#29:無邪気な子供



ガヤガヤと賑やかしいスーパーの店内。

お店独特の音楽と時折流れてくる特売の宣伝放送。

夕方の四時頃とあり、スーパー定番の四時の市などで店内はたくさんの客で大層賑わっていた。

その中を、同じく時間帯を狙ってきた女子大生が鮮肉コーナーにて佇んでいた。


(…ん〜、どっちが良いんだろ…?どっちも同じくらいのグラム数だし、値段も安いし…。味付け次第かなぁ…?)


梨トは、二種類の味付け肉を見比べて悩んでいた。

どうやら、今晩のおかずを決め兼ねているらしい。

そういう観点から見て、今日の晩御飯担当は彼女が担当している事が分かる。


(う〜ん…。確か、一昨日食べたお肉が甘辛系のタレの味付けだったから…、今日はこっちのハーブ系にしようかなっ!)


暫し悩んで、漸く決まったのか、一つのパックを手に取るとカゴの中へ入れた。

そして、メモ紙を見つつ、次の売り場へ移動しようと歩き始めたところ。


「―あれ…?梨トさんじゃないですか…!」
『え……っ?』


突然名前を呼ばれ、後ろを振り返ると、茶色のジャケットに癖っ毛な髪で眼鏡を掛けた大学院生の男が、にこやかに笑いかけていた。


「奇遇ですねぇ。梨トさんもいらしてたんですか?」
『あ、はい…。四時の市だったし、今日広告が入っていたので…。』
「今の時間帯、安くなりますもんね。分かります。」
『沖矢さんも、お買い物ですか?』
「はい、夕飯のおかずを買う為に。もしかして…今日は、夕飯作り担当の日ですか?」
『ええ。なので、大学帰りについでに…。偶にはちゃんとしたご飯作っとかないと、なかなか料理を覚えられないので。』
「だから、教科書がたくさん入るような大きめのバッグを肩から提げていらっしゃったんですね。」


会話に応じながら、チラリと彼のカゴの中身を見遣れば、かなりの量の品物が入れられていた。


―この人、纏め買い派なのか…。


あまりジロジロ見ては失礼と思い、すぐに視線を上げたが、彼は先に気付いてしまったのか、首を傾げて問うてきた。


「…どうかしましたか?」
『えっ!?あ、いや…っ!何でもないです!』
「そうですか…。」


人には人の事情というものがあるのだ。

あまり首を突っ込まないでおこう…。

適当に会話を終えると、買い物に戻った梨ト。


(ん〜…、ご飯は…適当に簡単にケチャップライスにでもすれば良いかな。冷凍のチキンナゲットとかあったから、それをチンして小さく切って混ぜちゃえば、それらしい物には仕上がるよね。)


頭の中で今晩の献立を組み立てながら、付け合わせに作るサラダの材料を買っていると…。

再び名前を呼ばれ、「今日はよく知り合いに逢うなぁ…。」と思いつつ、クルリと首を後ろに向ける。

すると、目線の低い位置に丸っこく特徴的な髪型をした小柄な少年が居た。


「こんにちは、梨トさん…っ!梨トさんもお買い物中?」
『あら、コナン君。君も…?一人でお買い物に来たの?』
「ううん、蘭姉ちゃんと来たよ!今日の夕飯を買いに来たの。」
『そっかぁ。やっぱ皆考える事は一緒なのねぇー…。』


彼の少し後ろを見遣ると、遅れてやって来た私服姿の蘭ちゃんが同じく買い物カゴを片手に近寄ってきた。


「あら…っ?梨トさん、こんにちは…っ!梨トさんも来てらっしゃったんですね!」
『うんっ。今日、特売日で安かったから。』
「あははっ、私もです…!皆考える事同じですね!」
『そうだねぇ〜…っ。今日の夕飯、蘭ちゃんが作るの?』
「はいっ!ウチは、いつも私がご飯を作ってるので。」
『大変だねぇ…。まだ高校生で部活もやってそうなのに。』
「そうなんですよ…っ!お父さんはなぁんにもしないから、全部私がしなきゃいけないんですっ。」


さぞ父親に不満が溜まっているのだろう。

お疲れ様である。


『あっ、そういえば、コナン君。さっき沖矢さんに逢ったけど…この間頼んじゃったアレ、渡してくれた…?』
「えっ!昴さんと逢ったの…!?」
『うん…。コナン君達と逢う、ちょっと前に。何かたくさん買い込んでたよ?』
「へぇ〜、そうなんだぁ…っ。あ、あのお裾分けのタッパーなら、あの後きちんと渡したから安心して?渡すついでに、梨トさんが美味しかったって言ってた事も伝えたら、凄く喜んでたよ!いつもお裾分けに行ってる灰原んとこは、博士は感想言ってくれるけど、灰原は何も言わないみたいだからさ。」
『お、おぅ…っ、な、何かよく分からんけど…御愁傷様です…っ。』


何か聞いてはいけない事を聞いた気がして、ぎこちなく乾いた笑みを浮かべた。

あの人も、色々と苦労してるのか…。

厚意が空回りするのは、何とも不憫だ。

取り敢えず、あの少女が彼を毛嫌いしている事だけは分かった。


「ねぇねぇ、梨トさん…?」
『ん…?何?』
「梨トさんって、確か弟さんが居たよね…?どんな子なの?」
『え〜っと…。見た目は、完全ドイツ人寄りかなぁ?目の色も父さんに似て緑色だしね。ん〜、性格は…人見知りかつ思慮深い感じかな…父さん譲りの子だから。』
「へぇ〜っ、お父さんにそっくりなんだね!」
『うん…っ。だから、私なんかよりもドイツ語は上手いよ。元々、“弟”の方が、ドイツに居た期間が長かったからね。』
「梨トさん、ドイツ語喋れるんですか…!?」
『うん。私、ドイツ出身のハーフだし。』
「だから、あの時ドイツ語喋ってたんだね…?」


ふと、コナン君が眼鏡を光らせて意味深に呟いた。

彼が指す“あの時”とは…恐らく、例の電話口での会話の事だろう。

自ら犯した失態であったが、此処で挽回出来るとは運が良い。

好機と見て、ついドイツ語を使ってしまった理由を述べた。


『あぁ、あの時は頭打ってまだクラクラしてたから、つい地が出ちゃったんだよねぇ…っ。“弟”は、日本語よりドイツ語の方が得意ってのもあって、家で話す時はドイツ語使う方が多くて…。ごめんね、驚かせちゃったかな?』
「ううんっ!凄いなぁって思ってただけ!最初、聞いた時は、何処の国の言葉か分かんなかったけど…。そっか、ドイツ語かぁっ!道理で分かんなかった訳だ。」
『そんなに気になる…?』
「うんっ!だって、ドイツ語話せるとか、格好良いもん…!!凄いなぁ…。あ、ねぇねぇ、梨トさん?その弟さんと逢えたりする事って出来る…?僕、一度逢ってみたいなぁ〜。」
『遥都に…?』
「弟さんの名前、“遥都”って言うんだぁ…。何だか格好良いねっ!」
『あ、有難う…?……う〜ん…でも、逢ってくれるかは分かんないよ…?あの子、極度の人見知りだし。人間関係拗らせちゃって以来、本当に心許した人じゃないと逢ってくれないから…。一応、声かけしてみるけど…期待は出来ないかも。』
「そっかぁ…。残念っ。」


そう言って、少ししょんぼりとしてみせた彼に、一つ思い、然り気無さを装って話しかけてみた。


『ねぇ、コナン君。もし話してみて可能だったら、逢ってみる…?どうせ、この間の御礼もしたいし。』
「え…っ、本当…!?良いの!?」
『うんっ。私も、コナン君とはもっとお話してみたいし。君みたいな賢そうな子なら…“弟”も逢ってくれると思うよ?』


「どう…?」と、悪戯な笑みを浮かべて問いかける。

すれば、彼からは「喜んで!」との言葉が、貼り付けたような笑顔と共に返ってきた。

交渉成立である。

答えに満足した梨トは、屈めていた腰を上げ、にこりとした人の良い笑顔で言った。


『それじゃあ、今度御礼をする時に“弟”からの返事を返すね!』
「うんっ!有難う、梨トさん!」
『んじゃ、買い物の途中だし…私はこれで。』
「ばいばい、梨トさん!またね〜っ!!」


無邪気な笑顔で手を振るコナンは、何処からどう見ても子供にしか見えない。

しかし、その無邪気に振る舞う裏に、彼の本質が見え隠れしている。

買い出しから帰ったら、話さなきゃいけない事が多そうだ…、と一人溜め息を吐く梨トであった。


執筆日:2016.08.11
加筆修正日:2019.12.04

PREVNEXT
BACKTOP