守刀...奇跡の顕現。
或る日、何処かのしがない女性が専門ショップの袋を手に店から出てきた。
その表情は緩やかに綻んでいる。
袋の中身は、とある刀を模したフィギュアだった。
スケールは、八分の一くらいのサイズと言ったミニチュアサイズである。
その刀とは、彼の有名な新撰組隊員・沖田総司の愛刀とされる打刀・加州清光。
現在、巷で人気のオンラインゲームにも審神者の初期刀として出てくる刀だ。
彼女、凛は審神者でないどころか、そのゲームをプレイした事すら無い者だったが、イラストや其れ等のグッズを一目で気に入り、作品を好きになったのである。
中でも、初期刀メンバーの一振りである加州清光がお気に入りだった。
その為、彼を模したグッズやら、イメージカラーの衣服を選んだりと、大好きな嫁を愛でていた。
今日もそんな内のワンシーンを切り取ったような一日であった。
『ふっふふ〜ん…!今日は良い買い物しったぞ〜!!にゃんたって…心からずっと欲しかった刀のフィギュアを手に入れたからなっ!!しかも、刀剣清光!とうとう買っちまったぜ…。だが、後悔は無い…っっっ!!』
「まぁ、フィギュアと謂えど…かなりちんまいがな。」と心の内で小さく呟く。
お金の事情柄、本物サイズに近いフィギュアや模造刀は買えないのである。
だから、今はまだこれで我慢…と言う事なのだ。
そう、“今は”だ。
我が家に来た日から、ちまい刀剣(フィギュア)は、ある種守刀のような扱いで奉られる(飾られる)事になったのだった。
場所は勿論ながら、彼女の部屋。
謂わば、寝床である。
枕元に近い空いたスペースに、ちまい刀剣はセッティングされた。
彼女曰く、朝目覚める時も夜眠りに就く時も側に置いておきたいからだそうだ。
目を開けると同時に“おはよう”の挨拶を。
目を閉じると同時に“おやすみ”の挨拶を。
我が手元にやって来たその日から、凛はとても大切に愛情を込めて触れた。
もし、いつか叶うなら、この小さな守刀に彼の付喪神が宿ってくれますように…。
そんな彼女の想いに応えるように、小さな守刀は、彼女を静かに見守るのだった。
―或る晩の日…。
彼女はいつものように守刀へ声をかけてから眠りに就いた。
『おやすみ、清光。今日も寝てる間宜しくね。』
にこりと優しく微笑んで、夢へと堕ちた凛。
しかし、今宵は静穏安らかな晩とはいかなかった。
ザワザワと木々を揺らす夜風。
其れが、隙間から入ってきて、カーテンを揺らした。
カタリ、と物言わぬ守刀が震えた。
何かの暗示を指すが如く。
不意に、宵闇に飲まれた空気が揺らいだ。
不穏な空気が、彼女の部屋へと流れ込む。
ザワリと粟立つ空気に、ふと何やら察して目を覚ました凛。
まだ夢心地で眠い目蓋をゆるりと持ち上げる。
すると、暗闇に向けた視線はあらぬモノを映した。
『ッ…!?ぅ゙、ぁ゙……っ!』
寝起きで上手く出ない喉が、掠れた悲鳴を上げた。
小さな声だった。
寝静まった真夜中では、あまり気にされない範疇だろう。
見知らぬ男の影が、銀の鈍色に光らせた物体をちらつかせている。
刃物だ。
恐らく、ニュースや刑事ドラマでよく見る、サバイバルナイフ程の獲物であろう。
其れを、数秒前まで眠っていた彼女へ向けていた。
『ッッッ……!!』
凛の意識は完全に覚醒していた。
咄嗟に思わず手を伸ばした先は、守刀の方向。
そして、彼女の手が鞘に触れた。
一瞬の違和感。
小さな刀掛けに鎮座していた守刀ではない。
真の大きさと思しき刀を己が手は掴んだ。
が、意識は目前に迫る危機に向いている。
意図せず、無意識に己が刀を前方へ振り抜いた。
(―清光…ッ!!)
恐怖のあまり、固く目を閉ざした時だった。
ガキン…ッ!、と強くぶつかり合った金属音。
予想だにしていた痛みは、一向に訪れる気配が無い。
そろり、と恐る恐る目を開ける。
すれば、目前に広がるは、何とまぁ摩訶不思議な光景であった。
「―アンタが、俺の新しい主な訳…?」
視界の端に映る薄桃色の小さな花弁。
紅色に染められた襟巻が、ふわりと宙を舞った。
黒地に赤が映える戦衣裳。
其れは、幾度となく、画面越しに見つめた彼の姿。
「加州清光。川の下の子で、扱いづらい刀だけど、良い剣のつもり。…で?呼び出されたと思ったらこの状況って、どういう事…?」
キンッ、と鋭い音を響かせて、男の獲物を圧しやった彼は、淡々と言の葉を紡ぐ。
「なっ…!!何なんだ手前ェは…っ!?」
「それは此方の台詞…。俺の主に何してくれちゃってんの…?アンタ、殺されたい訳?」
「ひぃ…っ!!」
形勢は逆転。
赤く耀く瞳に凄まれ、竦み上がった男は情けない声を洩らした。
先程までの猟奇的雰囲気は何処へ行ったのやら。
彼が再び構えを取った瞬間、男は足を縺れさせながらも、侵入してきた先であろうベランダから一目散に逃げていった。
近くでパトカーのサイレンが聞こえ始めた事から、騒ぎに気付いた近所の誰かが通報したのだろう、時期に奴は捕まる筈だ。
最早、逃げ場は無い。
「大丈夫、主…?何処も怪我とかしてない…?」
今更になって現実を受け止め始めた脳が、処理した情報によって埋め尽くされる。
おかげで、遅れてきた震えが今全身に駆け巡り、涙の膜が網膜を覆う。
『き、よみ、つ……?』
「うん、俺だよ。加州清光だよ。」
『ほん、と、に…?』
「そうだよ。主に呼ばれて、顕現したんだ。」
『ほんとに…ほんとのほんとに、清光なの……?』
「だからさっきから言ってるじゃん。他に誰が居る訳?まだ信じれない…?」
呆れたような笑みを浮かべて此方を向き、屈み込む彼。
彼の手に握られるは、今しがた己が握っていたであろう刀身。
其の戻るべき場所である赤き鞘は、自身の手の中だ。
「ずっと持っててくれたんだ…。ありがとう。少しは役に立てたかな…?」
『ど…して…?だって、私の清光は、ちっさい……、』
「そ。俺、本当はちっさい飾り物だった筈なんだけど…。主が毎日祈ってくれたから。愛情たっぷり注いでくれたから。俺の事、大事にしてくれたから、顕現出来たんだよ。」
ふいに、バサリと上着を脱いだ彼は、其れを彼女の肩を覆うように掛ける。
「俺の事、買ってくれてありがとう。」
くしゃり、と撫でられた頭。
「改めまして。初めまして、主。今日から宜しくね。」
『っ………、うん…ッ!宜しく、清光…っ!』
「俺が満足するまで、たっぷり愛してよね?」
背中を優しくポンポンされたところまでで、凛の意識は途切れた。
翌日、目を覚ました時は大騒ぎだった。
質の悪い輩の深夜の押し入りだったらしく、容疑者はすぐに捕まり、事無きを得たが、一つの事件として扱われ、地元では一時騒然と伝えられた。
容疑は、銃刀法違反及び殺人未遂の疑いで現行犯逮捕との事。
後にニュースにまでといった報道沙汰になったが、彼女のメンタル面を気遣ってか、代理の者が質疑応答していた。
―当事者である凛は、そんな事件の内容をぼんやりと布団に寝た状態で聞いていた。
枕元には、昨々日の晩に舞い散った薄桃色の花弁がまだ残っている。
小さな守刀は、変わらず、彼女の側に置いてある。
ただ一点、異なる点が一つある。
「主ぃー…?じゃなかった、凛ー?そろそろ起きようよー。」
『…もう起きてるよ。』
「あ、何だ。起きてるんじゃん。おはようっ。」
『おはよう…。』
「朝餉、もう出来てるよ?冷めない内に食べて。今日のは俺が作ったんだから!内番って言うんでしょ?こういうの。だから早く起きてきて。一緒に食べよう?」
『…うん。ありがとう、清光。』
我が守刀に、本当に付喪神様が宿ってくれたという事だ。
執筆日:2017.06.13