ウチには、ある猫を飼っている。
サラサラな毛並みでスマートな見た目の真っ白い雄猫だ。
首には、首輪の代わりに、瞳と同じ色をした金色の鎖状の首飾りを付けている。
彼が歩く度に、シャナリシャナリと音がする。
彼の名前は、鶴丸。
鶴みたいに真っ白な姿をしているから、そう名付けたのだ。
だが、大人しそうな見た目に反して、かなりのヤンチャ坊主である。
いつも活発に動き回り、少しだって大人しくしてくれない。
唯一静かにしてくれるのは、猫の習慣で寝ている間の時だけだ。
朝だって、夜中寝ているのか起きているのか解らないが、人が寝ている周りをドタバタと走り回り、挙げ句の果て、顔面にダイブしてきたりして、何とも不愉快な起こし方をされたりしたのである。
そして、この猫、何よりも大好きなのが悪戯で、人を驚かせるのが好きらしい。
これでも、元は野良猫だった鶴丸。
野生染みたところは、そんな野良だった間の習性なのかもしれない。
彼と逢ったのは、二ヶ月前の事だ。
仕事帰りの道端で、偶然見付けた真白な猫。
野良猫故か、少し薄汚れていたが、何故か美しく優雅で品のあるように見えたのだ。
金の瞳も相俟って、美しさに惹き付けられた私は、仕事で疲れて早く帰りたがっていたのも忘れて、フラフラと近寄っていった。
彼は、見つめても近寄っても、その場から逃げる事はなかった。
普通、猫は見つめられる事を嫌い、野良猫なら尚更、近寄る事も許されなかった。
しかし、この猫は違った。
寧ろ、此方が目の前に屈み込むと、興味津々といった様子で近寄ってきたのである。
そっと掌を差し出せば、自ら鼻を近付け、匂いを嗅ぎ出す。
警戒する必要がないと解れば、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、触ってくれと言わんばかりに擦り寄ってきた。
何だ、コイツ。
随分と人懐こいヤツじゃないか。
すっかり心掴まれ、絆された私は、数十分もの間、彼を構い倒した。
今思えば、アレは、餌をくれそうな人間を見付けたというところだったんだろう。
それからというもの、よく家の近場で彼を見かけるようになったのである。
元々猫好きで、構えば擦り寄ってきてくれる可愛いさから、その内餌を用意するようになった私。
思えば、それは、彼の思う策略だったのだろう。
餌をやれば、当然懐いてしまうというのが猫というもの。
よって、すっかり懐かれた私は、どうしようもない可愛さに家に招き入れてしまったのである。
此れこそ、この猫の思惑だったのであろう。
野良猫から飼い猫へと昇格した彼は、家猫となってからも自由気まま、好き勝手動いては、悪戯を仕掛け、それに引っ掛かった主の私の反応を楽しんだのだった。
そして、今に至る。
日々、退屈する事はない、幸せな愛猫とのマイライフ。
今ではすっかり、彼も私の生活の一部なのである。
「にゃんっ!」
『こぉら…っ、洗濯物のタオルにじゃれつかないっ。遊ぶなら、別の物で遊びなさい。』
「ふにゃん…?」
『…コイツ、解ってやってるのか?』
あざとくも首を傾げて、此方を見てくる鶴丸。
嗚呼、もう、どうしてそんなに可愛いんだ、チクショウ…ッ!
己の中で、愛猫の可愛さに悶えていたら、ぴょこんっと此方へ飛び付いてきた彼。
何だ何だと様子を窺ってみれば、背中をよじ登り、肩へと乗っかってくる。
そして、間近で「にゃぁん。」と甘えた声で鳴き、首元に頭をすりすり擦り寄せてきた。
なんて可愛いの、ウチの子はぁ…っ!
思わず、親馬鹿らしき思考になってしまう私。
だって、仕方がないだろう…?
こんなにも彼が可愛く、愛おしいのだから…!
『ふふふ…っ、お前は本当に可愛いね。』
「にゃん…?」
『あは…っ、ちょっと、擽ったいよ…!』
彼がこの家に来てから、私はよく笑うようになった。
彼にいつも笑わせられざるを得ないのだ。
私が笑うと、彼は決まってニマリと笑う。
悪戯が成功したみたいなシタリ顔だ。
彼は、まるで人間みたいな顔をして笑う。
ニヤニヤと実に表情が豊かだ。
ニヤニヤ笑う猫だなんて、まるで、お伽噺に出てくる、ニヤニヤ笑いのチェシャ猫みたいだ。
ニヤニヤ笑う、白いチェシャ猫。
その名は、鶴丸。
アリスに出てくるニヤニヤ笑いのチェシャ猫みたいな彼は、今日も愉快に私を翻弄する。
『ぎゃあっ!?上からいきなりリアルな蛙の玩具が降ってきたァーッ!!こんな事すんのは、鶴丸、お前だなぁ…っ!?』
「にゃっにゃっにゃっにゃ〜っ♪」
『こらぁ…っ!待たんかぁーいっっっ!!』
「にゃぅ〜ん…っ!」
トタタタタ〜ッ!と即座に逃げていく鶴丸。
悪戯が成功したと解れば、すぐさま逃げていくのだ。
相変わらず、すばしっこくてなかなか捕まらない猫。
だが、彼は、常に私を笑わせてくれる。
だから、どんなに困るような悪戯をされても、その内許してしまうのである。
「みぎゃあ〜っ!」
『やぁーっと見付けたぞ?こんの悪戯猫め…!今日はどんなお仕置きをされたいのかなぁ〜…?』
「んにゃあ…!ふにゃふにゃあ…っ!」
『う〜ん、そうだねぇ〜…。今日は、擽りの刑だ!このやろぉ〜っ!』
「ふぎゃっ!?ふぎゃぎゃぎゃぎゃ…っ!!」
『ほーれ、うりうりうりぃ〜っ!』
「みぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ…っ!」
『あっはははは…!変な顔〜っ!』
私は、今日も笑っている。
気付けば、笑ってしまっているのは、全てこの猫のおかげだ。
幸せな日々に、笑顔は欠かせない。
退屈だった日々には、もう戻れないだろう。
私の鶴丸。
彼は、私の生涯の宝物となるであろう。
大好きで大事な私のチェシャ猫。
一時も離してやったりなんかしないから。
だから、どうかこれからも、私の側に居てね。
執筆日:2018.08.27