私と本丸の始まり


私は生きる気力を失った。

何もかもが厭になったのだ。

もう生きている価値も無い、死んでも良いとすら思えた。

だが、自殺する度胸も無い、いざ死ぬ気で刃を手にするも痛みと本当の死という概念に恐怖し怯えて、結局は日々を貪るように生きている。

最早、私は死んだように毎日を生き、過ごしていた。

生きていたら、いつか道が開けるかもしれない。

そんな小さく生に縋るには淡い希望を胸に抱いたまま、描いた夢も虚ろに宙ぶらりんになってしまった。

明日という未来に、何も見出だせない。

変わらず何事も無かったかのように昇る朝日が憎たらしい。

静かに時間が流れる夜の間が唯一の居場所だった。

一人静かに居れる時間の方が、今の私には救いだった。

誰かと接する事が、前よりも苦手となってしまった。

其れは、勤めていた職場先で仕事に失敗して以来、人間関係すらも拗れてしまったせいからだった。

元より他人と必要以上に馴れ合い、誰かと共に協同作業するという事が苦手のワンマンタイプだ。

見るからに予測出来た、当たり前に起こり得る未来の一つだったのだ。

誰しもが経験するであろう事の一つに過ぎない。

だがしかし、私という臆病な人間は、そんな小さな壁に激突して呆気なく沈没し散ったのだ。

世間は、私みたいな人間を“ただ其れだけの事で”と後ろ指を指し、面白可笑しく嘲り嗤うだろう。

だから、慎ましく出来るだけ目立たないように、自分が居る小さな世界の隅っこで静かに息をするだけ。

そんなところにまで落ちてしまっても、好きなものだけは手放せなかった。

趣味だけが私を支えてくれた。

周りは最早信じる事が出来ない。

ならば、せめてもと自分の事だけは信じてやれるように居ようと努めた。

既に自分の事すらも分からなくなってきていようとも…。

そんな泥沼の思考の海に落ちてしまっていた私の元に、ふと明るい風に乗ってとある一つの話が舞い込んできた。

『我々の元で審神者となり、歴史修正を目論む時間遡行軍から正しき歴史を守りませんか?』という報せだった。

ごく一部の人間にしか伝えられておらず、世間一般には知られていない、とある政府からの機密情報である報せ。

そのごく一部という人間の一人に、自分は該当した。

私は、世間一般の人間より扱える霊力が強く、審神者という職業に向いているらしかった。

審神者になれる人材というのは限られているらしく、万年人手が足りていないとの事が記されていた。

何も出来ないかもしれない、役立たずの人間なんかが成れるものなのだろうか。

報せに書かれている項目を順に読んでいって、目に留まった。

『但し、この審神者を勤めるに当たっては命の危険が伴う事有り』との事だった。

何故かの疑問を脳内に提示し、文を目で追っていくと、敵勢力の圧力が未だ大きいが為に、戦争中巻き込まれ命を落とす可能性が否めないとの事であった。

世の一部では歴史を守るという戦乱の世が存在するらしい。

もう既に生きているのか死んでいるのかも分からない堕落した生活を私は送っている。

そんな私の存在価値を見出だしてくれる場所があるのなら、喜んでこの身を差し出そうと思った。

どうせ、生きる気力も失っていた身だ。

死のうが何だろうが構やしなかった。

死ななくても良かった誰かが戦に巻き込まれて死んでしまうのなら、私がその誰かに代わって死のう。

少しでも働いて、育ててくれた両親に孝行出来るならと。

そんな思いを抱いて、時の政府とやらに歴史を守る為の戦に、我が身命を捧げた。

そうして、私は審神者となった。

審神者に至るまでが鬱とした理由で申し訳が立たないと今では思うが、私は審神者になって良かったと思った。

だって、死ななくても良かった誰かの命を救えてる。

消えなくて良かった小さな誰かの歴史も守れてる。

其れは、ただ一面の世界を見ているに過ぎない事柄かもしれないけども、私は自分の事で精一杯のどうしようもない不器用な人間だから、難しい事は考え過ぎないようにしている。

どうせ、大した事も成せないのだ。

今は其れだけで十分。

多くは望まない、ちっぽけなこんな人間でも、愛して支えてくれる神様達が居るから。

今の私の存在意義は、其れだけで良い…。


「加州清光、入りまーす」
「何時も有難う、清光。今日も皆のサポート宜しくね」
「勿論、其れは構わないんだけどさ…どうしたの?」
「別にどうもしないよ。ただ何時もお世話になってるから、御礼言っときたくなっただけ」
「そう…?まぁ、嬉しいから有難く受け取っとくけどさー。何かあったなら、俺にも話してよね…?どんな話でも、主の話だったなら何でも聞いてあげるからさ」
「うん…ふふっ、有難う。我が初期刀様」


こうして小さな事にでも笑えるようになったのは彼等のお陰だから…彼等に尽くす為、私はこの身を捧げよう。

彼等が笑っていられるように。

私の神様達が幸せで居られるように。

私は、歪められる歴史を正す為の戦に身を投じて戦う。

私の命は私が使う。

死に場所だって、自分で決めたい。

私は、彼等と共に居たいし、生きている限りは彼等と共に在りたい。

もし死んでしまう事になるのなら、せめて彼等の元でありたい。

だから、下手に殺されないように足掻いてやる。

其れくらいの意志を持てるくらいに生きる力を取り戻させてくれた時の政府には感謝している。

例え、其れがブラック時代から始まり、漸くホワイトに変わり始めた組織に組みしているとしても。


「さぁ、今日も気張ってくよ…!」
「おっし、行くぞー!」


気合いを入れる為に、二人で揃って掛け声を上げた。


「遠慮せず、今日も張り切ってバンバン敵倒しまくっちゃってね、皆!」
「はい!主君の為なら…!」
「さぁて、治療のお時間かねぇ?」
「ふふふ…っ、今日はどんな風に遊んであげようか。…嗚呼、作戦の事だよ?」
「皆、しっかり準備して行こうね!忘れ物とかは無いかい?」
「遠足に行くんじゃねーんだから、んな浮き足立つなっての…興奮する気持ちは分かるけどよ」
「まぁまぁ、今は其れくらいにして。此れくらいの士気の持ち様が私達には丁度良いからね」
「ぼくたち、きょうはおるすばんしてるので。おみやげよろしくおねがいしますね…!」
「こじゃんと持ち帰っちゃるき、ええ子で待っちょれよ〜?」
「うえー…何で今日は俺遠征なんだぁ〜?正国が出陣なら、俺もそっちが良かったなぁ…」
「我が儘を言うな、貴様。主の命だぞ。おい、其処…!遠征は遊びじゃないんだぞ!こっそり酒を持って行こうとするんじゃない!!置いて行け…っ!!」
「ッチ…見付かっちまったか。ケチくせぇ奴…」
「嗚呼…っ、また僕を突き放して遠くに行かせるんだね…!良いよ、そういうプレイも大歓迎さ…っ!帰ってきたら、きっとご褒美が待っているって事だよね?僕は其れを楽しみに待っているよ、ご主人様…っ!!」
「おい…誰かこの変態を摘まみ出してはくれんか?気色悪くて叶わんぞ」
「ハイハイ、兄さんは少し落ち着いてくださいねぇ〜?」
「…お前んとこの兄ちゃん、毎度遠征の度にああなってるけど大丈夫なのか?」
「本当ごめん…帰ったらちょっとシメとくわ」


本日の始まりは皆賑やかで騒がしくなる。

だが、その賑やかさが本丸の取り柄でもあり、審神者を支える一つでもあるのだ。


「遠征の皆、いってらっしゃーい…!出陣メンバーの前田君達も気を付けて行ってくるんだよー!!」


玄関前で騒いでいた各々を送り出し、私は私で遣る事をしに執務室へと向かう。


「さてと…出陣メンバーの状況をリアルタイムでモニタリングしつつ、此方は此方で頑張りますかね?」


此れから仕事に付くので、ちょっとだけストレッチのつもりで気伸びをして躰を伸ばした。


「よっし、気合いも入れた事だし。今日も近侍宜しく頼むぜ、たぬさん…!」
「…おう」


何れだけ昨日、一昨日、過去と辛い事があろうと…本丸に帰れば嫌な事も忘れられる、明日を望める、未来に夢を抱けるから。

生きる意味を無くして死にたがっていた私は、今日も地味に息をしている。

陸奥国の端っこで、小さくも大きな本丸を築いて、審神者として私として生きている。


執筆日:2019.09.27
加筆修正日:2020.03.05

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