―其れは、今の世には珍しい現象だった。


「事件発生です。場所は都内練馬区で、とある古いアパートの一室から白骨化した遺体らしき物が発見されたとの事です。遺体を発見したのは、アパートを管理していた管理会社の方だそうで、借り手が出たので偶々空いていたその一室の確認をしに来たところ、今回の白骨化した遺体らしき物を発見…。何も無い筈の部屋にそんな物が有った事に気味悪がった管理者の人が、そのまま警察の方へ通報に至ったそうです。現在、その管理者の方はサイコ=パス悪化の為、専門の医療施設にてメンタルケアを受けているとの事らしいです。現場には既に鑑識ドローンを向かわせています。我々も調査の為に現場へと向かいましょう。」
「手っ取り早く済ませるなら、聞き込みと現場調査、二手に分かれた方が良いんだろうが…今、現場の指揮権を握れるのは君一人だ。…さて、どうする?」
「そうですね…私も同じ事を考えていましたから、宜野座さんの意見に賛成です。ここは二手に分かれて捜査を進めていきましょう。遺体を発見したという管理者への聞き込みは私と須郷さんが担当、現場調査の方は宜野座さんと琥珀ちゃんの二人に任せて先に現場へと向かってもらえますか?地図は、此方からマークを入れておきますので。」
「了解です。」
「此方も、特に異論は無い。其れで行こう。」
「私達の方も、聞き込みが終わり次第其方へ向かいますので、宜しくお願いしますね。では、一係出動です…!」
『んじゃ、さっさと片付けてきますかね。』


朱ちゃん――もとい、常守監視官の指示の下、私達執行官は立ち上がり、刑事課フロアを出ていって各移動手段の車が停まる駐車場へと向かっていった。

勿論二手に分かれると言っても、執行官が監視も付けずに単独行動する事は許されていないので、動き出した護送車の後をランプを点滅させたドローンが数台付いてきた。

まぁ、此れ等は後の現場周辺への規制線を張る為にも使用するのだから、何時もの事だ。

窓も無い薄暗い護送車の中、慣れた空気で早く現場の様子を見たいなと思考した。


―程なくして、現場に到着したのだろう。

私とギノさんを乗せた黒い箱が停車し、私達へ外へ出ろと示す様にその口を開けて吐き出した。

着いた場所は、何の変哲も無さそうな街中の住宅街に在る古いアパートであった。

このアパートに在る一室が、今回の事件発覚の発端となった場所らしい。

護送車の中で揺られている内に確認した情報を元に、検文中のアパート内へと立ち入り、件の一室を目指していく。

室内へと入れば、鑑識ドローン達がわらわらと忙しなく動いている最中であった。

何も無い筈と聞いていた通りな殺風景さに、隣で付いてきたギノさんがぽつり、と感想を一人ごちた。


「…本当に何も無い空間だな、此処は。パッと見ただけじゃ、何か事件が起きた様には思えないが…。」
『でも、実際は何かしらがあったから白骨化した遺体なんて物が出てきたんでしょ?パッと見じゃ分かんなくても、部屋の隅々まで調べれば何かの痕跡くらいは残ってるかもなんだから、ちゃっちゃと調べて星を挙げるよ。そうと決まれば部屋へ入る…!何時までもこんな出入口で突っ立ってる訳にもいかないからね。』
「あ、嗚呼…。」


思った以上の綺麗サッパリの何も無さに困惑気味なギノさんを促す様にそう告げて室内へ入ろうと足を踏み出したところで、一つの違和感に気付いた。

其れは、ほんの僅かな感覚でしかなかったが、妙に五感へと訴えかけてくる其れに神経を研ぎ澄ませて室内を見渡す。

今しがた“さぁ、やるぞ”とばかりに発破を掛けた私が、急に動きを停止して室内を睨み付ける様に見渡し始めた様子に、訝しんだ彼が眉を顰めて此方を見た。


「どうしたんだ、琥珀…捜査を始めるんじゃなかったのか?」
『…御免、ちょっとだけ待って。少し妙な違和感を感じたから……其れが何なのか、今探ってるから静かにしてて。』
「はぁ?またお得意の刑事の勘とか言うつもりじゃないだろうな…?全く、直感に頼るのも良いが、まずはきちんと調べてからだな…、」
『うるさい。集中出来ないから、少し黙ってろ。』
「おい…っ!人の話を…っ、ウグッ!?――〜〜〜…ッ、何も殴らなくても良いだろうに…っ!」


監視官時代からの悪癖でまた説教じみた事を口うるさく垂れようとしてきたので物理的に黙らせると、其れに対する愚痴を漏らす彼を一時的に無視して再び意識に集中し、部屋中を隈無く見渡した。

そして見付けた違和感の正体を目にした瞬間、私は素直に驚いて感想を一人ごちた。


『―違和感の正体は貴女だったのか…?』


私達以外誰も居ない筈の空間へ、突然誰かへ話しかけるが如く言葉を紡いだ私に、鳩尾を押さえて背中を丸めていた彼が顔を上げる。

私は彼を置いて部屋の奥へと歩み進み、或る一定の地点へ辿り着いたところで身を屈ませ、再度口を開いた。


『貴女は…もしや、この部屋で誰かがやって来てくる事をずっと待っていたのかな…?』


返事は無い。

当然の話だ。

今、私が語りかけているのは、本来ならば何も無い筈の白い塗装を施されただけの壁際の部分なのだから。

何かを見下ろす様に身を屈めた私の姿に、より訳が分からないといった風に怪訝な顔をしたギノさんが背後から話しかけてくるのが聞こえた。


「おい…さっきからお前は一体何をしているんだ?」
『…其れを明らかにする為に、今私は喋ってるんだ。もうちょっと集中してたいから…暫く放っておいてくれる?あとついでに、うるさ過ぎて調査の邪魔だから、一時の間口閉じてて。』
「集中出来ないだの何だのと、一体何なんだって言うんだ、ったく…。此処は今、誰も住んでいないからホロは使用されていない上に何も無い筈だし、俺達以外には誰も居ないというのに…訳が分からない。」


理解出来ないものの、取り敢えずは私の態度から捜査に関わる何かしらを掴んだのだろうと当たりを付けたのか、溜め息を吐いた後に私から意識を外し、部屋の方の検文へ意識する事にした様だった。

其れを分からせるが如く、「何か分かれば後でちゃんと話せよ。」との台詞を背中に投げられたので、「分かってる。」と短く返事を返して、目の前に漂う意識へと集中し直した。


『―話しかけてる最中に話の腰を折ってしまって御免なさいね。改めてもう一度訊くけども…貴女は、この部屋に関わる人物だった――そう思って良いんだよね?』


ユラユラと揺らぎ漂う意識だけの存在が、コクリと首を縦に頷いた。

此れで事件についての粗方な筋が付き、予測が付いた瞬間であった。

内心、こりゃ今回の事件は少し複雑になりそう且つ時間が掛かりそうだな…、と思ってしまった。

一応、思うだけに留まり、顔には出さなかったが。

私は、事件解決の糸口を探るべく、目の前の事象に自分達の事を明らかにするべく、簡単にも説明する事にした。


『貴女には色々と訊きたい事が山程あるのだけど…まぁ、いきなりよくも分からない状況で色々訊くのも失礼だから、まずは私達の自己紹介から始めるね?私は、公安局刑事課一係の執行官に属する者で、名前は李鞠と言います。其処に居る彼も同じくする者で、名前は宜野座と言います――つまりは、何方も警察の人って事になりますね。どうして警察の人なんかが私に〜?って不安に思うかもしれないから一応説明するけど、此れは私達警察が事件捜査に必要な事だからやってます。所謂、聞き込み調査ってヤツです。其れで、事件って何の事?っていうのを簡単に説明すると…この部屋で、先日、身元不明の白骨化した遺体が見付かったんです。其れが発端で、我々は捜査に乗り出し、此処までやって来たって訳になります。そこで、この場に居た貴女に質問した訳なんだけど…お分かり頂けたかな?』


目の前の存在が再びコクリ、と首を縦に振った。

うん、此れは決まりだな。

私はそう思って一度腰を上げてギノさんの方を振り返った。


『ギノさぁん、ちょっと良ーい?』
「何だ…?漸くお前が取っていた謎の行動を俺にも分かる様に教えてくれる気になったのか?」
『その事なんだけどさ…ちょっと厄介な話で口で説明するだけじゃ難しいor信じ難い話になるかもしんないから、前以て前置きしとくけど…――ギノさんって、幽霊ってのがこの世に存在するかどうかを訊かれたとしたら…信じる?信じない?』
「は…っ?何がどうして今そんな話が出てくるんだ?」
『良いから聞いて。…もうだいぶ昔の頃の話、旧時代の日本では各地域にこの手の話は幾つも転がってたんだけどね…幽霊ってのはさ、確実にこの世に存在してるものなんだよ。ただの妄想、オカルトに限った話とかでもなく、マジな話。幽霊とは、ごく普通の一般的な人の目には見えないものとされてるけど、見える人には見えちゃうものなんだ。此れが、その人が霊感やら何やらを持っているか否かで分かれる。見えるタイプの人は、大抵が霊感持ちか、そういう体質…所謂霊媒体質って事になる。』
「…で、何でそんな話を今俺に振るんだ?事件の捜査に関わる話ならともかく、全く関係の無い話なら今すぐ打ち切るぞ……っ、」
『そ…っ、まさにそういう事なのです。』
「はあ…?どういう事なのかさっぱり分からんぞ。何故その話が事件の捜査に繋がるのか、分かる様に説明しろ…っ!」


回りくどい言い方に苛付いてきたギノさんが、早く結論をはっきり言えと急かす。

だから、私は自信と根拠を以て彼に断言した。


『私の推測・憶測でしかないけれど…今、この部屋には、今回の事件に関わる人物の幽霊――其れも、恐らく白骨化した遺体として発見された被害者の死んだ魂が未練を持った状態でこの世に留まっている、または何らかのメッセージを誰かに伝えたくて成仏出来ないままでいる――その人が居て…今しがた、その人に私は干渉する事が出来たから、上手く行けば話が聞き出せるかもしれないよ。』


彼の目が一瞬胡乱気に此方を見据えてきたが、あまりにもはっきりと真っ直ぐ真剣に言うものだから、私の言っている事がただのお戯け、妄言ではないと察したのだろう。

鋭く細められた視線が私へと降り注いだ。


「…その話の筋で言うと、先程言っていた話的に、お前にはその手の存在を認知出来る何かしらの能力があると言っている事になるが…そういう事か?」
『ご明察。今の時代にゃ珍しい質だし、見る事も少なくなったと思ってたんだけどね〜。まさか、今回其れが表立つとは思わなんだよ。』
「霊が見える能力、霊感持ちである人間が嘗て日本には数多く居た…そういう話は以前何かの文献でも見たし、一度その手の話で縢に揶揄われた事もあったから存在自体は知っていたが…幽霊が居るとかどうのという話については、俄に信じ難い話だと思っていたぞ。何せ、科学技術が発展を遂げた現代で、そんな物理的に証明も出来ない様な不確かな存在は居ないも同然だからな…誰だってただの作り話程度のものと思うだろう?」
『其れが真っ赤な嘘でもないんだなぁ〜、此れが…。事実、今私見えちゃってる訳だし。見えるだけで、直接会話が出来る訳ではないんだけどね…相手は既に死んだ人――つまりは、もうこの世には存在しない人となるんだから、“死人に口無し”とはまさしくこういう事を指すんだと思うよ。』
「成程な…そうやって噛み砕いて説明されると、何となくではあるが理解出来なくもない話だな。しかし、其れなら何故今までの事件では何も言わなかったんだ…?見えているなら、もっと早く事件解決の糸口を掴めたかもしれないだろうに。」
『さっきギノさんが言った通りだよ。今の世の中じゃ、科学や色んな技術が発展しまくってて、大抵の事は直接何もしなくたって出来ちゃう。別にわざわざ本物を揃えなくてもホロやアバターで事足りる様になった…そんな世界となった今、人の死も架空世界の一部とする様に現実味を帯びない形で認知がされなくなってきてる。だから、死ぬ事がどんな事なのか、昔の人間程理解出来ていないし、ましてや未練なんてもんは残りづらくなってる…。つまり、霊の存在自体残りづらくなってるって事。だから、今までの事件で捜査してる最中、この能力が活かされる事も表立って使われる事も無かったの。そういう意味では、私みたいな霊感持ちの人間は救われてると言えるかな…。だって、普通の人には見えない筈の存在を見なくても済むんだから。――本来、死んだ人間の魂や霊が見えるなんてね、あんまり良くない事なんだよ。見えるという事は、嫌でもその対象を認知出来るという事…つまり、意識していなくとも視界に入ってくる事になる。そんな対象が何か仕出かしてもご覧よ?見えてる者は他人に訴えかける事が出来ても、そうでない者には一切分からない。例えるなら…、霊が誰かに物を投げて怪我をさせたとしよう。見えている者には犯人が分かっているので、其れを証明しようとする――が、そこで問題が生じる。他人には犯人の姿を認知出来ないどころか、存在すら知る事が出来ないという事だ。そうなると、周りの者達は何て言うと思う…?』
「…怪我をさせたのは、その場を目撃した奴だと思い込むだろうな。」
『そういう事だよ。だから、むやみやたらに自身の体質を話そうとは思わなくなる。変人と思われるのは嫌だからね。少し話を戻すけど、此方が“見えている”という事は、向こう側もまた“見えている”という事になるんだよ。其れが決して良い事ではないという理由に、向こう側が此方側へ接触してきたり…或いは、彼方側へ――俗に言う彼岸、別の言い方をするとあの世の事を指す――そんな場所へと引き摺り込もうとしてきたりする事もあるんだ。故に、霊感を持っている事が得ではないされてきたのにはそういう理由があるのさ…。霊の中には、自分がもう死んだ事にすら気付いていないパターンだって少なくないしね。まだ生きていたいのに勝手に死なされんのは、誰だって嫌なもんでしょ?』
「……何だか些か難しい話になってきたな…。自分には理解が追い付かない点が幾つもある。」
『あ゙ー…っ、そうだなぁ…今のを更にもっと分かりやすく言ったら……“深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている”って感じかな?』
「―フリードリヒ・ニーチェの【善悪の彼岸】…だったか?」
『うん。とっつぁんやコウちゃんも、時々この言葉を用いてたよ。』


取り敢えず、霊の存在や霊感持ちに対する独自の見解を説明がてら話して伝えたら、やはり難しかったのか、頭が混乱している様子が見て取れた。

初めから理解の出来ない話を一から伝えようにも、たぶん理解が追い付かないだろうからって簡潔に部分部分だけをかい摘まんで話したのが悪かったかな。

けれど、今は事件の捜査に関する話の方が本題なのだ。

口で説明しても難しく、また其れを目に見える形で具現化するのも難しい話の詳しい説明などは省かせてもらおう。

一先ず、今回の一件の被害者と思しき若い女性の霊の事情聴取をするべく、話の基軸を戻すか。


『本題に戻るけどさ。改めて言うけど、今、この場には被害者の女性と思しき霊が居る。事件解決の糸口を探る為にも、私はそっちの事情聴取を進めるから…ギノさんは他に何か犯人を突き止める為の痕跡が無いか探っててくれる?たぶんだけど、彼女の事は私以外に認知出来ない分、調査にも時間掛かる上に通常なら見えない対象への干渉な分、かなり神経使って集中しないといけないから掛かり切りになると思う…。そんな訳だから、その間の事に関しては全部ギノさんに丸投げするね!』
「ぐ…っ、だが、今回のケースは致し方ないだろう。どうやら、俺には出来ない調査の遣り方になりそうだからな…お前に一任するさ。不満は残るが、お前がそっちに集中している間の件については全て俺が担当しよう。そうなると、常守達が合流した時の説明も俺が担う事になるが…大丈夫か?」
『心配無い。必要があればこっちから説明するから。何せ、幽霊相手の調査になるんだからねぇ…下手したら、旧時代の遣り方でしか解き明かせない事件になるかもよ?こりゃ、地道な作業になりそうだなぁ…はぁー…っ、今から気が重くなりそ。』


盛大な溜め息を吐いて項垂れるも、気合いを入れ直してシャキッと完全仕事モードへと切り換える。


『んじゃ、私はこっちに集中するから、何かあったら声かけて。』
「分かった。此方の方も何か進展があれば逐一報告しよう。」


彼にはドローンでの鑑識等全てを任せ、自分は改めて彼女の意識へと集中する事にした。

其れから幾らか時間が経過したが、アナクロな手段を用いながらも、トントン拍子に事件の詳細が明らかとなっていった。

まずは、事件の初歩的な手掛かりは掴めた。

懐に入れていた紙の手帳へ記録した情報を元に、合流してきた朱ちゃん達も交えて順を追って説明していく。


『取り敢えず、判明した事件の詳細についての足掛かりになるであろう情報を簡単に纏めたので発表しまーっす。今回の事件に該当する被害者の名前は、伊織穂花、21歳。事件当時、アパレル系の会社に勤務していたそうですが、色相の悪化が見られたのでメンタルケアに努めるべく一時会社を休んでいた模様です。しかし、ある日外出中に何者かに襲われ、誘拐…監禁された後に殺害されたみたいっすね。んで、犯人の方の情報っすけど…性別は男で、彼女よりも体格の良い人物だったと推定される事以外、まだ分かっていません。その点については、引き続き聴取で聞き出すつもりです。ちなみにですが…、彼女はこの部屋の住民ではなかったそうです。その点から、此処へは死んだ後に連れてこられた――適切な言い方に置き換えると、犯人は被害者を殺害後この場所へ遺体を運んできた可能性がある…と見て良いでしょう。――…ったく、死体遺棄事件とか何時の時代の手口だよ…時代遅れも良いとこだろ。』
「…あのー、一つ伺っても良いでしょうか…?」
「何だ?常守監視官。言ってみろ。」
「えっと…凄く今更の事訊きますけど、その被害者である女性の方は、今も此方の話を聞いてらっしゃる…というか、この場にいらっしゃるんでしょうか?」
『うん、居るよ、現在進行形で。』
「自分にも見えていないので、よく分からないのですが…今どの辺りにどのようにして居るのか、具体的に教えて頂く事は出来ますか?」
『良いけど…須郷さんも朱ちゃんもギノさんと一緒で霊感無いから、どんだけ目を凝らしても見えないと思うよ?近くまで寄って見てみるのは別に構わないけど…男性陣はあんま近寄り過ぎない様にしてあげてね。ちなみに、彼女の霊が居るのは、この室内の一番奥の壁際の隅っこの辺り…さっきまで私が鎮座してた向かいの位置だよ。今も移動する事無くずっと変わらず居るところを見るに…もしかしたら、彼女は今地縛霊の状態でこの世に居るのかもね。』
「え…っ?自分を含めた男性陣が近寄り過ぎてはならないとは、一体何故…、」
『彼女、明らかに今此処に居る男性陣の数が増えた事に怯えてるみたいだから…。さっき説明した通り、彼女は見も知らない男に誘拐されて監禁された後に殺されてるんだ。仏さんと言えど、下手に刺激されちゃ困るよ。』
「あ…っ、す、すみません…!自分は、ただ亡くなられた被害者の方がまだこの場に留まっているのなら、事件捜査に協力してくださっている御礼を一言だけでも直接伝えられたらと思っただけだったのですが……よくよく考えれば分かる事でしたよね。自分が至らないばかりに、危うく李鞠さんのお手を煩わせるところでした…っ。反省致します。」
『いや、まぁ…一応彼女へは私の方から説明してるから、大丈夫だとは思うけど念の為にね。死者となってしまった今でも、まだこの世に存在している以上、敬意は払わなきゃ仏さんに失礼だから…ってので言ったまでだから。須郷さんの真摯な気持ちは伝わってると思うよ?其れと、男性の存在を受け入れれるかどうかの話は別の話だけども。今のところ、彼女の方から調査に協力してくれてるから順調に捜査が進んでいってるんだし、なるべくこのままの状態を保持して進めていきたいところだよ。彼女の方も、其れを望んでいるみたいだしね。』
「え…っと、其れはどういう事でしょうか?」


朱ちゃんが首を傾げて問うてくる。

他二人の視線も同じく問いかけてくる様に此方へ向いた。

其れに対し、私は今の自分の考えをはっきりと口にして伝える。


『彼女は…、どうも自分が事件に巻き込まれた事が理由でこの世に未練残して成仏出来てないっぽいから。事件の早期解決は私達警察も望んでる事だし、犯人の確保及び事件が明らかにされて解決する事は、結果的には仏となってしまった彼女の思いも報われる形となる訳だから…要は互いの利害は一致してるって事さね。犯人逮捕が彼女の成仏となる切っ掛けになるのなら、私は時間を掛けてでも事件解決に尽力するさ。其れが、今私の果たすべき使命だから。』


一警察組織に身を置く者として、為すべき事をせねば、亡くなられた被害者達の思いは報われない。

だから、何が何でもこの事件も解決へ導かなければ…っ。

彼女へ干渉出来るのは私しか居ない。

他の人に頼る事が出来ない以上は遣るしかないのだ。

そう再び気を引き締め直したところで、ギノさんの方から声をかけられた。


「確かに、今回の件は稀なケースで、ほぼほぼお前一人に頼り切る事になるかもしれんが、捜査には俺達も居るんだ。お前一人が山全部を背負う必要は無いんだぞ…?あまり気負い過ぎて無茶に走るなよ。」
「そ、そうだよ、琥珀ちゃん…!私達にも出来る事があれば何でも言ってね!必要な物とかあれば、監視官権限フルに使ってでもフォローするから…っ!!何なら、琥珀ちゃんには分析官の女神様だって付いてるからね!!応援が必要なら何時でも言って!!」
「自分も、何れだけお役に立てるかは分かりませんが、李鞠さんの為なら協力は惜しみませんから…!何時でもお声がけください!」
『皆…。』


少しだけ後ろ向きな事を考えかけたが故に、彼等には申し訳ない事をしたと思って苦笑を浮かべた。

どうやら、私の考えている事は筒抜けだった様である。

単に私が分かりやすく態度に出していただけなのかもしれないが、仲間が多い事は決して困らないだろう。

彼等には後で感謝の気持ちを伝える事にして、今は最も早く事件解決に導ける様全力を挙げて臨まねば。

その為にも、犯人に対する情報と犯人の目的、事件全体の全貌を明らかにしなければなるまい。


『取り敢えず、話はここまでにして捜査に戻ろうか…っ。犯人の目的を調べる為にも、先ずは犯人についての情報が一切出てないんじゃ話になんないから、このアパートの住民録、ここ近年のものだけにでも絞って洗い出してもらえるかな?あとついでに、周辺近辺の防犯カメラの記録、全部引っ張ってこよう。犯人の詳しい特徴については、これからこっちが聞き出してみるから…其れ以外にも何か手掛かりになりそうなものあったら片っ端から当たってみて。』
「了解…!じゃあ、私は、被害者の女性が勤めてたっていう会社の方から当たってみるから。須郷さんには、このアパートの管理会社に連絡して現在住んでいる人達のデータと過去に住んでた人達のデータの方の聞き込みをお願いします。ギノさんは、引き続き琥珀ちゃんに付いてフォローをお願いしますね。現場周辺の防犯カメラについては、私から唐之杜さんの方へ連絡しときます。其れで良いですか?」
『異議無し…っ。』
「自分も、特に異論はありません。すぐにでも管理会社の方へ掛け合ってみます!」
「此奴の見張りに関しては任せとけ…っ。絶対に無理はさせないさ。」
「合流地点はまたこの場所に。其れでは、一時解散…!」


それぞれの目的の為にそれぞれが強い意志を持って動き出す。

私も、引き続き彼女への聴取に戻る為、神経を研ぎ澄ませる。

この部屋へ来た時から変わらず壁際の隅に漂う魂だけの霊体として居る存在の彼女へ、再び語りかけ始めた。


『―間を空けてしまって御免なさいね。引き続き、貴女への聴取を再開するけども、宜しいですか…?もし良かったら、さっきまでみたいに“うん”って頷いて欲しい。』


幽霊の身になってしまった被害者――伊織穂花さんが、首を縦に振った。

私は其れに続けてゆっくりと調査を進めていく。


『それじゃあ、もう一度、貴女が犯人に襲われた時の状況を詳しく教えてもらえないかな…?思い出せる範囲で構わないから、出来る限りの事を教えてくれますか?大丈夫、貴女の不安と無念はきっと私達が晴らしてみせるから、安心してゆっくりと私の質問する事に答えてみて。』


手帳とは別の紙を用意し、其れに“こっくりさん”を降ろす時に使われた手法に似せたものを書いて利用し、彼女とのある種本格的な筆談らしきものが出来る状況を作り上げる。

その紙の上に、旧時代に使われていた手持ちの硬貨を置いたら、準備万端である。


『これから、また幾つか質問していくから…言葉の代わりに文字を使って教えてくれる?筆談とは似て非なるものだけど、其れに近い形を作ったから。貴女は、この紙に記してある、あ行からわ行までの平仮名を使って自分の思う言葉を表現してくれたら良いの。該当する文字の上をこの硬貨で示してもらえれば分かるから。出来ますか…?』
「…話を遮る様で申し訳ないんだが、其れが何なのか訊いても…?」
『此れは、旧時代の一時期流行った遊び…と言えば聞こえは良いんだけど、“こっくりさん”っていう妖怪の降霊術に用いられた方法――を、真似た即席筆談法かな?“こっくりさん”を呼ぶ時のものは、此れに鳥居の絵とはい・いいえの言葉を書き記したものになるんだけど、今其れは必要無いから省いてる。肯定と否定については、彼女の動作で判別出来るからね。』
「え…っと、すまないが、その“こっくりさん”というもの自体がよく分からないんだが…。」
『詳しく知りたいんなら、ネットでオカルト項目系に絞って調べてみて。場合によっちゃあ規制掛かってるかもな話だから、あんまお勧めしないけど…。たぶん、今の世の中的には検閲に引っ掛かりそうな内容だからなぁ…“こっくりさん”。』


少々話が脱線してしまったのを戻して、彼女への聴取を進めていく。

筆談となってからの方が、最初の時よりも具体的に事が伝わってくる分、分かりやすかった。

この方法を思い付いた自分、ナイスって褒めてやりたいわ。

そんな事今はどうでも良く、彼女から発信される言葉の一つ一つを慎重に拾っていっては頭の中で文章に起こし、其れを手帳へと記録していく。

そうして得た情報を元に事件の全貌を纏めていった。


―捜査を開始してから早数時間が経過し、気付けば時刻は昼過ぎとなっていた。

道理で腹が減っている訳だ。

頭と神経を使いまくって疲労しているところへ、ギノさんが暇をしている内に近場の自動販売機で買ったのだろう、差し入れに缶珈琲を手渡してきてくれた。

丁度喉も渇いていたのもあって有難く貰う事にし、早速口を開けて半分程飲み干した。


「その後、進捗はどうだ…?何か犯人に対する情報は掴めたか?」
『まぁ…私の質問してる内容は聞こえてるだろうから、粗方な想像は付くだろうけど、ぼちぼちって言ったところかねぇ…っ。まだまだ聞き出さないと分からない点も多いから、もうちょい頑張らないとだね。』
「しかし、今までずっと休憩無しのぶっ続けで捜査してるだろう…?もう昼だし、此れくらいで一度休憩を挟んだらどうだ?」
『んー…っ、其れもそうねぇ……っ。』


言われて初めて気付いた肩凝りと神経の疲れ、加えて頭の鈍い痛みに少しばかりげんなりしてきて、思わずぐみ〜んっと気伸びをして躰を引き伸ばした。

ついでに、ちょっとだけ眉間をぐりぐりと解して疲労を和らげた。

何時もは使わない様な神経をフルに使っているせいか、通常以上に神経が磨り減っているのを感じる。

やはり、霊視するのも楽じゃないな…。

嫌に躰へと乗し掛かっている疲労感に、深々と溜め息を吐き出した。

心なしか、頭の奥がぐるぐると回っている様な気さえしてきた。

不味いな…こりゃ思った以上に辛い役目を担ったかもしれない。

予想以上に疲労してる神経に弱音を吐きそうになって言葉にならない声を発して唸った。


「大丈夫か…?」
『うがぁ〜…っ、早くもちょっとしんどくなってきたかも〜…。うぅ…っ、情けないけど、今回初めてまともに霊視なんて事してるからか、何時も以上に神経使っててHP削れちゃっててさぁ…っ、地味に辛い。めっちゃ神経磨り減るよ、コレ……うわぁ、現代に生きてて良かったな私…。もし、とっつぁんが生まれるよりも昔の時代に生きてたら、頭イカれて精神科通ってたかもな…。正直言ってやばいわ。』
「ほ、本当に大丈夫か…?心なしか、少し顔色悪くなってるぞ、お前…。一旦休憩入れるぞ。」
『ゔぅ〜っ、非常に申し訳ないですが、そうさせてください〜………っ。』


部屋の隅で漂い留まり続ける彼女へ告げる様にそう告げ、一度その場を後にした。

休憩ついでに朱ちゃん達と合流した私達は、そのまま近場のファーストフード店へと入り、昼御飯を購入して食べる流れへ。

其処で、一度それぞれで得た情報を共有する場が設けられたが…正直、腹は減っていても何故か食べる気になれず、おまけに会話する気力も削げてグロッキーになっていた。

ので、私が彼女から得た情報はギノさんが代わりに話してくれた。

数時間振りと言えど、解散する前と比べてのあまりの変わり様に、朱ちゃん達は凄く心配した様子で声をかけてきた。

私はというと、腰掛けているソファーの背に思い切り凭れ掛かって、セルフサービスのおしぼりを目の上に乗せた状態で天井を仰いでいた。

すっかりお疲れモードである。


「数時間前とでは偉い変わり様で吃驚なんだけど…本当何があったの琥珀ちゃん?」
「本人曰く、普段霊なんて見ない分霊視なんて事もしないから、必要以上の神経を使って疲労した…との事らしい。一応、琥珀のバックアップが出来たらと、俺もそういう件に関しての情報をネットで調べてみたんだが…どうも旧時代にしか見られなかった様な事例でしかなくてな。デバイスからじゃ簡単な物しか拾えなかった上に、資料も少なくて詳細は掴めなかったが、普通じゃ使わない神経を使う事や霊から与えられる影響も重なって過度の疲労感を感じたりする様になるらしい。」
「“霊から与えられる影響”とは、具体的にどんなものなんですか?」
「其れが…詳しくは書かれてなかったんだが、感じる影響も個人差でマチマチだとか、そういうレベルらしい。大抵の場合が、体調に異常を来す…と言ったところだな。ともかく、俺から言えるのは、今朝は普通に元気だった琥珀が数時間の間でこうなるくらいの影響を幽霊となった彼女から受けている、という事だ。このまま続けて倒れたりなんてしまっては元も子もないぞ…。既に長時間のぶっ続けの捜査でこの有り様だ、今日はもう引き上げた方が賢明だと俺は思う。彼女へ聞き出す以外からも洗える情報はあるだろうからな。――どう思う、常守監視官?」
「琥珀ちゃんが、私達以上に神経を張り詰めて今回の事件の捜査に当たってくれているのは痛い程分かってます…。其れに、こんな短期間で此れだけ酷く消耗してる姿は私も見た事無かったですし、明らかに危険性を孕んでいると分かった以上、今までと同じ調子で調査を続行する事は反対です…っ。」
「自分も、常守監視官と同じ意見です…っ。李鞠さんは、一度休息を取るべきだと思います。だって、見るからに酷い顔色じゃないですか…!其れをこのままにして放っておける程、自分は薄情な人間にはなれません!」
「だ、そうだぞ琥珀…?監視官命令となったら、流石のお前だって言う事を聞くだろう?」
『…ふぁい…。』
「今日のところは、昼飯食ったら引き上げるぞ。そんで、帰ったらお前は唐之杜の所へ行け。その後は、大人しく宿舎に戻って休んでろ。さっき見た時よりも悪化して酷い顔してるぞ…っ。捜査の件は、引き続き俺達が預かるから、お前は一旦休め。」
『…うっす…、世話かけてほんますんませんっす……ッ。』
「そんな気にしないで、琥珀ちゃん…!今はとにかくちょっとでも休んで、早く何時もの元気な琥珀ちゃんになろう?」
「その前に、少しだけでも何か食べましょう、李鞠さん…っ。何も食べないままは、逆に躰に悪いです…!」


須郷さんの言う事も最もだと思って、自分用のお昼として購入したドーナツ二つの内一個だけをもそもそとゆっくり時間を掛けて腹に収めた。

食べ切れなかった残りの一個は、持ち帰り用の紙袋に入れてもらって持って帰る事にし、立ち寄った店を後にした。

そして、公安局まで戻った後、案の定というか、胃に物を入れた負荷と気分の悪い中車に揺られた事が原因でリバースしてしまった。

いや、思った以上に悪影響受け過ぎというか、耐性無さ過ぎるな私…っ!

自分で吃驚するくらいの体調変化に、いよいよ以てこりゃ面倒な貧乏クジを引いたな、と自覚した。

勿論の事ながら、その日は強制的に早退という形で宿舎へと追い返されたのだった。


―前日があんな様だったのに、寝て休んで一日経てば回復したのか、体調は復活してまぁまぁ元気だった。

流石のメンタル面はちょっとそういう訳にはいかなかったけども。

出社前に志恩さんの所へ行って検査してみたら、体調面は問題無さそうだったけど、元々濁ってる色相が更に濁っていたらしく、現状注意を申し渡された。

これ以上の悪化が見られた場合、執行官と言えども看過出来ないとまで言われてしまった。

マジかよ…まだ捜査一日しか経ってないのに。

コイツはやべぇや、と白目剥きたくなる現状だった。

当然、この話は志恩さんを通じて我等猟犬の飼い主である朱ちゃんへと伝えられる。

―が、かといって、私を今事件の捜査から外す事は得策ではないのも事実。

仕方のない事ではあるが、捜査はこのまま続行という話で纏まった。

但し、捜査介入の際は、必ず休憩を挟み体調に無理がない程度にする事が条件として付けられた。

私も、其れを承知の上で任務に同行し、捜査を続ける事にした。

取り敢えず、今日は志恩さんから渡されたサイコ=パス計測器を付けた状態での捜査再開となった。

ちょっとでも色相が変化しようものなら即中断の構えらしく、微々たる変化でもアラームで警告を知らせるシステムになっているそうだ。

おまけに、複雑な事件であると分かった時点で昨日までの人員だけでは手が足りないという事で、一係総出で動く事となった。

事件の事で分かった限りの情報を霜月監視官達にも伝えたところ、物凄く胡散臭く思われたらしい。

現代社会に生きる人達的に気持ちは分からんでもないが、実際問題オカルトチックな問題が関与しているんだからしょうがないだろう。

完全に分かれとまでは言わないが、文字通り身を削って捜査に当たっている私の身にもなって欲しいところだ。

人手が増えた分、回れる箇所も増えて、聞き込みはスムーズに進んでいった。

私の方はというと、今日は古き昔から使われてきたモンタージュという名の手法を用いて、被害者である彼女の似顔絵を制作。

共に同じ方法を用いて犯人の似顔絵も制作し、其れを鑑識ドローンに読み込んでもらってデータとして分析室まで送ってもらい、後は分析官の女神様にデータベースの海へ潜ってもらってひたすらしらみ潰しに調べてもらう事にした。

此れで大方の人物像が絞られ、該当者も判明してくるだろう。

幸いにも、遺体発見の現場となったアパートは古くて借り手も少なかったらしく、その部屋を借りていた元家主であった人物も特定出来た。

それから、モンタージュしたお陰か、生前の彼女と思しき人物と犯人らしき人物のデータが絞られ、其れを一つ一つふるいに掛けて明らかにしていく。

犯人像が明らかとなってからは話が早かった。

防犯カメラのデータを元に、ここ近年の現場周辺の記録を洗い出して、犯人の足取りを追っていく。

同時進行で進められていた捜査により、犯人の個人情報が特定され、彼女との接点の有る無しや本当の殺害場所と思われる現場まで押さえる事が出来た。

ここまで来れば、もう事件解決まで時間の問題であろう。

彼女から聞き出せる情報全てを聞き出せた直後、私は意識を飛ばしてぶっ倒れ、緊急で医療施設へと運び込まれるのであった。

その後、暫くは目を覚まさず、数日間医務室のベッドの上で蒼白い顔を下げたまま昏々と眠り続けたらしい。

“らしい”という理由が、彼女から聞き出せる情報を全て聞き出し終えたと理解した途端辺りからの記憶が一切無く、この数日間ただ眠り続けていたのだという話を目が覚めて意識が起きてから初めて耳にした為である。

私が眠っている間に捜査は終局へと向かった様で、無事犯人の検挙に繋がり、事件は解決されたとの事だった。

しかし、彼女にその事を報告しようにも、肝心な私がぶっ倒れたままずっと目覚めなかったので、出来ぬままでいた様だ。

本当何から何まで世話をかけてしまって申し訳ない限りである。

眠っていたのは三日間程度であったが、その間何も口にしていない事もあり、体力回復に努める方が先だと告げられ、すぐに復帰する事は叶わなかった。

まぁ、此ればっかりはしょうがないかと思って大人しく点滴を受けながらベッドの上で横になっていたら、私が目覚めた話を聞き付けてか、初日に一緒に任務に当たっていたメンバーが揃ってお見舞いに来てくれた。

そんで、ギノさんからは何時もながらの説教を受け、朱ちゃんからは感動の再会の抱擁を受け、須郷さんからは心配で堪らなかったから故の安堵で泣かれてしまった。

本当に彼等には申し訳ないくらいの心配をかけてしまったなぁ…。

そうしみじみと内心で思いつつ、改めて謝罪と感謝の念を伝えると、何を今更という風に笑われた。

その後は、ゆっくりとだが体力も回復し、諸々の経過が良好となって漸く退院が認められ、私は一係への復帰が叶った。

そうして、事件解決の報告をしに、彼女の霊が漂っていた例のアパートへと向かう。

件の一室へ向かえば、相変わらずの違和感が躰へと襲い、こんなにも神経への負荷が掛かっていたのかと改めて感じた。

一先ず、その件は置いておいて、未だ部屋の隅の壁際に留まり続ける彼女の魂に向かって口を開いた。


『―伊織穂花さん…嬉しい報告ですよ。貴女がこの世に留まり続けてくれていたお陰で、無事今回の事件を引き起こした凶悪な犯人を逮捕する事が出来ました。捜査の結果、彼は貴女の他にも数人の女性を襲って同じ手法で殺害、遺体遺棄を謀っていた事が判明しました。よって、行方不明となったままうやむやにされていた貴女を含めた被害者達の遺体も発見され、丁寧に弔われる事が決定致しました。残されたご家族方への連絡も、既に済まされています…。もし、何か伝言などがありましたら、此方からご家族の方へ伝えておきますが…どうされますか?』


彼女は目に涙を浮かべた様子で何も言い遺す事は無いといった風に首を横に振った。

もしかして、気を遣わせてしまったのだろうか。

生きる人の其れと同じ様に気遣い、「遠慮する事はないんですよ?どうぞ、何かしらあれば仰ってください。」と改めて口にした。

だが、やはり彼女は首を横に振って必要ないと訴えた。

なら、これ以上はただの押し問答をするだけになるなと思って、訊くのを止めた。

代わりに、事件解決に協力してくれた事の礼を丁寧に述べると、彼女は声を発せはしないが、口を動かして「有難う。」と伝えてきた。

其れを聞き届けた直後、彼女の存在は薄れゆき、次第に何も見えなくなって居なくなってしまった。

未練が晴れて、成仏出来た…という事だろうか。

気付けば、いつの間にか部屋に在った違和感が消え去っており、躰全体に掛かっていた負荷も消えて、心なしか躰が楽になっていた。

其れを理解した途端、急に力が抜けてぺたりとその場に崩れ落ちてしまった。

寸でのところでギノさんに受け止められて心配されたが、ただ全てが解決して終わった事に安堵して力が抜けただけだと告げると、一言「この馬鹿が…っ。」と罵る愚痴を零されるだけに留まり、笑みを浮かべられた。

その心底安堵した様子の彼の笑みに、私も釣られて力の抜けた笑みを浮かべるのだった。


―彼女の魂は、救われたのだろうか。

もし、無事救う事が出来ていたのだったら、其れは幸いとしか言い様の無い成果であった。

今まで担当してきた事件の中で、或る意味複雑怪奇な難事件だったのだから…。

きっと、こんなケースの難事件は、流石のあのとっつぁんでさえも経験した事はないものだっただろう。

今は、そんな難事件を無事解決出来た事を祝って、ハイタッチをし合うという謎の行為を皆で喜びながら行い、笑い合うのであった。


執筆日:2020.11.02

【後書き】
今回書いた作品は、今まで書いた夢作品(単品)の中では一番の大作or長文となってしまった気がしますね。
ですが、当該企画様では提出期間がゆったり設けられてある分、ゆっくりじっくりコトコトと時間を掛けてお話を煮詰めていけるので、お陰様で書きたい物を思う存分出し切る事が出来ました…!
その分、読み切り作品にしてはかなりの長文となってしまったのは愛故だと言い訳しておきます(笑)。
普段は主に刀剣夢ばかりを企画夢として書いてきましたが、今回は珍しくor企画夢では初出しジャンルのPP夢となります。企画参加を申し出た当初は、いつもの事ながら刀剣夢で書く予定だったのですが…書いていた途中で色々と悩みに悩んだ末、挫折してしまったので、思い切って別ジャンルで書いてみようと思い、本作品と相成りました。
「世界観的にはちょっと無理あるのでは…?」的観念を二次創作という力で捩じ伏せた感が否めなくもありませんが、個人的には「なかなか面白いお話として仕上がったのでは?」というのが最終的な感想です。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった左上様・鈴木様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。