主が仕事から帰ってきたんだろう。

端末の電源を入れて、画面を起動させた。

其れと同時に、俺達は主と繋がる事が出来るんだ。


―真夜中の深夜零時。

殆どの獣共がすっかり寝静まった頃合いに、大抵主は本丸へと帰還する。

直接帰還せずとも、その手前の端末を起動させる事で本丸の入口とがリンクするのだ。

主本人は、その事に気付いてもいないかもしれないが、俺達は初めからそういう存在として主の元で顕現している。

刀剣男士は、歴史を守る過程で時代を飛ぶ。

其れは、一時的に電子的な程小さな粒子となって各時代へと飛ばされる事となるのだ。

逆を言えば、俺達はそういう電子的媒体を通して存在しているとも言える。

謂わば、時の政府という巨大な端末に管理された一部のデータに過ぎないのだ。

其れを良い事に、俺達は主との繋がりを端末が起動される事でリンクが繋がる仕組みを作り出した。

他の本丸でも、似たような運営が成されている事は衆知の事だった。

ただ…その事を己の主達が知っているか否かは、別の話である。

偶々、ウチの本丸の仕組みがそうなっていただけに過ぎない話だ。

…話が逸れたな。

今日の主はお疲れ気味なのか、端末に電源を入れ起動させただけで力尽きてしまったらしい。

卓上に置いていたマグカップとやらに入っていた飲み物を口にした後、ぐったりと躰を伏せ、もそもそと床を這ったかと思うと、すぐ側に置かれている寝台に潜り込んで事切れた。

あーあ…布団も何も掛けねぇままで。

風邪引いちまったらどうすんだ。

毎度世話が焼ける主だと一人内でぼやき、するりと寝台の元に身を寄せて主の顔を見遣る。

事切れたように布団に伏せた主の顔を覗き込んだら、随分と疲れ果てた面をしていた。

また更に窶れた顔してんなァ…と他人事みてぇに思った。

たぶん、此処のところ深くぐっすりとは寝付けていなかったんだろう。

目の下に黒い染みみたいな隈が滲み浮いていた。

おまけに、人間社会なる会社で神経を磨り減らしてるんだろう。

眉間に深く皺が寄ったままだった。

たぶん、また上司とやらに酷くねちっこくいびられ、叱られたのだろう。

眦にはうっすら透明な滴が滲んでいた。

寝落ちてしまう前に、何とか素面を隠す仮面のような化粧は落としてきたようだったが、風呂は入ったのか。

温かい飯は食ったのか。

ちゃんとした生活は送れているのか。

訊きたい事や話したい事は山程あった。

だが、ここ最近の主は現世の仕事やらが忙しく、何かと多忙にしていて、なかなか本丸まで帰り着く事が出来ていなかった。

主自身も、其れを申し訳なく思っているのか、何とか帰り着く事が出来た数日前に「なかなか帰る事が出来てなくてごめんね。」と小さく零していた。

別に、主自身が元気で居てくれさえすりゃあ、俺達は其れで構わなかった。

主はすぐ何時も俺達の事を優先して、自分の事は省みずに後回しだ。

俺はそんな主が心配だったから、主がリンクを繋いでくれた時は必ず主の事を密かに出迎えたし、主の帰りを嬉しく思って「おかえり」と口にした。

…例え、その声が主には聞こえていなかったとしても、俺は其れでも気にせず、己の満足のいくように主の世話を焼いた。

小さな事でも、主の為になるならと、主の役に立てるならと影から主の事を支えた。

今日もきっと、そんな内の一コマなんだ。


「何時もお疲れさん…主。毎度毎度疲れた顔ばっかして帰ってくっから、本丸の奴等心配してるぜ…?次、帰ってくる時くらい、元気で明るい顔見してやんな。そしたら、気を揉んでる保護者面した奴等も、心配して泣きそうになってる短刀の奴等も安心するだろうからさ…。今度帰ってこれた時は、アンタがちゃんと生きて生活してるって事言って、皆を安心させてやってくれよ。…俺は、アンタの近侍のままで、こうしてアンタの処に来れてるから解ってやれてる事だがな。」


疲れ果て死んだように眠る主の眦に浮かぶ泪を拭ってやって、労るように目蓋を撫ぜてやる。

髪を梳くのも面倒になる程、疲れていたのだろう。

女は髪が命だろうに…家に帰宅するだけで精一杯だったようで、仕事用に括っていただろう髪の毛は髪紐を解いただけで終え、ボサボサに絡まったまま放置されていた。

そんな疲れた主に代わって、俺は細々とした世話を焼き、ぐしゃ付いたままの主の髪を手に取り、静かに黙って優しく梳いてやった。

俺はこういうのを好きでやってるから、別に苦には思っちゃいない。

ただ…主の事が絡むとうるさい長谷部や巴形なんかに知れたら面倒だな、とは思った。

が、止める気は毛頭無い為、俺は密かに主の知らない気付かないところで主の世話を焼くのだった。

髪を梳いてやったら、今度は着替えだ。

流石に仕事着からは着替えたようだったが、主は部屋着のパーカーを着たまま寝台に寝転んでいた。

そのままで居ては寝辛かろうと、そっと起こさないように上着を脱がし、枕元に畳んで置いておく。

ついでに、布団にも入らず上からうつ伏せていたままだった躰を一度抱きかかえ、ちゃんと枕を頭に布団に寝かし直してやってから布団を掛けてやった。

後は、卓上に放置されたマグカップを台所のシンクに片付けて洗っておいて遣れば良いか。

其処で、ふと視界に入った卓上の物に視線が留まって、次の瞬間には眉根を寄せて顔を顰めた。


「…おいおい、主の奴…飯も食わずに寝ちまったのかよ……。どんだけ無精してんだか…。…いや、この場合、疲れ過ぎて其れどころじゃなかったんだろうな…。んっとに、俺の主は世話が焼けるよなァ〜…。まぁ、世話焼けるくらいが、ウチの本丸にゃ丁度良いんだろうけどさ。」


仕事からの帰り道に其処いらで適当に買ってきた晩飯だったんだろう。

食べるつもりで鞄から出されたは良いが、結局疲れ果てて睡魔に落ちた主に忘れ去られたコンビニの握り飯が二つ、端末の側に転がるように放置されていた。


(食事すらも手に付かない程消耗しちまってたか…。こりゃ、早いとこどうにかしねぇと、主の身が持たなくなりそうだな…。)


現世と本丸を行き来する審神者の多くが、ウチの主と同じように生活し、日常を過ごしている事は既に幾人もの刀達が知っていた。

先程触れた主の身も、見た目は然して変わらないように見えて、実際は以前にも増して痩せ細り、抱えた時の重さが軽くなっていた。


(俺達だって食って飲んでおかなきゃ動けなくなっちまうってのに…その主が自分の事蔑ろにしてどうすんだよ、馬鹿が。)


そう罵ってやりたくて、でも疲れ切ってしまっている主にそんな事口に出来る訳はなくて、小さく軽く主が起きない程度の力を込めて、コツリ、と無防備な額を小突いた。


「…ったくさァ、アンタは俺の主なんだから。もっと長生きしてもらわなきゃ困るんだぜ…?だから、もうちっとばかし自分の事も大切にしてやってくれよ。俺達の事ばっかじゃなくてさ…。」


無防備に晒け出された額に己のものを擦り合わせ、小さく願う。

俺は刀だから多くは望まねぇが、主であるアンタが健やかに生きていてくれる事が一番の望みなんだ。

だから、命を削るみてぇな今の生活は、少しでも改善して欲しいと切に願う。

…其れは主の事情だから、そう易々とは変えられない事かもしれないが。

すよすよと眠る主が、せめて心地好く眠れるように、良い夢を見れるようにと俺は主の額に触れてまじないを掛けるんだ。

“どうか、夢の中だけでも主が幸せで居れますように”、ってな。

小さくそう願って、俺は主を寝かし付けて、一旦側を離れる。


「さて、と…主を寝かし直した次は、細々とした片付けだな…。」


俺は主を起こさないようにその場を離れ、部屋に散らばっていた洗濯物の衣服を畳んで隅に置き、シンクに持っていったマグカップを洗って片し、卓上に放置されていた握り飯は冷蔵庫へと仕舞って片付けた。

玄関に脱ぎっ放しの状態で置かれていた靴をきちんと揃えてやって、翌朝、仕事に出て行く時に履きやすいようにと整えておいてやる。

ついでに、卓上に置かれた小さなカレンダーをチェックして、明日の主のスケジュールも把握しておいてやる。


「……あ、明日は遅番の日か。なら、何時もよりゆっくり寝てられるな。その次の日は、仕事は休みで…ゴミ出しの日か。可燃物って…確か分けて置かれてるヤツ纏めて出しちまえば良いのか。後は…何かあったっけか?」


主の世話を影から焼くのも楽じゃない。

けど…主の役に立てるならと、戦以外の事でも俺は喜んでするのだった。


「取り敢えず…明日起きたら主が飯食えるよう、作っといてやるかァ…。主の奴、朝は食が細ぇからなぁ…軽い物なら食えっか?」


そう一人呟きながら、コソコソと冷蔵庫の中身を睨み付けながら朝飯の品は何にしてやろうかと考える。

一先ず、簡単な飯を作れるくらいの具材はあるから、少しだけ失敬して勝手に作らせて貰おう。

どうせ疲れ過ぎてる主の記憶は曖昧だ。

俺が作ったとも知らずに気付かず、有るなら食べようと思うだけで食っちまうだろう。

俺の主は変なところで単純過ぎるからな。

こういう意味では助かりものだ。

主が明日の朝起きてちゃんと飯を食えるように、俺はこっそりと甲斐甲斐しくも主の為の朝飯を作ってやるのだった。

その後、きちんと後片付けもして形跡を少しでも消して怪しまれないようにし、点けっ放しだった部屋の電気も消して主の側に付いて寝に就いた。


―翌朝、携帯のアラームで起きた主が、寝惚け眼を擦りながら起き上がる。


『……あれ…私、昨日ベッドに入る前に寝落ちた気がすんだけど…気のせいだったかな。ちゃんとお布団で寝てた…まぁ、いっか。…ふあぁ〜あっ、まだ眠いけど…一旦シャワー浴びてこよ…。シャワー浴びたら、嫌でも目ぇ覚めるでしょ。』


眠たげな足取りでタオルと着替えを持って風呂場へと向かう主。

卓上に置かれた端末は電源の入ったままだから、リンクは繋がれたままだ。

俺は静かに部屋の中を漂い、主が目を覚ます様子を見守っていた。

少しして主が風呂から出てきて、髪を拭きながら冷蔵庫を開け、中を覗いた。

その際、目に入って気が付いたのだろう。

俺が主が寝ている間に作った、起きた主が食べる用にと用意しておいた朝飯の存在に。

主はきょとんとしてから、はて、と首を傾げて冷蔵庫の中にある其れ等を見遣った。


『……うーん…私、何時こんなん作ったっけなぁ…?全然覚えてないんだけど…眠過ぎて其処まで覚えてないだけなんかな?…まぁ、細かい事はいっか。昨日の晩、疲れて寝ちゃったから結局食べてないまんまだし。お腹減った〜。ちゃちゃっと食べて仕事行く用意しよ。』


そう一人ごちて、主は髪を乾かす片手間に冷蔵庫から出した朝飯をレンジで温め直す。

温まった其れ等を卓上に運んでくると、端末を避けて置き、食事をする為手を合わせた。


『いただきまぁーす…。…っはぁ〜…めちゃくちゃお腹減ってたから沁みるわぁ〜…っ。やっぱ朝に味噌汁って付き物だよね。あったかい御飯、美味しい…っ。…つって、昨日食いそびれたコンビニのお握りだけど。胡瓜の浅漬けが地味に美味い…。もちゃくちゃ食ってるけど、私、あんだけ疲れててよく此処まで用意出来たな…!何時作ったか全く覚えてないけども…!……あれ、私、何時出来合い物の玉子焼きとか買ったっけ…。此れ、私の作ったヤツじゃないよね…?私が作ったら、こんな上手くなんない上に形綺麗じゃないし…。出来合い物切って温めたらすぐ食える感じにでもしてたんかね?…ま、どうでもいっか。』


若干不安になるような心配になるような事を一人ごちた主の一日は、今日も始まるのだ。

俺は密かに其れを見守るだけだ。

端末の電源を入れっ放しにしていた事を主は忘れている。

今日も忙しく部屋を出て行く主の背中を、俺は静かに見送ったのだった。


執筆日:2019.10.15

【後書き】
企画テーマ故、時間指定をした感じの内容となりましたが、テーマ・お題が時間というのもなかなかに面白い企画だと思いました。選択した時間が深夜零時(表記上は「24:00」)ではありますが、真夜中の24時って何か色々な事や感情を彷彿とさせる時間帯ですよね。
そんな意味合いも込めて、今回お話を書かせて頂いた次第です。
お話の中では、働き詰めの女性に焦点を当てて書いておりますが、また別の設定の女性に焦点を当てたものだったら違う雰囲気のお話が出来上がったのではないかと思われます。
敢えて日々仕事に追われ草臥れてしまっている女性を夢主と致しましたが…如何でしたでしょうか。
ブラックな世の中に翻弄されている現実世界を思えば、親近感を抱く方は多いのではないでしょうか?
少しでもお気に召して頂ければ幸いに思います。
つきましては、素敵な企画をご用意してくださったつかさ様には大変感謝なのであります。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の書いた稚作を並べてくださり、誠に有難うございました。