最近、色々な刀が増えてきたせいか、元々前の主に因縁染みた感情があり、嫉妬深く主大好き主命第一な長谷部が口うるさくなった。
「何をしましょうか?家臣の手打ち?寺社の焼き討ち?御随意にどうぞ。」
「出来ればへし切ではなく、長谷部と呼んでください。前の主の狼藉が由来なので。」
「命名までしておきながら、直臣でもない奴に下げ渡す。そういう男だったんですよ、前の主は。」
近侍として命じると、必ずと言って良い程口にしてくる、この言葉。
嫌いだとか昔の事だと言う癖に、しつこく自慢話のように自ら前の主話を持ち出してくる。
要は、「口ではどうとか言ってても、前の主の事も本当は好きなんでしょ?知ってる。」という事なのだ。
まぁ、別に嫌味がましく言われる訳ではないから良いのだけど…。(もう慣れてしまった事だ。)
問題は、そこではない。
刀が増えた分、いざこざが増えたりするのは致し方ない事だ。
だが、彼は、主大好き主命第一の男だ。
当然、近侍の座を常に己の為にあるものと思っている事だろう。
問題は、そこなのだ。
刀が増えた分、交代制である近侍が己に回ってくる回数は減ってくる。
それ故、元々嫉妬深い彼は、自分ではなく、別の者が近侍であると逐一小言を漏らしてくるのだ。
「主?何故、彼奴が今日の近侍なのです?あんな奴より、俺の方が優秀ですよ。」
「嗚呼、主…。貴女という人は解っていませんね。彼奴なんかを側に据え置かなくても、俺が側に居りますのに…。」
「駄目ですねぇ。全くなっちゃいませんよ、あの者は。俺の方がもっと要領良く、効率的に完璧にこなしますよ。ねぇ、主?」
「どうして俺じゃないんですか?俺の方が、近侍に相応しい男ですよね…?主も人が悪い…。きっと、解っていてやっているのでしょう?貴女は、狡い方だ。そうやって、俺を焦らして弄んでいるんですよね。」
「主…今日も俺じゃないんですね?まぁ、その内、ちゃんと俺へと拝命してくださるのは知っていますが…。ええ、待ては何時でも出来ますよ?迎えに来てくれるのならば、ね。」
「今日も別の奴ですか…。明日は、俺が近侍なんですよね?」
口を開けば、「主、主、主…。」。
近侍という、其の日一日主の側に付き従う役職に拘り過ぎる彼は、毎度の如く口にする。
交代制である為、数が増えれば、自分の順番までなかなか回ってこない事は解り切っているだろうに。
若干、呪い染みてきている言動に、呆れを通り越して、最早淡々と対応している。
ヤンデレは勘弁してくれよ、と申したい。
短刀が相手なら、まだ寛容範囲なのかマシだが…打刀以上の大きな刀が相手となれば、やれ何処其処を見ては自分の方が優れていると訴えてくるのだ。
あまりに口うるさくては、仕事に集中出来なくて敵わん。
仕方がないから、一定期間を置いては、彼を据え置くようにしたのだった。
そして、今日が其の日である。
「おはようございます、主。今日は良い天気ですね。俺に近侍を拝命してくださり、ありがとうございます。どんな主命にもお応えしますよ?さぁ、俺に主命を…!」
朝起きて、寝床を立って、部屋から出ようと障子を開けた途端。
足元に跪き、主命を乞う長谷部。
寝起き故の寝惚けた頭なせいか、耳と尻尾が見える。
ブンブンと千切れんばかりに振られる尻尾は、超ご機嫌な証拠であろう。
…というか、何時から其処に居た。
『…朝っぱらから女人の部屋の前で何やってんだ、お前…。』
「は…っ、本日は俺が近侍であると言われて、居ても立っても居られず…朝一、部屋の前に待機しておりました。」
『お前の朝一って何時だよ…。夜な夜な夜這いにでも来るつもりか。』
「な…っ!?よ、夜這いになど、そっ、そんな滅相もありません…っ!そんな恐れ多い事出来ませんよ!!」
『うん、良かった。今のお前の発言聞いて、安心したわ。まだ、流石にそこまで堕ちてないわな。うん、良かった良かった。』
「あ、主…?もしや、今のは、遠回しな誘い文句…、」
『ではないからな?間違っても、そういう発言ではないですから。』
食い気味に先の言葉を遮れば、「早合点してしまい、申し訳ありません…っ!」と返ってきた。
流石にそこまで堕ちられてたら、色々と手遅れだったわ。
良かった、まだ理性は正常に動いているようだ。
そうでなきゃ、俺が危うい。
主に、我が貞操的な意味で。
一先ず、忠犬へし公には待てを命じて、一旦下がらせる事にする。
でないと、着替えも気軽に出来やしない。
何時でも且つでも張り付かれていては、心休まるものも休まらなくなる。
日がな一日一言は飛んでくる小言が無いんだ。
今日一日、色んな意味で疲れるだろうけど、頑張ろう。
そう自分で励まし、一日のスケジュールを確認する。
今日は待ちに待った近侍だ。
まぁ、少しは大人しくなるだろう…。
其の後、数刻前に思った自分を殴り飛ばしたくなった。
結果から言えば、全然うるさくないなんて事はなかった。
寧ろ、口を開けば、如何に自分は他よりも優れているという事をペラペラペラペラと話し始めてしまった。
正直に言おう。
うるさい。
どの口が相応しいなんて言うんだ。
現在進行形でめちゃくちゃ妨害しとるわ、仕事を。
こんなんで集中力続くか、ボケナス。
お前なんて、紫なんだから所詮ナスで良いんだよ、ボケナスが。
彼の自慢話を右から左へと聞き流しながら、心の中で耳栓をし、罵詈雑言を吐き出す。
が、何時になっても黙らない減らず口にイライラが募って、集中力が切れる。
進む物も進まなくなって、遂には筆が止まる。
ふるふると怒りに震える肩に気付いて欲しい、切実に。
それでも塞がらぬ口に、筆を持つ手に力が入り、ミシリッと不穏な音がする。
(良い加減閉じろ、その口ぃ…ッ!!)
あまりにも口うるさく喋られる為、段々イライラが増して、次第に我慢が出来なくなる。
(ッ〜〜〜…!だぁーっもう…ッ!!)
堪忍袋の緒が切れた俺は、乱暴に筆を置いて、バンッ!!と力強く机を叩き、後ろ背を振り返った。
「っ…!!……あ、主?どうかしt、ッ…!?」
そして、うるさい長谷部の胸倉を掴み引き寄せ、口を塞いだ。
途端、静かになる部屋。
静止する長谷部。
互いの間に沈黙が広がる。
先に口を割ったのは、自分だった。
うるささの止んだ空間で、淡々と言葉を紡ぐ。
『長谷部…。』
「は、…な、何でしょう?主…。」
『うるさい。』
「え…………っ。」
『それだけ。』
くるりと背を戻し、文机に向き直る。
長谷部は、まだ固まって動かない。
驚いて静かになった長谷部に、「やっとこれで静かに仕事が出来る…。」と仕事に取りかかる。
が、今しがた自分が取った行動をよくよく考えてみると…「あれ、今、俺物凄い事したんじゃね?」と気付き、頭がパーンとなった。
反応が気になって、まるで油の切れたブリキのロボットみたいな動きでギギギ…ッ、と後ろを振り返ってみる。
すると、口許を押さえて惚けた顔で固まる長谷部が居た。
完全にやらかした…ッ!
気まずくなって、しかし、自分でやらかしといて動揺をしている事には気付かれたくなくて、必死で平常を保ったように見せかけ、「…少々用が出来たので、暫し席を外します。」とだけ伝えて、部屋から脱出→即猛ダッシュ。
途中、出逢った博多に。
「主、顔赤くしてどうしたと?」
と問われた。
だが、博多に対して口にする事も憚られる事だった為、答えを濁す。
『いや、ちょっと…何でもない。』
早口で答え、その場を去るも、後々様子の可笑しいギクシャクした動きを見せる長谷部を見て察する博多。
「はは〜ん…?これは、もしや…もしかするかもしれんね!」
一人ニヤリ笑む博多であった。
(………主が…俺に、……主から、俺に口付けを……ッ。)
未だ、彼女より突然と受けたキスの衝撃を忘れられない長谷部は、顔から火が出そうな程に混乱していた。
「……なんて御方なんだ、あの人は…っ!まさか、うるさくしてしまっていた俺の口を塞ぐ為に口付けするなんて……!!」
あれから、何とか我に返った長谷部は、ふらふらとしながらも部屋から出ていた。
そして、偶々通りかかった壁にガンガンッ!!と頭を打ち付けていた。
その表情は、正に恋する乙女状態。
何時もは何処となく澄ました顔も、今や情けない程に困り顔となっていた。
顔や耳だけでなく、首まで赤く染まっている。
(取り敢えず、どうにかして落ち着こう。心を落ち着かせよう。こんな動揺している姿など、主には見せられん…。)
深呼吸をして、呼吸を落ち着かせようとする彼の他にも…未だ、彼と同様に混乱している者が居た。
(何やらかしてんだ、自分はァアアアア…ッ!!)
一人密かに心の叫びを心の内で叫ぶ璃子なのであった。
執筆日:2018.09.01