光忠は、偶に居なくなる事がある。
それは、決まって雨の降る日だ。
前の飼い主を探しているのか、はたまた、以前言っていた何か別の大事なものでも探しているのか。
それは、本猫が言わないので解らない。
だからと言って、敢えて此方から訊くという事もしない。
本猫の気が済むまで、何もしない。
しかし、何も言わず忽然と消えるように居なくなるので、飼い主として心配しないのかといったら、それは話は別である。
今の私にとって、彼は欠けてはならぬ大切な一部だ。
だから、ある程度時間を置いたら、探しに行く事にしている。
最初こそ、居なくなったと気付いた時点で慌てて探しに出ていたが、今は少し時間を置くようにしている。
彼にも、彼なりの理由があるだろうから。
―今日も、そんな内の一日だった。
朝から雨が降っていて、今日は仕事が休みだったのもあって数時間自室に籠っていた。
そして、部屋から出た時に、彼が居ない事に気付く。
彼は、突然居なくなる時、何も言わないし何も書き残さない。
普段買い出しなどで出掛ける際は、必ず書き置きが残してある。
それが、唯一の判断材料だ。
そして、今日は、書き置きが無かった。
つまり、それは、いつものアレだ。
彼は、突然居なくなる時、決まって傘を持たない。
なので、帰って来る時はいつもずぶ濡れなのである。
おまけに、探しに行かないと帰って来ない。
だから、探しに行く時は、携帯とタオルに傘を二本持っていく。
だが、実質のところ、使う傘は一本だ。
迎えに行った時、何故かいつも私が差している傘を光忠が持って私が入る形になり、もう一つ持っている筈の方は使わないからだ。
それでも、一応持っていくのである。
そして、今日も同じように傘を二本持って家を出た。
今日もいつになく土砂降りの日だった。
「これは、帰り着く頃にはびしょ濡れになるな…。」と、一人内心でごちる。
パシャパシャと水を跳ねながら、とうに暗くなった夜道を歩く。
暫く歩いた先で、見覚えのあるシルエットが見えた。
光忠だ。
こんな土砂降りの中、とある広場に一人ポツンと立っていた。
彼の視線は上向きで、何も発さず黙って雨降る空を眺めていた。
どんな表情をしているのかは、青みがかった黒い長めの前髪に隠れて見えない。
ただただ、雨に打たれながら彼は立ち尽くしていた。
全身ずぶ濡れで、最早服など元の色が分からないくらいに変色している。
『―…見ぃ付けた。』
単純に思った言葉をそのままポツリと呟く。
しかし、彼は気付いていないのか、一向に此方を向く事はない。
格好は常に整えておくべきだとする光忠は、いつ何時も格好良く居たいらしい。
故に、彼はいつもきちんとした身形をしている。
が、今はその真逆で、何とも情けない見映えになっている。
完全なる濡れ鼠だ。
普段の彼なら、格好悪いだの無様な姿は見せたくないと宣っている事だろう。
(…まぁ、常に格好良いのも困りものだから、これくらいで丁度良いのかな…。)
傘の先っちょから、ポタポタと雨雫が滴り落ちる。
私達の周りはザアザアと降る雨音で煩く、まるでその場所だけを一部切り取られたように思えて、何処か孤立したような錯覚に陥った。
『光忠ぁー。』
いつも通りの声音で、そう短く名を呼んだ。
すると、ずっと見上げていたのであろう首を此方に向けた。
せっかく時間をかけてセットしたであろう髪も、今はびしょ濡れで元気がない。
いつもははっきり見えている片目も、濡れた前髪に覆われていて見えない。
それはそれで、いつもと違う雰囲気を味わえるのだが…。
明らかに鋭さが増した雰囲気なので、少なからずその事を気にしている彼からしたらさぞ複雑な事だろう。
『…探したよ。早く帰ろう?風邪引くよ。』
彼の元まで歩いていけば、無言で掠め取られる傘。
その傘は、主に私の方に傾けられている。
(自分は既に濡れているから、これ以上濡れても関係無いってか…。)
持っていたタオルを見せると、これまた無言で身を少し屈めて、拭きやすくしてくれる。
お言葉に甘えて、わしゃわしゃと遠慮無く拭かせてもらう。
余計にグシャついた髪の毛を、荒めに後ろに撫で付けてやる。
見えづらくなっている顔も、片側の前髪を耳に掛けてやる事で、少しはマシになるものだ。
クソ…ッ、イケメンは何やってもどんな姿でもイケメンだから狡いよな…!
なんて思い、ちょっとばかしお仕置きだと冷え切った頬を抓った。
『全くもう…っ、心配させないで。毎度の事だけども。』
これでも怒ってるんだぞアピールで、片方の頬っぺたを膨らませる。
彼はただ虚ろな目でそれを見つめてくる。
『ほぉら、早く帰ろう?私達の家に。』
そう言って彼の手を引いて、始めて動き出す二人。
『取り敢えず、家に着いたらお前、即風呂行きな。しっかり身体温めてくるまで出してやんないから。』
あまり表情を見られたくないかもとの配慮で、頭からタオルを被せた状態で手を引いて歩く。
冷えに冷え切った彼の手に私の体温を移すように、強く握って。
帰路の間、終始無言だった光忠は、家に帰り着いても無言だった。
いつもの事だ。
前以て用意していたタオル数枚と着替え一式を手渡して風呂場へ押し込むまでが、彼がプチ家出(仮命名)した際のいつもの流れである。
だが今日は、この時だけ、いつもと違った。
風呂場へ押し込んで、さぁ廊下の後片付けだと意気込んで、腕を捲り上げながら背を向けた時だった。
不意に、くい…っ、と引っ張られた袖にピタリと足を止め、くるりと頭を向ける。
「……君も、一緒に入ろう…?」
そう小声で呟かれた。
しょんぼりとした空気の彼に、誰が断れるだろうか…?
例え、それが共に入浴をしてくれとの誘いでも。
小さく嘆息して、身体の向きを彼へと戻す。
『ん…、良いよ。それでしっかり温まってくれるのなら。』
大人しく頷く光忠。
元が猫だから、可愛くて仕方がない。
だから、彼が口にしてくるそれがどんな内容のお願いであろうと聞いてしまうのである。
故に、彼を飼う(?)飼い主としては駄目な飼い主になってきている気がしている、今日この頃であった…。
執筆日:2019.08.21
加筆修正日:2020.02.02