秋も深まりつつある最中、この季節の変わり目を思ってふと主の方を見遣った。

主は絶賛執務中で政府への書類を捌いているところであった。

定期報告書を作成中である主の顔に目が留まり、その作業に集中している顔付きを眺めている内に不意に顔色の変化に気付いて、徐にその横顔へと手を伸ばした。

ぴとり、と触れた肌の感触を感じつつ、触れた部分から感じ取れる彼女の体温を推し測る。

すると、やはり見た通りの感覚で、常の体温よりも少し高い様に思えた。

途端、己の眉間に皺が寄るのが分かる。

全く俺の主はとことん自分の事に疎くて困る…。

そう思いつつ主の事を見つめていたら、急に頬へと触れられた事にきょとんとしながら不思議そうに此方を見てくる視線とかち合った。

そのかんばせに乗る顔色は、やはり優れない。

よくよく見なくとも何処かキツそうにしているのが見て取れた。


『どうかしたの…?そんなまじまじと人の顔見つめて。ひょっとして、気付かない内に何か付いてた?』


主の口から、全く見当違いな言葉が出てきたところを見るに、自覚は無いんだろう。

全く世話の焼ける事だ。

俺は頬に触れていた片手はそのままに顔を挟み込むみたいにして両頬に触れ、次いで片手を首へと移し、更に額へと持っていってから常の彼女の其れとを比べながら確かめた。

その間、主は大人しくしたまま動かない。

触れた限り、やはり常のものより幾分熱く感じる。

熱が出てきているという事は、つまり体調不良を起こしているという事になる。

この人は、放っておいたらすぐに無理をするからお目付け役が必要なのだ。

この場では近侍の俺が其れに相当した。


「…アンタ、調子悪いんだろ?」
『え…っ、そんな悪そうに見える?』
「あからさまに…と言う程でもないが、ちょっと体調悪いんだろうなってくらいには悪そうに見えるぜ。」
『ありゃ。そんなに…?』
「おう。若干白けた顔してるしな。」
『確かに、今日は起きた時から頭痛いし、鼻もぐすぐすしたりしてて微妙だなぁとは思ってたけども…マジかぁ。大丈夫そうかなって思ってたんだけど、仕事してた内に悪化したんかな?』


成程、調子が悪い気はしていたが無視っていたという事か。

人の子は体調を崩せばすぐに弱る脆い躰だというのに…この人の場合は、理解していても矛盾した事をしたりするから放っておけない。


「たぶんだが、既に熱出てると思うぜ?今触った感覚的に常の体温より熱かったからさ。まぁ、出ててもまだ微熱の範疇だろうがな。」
『ありゃまー…だから何かちょっとキツくなってきたかなぁ〜、って気がしたのかねぇ。道理で。』
「キツいと感じた時点で何で仕事中断しねぇんだよ…。」
『いやぁ、だって、今やってる仕事くらいはせめて片付けた後でも休めるよなぁ〜って思って?』
「アンタなぁ…其れで体調悪化させてたら意味ねぇと思うんだけど。」


あはは、と軽く笑いを零す彼女の反応に呆れの溜め息を吐いて言葉を返す。


「毎度の事だが、季節の変わり目に弱いのは何処のどいつだっけなァ…?」
『あっははぁ〜、其奴ァ私ですね。秋のこの季節は、何故か毎年確実に風邪引くか体調崩してんだよねぇ!本当何でかな!』
「体調崩すって分かってんなら、其れ相応の対処しとけよなァー。」
『うん。ほんま毎度の事やけど、すまんやで。』
「悪いっつー自覚あんなら、今すぐその手止めて仕事中断しろ、阿呆。」
『あいたっ。』


軽くペシンッ、と頭をはたいて促してやると、其れ程痛くない癖に痛がる台詞を口にして叩かれた頭を擦った。

他人が気を付けて見てやっているのを良い事にすぐ無茶しようとすんだから困る奴だ。

慕っているから、好いているからなんて感情は抜きに、ただ純粋に大事にしてやりたいからやっているだけなのに。

とんと疎くて鈍ちんな主は自覚しない。


「おら、さっさと片付けて横になれるようにしろ。布団は机の上片してる間にこっちが敷いといてやっから。」
『えぇ…っ、何も其処までせんでもそんな悪くないよぅ?この程度、大人しくしとけば良いだけのレベルだって。』
「其れ以上悪化して後々仕事に支障出る方が面倒だろうが…っ。あと、アンタが体調万全じゃねぇと戦に出れねぇだろ?だから、さっさと横になって休みやがれ。そして早く治せ。」
『言い方よ…。』
「こうでも言わねぇとアンタ動かねぇじゃねェーか。」
『うん、そうね。流石はたぬさん、長年誰よりも多く近侍してるだけはあるね!私の事ちゃんと見てるし分かってるじゃん!』
「褒めても何も出ねぇぞー。」
『優しさは何時も貰ってますよ?』
「うるせぇ。良いから早よ動け。」
『過保護だなぁ…。』
「放っといたらアンタすぐ無理すっからな。当然のこったろ。」
『ははは…っ、そりゃ確かに言えてるかも。何時もありがとね、たぬさん。』


全幅の信頼を得ている事は既に承知済み。

その信頼に応えるべく、俺は彼女を芯から支えてやるのだ。

取り敢えず、今は一刻も早く休んでもらう為にも先へ促し、体調の快復に努めてもらう事を優先してもらおう。

俺のしつこい催促に従って素直に仕事を中断し机の上を片した主が、奥の寝室へ移動し、俺が敷いてやった布団へと腰を下ろす。


「俺は一旦薬研呼んでくっから、戻るまで大人しくしてろよ。」
『ハイハイ、今日はもう仕事しないでちゃんと安静にして養生しますって。』
「薬研に診てもらったら、薬飲んで寝とけよ。俺も付いといてやっから。」
『分かったから、そんな心配しなくても大丈夫だってば…っ。』
「んじゃ、ちょっと行ってくる。絶対ェそっから動くんじゃねーぞ?」
『へいへい、了解しやしたぁー。』


軽口を叩いて返す主を大人しくさせてから部屋を出て、薬研を探しにその場を移動する。

薬研を呼びに行くついでに、他の奴等にも主が不調だと伝えておかねば。

横になって休んでいる内に喉が渇くかもしれないと、ついでのついでに厨へと行って水も用意しておこうか。

其処で、食事当番である堀川や宗三、厨組の歌仙や燭台切とかにも伝えておこうか。

そしたら、今日の夕餉の事も心配せずに済むだろう。

最早慣れてしまった流れで色々と先々の事を考え動いていく。

其れも此れも全部惚れた女の為の事なのだから、本当に世話ない。

其れでも一ミリも嫌だとは思わないのは、心底己が彼女を好き慕っているからなのだが。

縁側を移動する傍らに庭から見える景色を見遣って思う。


「―嗚呼、今年もこの季節がやって来たんだなぁ…。」


そんなしみじみとした呟きが漏れ出るくらいには、彼女との間で短くもない年月を重ねたのだなぁと思い抱くのであった。


執筆日:2020.10.27

【後書き】
秋、と言えばたぬさん。という訳で書いてみたかった極後のたぬさにでの秋ネタです。
毎度の如く、季節の変わり目には体調を崩す自分の事をネタに書いてみました(笑)。
絶賛体調を崩している中、「本当何でこの時季は何時も体調崩すんだ?」と謎に思ってます。
まぁ、最早そういう体質なのだと半分諦めてますが、単に自己管理がなってないだけですね、ハイ。
取り敢えず、このお話での夢主はたぬさんに体調含めた諸々を管理されながら日々愛され過ごしている、という感じです。最終的、俺得でしかないロマンや願望を詰め込んだ代物になりましたpgr。
この季節に有りがちな穏やかで平凡な日常話…如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら、また何か共感するものがありましたら幸いです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品は企画サイト側で公開日が限定された物でしたが、主催者側で公開される前に当サイトの方側で先行して作品公開しても良いとの許可を得ておりますので、ご安心を。