私達執行官は、何時如何なる時も厳しい監視下の元での生活を強いられ、また、どんなに難儀な選択を強いられ困難な場に立たされようとも其れに逆らう術を持たない。
否、正しくはその様な意思を持つ事を許されてはいないのである。
執行官は、同じく潜在犯と成り果てた獲物を狩る為に、監視官のクリアな色相を保つ為に用意された盾であり、首輪の付いた猟犬なのだ。
故に、自由はほぼ無いに等しい環境下に身を置く。
其れでも、ただ真っ白で退屈な箱詰めの薬漬けの人生で終わるよりは遥かにマシであった。
まぁ、そんな話は他所に置いておくとして…。
時に、執行官という首輪付きの立場に就いてから長らく経つと、時折精神が触れるのか、変な思考へと傾く事があるのだ。
そんな時は大抵が“自分の死について”を考えていた。
元々、己の死に関する倫理観というものは偏ったもので、生死に関しては特に意識の薄いものであった。
だからだろうか。
常に危険な現場へ向かう事が多いせいも大いにあるだろうが、自分の死に対してあまり深い感情を抱かないのは。
たぶん、何時死んでも後悔しない様に努めて生きている分、今死んだとしても然して後悔などは残らないだろう。
だが、何となく一人きりで逝くという事にはほんの少しの寂しさというか…僅かな抵抗を感じた。
でも、きっと自分は何時か死んでしまうだろうと思える様な奴だから、やはり死に急ぐ様にしか生きれぬ――否、その様な生き方しか知らぬのであった。
そんな思考を傾けている折に、ふと同僚で他の人達よりも圧倒的に懇意にしている須郷さんが私に声をかけてきた。
丁度、刑事課休憩スペースのベンチに座ってぼんやりとテラスの向こう側遠くを見つめて考えている時だった。
彼は律儀にも一言断りを入れてから隣に腰掛ける。
「何処かぼんやりとされていましたが…何か考え事の最中でしたか?」
『んー…まぁ、そんなとこかな。』
「あの…、宜しければ、何を考えられていたのかを訊いても…?」
『良いけど……あんまり人に聞かせるには向かない内容というか、聞いても怒らない…?』
「え…っ?その、内容にもよると思いますが…もし、何か思い悩まれている様な事がおありなら、是非自分に力にならせてください……っ。どんな事であろうと、自分は李鞠さんの力になりたいんです。ですから、もし他人に話しづらい事でも是非お聞かせ願えませんか…?」
『…んじゃあ、話しちゃおうかな。』
彼の言葉に促されて、私はぼんやりと考えていた事をぽつりぽつりと話し始めた。
『実はさ…私、時々よく自分の死についてひたすら悶々と考えちゃったりする事があるんだよねぇ…っ。其れで、今もふと思っちゃってボォーッと考えてたの。』
「“自分の死について”…、ですか……。」
『うん。私達は執行官という立場だからさ、何時だって死と隣り合わせの中生きてるじゃん…?そうなるとさ、やっぱ考えちゃったりしない?“いざ、自分が死ぬ時ってどんなだろう”ってな感じで。私はこの道もう長いから…何となく、自分の死に様は見えてんだよねぇ。恐らくだけど、まともな死に方はしないだろうなって…。まぁ、執行官なんてのやってたら当然な話なんだけど。』
「李鞠さん…。」
『ふふふ…っ、気が触れたとでも思った?まっ、とっくの昔に私の神経はイカれちゃってるから、今更な話だけどね。元々死に関しての意識は薄いし、倫理観なんて更々欠けてる…。そういう環境下で育ったからしょうがないんだけども。』
「…自分は、李鞠さんには少しでも長生きして幸せになってもらいたいと、勝手ながら願っております……っ。」
『おや、嬉しい。こんな私でも長生きして欲しいだなんて思ってくれてる人がまだ残ってたなんて。純粋に喜ばしく思うわ。…ははっ、有難う須郷さん。』
「いえ…。」
少しだけ茶化しを混ぜたけれども、本心からの気持ちをそう伝えると、彼は険しかった表情を緩めて控えめな笑みを浮かべた。
手元に握っていた飲みかけの缶珈琲を何となしに弄びながら、俯きがちに視線は手元に固定したまま私は再び口を開いてみた。
『…さっきの話の続きなんだけどね。私さ…もし、いざ死ぬ時が一人きりだったら何となく寂しいなぁ〜なんて思ったりしたんだけど、其れって可笑しいと思う?』
「え……いえ、其れは…人として当たり前に抱く事なのではないでしょうか…?なので、別にそういう風に思う李鞠さんが可笑しいとは思いません。自分も、同じ事を考えたら…少なからず、きっと似たような思いを抱くと思いますから。」
『………そっかぁ…なら、私はまだ正常なのかなぁ…。』
「はい…李鞠さんは、まだきちんと今自分の隣で息をして生きていますよ。仮に、李鞠さんが今一人勝手に逝こうとしていたならば止めていたところですが。」
『あは…っ、須郷さんを置いて一人勝手に逝こうだなんて事だけは絶対にしないから安心しなよ。――もし、私が死ぬ時は、須郷さんが死ぬ時だって決めてるから…。大丈夫、他者から全力で殺しに掛かられない限り、私は一人で逝くなんて事しないよ。…最も、危険な任務中はそんな事言ってられる余裕も無いだろうけどね。』
「其れでも…、ですよ。自分は、極力貴女の事を護り通すと決めてありますので…。」
不意に、膝の間で飲みかけの缶珈琲を弄んでいた手に、彼の大きな無骨な掌が重ねられた。
視線を上げれば、自然と凛とした強い意志を宿した彼の此方を真っ直ぐに見据える瞳と合わさった。
「…自分は、貴女を一人で死なせる気は毛頭ありません…。もし、何かしらが原因で貴女が死ぬ様な事があれば、その時は自分も命を絶つ所存です。」
『……へぇ。其れだと…私が死ぬ時は須郷さんも一緒に死ぬ、みたいに聞こえるけど?』
「その様に言いましたから…間違いはありませんよ。」
『ふぅん…じゃあ、仮に今、“今すぐ死にたいから一緒に心中してくれる?”って言ったらしてくれるんだ…?』
「李鞠さんが本心から望む事なのでしたら…共に心中する事も厭いません。其れ程に、自分は貴女と共に在る事を望んでますから…。例え、其れを貴女自身が拒もうとも…自分は何処までも貴女に付いていきますよ。もう、自分の大切な人が目の前から消えて居なくなる事だけは耐え難いですから…。行き着く先が、地の果て、地獄の底までだとしても…決して貴女を一人きりになどしません。ですから、どんな場合であれ、貴女が死ぬ時は自分も一緒です。その事を、どうか努々忘れないでいてくださいね…?」
狂っていると思った。
お互い、何処かで本当の正常さを置いてきてしまったのだと。
其れでも、此れが今の私達なのだとしたら、まことに愚かで狂おしくも愉快だ…と、そんな風に思えるのだった。
執筆日:2020.11.24
【後書き】
初めて挑戦する「心中」というテーマですが、自分が思い描く感じの形で表現する事が出来て良かったです。
パッと見、難しそうなテーマだなぁと思われがちなテーマでしたが、個人的にはなかなか面白いネタでしたので、普通の思考では思わないようなちょっとした刺激的なスパイスを含ませました。
其れが、少しでも伝わっていたら私としては幸いな限りです。
書きたいお話を思う存分に書けるのは、やはり楽しいですね…!
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。
初めて挑戦する「心中」というテーマですが、自分が思い描く感じの形で表現する事が出来て良かったです。
パッと見、難しそうなテーマだなぁと思われがちなテーマでしたが、個人的にはなかなか面白いネタでしたので、普通の思考では思わないようなちょっとした刺激的なスパイスを含ませました。
其れが、少しでも伝わっていたら私としては幸いな限りです。
書きたいお話を思う存分に書けるのは、やはり楽しいですね…!
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。
