主夫降臨


何とか立ち直った韓來は、作りかけだと聞いた料理を彼の背中越しに覗き見てみた。

成程…おかずは、味噌汁とほうれん草の和え物か。

正に、純和食といったメニューだ。


「簡単な物だけ先に作ってたんだよ。今出来てるのは、和え物とお味噌汁で…他のおかずは、これから作るところだったんだ。君が起きてくるのはもう少し後だと考えてたから、さっきスイッチ押したばかりの御飯はまだ炊けてないんだ…。もうちょっと早めに準備しておけば良かったね、ごめんね?」
『いえ、大丈夫ですよ。前以って買っておいたパンが代わりにありますので。私…元々、普段から朝食はパン派で、御飯じゃなくパンを食べてたんですよ。』
「そうだったんだね…。じゃあ、朝は何時も何を食べて仕事へ行ってるの?」
『朝は基本ドタバタと忙しくて時間が無いので、大方前以って店で買ってきていた菓子パンや惣菜パンで済ませてますね。簡単にでも早く腹が満たされれば其れで十分ですので。』
「な…っ、なんて不健康な食生活してるんだい…っ!?それじゃあ、栄養が偏ってしまうじゃないか…!」
『まぁ、そういう反応になるでしょうねぇ〜…。(あは…っ、光忠なら絶対そう言うだろうと思った。)』
「君は…っ、取り敢えずその偏った食生活を直さなきゃ…!そんな食生活を続けてたら、躰に毒だよ!?はいっ、作り終えてるお味噌汁!パンだけ食べるなんて駄目だよ!!他の栄養も摂らなきゃ…!あと、和え物もよそってあげるから、ちゃんと食べてね…ッ!!」


ドンドンッ、と食卓に置かれる出来立てのおかず達。

彼が居る間だけは、きちんとした食事を摂るように心がけようと思った韓來であった。

普段と比べたら些かちゃんとした朝食を口にしつつ、軽く脳内へ現実逃避するべく明後日な事を考えていると、作る手を止めた彼が向かい側に座る。

そして、自身が飲むお茶を湯呑みへ注ぎながら話しかけてきた。


「さっき、“忙しくて時間が無い”って言ってたから…食事の邪魔にならない様、必要最低限の事だけ訊くね?」
『はい…、どうぞ。』
「君は、朝は何時も此れぐらいの時間に起きるのかい…?」
『まぁ、大体そうですね…。私、電車通勤してるので、此れぐらいの時間に起きないと間に合わないんですよ。田舎故に電車の時間や本数は限られているので。』
「成程…結構早めの時間なんだね。ほぼ夜が明ける頃には起きてるって事か…。何だか、本丸での僕等の生活と似てるね。」


もぐもぐと口と箸を動かしつつ、彼からの質問に答える韓來。

話しながらでもある為、普段より噛む速度が速めだ。


「お昼は、何時もどうしてるの…?もしかして、会社で出たりしてるのかな?」
『いいえ…?基本的には、常に各自持参ですよ。夜勤がある時だけ、会社の奢りで晩御飯が出る事もありますが。基本は、職場までの行き道で買って行ってますから、そう心配しなくて大丈夫ですよ。』
「へぇ…。持参って事は、やっぱりお弁当が要るんだね。世の中にはコンビニなんて便利な物があるらしいけど、食べるのならお握りだけだとかそんな簡単な物じゃなくて、しっかりとした物を食べた方が良いに決まってる。じゃないと、栄養が偏ってしまうしね。…で、やっぱり其処でも君は簡単な物しか食べてなかったんだね。明日からは其れも直していこうね。其れで…質問は変わるけども、今日の帰りは何時頃になりそうだい?」
『えぇっと…たぶん、夜の七時過ぎ頃になりますかね…?通常通りのシフトで“定時で帰れれば”、ですけど。んーっと、光忠さんの時代的に言えば、何て言ったっけ…?十二支で数えたら…え〜っと、何の刻って言ったら良いんでしたっけ。すみません、勉強不足で…。』
「ふふ…っ、わざわざ僕用に言い換えてくれなくても分かるから良いよ。でも、有難う。干支が時間の刻を指していた事、よく知ってるね。」
『無駄に知識だけは豊富ですから。意外と雑学的な事は知ってますよ?』
「其れは凄いね。知識が豊富なのは良い事だ。」


と、そうこう会話をしている内にさっさか食べ上げた彼女は食器を下げ、歯磨きをしに部屋を移動する。

其れを済ませたら、今度は化粧をしに二階の自室へと忙しなく動く。

一人ポツンと居間に残された彼は、ズズズ…ッと静かにお茶を飲む。


(本当に忙しそうだな…。必要な事だったとはいえ、あんまり話しかけない方が良かったかな?今度からは、訊きたい事はなるべく彼女に余裕がありそうな時間帯の夜に訊く事にしよう…。)


パタパタと動き回る彼女が用を済ませ、家を出て行くまで、自分の行動を少し省みながらお見送りをする燭台切だった。


「…さて、彼女が仕事に出掛けた事だし、僕も朝餉にしようかな…っ。まだ作り途中だったのもあるし、ささっと作り上げて食べ終えちゃおう。そしたら食器を洗って、洗濯に取り掛からなくちゃ…っ。」


手際良く調理を済ませると、彼女が出て行く前くらいに炊けた御飯をよそって食べる。

一人で食べる食事は静かで、何時もより味気無かった。

やはり、誰かと一緒でないと寂しく、落ち着かない。

本丸を一人離れてから初めて分かった事だった。


(…そういえば、僕、一人だけの食事なんて初めてだ…。今まで誰かしらと一緒に食べる事しかなかったから、知らなかったや。一人で食べる食事はこんなにも美味しくないって事…。)


食器を洗い片付けながら、ふと思う。


(彼女は…、一人での食事に慣れてるんだろうか?お母さんが居なかった時なんて、きっと、今までにも沢山あった筈だ…。)


カチャリ、食器が立てる音が、静かな空間へやけに響く。


(其れって…何だか、寂しい事…だよね。)


タオルで手の水気を拭き取りながら、視線は何処か遠い処を見つめていた。

曇りかけた思考を振り払うように軽く頭を振ると、気持ちを切り替えるように次の家事へ取りかかる燭台切だった。

昨晩、脱衣所に干されていた戦衣装一式類を他の洗濯物と一緒に陽に当てる為に干し、防具もベランダの隅っこへ立て掛けて天日干しをする。

洗濯物を干す際に女性物の下着と思われる物も含まれていて、些か目の遣り場に困ったりもしたがあまり意識しない事を意識して遣り切った。

明日からは、彼女の物は出来るだけ別に分けてからにしようと考える彼であった。

空模様を見上げれば、昨晩の雨はすっかり何処かへ行ってしまったらしく、今日の天候は気持ちの良い晴れ模様だった。

居間に在るテレビを点けてニュース番組のお天気コーナーを観れば、晴れとの予報が示されていた。

明日一週間の天気も確認して暫く晴れである事を頭に入れ、軽く一週間のスケジュールを組み立てる。

自分が何れだけの間の期間、此方に居る事になるのかはまだ不明だったが、ある程度の予測を立ててみたり、今後の予定を立てておいたりするのは悪くない筈だ。

其れに、思考はなるべく止めないでいた方が気が楽で良い。

何故ならば、余計な心配をしたり不安になるような事を考えなくて良いからだ。

幾ら詮無き事を考えていてもどうしようも出来ない事はある。

ならば、薄暗い未来を考え欝々とするよりかは色々と他愛のない事も含めて考え、思考を止める事無く部屋の掃除をしたりする方が性分に合っている。

そうしてせかせかと主婦の如く家事に勤しんでいると、不意に来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。

こんな時間に誰だろうか。

自分はこの家の家主ではない為、彼女やその母親の知り合いが訪ねて来たとしても分からない。

其れ以前に、どう対応して良いのかが分からない。

何せ、此方は現世だ。

あらゆる面において、勝手が分からない。

そうやって戸惑っている内に、またもや数回、インターホンが打ち鳴らされた。

此れ以上待たせるのは、相手にも失礼だろう。

掃除機の電源を切って近場の手頃な位置に立て掛ける。

「適当に取り繕ってみるか。」と、人の好い笑みを浮かべて玄関へと向かう。

その間も、間隔を空けて何度もインターホンが鳴り響いていた。


「はーい、今開けまーす…っ!」


そう言って、彼女が帰る頃までは掛けておこうと掛けていたドアのロックを外す。

そして、ドアを開き、ドアの向こうで待っていた客人を見遣った。


「こんにちは…っ。え、っと…何方様かな?」
「…あー、話は本当だったかぁー…。えと、“結依ちゃんの友人の審神者です”、って言えば分かるかなぁ?」
「え…?あ、もしかして…昨日の電話の…?」
「そうそう。結依ちゃんは…って、たぶん今日も仕事で居ないよね。結依ちゃんママは居るかな…?」


来訪者は、昨晩彼女が連絡を取り合っていた友人で、審神者であると言う叶泉那智かないずなちだった。

出てきたのが燭台切と分かって驚いた顔をしている。


「あーっと…申し訳ないんだけど、彼女のお母さんなら、仲の良いご友人の方と二泊三日の旅行に行ってるそうで今は留守にしてるよ…?」
「えっ!?…マジか。だから、出て来たのがみっちゃんだった訳ね…。そりゃ大変だったろうな〜、昨日。一人だったなら、ああも焦るのは無理もないわ。」


「うんうん、」と一人頷く彼女に置いてきぼりな彼はどうしたら良いのか分からず、手持ち無沙汰のまま玄関口で突っ立った。

顔を上げた那智は、一先ず玄関先に居たのを中に入れてもらう事とし、開けっ放していた入口のドアを閉める。。

まぁ、家の中へと入れてもらったのには、玄関先で話すには些か憚られる内容だったからである。

其れに、彼女の家族以外の者が平然と家の中から出て来て人と喋っているところを見られるのも不自然に思われるかと考えたからだった。

部屋へ上がるつもりまではなかったが、取り敢えずドアを閉めた内側にまで入ると腕に抱えていた紙袋を上がり段の床へと下ろした。


「よいしょっと…、ふぅ…っ。手ぶらで来るのもどうかなと思ったので、此れ…つまらない物かもですが、どうぞお納め下さいまし〜。」
「え、あ、有難うございます…っ。わざわざ粗品までくれるなんて…っ、結依ちゃんが帰ってきたら渡しておくね。何か伝言として伝えたい事とかあったら僕が聞いておくけど…、何かあるかい?」
「伝言ではないけども…“貴女が不在中に来ましたよー。”って一言伝えといてもらえれば嬉しいかな。たぶん、其れだけで事は伝わるだろうから。…あ、此方は貴方へ渡す用の荷物ね。」
「え…、僕……?」


ガサゴソと一つの大きな紙袋から手土産の小さな紙袋を出した後、大きな紙袋の方を差し出される。


「取り敢えずは、君の着替え用の服を一式だよ。ウチの本丸に居る燭台切光忠から借りたんだ。事情を話したら、気前良く貸してくれたよ?ちなみに、あまりこの事を拡げないように彼だけに限定して事を話した。別個体の光忠ではあるけど、元は同じ刀も同然だから何か力になれるかなと思ってね。という訳で、着替えです…!君の服のサイズはちょっと特注になるからね…。わざわざ買いに行かせるよりも、別の子の物であれど本来のサイズの物を着た方が良いでしょ?」
「わぁ…本当に僕が何時も着てるのと同じ服だ…っ。有難う、此れは助かるよ。」
「一式って言って渡されたから、たぶん下着なんかの類も含めて入ってると思う。数日分は入ってる筈だから、もしまだ必要だけど足りない物があれば結依ちゃんを通して私に伝えて?用意しとくから。」
「え…っと、彼女共々、何か色々とお世話になっちゃってごめんね…?」
「良いって良いって!そう気にしないで…!こんなんでも役に立てるなら、お安い御用って事よ〜っ。」


にっこりと愛想の良い笑みで笑った彼女に、再度「有難う…っ。」と感謝の気持ちを伝えた。


「其れで…、話は本題に入るんだけど…。」
「え、今のは全部前置きだったの…?」
「え…?うん。こっからが今日此処に来た本題。」


そう言うと、彼女は何処へ向けるともなく「出てきて良いよー。」と声をかけた。

一体、誰に言っているのだろうか。

首を傾げていたら、彼女から受け取った大きな荷物の方がごそり…っ、と動く。

不思議に思って其方へ視線を向けると、時の政府より遣わされていると謳われる管狐のこんのすけがひょっこりと顔を覗かせていた。


「どうも、お初にお目にかかります。備前国の燭台切光忠さん。私、此方におわす審神者様の本丸を担当しております、こんのすけと申します。貴方が、現在行方不明となっている個体の一振り、備前国の本丸にて所有されていた燭台切光忠と見てお間違いないですか?」


執筆日:2018.05.31
加筆修正日:2020.02.24

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