生えた



其れは、或る休日の事。

何時ものようにPCでお気に入りの某にっかりサイトのMMD動画を見ていたら、何を発端にかは不明だが、超常現象が起きてしまった。

どんな現象かと言うと、突然画面から手が生えてくるという物だ。

おっかな吃驚して、一度は画面から仰け反るも、興味本位でその手に触ってみる。

最初こそ、ビクビクと怯えて指先でつんつん、ちょんちょん程度だったが…何の反応も無いと、思い切って指を絡めるように握ってみたら、唐突に反応を示した手に掴まれてしまった。

ハリポタの秘密の部屋な某シーンの如く取れなくなったり、または、ホラーによくある画面の中に引き摺り込まれるなんて事が起きたら大変、というか怖い。

慌てて必死に爪を立ててまで引っ掻いて取ろうと藻掻く。

痛かったのだろう、ユルリと掴まれていた手を離された。

ホッと安堵して一瞬画面から目を離している隙に、にゅっと手以外に躰の部分と思しきものまで出てきてしまった。

視線を戻した瞬間、ドン引いて画面から下がり、部屋の隅まで退いていると、貞子ばりに画面の中から出てきた男の人。

いや、其れが誰かだなんて、今の今まで画面を見ていたから分かるのだが…現実問題、有り得ない事である。

誰だっけ。

“有り得ない、なんて事は有り得ない。”とか言った人。

嗚呼、アレだ。

某錬金術師に出てくる強欲(初代)の人だ。

四つん這い状態から顔を上げた彼は、恐ろしく綺麗で、思わず口から漏れ出る悲鳴。

失礼だと分かってるけど…御免、無理。

躰を起こした彼は、手足が上手く動くのか、暫く試しているような仕草を見せた。

其れを、部屋の隅から呆然と眺めていたら、ふと目が合った。

そのまま見つめ合っていたら、不意に弧を描いた金色の目。

何かと思って身構えれば、唐突に伸びてきた彼の手。

逃れようとするも、手脚の長い彼の方がリーチの差で勝ち、頬に触れられた。

手で感触を確かめるかのように、一時顎の付近までを行ったり来たり撫でられる。

其れに満足したのか、口許に笑みを浮かべると、にこりと妖しく笑んで顎を掬って言った。


「―初めまして。君からしたら、僕は初めましてじゃないかもしれないけれど…こうやって直接逢うのは初めてだからね。取り敢えず、挨拶は此れで…。」


そう告げて目を細めさせると、逃げるように頭を引く私に顔を近付けてきて、言葉の続きを口にする。


「漸く捕まえた、僕の愛しい子。僕の事、好きなんでしょ…?だったら逃げないで、此方においでよ。ほら、触ってみてごらん…?ちゃんと触れるから。画面越しなんかじゃなく、ちゃんと人肌の温度に、布の質感を感じれるよ?」
『へ、あ…っ!?』


急に手なんか握られて吃驚したせいで変な声が出た。

恥ずかしくて咄嗟に口を手で覆い隠すが、彼は一瞬だけきょとんとして、次の瞬間、美し過ぎる笑みを浮かべて喋り出した。


「クス…ッ、可愛いね。…そんな反応されたら、余計に構いたくなるよ。」
『え…っ!?』


先程から驚きっ放しで頭が付いてこれないでいると、次の彼の行動に脳までの伝達が遅れ、理解が遅れた。

気付いた時には、ぷっくりと艶のあるセクシーな唇が目の前を過っていて、左頬に柔らかい感触がした。


『は、ぇ……っ?』


するりと離れた顔に、間の抜けた声を出す。

人差し指を自分の唇に押し当てられてから、初めて理解する状況。


『な…っ、は……っ!?』


今しがた彼にされたのは、所謂ホッペチューというヤツだ。

じわじわと赤くなってくる頬に、顔が熱い。


「あれ…?此れまた可愛らしい反応だね。もしかして、初心だったかな…?此れは、僕としても嬉しい誤算だね。何だったら…君の初めて、奪っちゃおうか?」
『ッッッ!!!?』


勢いのあまり、口許を両手でガードし、後が無いのに後ろに下がり、肩を壁にぶつける。


「嗚呼、こら。其れ以上下がると危ないよ。何もしないから、此方に来て欲しいな…?」
『嘘だ…!絶対何かするつもりだ!!』


口許を覆っているせいで変にくぐもった声しか出せないが、彼は特に意に介していないようである。


「心外だなぁ…。そんなに僕、信用無いかい?」
『逢って早々ある訳無いです…!』
「おや、警戒心の高い事だね。でも、其れも何時まで持つかな…?」


再び妖艶な笑みを浮かべて、顎に指を添えて此方を見据えてきた。

その目が妖しく光っていて、背中が変にゾクリと粟立つ。

そして、間も無く、彼の手中に陥落するとは、この時は知りもしなかった。

予想を遥かに裏切る形でスキンシップを取ってきた、画面から出てきたMMDモデルな光忠さんは、あれよあれよという間にあの手この手で私を翻弄し、遂には初キスをディープキスで奪っていったのだった。

何てこった。

こんな付喪神様、リアルに居たら飛んでもない事になるわ。

いきなりの深い口付けに、経験した事が無かった私は、当然酸欠になり、唇を解放された時にはくったりしていて、ゼェハァと肩で息をする他無かった。


「…本当に初心だったんだね、此れぐらいのキスにも付いてこれないとは…。」
『初めてでいきなりあんなんされたら…っ、付いていける訳ないでしょう……ッ!!』


涙目で睨み付けるも、逆効果だと遅れて気付けば「もう一回してみる?」と言われ、即行で断固拒否を願い出るのだった。


『…あの…っ、つかぬ事を訊きますが……この後どうやって帰るんですか?』
「…………あ。」


然も忘れていたみたいな反応を返されても、此方が困るだけなんだが…。

くるりとPCの画面の方へ向き直ると、徐に頭を突っ込んでいった光忠さん。

おいマジかよ。


「あ、何とか戻れそうだよ!」
『うわ、キモ…ッ!?』
「ちょっと、君ねぇ…好きな相手に対して言う台詞が其れって酷くないかい…?本当に僕の事好きなんだよね?」
『某ペルソナみたいに次元の壁を越えようとしてる現場に出くわしゃ、誰だってビビるし、ドン引くわ。』
「ちょっと何言ってるのかよく分からないけど…無事元の世界に帰れそうだから、僕はこのまま帰る事にするよ。また此方には遊びに来るね!」
『二度と来ないでください。』
「冷たいなぁ…っ。嗚呼、其れとも、ただの照れ隠しかな…?」
『違います…ッ!!』
「ふふ…っ、また今度来る時は、是非とも飛びっきり甘やかしてあげるね?」
『結構です…!丁重にお断りしますから!!』
「つれないね。まぁ、良いや。じゃあまたね、璃子ちゃん?」
『な…っ!気軽に名前呼びなんて許可してませんよ!!しかも、教えもしてないのに、何時私の名前知ったんです…!?』


叫びも虚しく、ぐにゃりと歪んだ画面の中へと消えていった彼。

今日はもうPCしない。


―後日、スリープモードにしたまま、電源を切るのを忘れて就寝してしまい、翌朝彼の蕩けた笑みのドアップとおはようする羽目になるのだった。


『ギャアッ!?お前どっから湧いたーッ!!つーか、何でお前此処に居んの!?どうやって来たのッッッ!!?』
「夜這いしに来たら凄く気持ち良さそうに寝てたから、眺めてたんだ。…君ってば、無防備だね。駄目だよ…?寝る時は部屋に鍵を掛けないと。」
『和室に鍵もクソもあるかぁーッ!つーか、何普通に来てんだよ!?コレ異常事態だからなァ!?』
「へぇ…、素の君ってそういう感じなんだねぇ。…うん、ラフな感じで砕けてて良いね。悪くない。」
『人の話聞けよ!!つか、其処で無駄にゲーム台詞使うなよ!!』
「僕の台詞を暗記しちゃう程好いてくれてるの…?嬉しいなぁ…っ。」
『好きと言ってもお前本人をではないからな…ッ!?』
「あ、君が寝てる間にちょっと頂いちゃったから。ふふっ、御馳走様。」


ぺろりと自身の唇を舐めた光忠さん。

その姿の何とエロイ事か。

いや、今はそうじゃない。

此奴今何と言った。


『おい待て、今何つった…!?』
「君の唇、とても柔らかくて美味しかったよ。ついでに首筋も!」
『ちょ…っ!KBCさん、コイツです!!早くこの変態逮捕してくださぁーい…ッッッ!!』


今日も彼女の空しい叫びが家に響き渡るのであった。


執筆日:2018.04.04

加筆修正日:2020.07.02

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