ウチの主は出不精の審神者だ。
それも、かなりの引き籠り型の。
基本的に主は何時も自室に籠ったまま出て来ない。
偶に部屋から出て来る事があっても、其れは政府からの呼び出しや会合等と言った審神者としての責務であり、出席要請があった時のみで。
そういった必要最低限な用事以外では、全くと言える程本丸の敷地内基部屋の外へ出て来る事は無かった。
主が審神者となって本丸にやって来た当初からそうだったらしいのだが、其れには理由があった。
どうも主は、審神者となる前、この本丸という神域に来る前に…現世で色々とあったらしい。
初期刀に選ばれ顕現した陸奥守が言うには、どうやら人間関係で失敗しただとか、他人との輪に上手く溶け込む事が出来なかったんだとかが引き籠るようになった要因の一つだそうだ。
そんなんが色々と重なって、周りの奴等との間に自己防衛の為の壁を築いていったりして、気が付いた頃にゃ自ら孤立するように殻に閉じ籠っちまった、と…。
我等が主は、随分と辛苦の絶えない生活を送ってきたらしい。
故に、己の殻へ閉じ籠るように余計な感情は閉ざして周りを遮絶するかのように一つの部屋へ閉じ籠るようになったのだと。
ただの他人事として聞けば、“嗚呼、なんて哀れな奴なんだ”とかって同情したり、“たった其れだけの事で情けない奴だな”と罵り馬鹿にするだけで終えたのだろう。
しかし、この本丸の指揮者として存在する主の内情とあれば、単なる他人事として流す訳にはいかない事なのであった。
そもそもが主が部屋に引き籠る理由を聞けたのも、陸奥守等初期から存在する古参刀経由で…つまりは人伝だった。
…というのも、ウチの主は人間関係を拗らせてしまっているせいか、他人の存在を信頼するという事がなかなか出来なくなってしまっているようで…肝心な自分自身の事をそう易々とは話してはくれないのだ。
元々が口数の少ない質の人間だったのかもしれないが、今挙げていった理由等が重なってより無口に口を閉ざすようになったのかもしれない。
故に、必要以上の事以外にはあまり口を開かなかった。
其れでも、俺みたいな見てくれが良いとは言い難い刀を含めた皆一振り一振りを慈しみ愛でてくれた。
まるで、自分が他人に愛されなかった分を代わるように…。
主は完全な引き籠り野郎だったが、自らが顕現した刀全てを平等に扱い接してくれた。
其れは今現在進行形でも変わりはしなかった。
ただ、主の心を蝕み侵食していく、主を苦しめる楔みたいな闇は、日に日に主の精神を暗く寒いところへ落としていった。
主は、其れでも変わらずに俺達を愛でた。
―或る日の事だ。
何でもない事で、主が鋏を手に取った時だった。
其れは、ちょっと物を切るのに使う為で取られた物の筈だった。
だが、其れを持った瞬間にその手の物を見つめる目に浮かんだ仄昏い色が一瞬不穏に思えて、俺は咄嗟に声をかけた。
「おい。其れ、どうするつもりだ?」
『え……?どうするて…この封書の封切るのに使うだけだけど…。』
「本当に其れだけなんだろうな?」
『其れだけなのか、って…そりゃそうですけど。其れ以外に鋏使う理由無いですけど?』
「…なら、良いんだ。」
『はぁ…。』
主は不思議そうな顔で俺を見て、疑問符を浮かべた。
変な思考でも過った気がして、つい焦って其れを指摘しようかと思ったが、気のせいだったらしい。
俺は妙に早鐘を打つ鼓動に滲んだ額の汗を拭った。
―また或る日の事だ。
その日は、珍しく厨の手伝いをしたいと言って少しの間自室から出てきて、洗った食器等を一緒に拭いたりして片していた。
その最中、主がふと食器を拭くのに包丁を手にした時だ。
またいつぞやの不穏な気配がぞわりと俺を襲って、気付いた時には包丁を持つ主の腕を掴んでいた。
突然前触れも無く腕を掴まれた主は、驚いた様子で俺の方を見た。
『え…い、いきなり何…どうしたの?』
「その包丁貸せ。俺が拭く。」
『え…?いや、良いよ別に。私が先に取っちゃったし。これくらい拭けるよ。』
「良いから、貸せ。アンタが刃物持ってっと危なっかしくて見てらんねぇから。」
『えぇ…私どんだけ子供に見られてんの…。これでも良い歳なんだけどな。』
そう言って不服そうな顔をした主は、素直に俺に拭きかけた包丁を手渡した。
俺はその反応に酷く安堵して、ドッドッと早まった鼓動を誤魔化すように小さく笑って呟いた。
「俺等刀からしたら、アンタはまだ子供みてぇなモンだけどな。」
『そりゃそうでしょうけど…。流石に、二十歳越えてとっくに成人にもなった身で子供扱いされるのはどうかと思う。』
「そんだけまだアンタが未熟に見えるってこった。」
『酷い…地味に傷付くよ、其れ。』
まだ軽い軽口を言い合えるくらいだったから、安心しきっていた。
大丈夫、まだ大丈夫だ。
きっと今のも俺の杞憂に過ぎないって。
考え過ぎた結果、そういう風に見えちまっただけなんだと。
そう思い込む事で不安を打ち消そうとしていた。
…だけども、やっぱり、恐れていた事は起きた。
―また或る日の事だ。
何があったのか、仕事を片付けながらムシャクシャする様子の主が、不意に零したのだ。
『あ゙ーもう…っ、煩わしいなぁ…!こんなに痛んで使い物にならないなら、いっそこの手首突き刺すなり切り落とした方が良いのかなぁ?そしたら、もっと楽になるか?』
現世に居た頃に痛めたものだと言っていたその利き手を掴み、呪うように睨み付ける。
その際、痣が出来るんじゃないかと思う程に強く強く握るから、俺はとうとう我慢が出来なくなって、焦った様子を隠しもせずに主に大声で叫んじまった。
「おい、何やってる!やめろ…!!」
『ねぇ、同田貫もそう思うよね?こんな腕使い物にならないって。はぁ、本当厭だ。痛いし疼くし。いっそ切り落として無くした方が邪魔にならないよね?』
「んな事したって、アンタが余計に辛い思いするだけだろ…っ!」
『どうせこのままなら、傷付けて余計に使い物にならなくするか、切り落として無くすかした方がよっぽど周りに迷惑掛けないよ。そしたら、この仕事の量も減らしてもらえるかもしれないし。減らしてもらえなくても、今よりもっとゆったりとした期限を設けてもらえるかもしれないじゃん?』
「アンタの躰だろ!?もっと大事にしろよ…っ!!」
『もう良い加減疲れたんだよ…。煩わしさしか生まない痛みなんて邪魔でしかない。だったら、其れを無くしてしまえば良い。そしたら私は楽になれる。』
「頼むから、そんな馬鹿な真似やめてくれ…っ!!」
主の心は、とっくに壊れてしまっていた。
俺は其れに気付けなかった。
主が何か刃物は無いかと辺りを探す。
俺は其れを必死に止めた。
そうしたら、ふと急に動きを止めた主が俺の方を振り返って見て、こう言った。
『嗚呼、そうだ…。切り付けるだけなら、もっとマシな刃物が身近にあるじゃない。同田貫の本体、貸してよ。この腕斬るから。』
「は………アンタ、何言って……っ、」
『ちょっと斬るだけだから。一時的にでも使い物にならなくしちゃえば、その間私は楽になれる。少しでも楽になりたいの。だから、同田貫の本体貸して?』
「な…っ、ふざけるな…!!誰がんな事の為に刀貸すかよ…ッ!!アンタ、今正気じゃねえんだ!!しっかりしてくれ…ッ!!」
『お願い、ちょっとで良いの。同田貫の本体を貸して?』
「嫌だ…ッ!!アンタをこれ以上傷付けるような事はしたくねぇ…っ!!」
『少し傷を付けるだけだから、安心して?何なら…同田貫が私のこの手首斬ってよ。』
「ッ、は………………?」
俺は一瞬訳が解らなくなった。
主が昏く澱んだ目をして、俺に真白く細い腕を晒す。
主は何て事ないように小さな笑みを浮かべて口を開いた。
『どうせ傷を付けるなら、そんじょ其処等にある適当な刃物じゃなくて、ちゃんとした刀の方が良いものね。自分の信頼した刀なら、何の心配も要らないし。同田貫なら、刀の使い方も慣れてて、加減するのだってお手の物でしょ?』
「…………な、に……言って………………、」
『お願い、同田貫。辛いのから私を解放して。』
主がそう俺に縋り言った。
もう俺達は狂っちまったんだと悟った。
其れがきっかけとなったのかもしれない。
自身に晒された主の呪われた手首をそっと手に取って、見つめる。
「………本当に斬っちまって良いのか。」
『うん。そしたら私は楽になれるから。』
「……斬るのが、俺なんかで良いのか。初期刀の方が良いんじゃねえのか。」
『ううん。斬られるなら、同田貫の方が良い。同田貫が良いの。』
主が優しく微笑んで俺を見つめた。
まるで、此れから斬られる事なんか無いとでもいうように。
…俺を安心させるかのように。
何時も主は自分の事は後回しだ。
だから、こんなになるまでに壊れてしまった。
主の心が少しでも楽になれるというのなら、俺はその為に力を奮い、刀を振ろう。
俺は自身の腰に在る本体に触れて告げた。
「………解った……………なるべく痛くねぇようにする。」
『別に痛くしても良いよ?今の痛みよりかは、きっとずっとマシだから。』
そう眉を下げて笑って言われた言葉が、どうしようもなく俺の思考を鈍らせた。
そんな、変に勘違いするような…期待をしてしまうような事、言わないでくれと泣きそうになった。
俺が情けなくも顔を歪めるから、主はその温かな柔らかい身で俺を包んだ。
『泣かなくて良いよ。此れは私が不甲斐ないせいでなった事だから。同田貫は何も悪くないよ。』
「…………すまねぇ………ッ。」
『謝らなくて良いよ。寧ろ、酷な事を頼んでごめんね。そして、私の我が儘を聞いてくれて有難う。』
本当に、酷な事を頼む主だと罵ってやりたかった。
でも、そうしなかったのは、主があまりにも綺麗な顔をして笑うから。
全部を独りで背負い込もうとするから。
その重荷の一欠片でも一緒に背負えてやれたらと思ったから。
俺は主の飛んでもない望みを叶える為に刀を取った。
「………少し、傷付けるだけで良いんだな。」
『うん。其れで良いよ。一時的に使い物にならなくなるだけだから、大した事ないよ。』
完全に使えなくなるようには決してしない。
後の生活に支障が出ない程度にする。
斬った事で生まれる小さな支障は全て俺が世話してやれば良い。
そう心に決め付けて、俺は主の狂ったような望みに従い、真白い柔肌に刃を滑らせた。
刀で斬り付けられた痕は、刀傷となって一生残る。
だから、なるべく痕には残らない形で主の手首に傷を付けた。
刃先が触れた瞬間、柔らかな肉はプツリと簡単に切れて、赤い筋を作った。
主は痛がる様子も見せず、斬られる様をただただ無表情に見つめていた。
―其れからというもの、主の真白い片手首には呪いが掛けられたような痕が残っている。
俺の刀で傷付けた、小さな傷痕が…。
俺の紋のようなものが浮かび上がった形で。
執筆日:2019.09.15
【後書き】
当作品は、企画サイト様に参加から作品提出までかなりの短期間で完成したお話となっていて、我ながら内容は暗めですけど気に入っている作品でもあります。参加したいと思うテーマ・お題を見付けてからお話の構想を練り上げ、そして書き上げるまでのスピードがかなり速かったと記憶しておりますね。
現在進行形の推しキャラがとうらぶの同田貫ことたぬさんだったので、お話を書くならお相手は彼であるのは勿論なのですが、審神者との距離感を自然に丁度良い距離感で保っているのが彼なのかな…、と個人的にも思ってる点で彼を視点において書いた作品にもなっております。
彼とは、お話の中でも、またリアルにゲームの中でも自然な感じの距離感で徐々に水面下で強固な絆を築いていけたら良いなぁ〜と思っている今日この頃です(笑)。
素敵な企画をご用意してくださった宮様には大変感謝なのです。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。
当作品は、企画サイト様に参加から作品提出までかなりの短期間で完成したお話となっていて、我ながら内容は暗めですけど気に入っている作品でもあります。参加したいと思うテーマ・お題を見付けてからお話の構想を練り上げ、そして書き上げるまでのスピードがかなり速かったと記憶しておりますね。
現在進行形の推しキャラがとうらぶの同田貫ことたぬさんだったので、お話を書くならお相手は彼であるのは勿論なのですが、審神者との距離感を自然に丁度良い距離感で保っているのが彼なのかな…、と個人的にも思ってる点で彼を視点において書いた作品にもなっております。
彼とは、お話の中でも、またリアルにゲームの中でも自然な感じの距離感で徐々に水面下で強固な絆を築いていけたら良いなぁ〜と思っている今日この頃です(笑)。
素敵な企画をご用意してくださった宮様には大変感謝なのです。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。
