ。お宅の愛染どうなってんの? どういう教育したら今みたいな発言になんの?? くと答えろ」
「い、いや〜……自分、保護者言いましても、蛍丸も国俊もしっかりしとるから特別な教育なんてなぁんもしてまへんよって……。何の事か分かりまへんなぁ〜……っ」
「オイ、コラ。都合悪くなった途端保護者面やめんのやめぇや」
「治安ワッルゥ!? そんなん言われたって、自分にも分からん事をどうにも出来たりしまへんって……! 自分かて吃驚しとるんやから、ホンマに堪忍してくださいよ!!」
 来派の保護者たる祖の明石国行へ詰め寄り問い質すも、同様に驚き引いていた事が判明しただけで解答は得られなかった。一先ず、保護者ですら分かり得ない事を審神者が問うたところで答えは出ぬであろう。メンチを切る勢いで言葉的にも詰め寄っていた距離を離れる。解放された明石はあからさまにホッと安堵した様子で胸を撫で下ろした。
 しかし、飛んだ茶番が挟まってしまったにも関わらず、顔から表情を消し去った今剣が告げる。
「いまのはなしがじじつだとするならば、あるじさまはいますぐ石切丸のおはらいをうけるべきです。いそぎ、みそぎのじゅんびをしましょう」
「えっ……ねぇ、待って待って、超待って?? ただ月のものが来てる事で経血が流れ出てるだけの話だったよね?? 誰かそうだと言ってよ、バーニー……ッ!!」
「すんまへん……自分、そういう事は専門外もええとこなんで、何も助言出来まへんわ……。そやけど、今剣さんがわざわざ仰るっちゅう事は、そういう事なんやないですか?」
「慈悲も無しかよ!! 此の世は地獄ですか!?」
「主はん、ご乱心やん……コワ」
「オメェの発した一言がトドメでこうなってんだよ!! 分かれよッッッ!!」
 今剣の態度が一変した事で現実味を帯びてきた恐怖に、恐れ慄く審神者が半狂乱で喚く。この様を目の当たりにしても、尚現状を把握出来ていない様子の愛染は小首を傾げて見る。もうこの時点で色々とお察しくださいな状況である。
 そして、更なる追い打ちを掛けんとした今剣の言葉が突き刺さった。
「きおくがたしかでしたら……すこしまえに、あるじさまは、ゆめみがわるいとのおはなしをされていましたよね? あるじさまは、よくもわるくもひきつけやすいおんみ。なればこそ、ねらわれやすくなるのもひつぜんてきともいえるでしょう。愛染国俊のいうことがまことならば、ながれたたねは、むま――いんむをみせる、いんまのしわざでは……? すうじつまえに、前田藤四郎へこっそりみみうちされていましたよね? あのときのゆめのおはなしが、いんむのことであれば、これはもはやかくていしたもどうぜんですよ」
「待って……まだ断定するには早いと思うの…………。ので、此処はせめて暫定という事にしておいて…………っ」
「いや、ソレ、ほぼほぼ確定しとるもおんなじ事言いよる自覚有ります?」
「国行テメェ覚えてろや??」
「半泣き状態で言われたって……って、ガチでべそかいてもうてるやん。嘘やん」
「ほたぁー、今すぐ来てぇー。国行が舐めた口利いてくるから制裁としてボコっといてくれぇーっ」
「ほほーいっ」
「今だけはそないに早う駆け付けてくれんでも良かってんよ蛍丸〜」
「主さんに呼ばれたんじゃあしょうがないでしょ。国行は大人しく俺にボコられといて」
「さぁ、あるじさま。まいりましょう!」
「うわぁーんっ!! 怖い事実なら知りたかなかったよぉー!!」
 此れぞまさしく、“知らぬが仏”なり。


執筆日:2024.07.03
加筆修正日:2024.07.08
公開日:2024.07.08