愛刀...言葉は伝えるもの。



彼が、本当の意味で我が家の守刀となり、数日が経った。

本体というのか、顕現する為の媒体というのかは解らないが、相変わらず、小さな守刀は彼女の枕元に鎮座している。

そして、人の身を得た彼は、顕現せしめた主である彼女の元に居た。


「あーるじ…っ!」
『…何度も言ってるけど、私、主じゃないよ…?確かに、不可思議にも、奇跡的に顕現させたのは事実だけど…私、審神者じゃないから。』
「解ってるって〜。ごめんごめん、つい感覚的に呼んじゃうんだよなぁ〜…。コレ、癖か何かかな?」
『さぁ…?顕現する上での刷り込みとか?』
「えぇ〜…っ!やだ、そんなの…。それじゃあ、まるで、凛の事好きなのが嘘っぱちみたいじゃん。」
『でも、実際有り得るかもよ…?そうやって主となった者へ慕わせて、審神者の言う事を体良く言い聞かせる為の政府の策略かも。』
「俺は、心の底から凛の事が好きなんですぅーっ!」
『はいはい、ありがとう、清光。』
「むぅ…っ。出たよ、その塩対応…。凛ってば、つれなぁーい。」


軽くあしらうように彼女が返事を返せば、不満げな顔を隠さずに露にする清光。

しかし、彼女は特に気にしていないように取り合わない。

そんな凛の対応に、清光は表情を暗くし、口を閉ざす。

彼女の言うように、確かに、彼女は彼の主ではない。

何故ならば、彼女は審神者ではないからだ。

本来なら、彼を顕現するのは、審神者を勤める人間でなくてはならない。

加えて、彼は本丸で本物の刀として顕現されなくてはならない。

しかし、どちらの条件も当て嵌まってはいないのである。

何せ、彼は、ただの小さな刀のフィギュアに宿った付喪神だからだ。

其れは、異例も異例で、イレギュラー過ぎる出来事であった。

故に、彼はその事を気にして、半ばコンプレックスとなっていた。

自身は、本当の意味で顕現してはいない。

本物の加州清光ではないのだ。

だから、意図せず顕現した自分は認められず、存在を良しとされていないのだ。

なら、何故自分は顕現してしまったのか。

敵の居ない平和な世界での自分の存在意義は、何なのか。

口には出してないが、彼は一人そう思い込み、悩んでいた。

そんな事、彼女が微塵の一つも思っていないという事も知らずに…。


―事は、彼女の日常の中での事において起きた。


『はぁ〜…可愛いよなぁ〜、格好良いよなぁ〜…っ!』
「…ねぇ、凛…何見てんの?」
『ん…?イラスト投稿サイト!世界中の不特定多数の皆さんが、思い思いに描いた作品がたくさん掲載されてるサイトだよ。お気に入りの絵師様や作家さんがいるから、よく見てるんだぁ〜!綺麗なイラストがいっぱい見れて眼福やねぇ〜…っ。』


画面を見つめながらニコニコとする彼女。

「ふぅん…。」と彼は適当に相槌を打ったものの、心此処に在らずといった様子だった。

様々なイラストを眺めた次は、動画サイトを開き、アニメを見る。

其処に映る物を見て、彼はポツリと言葉を零した。


「…凛は、やっぱり戦ってる俺が好きなんだね…。単なる物としての俺じゃなく、刀剣男士として敵と戦える俺が…。」
『え……?』
「まぁ、普通そうだよなぁ…。本来はそういう存在なんだもん。でも、俺は違う…。武器として振るえても、俺は本物の刀じゃない。存在意義も解らない、ただのお飾り物な半端者だ。」
『え…?ちょ…っ、清光…?』
「凛は、こんな俺より、敵と戦えて、ちゃんと刀として振るえる加州清光の事の方が好きなんだよね…。」
『清光?清光ってば…っ。さっきから何の話…?』
「どうして俺は顕現しちゃったんだろ…。本物の刀でもないのに、主は審神者でもないのに…っ。」


先程から零される譫言のような言葉に、凛は彼の肩に触れようと手を伸ばした。

そして、突如として、彼の本音を聞かされたのだった。


『きよ、みつ……。』


伸ばした掌は、宙で止まる。


「審神者じゃないから、俺は主と呼べない…。俺にとっては、凛は主なのに。主と呼べないなら、俺は何なんだよ…。刀剣男士って何なの…?敵と戦う為なんじゃないの…?だったら、俺は何なの?敵も居ない平和な世界で、俺はどうすれば良いの?刀としても振るえなくて、守るべき主も居ないなら、俺はどうすれば良いんだよ…っ!」


キィン…ッ、と小さな余韻が耳鳴りとして聞こえた。

行く手を失った手は、彼に触れる事も無く、地に下ろされる。


『………ごめ、ん……っ。』
「良いよ、謝らなくて…。凛は悪くないんだから。」
『でも……っ!』
「俺が間違ってたんだ…。こんな場所で顕現しちゃったから。こんな場所で顕現しなければ、凛を困らせる事も無かった…。そんな顔させずに済んだ。ごめんね…?こんなどうしようもない不出来な奴でさ。邪魔者なら、消えるからさ…だから、そんな顔しないでよ、凛。」
『間違ってなんかない…!間違ってなんかないよ、清光…っ!!だから、消えるだなんて言わないで…!!』


下ろした筈の手を、再度伸ばす。

今度は、しっかりと彼に触れた。


『清光の事、邪魔者だなんて思ってないよ…?』
「でも、俺…っ、何の役にも立ってないじゃん…!」
『ちゃんと役に立ってるよ。』
「何処が…っ!?俺の何処が役に立ってるっつーの…!?」
『私の側に居てくれてるじゃんか。』
「へ………。」


ぽろぽろと目の端から涙を流し始めた清光。

そんな彼の頬に、彼女はそっと触れた。


『清光は、あの時、私を守ってくれたよ。あの時、清光が現れてくれなかったら、今頃私は死んでるか、良くても病院送りになって入院してる頃だと思うから。』
「あ、アレ、は…っ。」
『殺されるかもしれない、死ぬかもしれないって思った途端、恐くて恐くて仕方がなかった。今さっきまで寝てた自分に刃を向けられてるんだって解った瞬間、恐怖で頭がいっぱいになった。だけど、そんな中、無我夢中で御守り代わりに掴んだのが、清光だったんだよ。』
「ぇ………?」


涙で汚れた顔が、一瞬キョトンとなって、涙で濡れたまま彼女の方を向いた。


『恐くて恐くて堪らなかったのに、想った事は清光の事だったよ。大好きな清光自身である刀のフィギュアを御守りにするくらいだったから、死ぬかもしれないって恐怖の中心の中で叫んだのは、“もし奇跡が起きるのなら、起きて。私を助けて…!”って言葉だった。だから、清光が本当に顕現してしまった事は、間違いなんかじゃないんだよ…?清光を呼んだのは、きっと、私だから…。』
「凛…。」
『でも、本当に顕現させてしまった事に戸惑っていたのは、事実だよ。現実的に考えて不可能な事を起こしてしまったから。だから、清光にも余計な不安を与えてしまったのかもしれない…。私の方こそ、ごめんね…?』
「いや、凛は悪くないって…っ。」
『それに、誤解を招くような言い方して、ごめん…っ。主呼びしないでって言ってたのは、審神者でもないただの一般人が主呼びされるのは、違うんじゃないか、烏滸がましいんじゃないかって思ってたからなんだ…。ちゃんと話しとけば良かったね。そしたら、こんな風に混乱させる事もなく、哀しそうな顔させずに済んだのに…ごめんね。』


ぽろぽろと涙を流す彼の両手を取り、優しく握ってやる凛。

そんな彼女は、柔らかに微笑み、うっすら涙の膜が出来て潤んだ瞳で、彼を真っ直ぐに見遣る。

途端、清光は、堪らず彼女を抱き締めた。


「ごめん…っ、ごめんね、凛…!泣かせるつもりはなかった…っ!!さっきは、傷付けるような事言ってごめん!本当にごめん…っ!!」
『もう良いよ…清光。心の内を打ち明けてなかったお互いが悪かったんだから。お相子様だよ。』
「お願いだから、俺の事嫌いにならないで…!捨てないで…っ!!」
『大丈夫、こんな事くらいで、清光の事嫌いになったりしないよ…?』
「本当に……?俺の事、捨てたりしない…?」
『捨てたりもしない。大丈夫だって。だから、安心して…?』
「…う、うん…っ。ごめん、急に抱き付いたりして…。」
『良いよ。寧ろ、何時でもどうぞ?だって、私、清光の事大好きだもん。』


気持ちが落ち着いたのか、ゆるりと身を離した清光。

無意識に抱き付いた事が恥ずかしかったようで、その顔は伏せられていてよく解らなかったが、恐らく、涙でぐちゃぐちゃになっている事だろう。


『だからさ、顔、上げて…?』
「…やだ。今の俺、スッゲェ不細工だし、絶対可愛くないから…。無理。」
『そんな事ないよ。清光は、何時でも可愛いよ…?だから、顔見せて。』
「やーだ…っ!こんな涙でぐしゃぐしゃになった不細工な顔、凛に見せらんない…!可愛くない俺なんて、絶対ぇ嫌われるだけだもん!!」
『頑固だなぁ…。』
「そうだよ。どうせ、俺は、頑固で面倒くさい、扱いづらい刀だよ…っ。だから、きっと何時か、愛想つかされる…。凛にも嫌われる…。」
『…はぁ〜…っ。清光…?』
「っ…。な、何…?」


呆れて溜め息を吐けば、ビクリと肩を揺らした彼。

どうやら彼は、思った以上にも臆病で、自身にコンプレックスを抱いているようだ。

そんな彼をまた傷付ける事無いように、彼の気持ちにそっと歩み寄り、優しく語りかけた。


『さっきも言ったけども、私は清光がどんな姿でも大好きだよ…?だから、どんな清光も可愛く見えるし、可愛く思える。全然不細工なんかじゃないよ…?だから、こっちを向いて?』
「………見た後で、後悔しない…?やっぱり可愛くなかった、って…。」
『しない。だから、こっちを向いて…?』


ぎこちない動きで、恐る恐る此方を向いた清光。

散々泣いた為か、すっかり鼻や目の周りは赤くなっており、瞼は赤く腫れてしまっている。

しかし、ちっとも不細工なんかには見えなかった。


『ほら、やっぱり可愛い。泣き顔だって可愛い、私の清光だ…!』
「…凛、の…?」
『うん。だってそうでしょう…?私が呼んだんだもの。だから、清光の主は、私だよね!』
「俺の、主…。」


まだ眦に残る涙を指で拭ってやり、言う。


『加州清光。審神者ではない私だけれど、一緒に付いてきてくれますか…?』
「…俺を…愛してくれるの?」
『勿論…っ。だって、貴方は、かけがえのない、私だけの清光だもの。あの時、私を守ってくれた、大事な大事な守刀の清光…。どうか、これからも一緒に居てくれますか?』


差し伸べられる、頼り気のない彼女の手。

彼は、小さく微笑んで、言った。


「此方こそ、改めて宜しくお願いします…っ、主!」


お互いに涙で濡れた瞳で、固く握り合った掌。

その手は、少し湿り気があれど、温かい。

奇跡的にも結ばれた縁が、強く結ばれた出来事であった。


執筆日:2018.08.02