#30:女子大生の画策
大学から帰宅後、真っ先に部屋へと籠った梨ト。
リビングのソファーで寛いでいた遥都は、帰って即二階へと上がっていった足音を聞き、「何かあったな…。」と思いつつ、自身も二階の部屋へと向かった。
彼女の部屋の前に来てみれば扉は開けっ放しになっており、出入口のすぐ側には大学帰りのついでに寄ったのであろうスーパーの買い物袋が無造作に置いてあった。
『…あ、“父さん”、ただいまー。』
「あぁ、おかえり。何を買ってきたんだ…?」
『んー、今夜のおかずにするお肉とか〜…その他諸々。』
「ふぅん…まぁ、それは良いんだが。帰って早々、何を調べているんだ…?」
『んーっとねぇ……“父さん”は、この米花町近辺で有名な高校生探偵の話とかって聞いた事ある?』
彼女はパソコンのディスプレイを見つめたまま、後ろに居る彼へと問いかけた。
彼は、一瞬話の意図を掴み兼ねたが、以前似たような話を聞いた事があったのを思い出し、すぐに肯定する。
それを聞いた梨トは、組織へと関わる時同様の真面目な表情で振り返り、言った。
『じゃあ…、“工藤新一”って名前に聞き覚えはない…?』
「あぁ…その名前なら、ニュースや新聞なんかで何度か見聞きした事があるな。ソイツが、どうしたんだ…?」
『実はさ…その男の子、組織と関わりがあるんじゃないかって思ったの。』
「何だと…?逢ったのか、その高校生探偵とやらに。」
『いや、もしかしたらな…っていう私の推測でしかないんだけど…私、つい最近、その“工藤新一”って男の子に逢ってたかもしれないんだ。…“小さな男の子の、子供の姿”として。』
そう呟いた途端、彼はガラリと表情を変えた。
顔を僅かに顰めると感情を抑えた声で話し出す。
「……それは、本当なんだろうな?」
『まだ確証を得てないから何とも言えないけど…恐らく、間違いはないと思う。』
「何故そう言い切れる…?そう言い切る根拠は?」
『子供の見た目に反しては、やたらと鋭い洞察力に子供らしかぬ表情。そんな表情を取る時に纏っている雰囲気は、大体が、“まるで大人がそのまま小さくなったような”…そんな感じ。そう…まるで私の身近に居る、誰かさんのようにね?』
「……………一応は、信用して良いんだな?」
『うん。彼が、私に直接名乗ってきた名前は、“江戸川コナン”って名前だった。』
「変わった名前だな…。」
『恐らく偽名である事は間違いないと思うよ。姿からして小学一年生らしくて、今は、この近くの小学校に通ってるみたい。もし彼が本当に“工藤新一”なら…本来の年齢は17歳、帝丹高校二年生である筈。』
「もうそこまで調べが付いているのか。」
『彼、地元じゃそこそこ有名人のようだからね。調べたらすぐに出てきたよ。』
「ホォ…。」
思ったよりも動きの早い事に、少しばかり驚きを見せる遥都。
次いで、考える素振りを見せると、徐に口を開いて言った。
「…その“江戸川コナン”という少年、もっと詳しく調べてみる必要がありそうだな。」
『うん、それは私も思ってたところ。』
「ふむ。なら、近い内に彼との接触を試みるとするか…。」
『あぁ、それならもう約束取り付けたから大丈夫。』
「は……?」
『何か、この間の電話口でうっかり地でドイツ語喋ったら気になっちゃったみたいで。探偵らしく、ついさっきスーパーでばったり逢った時に、問い質されたよ。あとついでにこんな事も聞かれたよ…?“弟さんと逢えないか?”って。』
「おい、まさかお前…っ!」
『流石に、そう易々と逢わす訳にもいかないから、“弟から許可が取れたら逢わせてあげるね!”って返答した。そんで、先日沖矢さんに直接返す予定だったタッパー、その日本人が不在だったから代わりに渡してもらった御礼に、今度どっかで喫茶店辺りにでも連れてってあげようかと。』
「はぁ〜…っ。お前という奴は…っ、何を勝手に決めてるんだ。もし俺が許可しなかったら、どうするつもりだったんだ?」
『それも大丈夫!遥都の事は、“ハーフ且つドイツ人寄りな見た目のせいで苛めに遭った挙句、極度の人見知りになっちゃって心の底から信用出来る人にしか逢わない”っていう設定で説明してるから!』
「はぁっ!?どんな設定を付けてるんだお前はぁ…っ!」
先程まで冷静に話を聞いていた彼だったが、流石に黙っていられる内容ではなかった為か、珍しく感情を露にした。
それに対し、特に気にも留めない様子の彼女は、けろりとした表情で返した。
『どうせ滅多に家から出ないんだから良いでしょ…?寧ろ、今はそう思わせておいた方が後々都合が良いんじゃない?』
「…まぁ、確かにそうだが……。俺が現状あまり外に出ないようにしているのは、“そう簡単には出られないから”だ。俺は今、存在を隠して過ごさねばならぬ身の上だ。それは何故か、お前も分かっている事だろう…?俺は、一部の人間から見たら死んだ人間とされてるんだ。こんな姿になっているとはいえ…万が一、奴等と遭遇したり生きている事が知れたらどうする…?梨ト、お前や母さん、周りの関係者にも被害が及ぶかもしれないんだぞ。その為の措置だ。それを履き違えるなよ?」
厳しい口調で彼女を窘めるように諭す。
その姿は、小さいながらも本物の父親のように見えた。
『分かってる。だから、敢えてそういう設定を付けたんだよ。』
「…だと良いがな。」
小さく嘆息した彼は、思考を切り換えると改めて話を続けた。
「…で?今後、彼とはどう接触するんだ?」
『まずは、手始めに一対一で逢う。御礼をする機会が丁度良いから、近くの喫茶店かカフェにでも誘って、話を聞き出してみるよ。』
「一応忠告しておくが…此方にとって不都合にならぬよう、余計な情報は与えるなよ。今、相手に余計な情報を与えて動きづらくなるのは、都合が悪い。」
『心得てる…。予定としては、向こう側の話を然り気無さを装って聞き出すだけだから。…彼は探偵だよ。ちょっとしたヒントを与えるだけで、きっと此方を探ってくる筈さ。まんまと用意した餌に食らい付く獲物のように。まさに彼の為に用意した罠だよ。』
「…まぁ、彼も此方と同じ境遇だろうからな。奴等を追っているとするなら、必ずお前に関わってこようとするだろう。」
『だろうね?既に私、色々な意味で怪しまれてるみたいだし…?』
「フ…ッ。探偵なら当たり前だろうな。何たって、お前は…例の組織に潜入している、正真正銘のメンバーなんだからな。奴等を追っている人間なら、匂いを嗅ぎ付けていて可笑しくはないさ。疑いを持たれて結構…。それでこそ、俺達と同じ立場にある者…奴等を狩る狩人側の者という事。全ては此方の策の内だ。」
自信あり気に微笑む彼は、ディスプレイに表示されたとある人物の写真を見つめた。
彼女も同じく愉しげな表情でディスプレイの先に映る人物を見つめる。
「…彼と逢う約束に、条件を付ける。」
『何…?』
「彼の写真を一枚、撮ってこい。捜査資料で必要になるからな。然り気無さを装って撮らせてもらえ。例えば…そうだな。言うならば、“相手がどんな奴かも分からない奴とは逢えない、と言われたから一枚写真を撮っても良いか?”といったところか。もしも、それで警戒を見せたら、“私と一緒に写れば仲良さげに見えるし、弟も少しは信用してくれるだろうし安心するだろう。”とでも付け足せば良いさ。」
『ちなみに、写真を資料として使う理由は…?』
「“工藤新一”という少年と彼の顔を照合認識にかける。同一人物なら、顔のパーツが一致する筈だからな。」
『成程、流石は現役BKA職員。』
「今は表向き“殉職した”という事になっているから、“元・BKA”が正しいさ…。」
納得の表情をした梨トは、早速“江戸川コナン”という少年へ約束の日時を取り決める為、彼にメールを送った。
送り終えると仕事は終えたと携帯を仕舞い、パソコンの電源を落として放置していた買い物袋を拾って下の階へと降りた。
遥都もまたそれに続いてリビングへ戻る。
二人の密かな会議が終わったところで、忘れかけていた夕飯の支度に掛かった。
おかげで、今夜の夕飯は少し遅めの時間となってしまうのだった。
加筆修正日:2020.05.15